報告と相談
「それじゃあまたね」
「それじゃあね。勉強会の予定が決まったら教えてね。楽しみにしてるわ」
「頑張って段取りしてね」
クラウディアとニーカの言葉に続いて、笑ったジャスミンの言葉に、レイはもう一度真っ赤になって首を振った。
「ちゃんとやります! だから本当にごめんなさい!」
「なんだってさ。じゃあお手並み拝見といこう」
「楽しみにしてるよ。それじゃあ、お疲れさん」
午後の授業が終わって、廊下で会った一同は、もう一度皆でレイをからかってからその場で別れた。
クラウディア達は、そのまま女神の神殿へ戻り夕刻のお務めがある。ジャスミンも二人と一緒に神殿へ戻って行くのを三人は揃って見送った。
「おう、お待たせ。じゃあ戻ろうか」
丁度その時、教室から教授と一緒にカウリが出て来たので、合流して四人はそのまま本部へ戻った。
いつものように本部の入り口でレイルズとカウリに挨拶をしたら、もうそこからは彼らと普段のような言葉遣いでは話さない。
それは、レイルズの一番の友人を自負する二人のせめてものけじめだ。
少し寂しそうにしつつも笑顔で手を振って戻って行くレイルズの後ろ姿を見送り、キムは小さなため息を吐いた。
「俺達なんかが心配するのは失礼かと思うけど……やっぱり今日の一件はルーク様に知らせておくべきだな」
「だよな。さすがにあれは問題があるだろう」
キムの呟きにマークも同意するように頷き、顔を見合わせた二人は揃ってもう一度ため息を吐いてから事務所へ戻っていった。
幸いな事に、今の彼らは通常業務からは外れているので少しくらいの自由はきく。
一旦彼ら専用になった小会議室へ戻り、その場でシルフに頼んで内密にルーク様を呼んでもらうように頼んだ。
「おかえり。お菓子が届いてるから荷物を置いたら休憩室へおいでね。僕も事務所にこれを置いたら休憩室へ行くから」
丁度、廊下で書類を持ったタドラと会い、そう言われて元気に返事をしたレイは、部屋に荷物を置いてから言われた通りに大急ぎで休憩所へ向かった。
「おかえり。まるで見計らったみたいなタイミングで帰って来たな」
ルークのからかうような言葉に、机の上に置かれた大きな焼き菓子と蒸しパンを見たレイが嬉しそうに目を輝かせる。
「ああ。もしかしてそれって、マイリーの妹さんのパウラ様お手製の焼き菓子ですか?」
「レイルズ君正解。さすがに好きな物はよく分かるな」
「パウラ様が来ていらしたんですか。ええ、お会いしたかったです!」
お菓子がここにあるということは、マイリーの妹さんのパウラ様がお菓子を持って差し入れに来てくれたのだろう。
まだ数回しかお会いしたことはないが、笑顔の素敵なマイリーによく似た小柄な女性だ。
「彼女もお前に会えなくて残念がってたよ。また来月新しいお菓子を持って来てくれるってさ」
「じゃあ、今度こそお会い出来ますように!」
笑って席に着いたところで、ヘルガーが焼き菓子を切り分けてくれた。
「ああ、待って。僕も頂きます」
「おお、美味そうだ。俺も頂きますよ」
戻ってきたタドラとカウリも一緒に席につき、カナエ草のお茶と一緒にさあ食べようとしたところで、ルークの前にシルフが現れて黙って彼の腕を叩いた。
「あれ、伝言のシルフだな。待ってくれ。場所を変えるよ」
シルフを腕に乗せて立ち上がったルークは、お茶もお菓子もそのままにして足早に休憩室を出て行ってしまった。
「内密の話みたいだから気にしなくていい。お菓子は置いといてやればいいさ」
食べようとしていた手を止めて、ルークが出ていった扉を心配そうに見ているレイの肩をカウリが笑って突く。
「はい、分かりました」
小さなため息を一つ吐いて、目の前に置かれた大きなカスタードタルトを一切れ切った。
しかし、大好きなお菓子を目の前にして何だか元気がないレイの様子に気づいたタドラが、こっそりカウリに目配せする。
しかし、当然だがカウリは何も知らないから答えようが無い。
肩を竦めて首を振るのカウリを見て、一口お茶を飲んだタドラがレイの肩を叩いた。
「ねえ、なんだかちょっと元気が無いみたいに見えるけど、どうかしたの。訓練所で何かあった?」
タドラの優しいその問いかけに、レイは何と答えたらいいのか分からず、眉を寄せて俯いてしまった。
いつもと違うレイの様子を見て、戸惑うように顔を見合わせるタドラとカウリだった。
『お忙しいところを申し訳ありません』
『キムです』
『こちらにマークもおります』
休憩室の並びにある別の部屋に入ったルークは、念の為部屋に結界を張ってから伝言のシルフに向き直った。
「おう、どうした。改まって何事だ?」
先程の伝言のシルフが何も言わずに腕を叩いたのは、内密の話をするから周りに誰かいるなら場所を変えてくれ、という意味だ。
彼らがわざわざ自分宛に内密の話を寄越す意味が分からずに、ルークは不思議そうにしている。
合成魔法に関することなら、当然あの場にいた全員に聞かせるべきだろうし、その前にまずレイルズに相談しているだろう。
『あの内密の話ですので……』
何やら言いにくそうにしているキムに、ルークはわざと何でもないように言ってやる。
「部屋に結界を張っているし、他には誰もいないから大声で話してくれても大丈夫だぞ」
『ありがとうございます』
『実はレイルズの事なのですが』
『その……ちょっと報告と言いますか相談と言いますか……』
驚いたルークは座り直してシルフを覗き込む。
「何があった?」
いきなり真顔になったルークに、伝言のシルフ達も居住まいを正す。
『実は今日自習室で……」
複数現れた伝言のシルフ達の口から語られた今日の訓練所での問題の会話の一部始終に、ルークは顔を覆って天井を見上げて大きなため息を吐いた。
「うわあ、その辺りの女性の扱いについてはまだ殆ど教えてなかったんだよ。感謝するよキム軍曹。よくぞ止めてくれた」
『お役に立てて良かったです』
「後でジャスミンにも謝って、改めてお礼を言っておくよ。女性にそんな説明をさせたなんてな」
『ですよね』
『申し訳ありませんがその辺りはよろしくお願いします』
苦笑いしたキムとマークのシルフに、ルークも笑ってまたため息を吐いた。
「実を言うと、レイルズはもう訓練所へは無理に行かせる必要は無いくらいに成績は良いんだ。はっきり言って試験を受けさせれば、もうほぼ必要な全ての単位を取れるくらいになってるんだ。だけど、こことは違う環境を少しでも経験させてやるって意味で通わせてるのが現状なんだよ。正直言って、あいつに一般常識をもう少し深く理解させたいんだけど、どうすりゃいいのか困ってるんだ。何か良い考えってないかな?」
半ば愚痴のようなルークの言葉に、マークとキムのシルフが顔を見合わせる。
『いっそ訓練所じゃなくて大学に直接通わせるとかは……駄目ですかね?』
遠慮がちなマークの意見に、ルークは首を振った。
「それも意見としては上がったんだけど、今となってはあいつの身分は知られているからさ。逆に変な取り巻きが出来るだろうから、そっちの方が問題だって事で却下されてる」
『ああ、やっぱりそうなりますよね』
揃って頭を抱える二人のシルフに、ルークは苦笑いしてもう一度ため息を吐いた。
「まあそれはこっちで何とかするよ。申し訳ないけど、なんでも気がついた事があれば遠慮なく今日みたいに言ってやってくれ」
『了解しました』
『気を付けておきます』
『それでは失礼します』
『失礼します』
「ああ、報告感謝するよ、これからもよろしく」
直立して敬礼する二人に、ルークも敬礼を返した。
一礼して消えて行くシルフ達を見送りながら、ルークは無言で腕を組んで考え込んだ。
「さて、これはどうするのが良いかな?」
しばらく無言で考えていたルークだったが、不意に顔を上げてまた考え込んだ。
「あ、この手があるな。ううん、もう少し先にしようと思っていたんだけど……ちょっと乱暴かな。だけど人生経験と人付き合いって意味では恐らく……」
しばらくぶつぶつと呟きながら何か考えていたが、考えがまとまったらしく、一つ大きな深呼吸をしてルークは立ち上がった。
「よし、後でちょっとマイリーとヴィゴに相談だな。少々荒療治だけど案外良いんじゃないかな?」
『其方、一体レイルズに何をするつもりだ?』
ルークの肩に、不意にブルーのシルフが現れて彼の髪を引っ張った。
「うん、レイルズに体験した事が無いだろう人生経験をさせてやろうと思ってさ。丁度良いから一緒に来てくれ。マイリーとヴィゴに相談するからさ」
何やら言いたげににんまりと笑ったルークの言葉に不思議そうにしつつも頷いたブルーのシルフは、黙ってそのまま一緒に部屋を出ていったのだった。
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