肩掛けとシルフ達
マイリーとヴィゴを先頭に、アルス皇子以外の全員揃って城にある精霊王の神殿の分所へ歩いて向かう。
あちこちから無言の大注目を浴びているが、皆平然と歩いている。注目される事にもこの数ヶ月ですっかり慣れたレイも、素知らぬ顔でタドラの後ろについて胸を張って歩いた。
到着した神殿の分所では一旦竜騎士隊専用の控え室に通され、そこで、ラスティ達が持って来てくれていたそれぞれの楽器を確認する。
レイも竪琴をケースから取り出して小さな音で弦を弾きながら音の確認をしていた。
「レイルズ様、演奏の際にはこの肩掛けをお使いください」
ラスティが横に置いてあったトレーから、青い肩掛けを取り出して渡してくれた。
それは、以前ディーディーの舞いに合わせて神殿で音楽を奏でた時に初めて使った肩掛けだ。
全面に渡って見事な鱗のような立体的な刺繍が施されたそれは、竜の主だけが身につける事が出来る特別な肩掛けで、それぞれの伴侶の竜の鱗を模した見た目になっている。
「何度見ても綺麗だね。ブルーの鱗の色だ」
受け取って、嬉しそうにそう呟いてそっと立体になった三角の形を指でなぞる。
ごく細い糸を使って何重にも重ねて刺繍されているそれは、しなやかだがとてもしっかりしている。時折青い色の中に白糸が縫い込まれていて、角度によってはまるで光っているかのように煌めいて見えた。
呼びもしないのに集まって来たシルフ達が、肩掛けを見て不思議そうにしている。
『綺麗綺麗』
『でも風を送ってもふわふわしないね』
『つまんないつまんない』
『でも綺麗だね』
『ふわふわしない』
『つまんないつまんない』
『でも綺麗綺麗』
『綺麗なのに悔しい』
何人かのシルフが、硬い肩掛けを叩いてそんな事を言い出した。
彼女達にとっては、自分達が起こした風になびいてくれる服の裾や襟巻き、あるいは柔らかなマントなどが好きなのであって、どれほど綺麗でも、この肩掛けのように全くなびいてくれない硬い生地は面白くないのだ。
「ごめんね。この肩掛けは硬いから、君達の風にも知らん顔だね」
『つまんないつまんない』
拗ねたシルフ達が肩掛けをまた叩く。
「こら駄目だよ。でもこの肩掛けをしている時は、演奏やお歌を精霊王に奉納する時なんだよ。お歌や演奏は好きでしょう?」
『大好き大好き!』
『歌ってくれるの?』
『竪琴も好き!』
『演奏するの?』
「そうだよ、だから肩掛けに悪戯しちゃ駄目だからね」
そう言って言い聞かせるようにして優しくレイが諭すと、シルフ達は笑って頷き大喜びで手を取り合って踊り始めた。
それを見て笑顔になったレイは、小さな音で竪琴を爪弾き始めた。
ポルカと呼ばれる二拍子の早いリズムの曲で、兵士達が好んで踊る曲の一つでもある。
元はオルベラートの一地方の民族音楽だったが、今ではオルベラーとは元よりファンラーゼンでも広く楽しまれている音楽の一つだ。
ルークは膝の上に出していたハンマーダルシマーを見て、素早くケースからいつも使っているハンマーよりもかなり短い小さなハンマーを取り出して演奏し始めた。
いつもと違って、妙に可愛らしい転がるような音が竪琴の音に寄り添って響く。
それを見たカウリが、ケースから小さな縦笛を取り出して吹き始めた。トラヴェルソよりもかなり甲高いその音は、早い二拍子の曲に合わせて跳ね回るかのようだ。それを見たタドラも笑顔になり、ケースから更に小さな縦笛を取り出して吹き始めた。こちらも甲高い可愛らしい音が転がる。
それを見たマイリーとユージンの二人が持っていたヴィオラを構えて弾き始める。
やや高めの音で奏でられるそれは、普段の大きく弓を引く演奏と違って弓を跳ねるようにして演奏しているし、時にはそのまま指で弦を弾いたりもしている。なので、一音一音がまるで飛び跳ねているかの様に短く軽やかだ。
ロベリオとヴィゴも、顔を見合わせてそれぞれの持つセロとコントラバスを弾き始めた。こちらは弓は使わずに、指先で弾くようにして音を奏でている。
もうシルフ達は大喜びではしゃぎ回り、手を叩いてはそれぞれの楽器の周りを飛び回って、すっかりご機嫌でくるりくるりと踊っていた。
最後は全員で大きくリズムを取って音を続けて立てて、即席の演奏は終了した。
突然の素晴らしく贅沢な即興の演奏を呆気に取られて見ていた執事達やラスティ達が、満面の笑みで拍手をしてくれた。
「これで彼女達も機嫌を直してくれたみたいだな」
笑顔のルークに、レイも嬉しそうに頷いた。
「ちょっとだけ弾いて彼女達の気を引くつもりだったのに、凄かったです!」
目を輝かせるレイの言葉に、皆も笑顔になる。
「カウリとタドラが吹いていた笛は初めて見るね。それはどんな楽器なの?」
身を乗り出すようにして、ケースに治めようとしていた縦笛を見る。
「ああ、これはティンホイッスルって呼ばれる縦笛の一種でね。俺達が普段演奏している笛と違って、筒に穴が開いているだけだよ。でも面白い音が出るだろう?」
渡されたそれは、ごく軽くて小さい。
「今夜の演奏で、ごく一部なんだけど使うから持って来たんだ。でもまあ、滅多に使わない珍しい楽器だよ」
「シルフ達は大喜びしていたね」
また周りに集まって来たシルフ達を見上げてレイが笑う。
「彼女達は、楽器も好きだもんな」
返してもらったティンホイッスルをケースに戻して、カウリとタドラもシルフ達を見上げならが笑っている。
「さて、そろそろ時間だぞ」
彼らの話が終わったのを見たマイリーの声に、レイ達も慌てて返事をして立ち上がった。
ケースから取り出した楽器と肩掛けは、このまま置いておき、神殿の分所の礼拝堂で彼らが精霊王に参拝している間にラスティ達が席まで運んでくれるのだ。
「えっと、肩掛けをするのは楽器を演奏の時だけですよね。お歌を歌う時は外すんですか?」
ふと思いついて、前にいるルークに尋ねる。
「いや、今回はすべて演奏込みでの歌の奉納で座ったままだからな。肩掛けはしておいていいぞ。身に付けるのは祭壇に祈りを捧げた後、席についてからだから間違わないように」
「わかりました。気を付けます」
真剣にそう言い、手を伸ばして席に置いてある青い肩掛けをそっと撫でた。
「それじゃあ出るぞ」
ヴィゴの呼びかけに返事をして、大きく深呼吸をしたレイは背筋を伸ばしてルークの後について出て行った。
その右肩には当然のようにブルーのシルフが座り、愛しい主の頬にそっとキスを贈っていたのだった。
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