準備と確認
「えっと、結婚式は明日なんだよね。それなのに今から第一級礼装なのはどうして?」
着替えを終えて、横に置かれていたソファーに座ったレイは、レイ達の後にやって来て着替えているロベリオとユージンの笑い声を聞きながらルークを振り返った。
「今日は、前日祭。まあ結婚式の前日にこんな事をするのは一部の皇族の場合だけなんだけど、今日から既に一部の結婚式の祭事が始まるんだよ」
「ええ、ご本人はいないのに?」
結婚式は本来、結婚する二人が精霊王に我々二人は結婚して今から共に生きていきます。と、報告するための儀式だと聞いた。それなのに、その本人がいなくて一体何をするのだろう?
目を瞬くレイを見て、ルークは小さく笑う。
「そうだよ。まあこれは言って見れば、周りの人達が結婚するお二人を祝って精霊王にどうか彼らを祝福してくださいってお願いするための集まりなんだよ。だから、歌と演奏、それから舞いや踊りが中心で、精霊王や女神オフィーリアにそれらを捧げるわけだ」
ルークのその説明で納得した。アルス皇子もティア姫様もそれぞれの神殿で結婚式前日のおこもりの真っ最中なのに、本人達がいなくて一体何をするのかと思っていたが、それなら理解出来る。
「まあ、俺も知識として知っているだけで、実際に皇族の、しかも世継ぎの皇太子の結婚式の前日祭りに出るのは初めてだけどね」
「無茶を言うな。そんなの俺だって初めてだぞ」
丁度マイリー達が部屋に入ってきて、聞こえたルークの言葉にこっちを振り返ったマイリーとヴィゴが、上着を脱ぎながらそう言って首を振っている。
「ああそうか。アルジェント卿や父上は今の陛下のご成婚の時の事をご存知ですよね。どんな風だったのか聞いておけばよかったな」
「まあ、どうせ今日の俺達は、楽器の演奏と歌以外は座ってるだけだよ」
マイリーが、椅子に座って補助具を外しながらそう言って笑っている。
楽器の演奏と歌を担当するのは、グラントリーから式の一連の流れの説明を聞いた際にも言われているので、レイも頷いてから天井を見上げた。
「えっと……歌と演奏は、精霊王を讃える歌と、精霊王へ捧げる祈りの聖歌。それから、女神オフィーリアに捧げる歌。新たな門出に祝福を。最後が偉大なる翼に」
「偉大なる翼には、今日は全部演奏するから長いぞ」
指折り数えて、今から演奏する予定の曲を数えるレイを見て、ルークが横からその指を突っつく。
「うん。僕、練習では何度も演奏したけど、本番でこの曲を一から全部演奏するのって今回が初めてです」
真剣なレイの言葉に、ルークも苦笑いして頷く
「俺も、公式の場で全部演奏するのは久し振りだよ」
「それから、演奏だけの曲が、花の君へのパヴァーヌ。英雄行進曲。愛しき竜よ。えっとあと何だっけ?」
「古典演舞を専門にしている男性だけの倶楽部の銀狼の会が、月の光と、エントの大老に捧げる舞いを舞うから、俺達もその二曲は演奏で参加だよ」
「うう、そんなにたくさん演奏するんだ。考えただけで頭が痛くなってきました。間違ったらどうしよう」
改めて演奏しなければならない曲を数えると、その多さと長さに気が遠くなってきた。
「大丈夫だよ。今回は楽譜が目の前にあるから、少なくとも間違う危険は少ないと思うぞ」
ルークの言葉に、レイは目を見開いて振り返った。
通常、夜会などで演奏する際には、あらかじめ演奏する曲を知らせてもらう程度で、実際の楽譜を見ながら演奏するような事はしない。
「さすがに、これだけ全部は俺達だって無理だよ。特に偉大なる翼には、楽譜無しで全部弾ける奴はそうはいないと思うぞ」
「だよね。良かった。ちょっと安心しました」
肩を竦めるルークの言葉に、レイも苦笑いしてソファーに倒れ込んだ。
「こらこら、シワが出たら困るだろうが」
胸元を軽く叩かれて、慌てて腹筋だけで勢い良く起き上がる。
「どわあ!」
いきなり顔面に迫ってきた真っ赤な石頭に、悲鳴を上げたルークが後ろに仰反る。そのまま勢い余ってソファーから転がり落ちたルークは、しかしすぐに立ち上がった。
苦笑いしているレイの額を指で弾き、これ以上ないくらいに大きなため息を吐いた。
「お前なあ、いきなり起き上がるなって言ってるだろうが! 言っとくけど、今の俺を石頭攻撃してみろ。湿布を当ててご成婚当日なんて絶対嫌だぞ。もしそんな事になったら、俺はお前の顔にインクで髭と太眉毛を思いっきり描いてやるからな!」
腰に手を当てたルークの叫びに、二人の会話を聞いていた全員がほぼ同時に吹き出し、部屋中大爆笑になるのだった。
「お待たせ。それじゃあ行くとしようか」
マイリーがそう言って立ち上がる。今の彼が身に付けているのは、第一級礼装専用に作られた金属部分が総ミスリル製の見事な補助具だ。
軽く爪先立つようにして左足首を回してから、改めて伸びをする。
「これ、本当に軽くて楽で良いんだよ。だけどまあ、総額幾らかかってるか考えたら普段使いには向かないけどな」
「でも、毎日使う絶対に必要なものなんですから、マイリーが楽になるのなら良いんじゃありませんか?」
真顔のルークの言葉に、苦笑いしたマイリーが補助具を叩く。
「まあ確かに、そう言われたらそうかもな。じゃあ今度一度ロッカと相談してみるよ」
「総ミスリルは無理でもミスリルの比率を上げてもらうだけでも重量はかなり変わりますからね。相談してみる価値はあると思いますよ」
横から、これも真顔のカウリにまでそう言われて、小さくため息を吐いたマイリーは天井を見上げて頷いた。
「まあ強度と耐久性の面では、ミスリルに勝る金属は無いからな。ありがとう、ちょっと考えてみるよ」
以前のマイリーなら、自分の事は後回しにしただろう。
しかし、怪我をして以来彼なりにいろいろ考えるところもあったようで、時には今のように愚痴紛いの事も言うようになり、密かにルークやヴィゴは安堵しているのだった。
「それじゃあ行こうか」
誤魔化すようにもう一度そう言ったマイリーの言葉に、ルーク達も笑って後に続き、レイも慌ててその後ろをついて行った。
『いよいよ始まるな。其方の演奏と歌、楽しみにしておるぞ』
右肩に現れたブルーのシルフに嬉しそうにそう言われて、レイは満面の笑みで大きく頷いたのだった。
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