巫女達の務めとルークの草案

「ええと、蝋燭はこれで良かったのよね?」

「ええ、それで大丈夫よ。念の為、下の段にある予備の箱も一緒に台車に乗せておいてね」

「ああ、これね。了解」

 渡されたリストを見ながら、ニーカが倉庫を走り回って必要なものを集めている。

 クラウディアは、祈りの言葉が一枚一枚に書かれている、お供えのお菓子の下に敷く懐紙の束の数を数えているところだ。

 この倉庫にあるのはどれもティア姫様のための催事の際に使う道具や資材で、用途ごとに丁寧にまとめられている。

 彼女達が今集めているのは明日の祭事の際に使う懐紙、蝋燭と燭台、それから香炉と花瓶などの消耗品と装飾品だ。

 祭壇に飾るそれらの品々は、祭事の種類によって細かく決められておりその都度交換されている。



「最初に説明を聞いた時には、祭壇の飾りや燭台、蝋燭の数や太さまで決まってて、いちいち交換するなんてさ、なんて面倒だし何の意味があるんだろうって思ってたわ。だけど、ああやって実際に真剣にお祈りを捧げておられるお姿を見ると、確かに聖なる場を整える事の必要性と大切さを実感するわね」

 ニーカが、予備の蝋燭の箱を台車に積みながら笑う。

「本当にそうよね。昨夜のティア姫様はお綺麗だったものね」

「本当に全てが夢みたいだったわ。そこに自分が関わっているって事も含めてね」

 小さく笑ってそう言うと、台車の持ち手部分に座って一緒になって頷いているクロサイトのシルフに、そっとキスを贈った。



 昨夜は夜通し行われた、伝え火の祈り、と呼ばれる祭事に立ち会った二人は、一晩中ティア姫様のすぐ後ろでミスリルの鈴を鳴らしていたのだ。

 祭壇の左右に置かれた専用の巨大な燭台に捧げられた蝋燭は、全て集めると千本を超す数になる。

 灯火には、糸伝え、と呼ばれる特殊な技法が用いられていて、ティア姫様が灯した最初の一本の蝋燭の炎が全ての蝋燭に移るのだ。

 これは、それぞれの蝋燭の芯同士を専用のごく細くられた糸で全て繋ぎ合わせてあるためで、細い糸を伝って炎が次々と蝋燭に燃え移る見事な光景に、立ち会った巫女達は言葉も無く見惚れていたのだった。

 火蜥蜴達が、大喜びで炎が通るたびにはしゃぎ回り、シルフ達も大喜びで糸の上を走る炎を追いかけていた。

 話には聞いていたが、実際に炎があちこちに糸を伝って走るその光景を見て、精霊の見えるクラウディア達は目を輝かせてそれぞれの精霊達の様子を見ていたのだった。

 全ての蝋燭に炎が灯った後は、決められた祈りと歌をそれぞれ捧げてから、用意されていた香に最後の蝋燭の火を灯し、専用の香炉の中に収めたのだ。

 ティア姫様の長い銀の髪に蝋燭の炎がキラキラと照り映えて、まるでその髪に光が宿っていたかのようで、とても美しかった。




 巫女達は、四六時中ティア姫と一緒にいる訳ではない。

 祭事の際に交代で二人から三人でお側にいる時以外は、今のように次の祭事の準備をしたり交代で休憩に入ったりしている。

 まだややぎこちない部分はあるが、クラウディアやニーカ、ジャスミンとは精霊達の助けもあってかなり打ち解けて仲良くなっていて、ちょっとした合間に、少しくらいならお喋りも出来るようになっている。

 クラウディア達はそんなティア姫様の事を、単に誰にでも分け隔てなく接してくださるお優しい方なのだと思い感激していたが、実はいまだに人見知りがかなり激しい彼女にしてみれば、初対面の人とここまで仲良くなれたのは記憶にある限り初めての事で、これには彼女自身が一番驚いていたのだ。

 三人と仲良くなれれば、当然他の三人の巫女達とも会話する機会が増える。

 ここへ来てまだわずか数日だが、彼女はこの国へ来て良かったと思い始めているのだった。






「はあ……やっと出来たぞ。ラピスいるか? ああ、ちょっとこれに目を通して見てくれるか」

 ルークの言葉に、書類の上に現れたブルーのシルフが笑って大きく頷く。

「じゃあ、ここに並べるからな」

 会議室の広い机に、ルークが書き終えた草案が並べられる。

 しばらくの間、順番に書類の上を飛び回っていたブルーのシルフだったが、読み終えてルークのところへ戻って来た。

『ふむ、急いで書いたにしてはよくまとまっていると思うな。良いのではないか?』

「まあ、まだ乱暴な部分はあると思うけど、そこは専門家の方に頑張ってもらうよ」

『専門家に任せると言っていたな。誰に頼むのだ?』

「ジャスミンのお父上のボナギル伯爵だよ。彼は事務方だけど、土木課の責任者だからね。ドワーフの職人達からの信頼も厚い。オルダムの街の工事なんかは、ほとんどが彼の担当だからね」

『ほう、そうなのか。それならば心強いな。彼ならば信頼するに足る人物だよ』

「レイルズと仲の良いティミーって坊やがいるだろう。彼の亡くなられた父上のヴィッセラート伯爵も同じく土木課におられたんだ。ヴィッセラート伯爵が亡くなられた後、彼の右腕として働いていたボナギル伯爵が責任者になられたんだ」

『ほお、そのような経緯があったのか』

 感心した様にブルーのシルフが頷く。

『ルチルの主のお父上は、精霊達に愛されておるぞ。彼の周りには常にシルフ達が寄り添っている』

 それを聞いたルークは驚きに目を見開く。

「あれ? ボナギル伯爵って精霊が見えるようになったのか?」

 そのような話は聞かないが、有り得ない話ではない。それは、今現在精霊の見えない誰にでも起こりうる可能性のある話なのだ。

『いや、そうではない。普段の彼は精霊の類は一切見えぬよ。当然精霊魔法とも無縁だ。だが、ルチルの主を無条件で愛しみ守ってくれた彼を、精霊達は心から感謝して彼の事を守っているのだよ。まあ珍しいが無い話ではない。良いではないか。彼にとっても悪い話ではないのだからな』

 その説明に、またルークは目を見開いた。

「へえ、そりゃあすげえ。精霊に愛される人の話って聞いた事はあるけど、実際に会った事って無いからな。じゃあ今度伯爵に会ったら、最近周りに何か変化がなかったか聞いてみるよ」

 笑って書類を集めるルークに、ブルーのシルフも笑って頷いていたのだった。

 そしてルークは内心、人間不信だったラピスが、竜の主でもなければ精霊が見えるわけでも無い全く普通の人間であるボナギル伯爵の事を、信頼に足る人物だと評してくれた事実に、密かに喜んでいたのだった。

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