勉強会と交流の広がり

 途中に休憩を挟んで行われたゲルハルト公爵の勉強会は、非常に分かりやすい実践的な内容になっていた。

 実際のリオ川の橋の改修工事を例にとり、計画書の詳しい内容に始まり、工事が開始されれば具体的に影響を受ける橋の利用者数、街の経済状況の変化などが説明された。それから、工事に携わる延べ人数とかかった資金の内訳など、具体的な数字を上げて分かりやすく国家事業の仕組みとあり方を説明してくれた。

 当然、城で関わる人達の詳しい話も挟みつつ、すべての講義が終わる頃には、レイのノートには、もう隙間がないくらいにぎっしりと様々な事が書き込まれていた。

 当然、もらった資料にもあちこちに書き込みがしてある。他の皆のノートや資料も似たような有様だ。




「これ、帰ったら一度自分なりに整理してみると良いですよ。きっともっと理解出来ると思います」

 レイの倍以上は書き込みがある資料を整理しながら、ティミーが嬉しそうにそう言って笑っている。

 ティミーは、途中何度もレイが話について行けずに戸惑っている時に横からこっそり教えてくれたし、ジョシュアやチャッペリー達でさえ、何度も彼に質問して確認していたくらいだった。途中それに気付いたゲルハルト公爵は、ティミーにわざと話を振って、彼が堂々とそれに答えたり逆に的確な質問をするのを見て感心していた。

 レイは、苦手な政治経済が実はこんなにも国民の生活に直結していることを改めて見せられて、改めて頑張って勉強する気になっていたのだった。

「天文学だって、最初は全然分からなかったんだもの。政治経済だって、頑張ればもっと解るようになるよね」

 ニコスのシルフに笑ってそう話しかけると、この後に行われる懇親会に参加するためにまた別の部屋へ向かうのだった。



 最初は控え室に一人で入って来た小柄なティミーを馬鹿にしていた青年達も、すっかり彼を見直して話をしたがり、レイとティミーの周りからは最後まで人が絶える事が無かった。

 レイも、普段はほとんど関わらない事務方の若者達と様々な話が出来て、彼にとっても非常に有意義な時間になったのだった。

 終了の時間までは、あっという間だった。

 名残惜しげに手を振る新しく知り合った友人達を見送る。

「城ではこう言った夜会の形を取った勉強会も時々開催されているから、またよかったら参加してみれば良いよ。執事に希望の分野を伝えておけば教えてくれるよ」

「へえ、そうなんですね。分かりました、戻ったら聞いてみます」

 ジョシュアの言葉に、レイは感心したように頷く事しか出来なかった。

 勉強は学校でするものだと思っていたが、どうやらいろんなところに先生はいるものらしい。

 今の自分のいる場所とは全く違う人の話も聞いてみたくて、笑顔で何度も頷いていたのだった。




 迎えに来てくれたラスティと一緒に本部へ戻った。

「初めての勉強会はいかがでしたか?」

 渡り廊下を歩きながらラスティに聞かれて、レイは目を輝かせて初めて聞いた橋の補修工事に関する話をした。

「それならば、今度その資料を持ってマイリー様にお話を伺ってみてください。きっと今日とはまた違うお話が聞けると思いますよ」

「うん、僕もそう思ってました。今度休憩室で会った時にでも詳しい話を聞いてみます」

 嬉しそうに、ラスティが持ってくれた資料の束を見てまた笑った。

「すごく勉強になったよ。それに、また知り合いが増えました。すごいね。あちこちに友達が出来たよ」

 無邪気に知り合いが増えたと喜ぶレイを見て、ラスティは密かに苦笑いを堪えていた。



 実は正式に紹介されて以降、竜騎士見習いであるレイと知り合いになりたがっている人は大勢いる。伝手を頼って紹介してもらおうとするならばまだしも、伝手など持っていない人の中には、何とか自分の息子をレイと知り合いにならせようと、あちこちで密かに画策している下級貴族の者も多い。

 簡単に人を信用するレイと、出会いそのものをお膳立てしてでも知り合いになって仕舞えば、あとはこっちのものだと安易に考えている人は多い。

 しかし、精霊と古竜の守りがある彼には意図的に仕込んだ出会いはほぼ通用しない。

 そんな事になりそうな時には、精霊達が勝手に邪魔をして仕込みそのものを台無しにしてしまうからだ。

 例えば、夜会などで彼の目の前で倒れたり、具合が悪い振りをして見せれば確実に彼は親切心からほぼ間違い無く反応する。

 しかし、そんな計画があると、どれだけ内密にしていてもシルフ達にはすぐに分かる。

 彼女達は空気のあるところには何処でもいけるからだ。

 そのような場合には当然のように執事に合図して連れて来ておき、彼の目に触れる前さっさと片付けてしまったりもしている。

 心得ている執事達も、突然精霊達が姿を見せて何らかの合図をした場合、当然のように彼の周りに素知らぬ顔で待機しておき、ことが起こりそうな時には、いかにも気付いた振りをしてさっさと片付けてしまうのだ。



 今の所、おかげで彼の周りで邪な思いを抱くものは、ほぼ事前に駆逐されている。



 しかしマイリーはある程度はそういった人達とも、そろそろ関わらせて付き合わせるべきだと考えている。あまり周りが全部を防いでいると、世界全部が親切な人ばかりだなんてとんでもない勘違いを起こしかねないからだ。

 純粋な悪意を持った人。或は、己の利益の為に他人を利用しようとする意図を持った人。また自分の優位性を保つために相手をこき下ろし、無理矢理にでも屈服させようとする人。

 貴族社会の中には、そういった害にしかならないような人だって大勢いる。

 将来的には、そういった人達とも平然と素知らぬ顔で付き合えるようにならなくてはいけない。

 レイルズの、まだある意味狭くて閉鎖的な交友関係をどうやって広げさせてやるかは、最近のルークとマイリーの悩みの種になっているのだった。




 今回の、ゲルハルト公爵の勉強会は、そういった意味では新しい交友関係を広げるきっかけになると思われた。

 当然、招待する人はゲルハルト公爵が一人一人吟味しているので信用度も高い。若ければ誰でも招待しているわけではない。

 特に文官の長であるゲルハルト公爵は、当然、議員や文官達との交流が多い。そのため、今回の勉強会に参加している者達の半数以上が軍人では無い若者達だ。

 どうしても軍関係者に知り合いが集中しがちなレイにとっては、今日は貴重な交流の場となったのだった。




『お疲れのようだな』

 部屋に戻って、部屋着に着替えたレイは、クッションを抱きしめてソファーに転がって大きなため息を吐いた。

 そんなレイの胸に座ったブルーのシルフは、からかうようにそう言ってレイの顎にそっとキスを贈った。

「うん、ちょっと疲れたかな。立って話を聞いていただけなのにね」

『まあ、頭はかなり使っただろうからな。ほら、夜食を用意してくれているぞ。行って食べて来なさい』

 今度は顎を叩かれて驚いて横を見ると、丁度ノックの音がしてラスティがワゴンを押しながら入ってくるところだった。

「あ、良い匂い!」

 目を輝かせたレイが、抱いていたクッションごと腹筋だけで起き上がる。ふわりと飛び上がったブルーのシルフはそのままソファーの背に座り直す。

「お腹が空いて眠れなかったら大変ですからね。ご用意しておきましたので、どうぞお召し上がりください」

「ありがとうラスティ!」

 目を輝かせたレイは飛び起きて、大喜びで席に着くのだった。

 用意してくれていた、柔らかな肉団子と野菜が添えられたパンケーキを、レイは嬉々として平らげたのだった。

 ブルーのシルフとニコスのシルフ達はソファーの背に並んで座り、ご機嫌でパンケーキを平らげるレイを、愛おしげにいつまでも眺めていたのだった。

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