勉強会の始まりと友人達

 案内された会場は、あちこちに背の高い机が置かれた立食式になっていて、壁際には手でつまめるように工夫された軽食が何種類も用意されている。

 しかし、誰も料理には見向きもしない。

 数人ずつあちこちの机に分かれた一同は、そのまま黙ってゲルハルト公爵の到着を待った。

 レイは、ティミーとジョシュアとチャッペリーの三人と一緒に机の横に立った。

 皆が机の上にそれぞれ自分の手帳や万年筆を取り出す。

 しかし、ティミーは背が低い為、机の上で文字を書く事が出来そうにない。

 立った状態でも、胸の上辺りまで机があるのだ。

 顔を見合わせて困っていると、すぐにそれに気付いた執事の一人が、踏み台を持って来てくれた。

「どうぞ、こちらを使いください」

 足元に置いてもらった踏み台に立つと、何とか皆と同じ目線になれた。

「落ちないように気をつけてね」

「そうですね、うっかり踏み外して落っこちないように気をつけます」

 笑ってそう言ったレイに、ティミーも照れたように笑って頷いている。




「こちらの資料をどうぞ」

 執事が、用意されていた資料の束を机に配って回る。

 軽く紐で閉じられたその資料には、よく解らない数字の一覧や、ぎっしりと書かれた文字で埋め尽くされていた。何処かの街の地図も入っている。

 どうやら、配られたこれは何かの計画書のようだ。

 思っていた以上に本格的な勉強会のようで、レイは密かに焦っていた。

 資料に書かれている数字が何のものなのかさえさっぱり解らない。

 果たして今の自分の知識で話についていけるか若干不安になったが、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が目の前に現れて手を振ってくれた。


『大丈夫だよ』

『主様は安心して聞いていて』

『私達も一緒に聞くからね』


 優しいその言葉に安心して頷き、解らないなりにでも一生懸命資料を読み進めた。



 一人一部ずつ渡されたその資料の束を、会場にいる参加者全員が手に取って無言で目を通していた。

 レイの右肩に座ったニコスのシルフ達は、彼が頁をめくるたびに身を乗り出すようにしてその資料を読んでいた。

 途中でそれに気付いたレイは、机の上に置いて広げてニコスのシルフ達が読みやすいようにしてやる。


『ありがとうね』


 そっと頬にキスを贈ったニコスのシルフ達は、レイの腕に座って真剣に資料を読み込み始めていた。

 それぞれが資料を読み込んでいたため、しばらく静かな時間が過ぎる。



「ああ、これってリオ川の橋の改修工事の計画書だね」

 レイの呟きに、ティミーは嬉しそうに頷いて口を開いた。

「そうですね。この橋の改修工事の際、最初、僕の父上も事業計画担当者の一人として参加していたんです。でも、でも途中で体調を崩されてご病気だった事が判って、別の方が父上の仕事を引き継がれたんです。父上は、最後までこの事業の事を気にかけておられました。だから、出来れば工事が終わるまでに一度は現地を見ておきたくて……ヘイディット叔父上にお願いしたんですけれど、工事期間中は危険だから駄目だって言われてしまいました。来年中には終わるそうなので、完成したら絶対に見に行こうと思っているんです」

「へえ、そうだったんだね。あ、確かマイリーとタドラがこの前の巡行でそこへ行って来ていたよ。どんな風だったのか、今度会うまでにマイリーから詳しく聞いておいてあげるね」

「そうだったんですね。それは是非聞いてみたいです。よろしくお願いします!」

 目を輝かせるティミーとレイは頷き合い、笑顔でまた拳をぶつけ合った。



「へえ、仲良いんだな」

 そんな二人をジョシュアとチャッペリーが、揃って感心したように見ている。

「正式な紹介の後、挨拶回りをしていてその時に知り合ったんだ。この前は一緒に遠乗りにも行ったよ。ティミーはすごく賢いんだ。絶対、政治経済に関しては僕より詳しいと思う。僕、今日はもう教えてもらう気満々なんだよ」

 レイが精霊魔法訓練所の高等科に進んで、大学から教授達が来て個人授業を受けている事は彼らも知っている。そのレイルズよりも、まだ明らかに少年と呼べるこの小さな年下の彼の方が詳しい?

 信じていない顔の二人に、照れたように笑ったティミーは小さく一礼した。

「実は今月の初めから、王立大学の政治経済学部の特待生として通っています。年齢的な事を考えてくださって、今は寮生活はせずに、屋敷での個別授業と一部の講義のある日は大学へ通っています」

「ええ! さっき十三歳だって言ってたよな?」

 頷くティミーに、ジョシュアとチャッペリーだけでなく、周りの机にいた若者達も揃って振り返りティミーに注目した。

 あちこちから感心したようなざわめきが聞こえる。

「政治経済学部の特待生って……」

「うわあ、凄い。解らない所があれば、あとでティミーに教えてもらおう」

「俺もそうしよう。改めてこれからもよろしくな」

 改めて笑顔で手を握り合う彼らを見て、レイも笑顔になるのだった。



 こういった勉強会で同年齢の者達を意識して集めるのにはもう一つ、今まで育った環境とは違う場所で、新たな友人関係を築いてもらう狙いもあるのだ。

 彼らが今後成長して国の中枢に関わるような立場になった時、これらの人脈は当然、大切な繋がりとなってその人の財産となる。

 あちこちから改めて話しかけられたティミーは、とても嬉しそうにしていた。




「待たせたね。それでは始めようか」

 ゲルハルト公爵が入って来たところで、全員が口を噤んで前を向く。

「楽にしていなさい。別に勉強会といってもそんなに格式張ったものではない。自由に発言してくれて構わない。机の移動や議論も大いに結構。質問は随時受け付ける。あとで聞きに来てくれても構わないが、出来れば皆の前で発言するように」

 会場に響く公爵の張りのある声に、あちこちから返事の声が聞こえた。



 早速始まった政治経済とは何か、という説明の声を一言一句たりとも聞き漏らすまいと、レイは必死になって耳を傾けていた。

 机の上に座ったブルーのシルフの隣では、レイの腕から降りたニコスのシルフ達が並んで座り、ゲルハルト公爵の話を真剣に聞いていたのだった。

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