護るという事
翌朝、いつもの時間にシルフ達に起こしてもらったレイは、まだ眠い目を擦りつつも、起き上がって大きな欠伸をした。
それから、腕を伸ばして大きな伸びをする。
『おはよう、今日は少し曇っているようだな』
かけられた言葉に振り返ったレイは、少し形の歪んだ枕に座ったブルーのシルフに笑ってキスを贈った。
「おはようブルー。曇りって事は雨は降らないの?」
『ああ、それは大丈夫だ。明日あたり少し雨が降るようだが、それほど酷くはないな。小雨程度だ』
「じゃあ、今日は何をするのかな? でもまずは朝練だね」
ベッドから降りようとした時、ノックの音がして白服を手にしたラスティが入って来た。
「おはようございます。朝練に行かれるのなら、そろそろ起きてください」
「はあい、おはようございます。もちろん行きます! それじゃ顔を洗ってくるね」
勢いをつけてベッドから降りると、寝癖のついた髪を撫でながら洗面所へ走って行った。
「レイルズ様、念の為申し上げておきますが、後頭部の所も寝癖が凄いですよ」
からかうようにその後ろ姿に声を掛けたラスティは、元気な返事が返るのに小さく笑って、シワの寄ったシーツを剥がした。
昨夜も夜明け近くまで空を見ていたと報告が入っている。また眠れなかった様だが、どうやら心配するほどではない様で、密かに安堵しているラスティだった。
そんな彼を、ベッドサイドに座ったブルーのシルフが静かにして見つめていたのだった。
残念ながら、今朝もまだ誰も本部には戻って来ていなかったようで、一人で朝練に参加したレイは、来てくれたマークやキムと一緒にしっかりと柔軟をして身体を解し、走り込みの後は、来てくれたキルートに棒と木剣で相手をしてもらってしっかりと汗を流した。
「また腕を上げましたね。手合わせするのがそろそろ怖くなってきましたよ」
息を整えながら汗を拭いていると、嬉しそうなキルートにそう言われて、レイは慌てて首を振った。
実際に手合わせしてもらうと解るが、キルートも相当な腕の持ち主だ。恐らくだが、本気で打ち合えば、ヴィゴとだって対等に打ち合えるのではないかと思っている。
「まだまだ全然だよ。一度だけ棒術でカウリを投げ飛ばしただけで、竜騎士隊の人には、まだ誰にも勝ててないんだよ」
悔しそうなレイの言葉に、カウリが投げ飛ばされた時の事も見ていたキルートは、小さく笑って頷いた。
「確かにあれは上手くやりましたね。ですがまあ、あれは絡め手を取りにきたところを反撃しましたからね、まあ不意打ちと言われても否定は出来ませんね。正面から戦って勝とうと思ったら……」
そこでキルートは何故か言い淀んだ。
「ええ、教えてください。正面から戦って勝つにはどうしたらいいですか?」
目を輝かせて食いついてくるレイを見て、苦笑いしたキルートはレイを見て肩を竦めた。
「こう申し上げては何ですが、レイルズ様の動きは正直に過ぎます。筋は決して悪くはないのですが、あまりにも定石通りの攻め方や動きをなさるので、手の内を読み取るのが容易なのです。これは今のような訓練ならば笑い事ですみますが、実戦では致命傷になり兼ねません。太刀筋を相手に見抜かれると言う事は、はっきり申し上げて命に関わります」
実際に護衛の任に付いている人に言われた真剣な評価の言葉に、レイは小さく頷く。
確かに、いくら頑張ったところで今の自分がやっているのは所詮は訓練だ。
自分はまだ、自ら剣を持って戦う実戦の恐ろしさを知らない。
あの、全ての始まりとなった夜の悪夢の出来事は、確かに鮮明な恐怖の記憶ではあるが、今となっては何処か遠い別の世界の出来事だったようにも思える。
「キルートは……実戦の経験ってあるの?」
丁度良い機会だから、竜騎士隊以外の人からの話も聞いてみたかった。
今は訓練用の白服を着ているが、普段の彼はいつも第二部隊の制服とは違う服を着ている。服の中に専用の防具を付けていると聞いたが、どんな物なのかは知らない。
第二部隊の竜騎士隊付きの特別部隊所属の人には、様々な役割の人達がいる。当然だがレイも全部の人は知らない。
「初めて実戦に出たのは、まだ所属は第二部隊にいた頃ですから、確か十九の時ですね」
レイの質問に少し考えたキルートは、思い出す様に目を閉じて話してくれた。
「えっと、国境の砦ですか?」
実際の戦いは国境だけなのだと思っていたレイは、無邪気にそう尋ねた。
「いえ、当時の私は第二部隊の特別警護班の所属でした。ある貴族の方の護衛の任務についていた時の事ですね」
簡単に言われて、レイは思わず持っていた木剣を取り落としそうになった。
「えっと、それってつまり……」
「まあ、具体的なお名前は出しませんが、文官ですがそれなりのご身分の方でした。夜会の後、そのまま愛人と会うために一の郭の中を移動中、夜陰に乗じていきなり襲われたのです。その時、護衛の任に付いていたのは、まだ新人だった私を含めて三名、襲撃して来た相手は、全部で五名でしたね」
三人で、護衛対象である貴族を守り、五名の相手をするのは至難の技だろう。
思わず目を見張ってキルートを見た。しかし、今の彼には少なくとも見える所に大きな怪我は無い。
「だ、大丈夫だったの?」
小さな声でそう尋ねたレイに、キルートは苦笑して肩を竦めた。
「咄嗟に斬り付けられた剣を受け止め、習った通りに貴人の前に立ちはだかる様にして剣を構えました。怖かったですよ。相手は本気で殺しに来ていますからね。構えた剣先が自分でもおかしいくらいに震えていたのを今でもよく覚えています」
持っていた木剣を軽く構えて見せ、剣先をわざと震わせて見せる。
「相手がそれを見て笑ったのも覚えていますね。ですが、結果として誰も怪我もせず、襲撃犯は全て捉える事が出来ましたよ」
「ええ、すごい! どうやったんですか!」
目を輝かせて身を乗り出すレイに、キルートは困った様に笑って首を振った。
「タドラ様にも、見習い時代にこの話をしていて同じ事を聞かれましたね。ですが残念ながら、そんな格好の良い話ではありませんよ」
てっきり相手を一撃で仕留めて捉えたのだと思っていたが、違うのだろうか?
不思議そうにするレイに、もう一度肩を竦めたキルートは親指と人差し指で小さな丸を作って見せた。
「護衛の者達は、特殊な道具を幾つも持っています。まあ今は持っていませんが、護衛の任務に付いている時は今でも必ず携帯している物です。これくらいの小さな丸い球で、中には胡椒や唐辛子などの、強い刺激のある粉末が入っています」
何処かで聞いた覚えがある話が突然出て来て、レイは目を瞬いた。
「もしかして、それを相手に投げつけて……胡椒の刺激で相手の目が見えなくなった所を捕まえたの?」
レイの言葉に、今度はキルートが目を見張る。
「正解です。こういった小道具は卑怯だと仰る方もいらっしゃいますが、命のやり取りに卑怯も何もありませんよ。それで護衛対象を護れるのなら、胡椒であろうが薬であろうが私は何でも使いますよ。我々の任務は、護衛対象を失ったら終わりですからね」
「そうだね、確かにそうだ」
叙任式の時の腕比べの様に、騎士として正々堂々と勝負しなければならない時と、命を第一に考えての戦いでは動き方も攻め方も違うのは当然だ。
頷いてそう呟いてレイはふと思った。
竜騎士が実戦に出る時はどうなのだろう。
しかし、これは彼に聞いても彼も答えに困る質問だろう。
もう一度頷いたレイは、キルートを見て満面の笑みになった。
「凄いや、キルート。じゃあ僕と一緒に出かけている時も、その道具って持っているんですか?」
「もちろんです。他にもいろいろありますよ」
笑いながらそう言われて、大喜びで今度、時間のある時に見せてもらう約束をしたのだった。
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