サマンサ様との語らいと夕寝

「本日はお招き頂き誠にありがとうございました」

「では、これにて失礼します」

 そろそろ日も傾き始める時間になり、そう言って一同は揃って立ち上がった。レイも続いて立ち上がり、順番に改めて挨拶をする。



 車椅子のサマンサ様は、笑顔でレイの大きな手をそっと両手で包んだ。

「レイルズ、今日は会えて嬉しかったわ。あのね、貴方に一つ言っておきたい事があるの。年寄りの説教だと思ってくれて良いから聞いて頂戴」

 改まったその言葉にレイは笑顔で頷き、片膝をついて屈むようにしてサマンサ様に視線を合わせた。

「もちろんです。心して聞かせていただきます」

 その言葉に、笑顔になったサマンサ様は、レイの大きな手を優しく撫でた。

「まだまだこれから先、沢山の出来事が貴方を待っているわ。嬉しい事だけじゃなく、大変な思いをする事もあるでしょう。嫌な思いや、悲しい思いもね。だけど忘れないで。例えどんな経験であっても、それはいつか必ず形を変えて貴方の役に立つ時が来るわ。だからお願い。何があっても絶対に生きる事を諦めないで。人を愛する事を諦めないでね」

 思いの外真剣な声で告げられた言葉に、レイは慌ててシワだらけになったその小さな手を握った。もちろん、壊れ物を扱うように出来る限りそっと。

「もちろんです。僕の森の家族もいつも言っています。生きてさえいれば、生きてさえいればいつか必ずどんな出来事だって笑い話になるって。約束します、例え何があっても絶対に諦めません。僕の大切なブルーに掛けてお誓い申し上げます」

 その言葉に、満足したように頷いたサマンサ様は、レイの頬に改めてキスを贈ってくれた。

「今になって、こんなにも可愛い、愛しいと思える子に巡り会えたのですものね。長生きはするものね。後はアルスの子供を抱くまで、私も頑張って長生きしないといけないわ」

「もちろんです。それならいつか僕の子供も抱いてやってください!」

 勢いでそう言ってしまってから、自分が何を口走ったか気づいて、レイは唐突に耳まで真っ赤になった。



 後ろで感心したように二人の会話を聞いていたマティルダ様を始めとした女性達とルーク達が、見事に揃って吹き出している。



「まあまあ、それは楽しみね」

 目を見開いて、それからコロコロと楽しそうに笑ったサマンサ様は、両手を広げて車椅子から身を乗り出し、無言で慌てているレイをそっと抱きしめた。

「良いですか、大切な人の手を離してはいけませんよ。そして、困った時には私たちの事を思い出してね」

 真っ赤になったまま、レイは何とか頷いて立ち上がろうとした。

 しかし、サマンサ様は抱きしめた手を緩めず、改めてもう一度レイの大きな身体を抱きしめてくれた。

「己に課された荷をしっかりと持って、伴侶の竜と共に確実に一歩ずつ前に進みなさい。愛しい子よ。其方の人生に幸多からん事を」

 耳元で囁かれた優しい言葉に、驚いて顔を上げる。

 すぐ近くで見返してくれたサマンサ様はにっこりと笑って頷いてくれた。

 今度は、レイの方から思いを込めてその頬にそっとキスを贈った。






 奥殿を辞したレイ達は、その後揃って本部に戻った。

 今回、ほぼ聞き役に徹することが出来て楽をしたのはルークだけで、レイも正直言ってかなり疲れている。

 それ以外は文字通り疲れ果てて、ちょっと突っついたら揃って泣き出しそうな有様だ。

「はあ、疲れた。俺はちょっと部屋で休んで来るよ」

「俺も、今すぐ倒れる自信があるよ」

 大きく伸びをしたロベリオとユージンは、そう言って兵舎の自分の部屋に戻ってしまった。

 タドラもルークに手を上げて彼らの後を追う。

「まあ、休ませといてやれ。夕食までには起きて来るさ」

 苦笑いしたルークの言葉にレイも頷き、ルークと一緒に本部の事務所に顔を出してから、休憩室で夕食までの時間を過ごした。

 とは言え、ルークは何やら事務所から書類の束を持って来て読み始めてしまい、ソファに転がったレイは、クッションを抱えて小さな欠伸をした。

 そのまま目を閉じ、静かな寝息を立て始めた。

 ブルーのシルフとニコスのシルフ達が揃って現れて、背もたれに畳んで置かれていた膝掛けをそっと広げてレイに掛けてやる。

 それから、そのままレイの顔の横と胸元に座り、一緒に眠る振りを始めた。

 周りに現れたシルフ達は、入る場所が無くなってしまいレイの髪の毛をこっそり引っ張ったり絡めたりし始めた。

 ルークは、レイルズの上で膝掛けがふわりと広がったのを見て小さく笑ったが、特に何も言わずに無言で書類に目を落としていた。






「……様、そろそろ起きて……レイ……様」

 遠くに聞こえる自分を呼ぶ声が聞こえて、レイはぼんやりと目を開いた。

「あ、やっと起きたな」

 すぐ近くでルークの声が聞こえて、レイは目を瞬いた。自分を覗き込むルークと目が合う。

「ああれ、僕寝ちゃってました?」

「おう、そりゃあ気持ちよく熟睡してたぞ」

 先程見ていたはずの書類はもう無く、机の上には陣取り盤と攻略本が置かれている。

「じゃあレイルズも起きた事だし、そろそろ食事に行くか」

 立ち上がったルークの言葉に部屋を見ると、若竜三人組が揃ってこっちを見ている。

「お待たせしました」

 慌てて起き上がって髪を手櫛で梳く。

「レイルズ、悪い事言わないから顔洗って来た方が良いと思うぞ。ここ、よだれが付いてる」

「それから寝癖もね」

 ルークとユージンの言葉に、ロベリオとタドラが揃って右側の髪を触る。皆笑っている。

「うわあ、もうちょっと待っててください」

 悲鳴を上げたレイが慌てて洗面所に走る。

 聞こえる笑い声にレイも笑って、洗面所の鏡を覗き込んだ。

「ええ、何この頭!」



 洗面所から聞こえたレイルズの悲鳴に、四人は揃ってもう一度吹き出して大爆笑になったのだった。



『主様の髪は柔らかなんだよ』

『悪戯大好きだもんね』

『大好きだもんね』

『クルクル頭が可愛い』

『可愛い可愛い』


 嬉しそうなシルフ達の言葉に、もうルーク達は笑いをどうにも止められないのだった。

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