賑やかな時間

「ふにゃ〜おう」

 突然の鳴き声にレイは驚いて顔を上げた。

「あ、レイ。ごめんね。お菓子に夢中で気が付かなかったよ」

 レイの足に何度も頭突きをした挙句、それでも気付いてもらえなかった猫のレイは、伸び上がって彼の太腿に前脚を乗せて、まるで文句を言うかのように大きな声で鳴いたのだ。

「ごめんって、そんなに怒らないでよ」

 笑って抱き上げると、そのまま抱きしめてやる。

 レイの肩に顎を乗せて、しがみついた猫のレイは嬉しそうに物凄い音で喉を鳴らし始めた。

「はいはい、でも今から僕はお食事とお菓子を頂くんだから、君はここにいてください」

 執事が持ってきた膝掛けを、前回と同じようにレイの足に広げてくれたのを見てから、自分の膝に下ろしてやる。

「分かった? ここだったらいても良いからね」

 額を撫でてやり、当然のように膝の上で丸くなる大きな背中を撫でてやる。

「相変わらず、大人気だな」

 ルークのからかうような声に、レイも笑って頷く。

「これ絶対に、僕の事は自分の椅子だと思われてるよね」

「でもおかげで、私はゆっくり頂けるわ」

 笑ったマティルダ様の言葉に、皆も笑顔になった。

 カウリは今日はいないので、猫のフリージアと子猫のタイムは、カナシア様とスカーレット様の膝の上でご機嫌だ。とは言え、タイムはもう子猫とは呼べない大きさになっている。

「本当に、子猫の小さな時期ってあっという間なんですね」

 笑ったレイの言葉に、マティルダ様が手を伸ばしてレイの膝で寛ぐ猫のレイを撫でた。

「本当にそうよ。例えばこの子は、一番最初に私が見た時は、片手に乗るくらいに小さかったわ。確かこれくらいだったわね」

 そう言って、両手を重ねて丸くして見せる。

 レイの拳よりも少し大きい程度だ。

「ええ。それが……コレですか?」

 レイの悲鳴のような言葉に、若竜三人組がそろって吹き出す。

「確かに、初めて見た子猫のレイは、小さかったな」

 ルークの言葉にロベリオ達も笑って頷いている。

「じゃあ、タイムも大きくなるのかな?」

「どうかしらね。タイムは女の子だから、レイほどは大きくならないと思うけれどね」

 確かに、フリージアも大きい事は大きいが、猫のレイと並ぶと一回り小さい。雄と雌では明らかに骨格が違う。

「こんなに可愛い子が三匹もいて、賑やかで素敵ですね。ちょっと羨ましいです」

 嬉しそうにレイがそう言って、膝の上で熟睡している猫のレイの頭を撫でてやる。

「兵舎は愛玩動物は禁止だからね。飼うなら一の郭の屋敷にしろよな」

 ルークの言葉に目を輝かせるレイを見て、マティルダ様は嬉しそうに笑った。

「あら素敵ね。それじゃあ次に仔猫が生まれたら是非一匹貰ってやってちょうだいな」

「ええ! 良いんですか! あ、でも嬉しいですけど……あの広いお屋敷に一匹だと、寂しくないですか?」

「あら、じゃあ二匹でも良いわよ」

 咄嗟に頷きそうになるのを、必死で我慢して、レイは首を振った。

「あの、まだ自分の面倒も見られないのに、愛玩動物なんて飼えません! もう少し、もう少し色んな事が自分で出来る様になったら考えます」

 情けなさそうに眉を寄せるレイに、その顔を正面から見てしまったマティルダ様とサマンサ様がそろって小さく吹き出し、その場は笑いに包まれた。



「まあ確かに、何であれ動物を飼うっていうのは、責任が生じるからな。飼わないって選択ももちろん有りだぞ」

 ルークの言葉に、レイはもう一度眉を寄せて小さく頷いた。

「自分で、もう大丈夫だって思ったら、その時はお願いします。だからそれまでは、猫を触りたくなったらレイを撫でて我慢します」

「まあまあ、立派な事を言うようになったのね。もちろんよ。じゃあその日が来るのを待っているからね。しっかりお勉強なさい」

 身を乗り出したマティルダ様に頬にキスをされて、レイは照れたように笑った。

 それから後は、順番に出された豪華な料理の数々を頂いた。

「パンはふかふかだし、ハムも食堂で食べるのと全然違うね。すごく美味しい」

 お皿の縁に座ったブルーのシルフに、レイは次々と料理を平らげながらそう言い、終始ご機嫌だった。




 昼食とは言っても、竜騎士達の前にはいくつもの料理が出され、皆おいしそうに食べていたが、マティルダ様を始めとする女性陣の前にあるのは、同じものだが量が明らかに違う。

 女の人は、本当にこんなに少ししか食べなくて大丈夫なのかと、密かに心配しているレイだった。




 満面の笑みで食後に、花畑のように飾り付けられたカスタードプディングを平らげているレイを、皆、苦笑いしながら眺めていた。

 レイの前に置かれていたのは、彼の為の特別製の一品で、それ以外の人達の前には、小皿に盛り付けられたカスタードプディングだけが置かれている。少しのクリームと、果物で作られた小さな花が一輪飾られているだけだ。

「相変わらずよく食うな」

 ロベリオの呆れたような言葉に、皆笑っている。

「大丈夫です。甘いものは別腹と申しましてな」

 胸を張ってやや低い声でそう言ったレイの言葉に、また部屋は笑いに包まれたのだった。




 その後は、皆でソファーのある窓辺に移動して、のんびりとお茶を飲みながらの歓談の時間になった。猫のレイは、引き続きレイの膝の上だ。



 当然のように女性陣がタドラの詳しい話を聞きたがり、真っ赤になったタドラをロベリオとユージンが両側から確保して、時折ルークが横から解説しながら、急転直下の婚約発表までの話をした。

 皆、目を輝かせて一々詳しく聞きたがり、あまり詳しく知らなかったレイも、一緒になって夢中で聞いていたのだった。




 事の起こりであるミレー夫人のお茶会への訪問の際、強制的に見合いをさせられそうになったタドラをカウリとレイが揃って庇ってくれた事。

 そして、その日の夕食後のヴィゴとカウリのやり取り。

 これはルークがマイリーからかなり詳しく聞いていたので、彼が詳しい話をした。

 そこで判明したのだが、この婚約騒動の全体図を、この場でほぼ把握していたのはルークだけで、ロベリオ達でさえ、カウリが裏からヴィゴを焚き付けてくれた事は初耳だったのだ。

「へえ、さすがだな」

「これは僕らでは出来ないね」

 感心したようなロベリオとユージンの言葉に、レイも何度も頷いていたのだった。



「あれはカウリが仕掛けてくれたんですか。話が急だったから、正直言ってかなり驚いたんですよね」

 タドラ自身も、ヴィゴが初めて自分の部屋に来てクローディアとの結婚の話をしてくれた時、裏でカウリ達とそんなやり取りがされていたなんて、初めて聞いたのだった。

「あれ、ヴィゴから聞いてなかった?」

「今、初めて聞きました」

 苦笑いするタドラに、ルークは呆れたように肩を竦めた。

「ヴィゴって、戦場ではこれ以上無いくらいに勇敢だし頼りになるんだけど、いざ自分の事になると、急に色々と駄目になるんだよな。あれは本当にどうしてなんだろうなあ」

「ええ、ヴィゴはとっても頼りになるのに」

 レイの大真面目な言葉に、またしても部屋は笑いに包まれるのだった。



 花祭りの会場で、タドラが竜騎士の花束を取った時の事は、サマンサ様までが、まるで少女達のように目を輝かせて聞きたがり、洗いざらい全部言わされたタドラはもう、途中から赤くないところは無いくらいに真っ赤になっていたのだった。

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