ルークとヴィゴ

「それにしても、タドラの変わりようにもちょっと驚きでしたよ。タドラは腹括ると強くなるタイプだったんだな。敵に回さないようにしよう」

 小さく笑うルークに、ヴィゴも笑っている。

「最初に彼に話をもって行った時、戸惑ってはいたようだったが真摯に受け止めてくれたよ。俺は、まずはそれで充分だと思っていたんだがな」

 含みを持たせた言い方に、ルークが顔を上げる。

「タドラは自分の考えを話してくれた。自分の理想の家族の事なんかをな」

 納得したように無言で頷く。タドラの家族の事は、その後の騒動も含めて当然ルークも全て知っている。

「彼は気にしていたが神殿との関わりについても同じだ。全部考えて、俺はそれでも彼が良いと思った。だからそれも全部話した」

「つまり、そう言った問題も全部含めた上で、それでも彼に結婚の話をした訳ですか」

 自分の空になったグラスに新しいウイスキーを注ぎ、ほぼ空になったヴィゴのグラスにも入れてやる。

「少し前に、タドラはレイルズに、自分の家の話をしたらしい、その後の、ここへ来る際の神殿との問題もな」

「レイルズだったら……なんて言うかな?」

「難しいんだねって、大真面目に言われたそうだぞ」

「あいつらしいな」

 小さく吹き出し、摘みの胡桃を割る。

「その後でこう言われたそうだ。じゃあ、その事情を分かった上で、それでもって言われたら、とな」

「ああ、レイルズが言いそうな台詞ですね。それで?」

「タドラはこう答えたそうだ。そんな人がいるとは思えないけれど、もしもそこまで言ってくれる人がいれば、考えてみてもいいかもね、とな」

 ルークはその言葉に無言で拍手をした。

「それもまた、天の采配ですよね。そうか。ここでも、恵みの芽は健在だったか」

 しみじみとそう呟き、持っていたグラスを捧げた。

「天の采配と恵みの芽に心からの感謝と祝福を」

 その言葉にヴィゴも笑って、持っていたグラスを捧げた。




「それにしても、貴方がタドラの父親になるとはね」

「何だ、悪いか?」

 笑って何か言いたげなルークの腕を突っつく。

「俺はね……」

 ルークはそこで一旦言葉を切り、残っていたウイスキーを一気に飲み干した。

「俺はここへ来て、最初の一年は、もう本当に外面を取り繕うのに必死でした。それこそ、部屋に戻ったらもう立ち上がれないくらいでしたよ。ジルには本当に心配を掛けました」

 俯いて自嘲気味にそう言って肩を竦める。

「翌年に、貴方がガーネットの主になったと聞かされた時、俺は正直言って一番最初にこう思いました。どうして貴方なんだ。ってね」

 驚きに目を見開くヴィゴを、ルークは横目で見て小さく笑った。

「貴方には、きっとこんな感情は理解出来ないでしょうね。俺には、貴方が自分の後輩になるだなんて考えられなかった。あの時の感情を一言で言い表すとすれば、どうしよう。ってのが一番近いですね。本当に、途方に暮れたと言ってもいい」

 苦笑いして首を振るルークをヴィゴは困ったように見つめていた。



「国境にいた頃の貴方の武勇の数々は聞き及んでいました。サディアスの再来と呼ばれ、武勇に優れただけでなく部下思いで面倒見が良い。はっきり言って、貴方を悪く言う奴は国境の砦には一人もいませんでしたよ。貴方が大怪我を負った時の事も詳しく聞きました。悪天候の中、深夜の強襲で城壁の一部が破壊された際、竜騎士が来るまでの時間稼ぎの為に真っ赤な旗を振ってタガルノ軍を挑発して自分に引き寄せたと」



 それは、今でもヴィゴを語るなら、国境の兵士達ほぼ全員が口にするであろう話だ。

 深夜の暗闇と悪天候に乗じて密かに国境ギリギリまで運ばれた投石機により、十六番砦の城壁の一部が突然破壊され、いきなり戦線が開かれた時の事だ。

 王都から竜騎士達が駆けつけるまでの数刻、ヴィゴは夜目にも分かる真っ赤な旗を騎竜にくくり付け、破壊された城壁の隙間からラプトルの大跳躍で単身飛び出し、文字通り戦場を縦横無尽に駆け抜けタガルノの士官の多くを切り捨てて見せたのだ。

 彼の働きで突入して来たタガルノ軍の足並みが乱れ、城壁を破壊されてパニックに陥っていた砦の兵士達は立ち直り、竜騎士達が駆けつけるまでの間、見事に砦を死守したのだ。

 ヴィゴは、矢を腕と足に受け、更には右足に槍で突かれた怪我を負いつつも、竜騎士達が到着してタガルノ軍が逃げ出すまで前線で戦い続けた。

 その後、気を失って騎竜から落ちた彼を、慌てたマイリーが竜の背に乗せて砦まで運んだ時、誰からも反論は聞こえなかった。

 通常、竜騎士が一兵士を戦場で運ぶ事など有り得ない。

 しかし、彼の働きがなければ十六番砦が落ちていたであろう事は、その場にいた兵士達全員が知っていたからだ。

 重症の彼は、その後オルダムへ輸送され白の塔で治療を受ける事になる。そしてその後、彼も己のもう一つの運命と出会う事になるのだった。




「昔の話だよ」

 苦笑いするヴィゴに、ルークは改めてグラスを捧げた。

「実は、見習い期間中から貴方の話を聞いて、俺は密かに思ってた事がありましたよ」

「密かに思っていた事?」

 不思議そうにヴィゴが顔を上げる。


「ええ、どうして貴方が俺の父親じゃなかったのか、ってね」



「お前……」

 簡単に、軽く言われたその言葉にヴィゴは言葉を無くす。

「正直言って、今でもまあ……あの人の事は、全く思うところがない訳じゃ有りませんよ」

「それは……」

「分かってます。だからもうそれは良いんです。だけどあの頃は……あの頃はもう、正直言ってあの人への意地と見栄で、必死になって突っ張っていた部分が間違いなく有りましたからね」

 誤魔化すように軽く笑っているが、その当時、彼の中でどれ程の苦しみと葛藤があったのかは容易に想像出来る。

「そんな時に、貴方の武勇をあちこちから聞かされ、残念ながら直接会う機会はありませんでしたが、俺は、ずっと貴方に憧れていましたよ」

「武勇で言うなら、公爵閣下は俺など足元にも及ばんと思うが?」

「だけど、あの男は理由はどうあれ、母さんを結果として見捨てた。その上、例の発言で、俺の中ではあの当時、正直言ってもう父親なんて死んでる。くらいの扱いでしたからね」

「それはまた……」

「そんな時に、貴方が竜騎士になった。その時に思ったんです。絶対貴方を大先輩として扱おうって」

「そうだったな。竜騎士としては一年だけ先輩ですが、貴方は人生の大先輩です。どうか色んな事を未熟な俺に教えてください。お前は初めて会った俺にそう言ったんだったな」

「あはは、改めて言われると、相当恥ずかしいですよね」

「正直言って驚いたよ。だけど有り難かった。それに、お前がそうやって下手に出てくれたおかげで、結果としてお前の扱いも、貴族達の間で変わったからな」

「人生の先輩を立てる事が出来る、案外素直な奴。ですか」

 苦笑いしながら、空になったグラスにまたウイスキーを注ぐ。

「何だ。知っていたのか」

「まあ、これでも情報収集には少々自信がありましてね。別に、あんな奴らにそう思われたくてやったわけではありませんでしたから、知らん顔してましたけどね」

 平然とそんな事を言うルークに、ヴィゴは呆れ顔だ。

「お前も、大概ひねくれてるなあ」

「申し訳ありませんね。素直じゃ無いのは生まれつきなんです」

 顔を見合わせて笑い合った。

「俺は確かに、お前よりも歳上だし、人生経験も多いのかもしれんが、お前の過ごして来た人生だって、相当な人生だと思うぞ」

「あはは。まあそれに関しては否定はしませんけどね。経験の幅が違いますよ。俺のは、所詮は狭い世界での個人間の争いですよ」

 誤魔化すようにそう言って肩を竦めるルークに、ヴィゴは更に何か言いたげだったが、苦笑いして黙って首を振った。



「まあ人生色々あるさ。それこそレイルズのご家族が言っておられた話だ。生きてさえいれば、何であれいずれは笑い話になる。我らの人生もそうであるように願うよ」

「本当にそうですね。まあ、今日の話は、確実に今後のからかいの種になるでしょうけどね。俺は今から二人の結婚式が楽しみでしょうがないですよ。絶対、貴方は最前列に座らされて号泣してると思うな」

「言うな。今から考えただけでも泣きそうになってるんだからな!」

 また顔を覆って机に突っ伏したヴィゴの叫びに、ルークは大喜びで手を叩いて笑っていたのだった。



『成る程な。それぞれに様々な思いがあるのだな』

『ルークはヴィゴに憧れてましたからね。今の気持ちを一言で言うなら、タドラが羨ましい。でしょうかね』

 ルークの竜のオパールの使いのシルフが、ブルーのシルフの隣で笑っている。

 それを聞いたヴィゴの竜であるガーネットの使いのシルフも、その隣で笑って何度も頷いている。

『それでも皆、己を偽らず精一杯生きようとしている。成る程な。真摯に生きようとする人の子と言うのは、これ程に愛しいものだったのだな。ここへ来て、思い知ったな』

 感心したようなブルーのシルフの呟きに、二人のシルフ達だけでなく、周りにいた何人ものシルフ達も、揃って嬉しそうに頷いていたのだった。

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