それぞれの夜

 ようやく宴がお開きになり、レイ達も揃って会場を後にした。

 しかし、そのまま本部には誰も戻らず、一旦城の中にある竜騎士隊専用の部屋に集まった。

 当然ヴィゴの一家も一緒だ。

 改めて着席した彼らの前に、軽食が用意される。

 会場ではレイ以外は誰も、殆ど食べていない。先に軽く食べてはいるが、とにかく皆用意された軽食を食べた。

 合間に、ロベリオとユージンがタドラを揶揄からかい、その度に皆で笑い合った。



 丁度食べ終わった頃、アルス皇子が駆けつけてきた。

 皇子は、城の精霊王の別館にて、婚礼前の決められた祈りに参加していて今夜の夜会は不参加だったのだが、ヴィゴからの連絡でタドラとクローディアの婚約が整った事を聞かされ、自分の務めが終わったところで大急ぎで駆けつけて来たのだ。

 皇子からの祝福を受けるタドラとクローディアは、とても幸せそうだ。

 レイは、ぼんやりとソファーに座ってそんな二人を眺めていた。

「どうした? ずいぶんと大人しいじゃないか」

 隣にルークがそう言って座る。

「とっても素敵だよね。ずっと見ていたくなる……」

「羨ましいか?」

 思いの外、優し声でそう聞かれて、レイは黙って小さく頷いた。



 実はずっと考えていたのだ。

 もしも今日、自分が竜騎士の花束を取れていたとしたら、果たして彼女は受け取ってくれただろうか、と。

 だけど、その答えは自分の中には無い。

 だから自力で花束を取り、見事に彼女を射止めたタドラは、本当に格好良いと思った。

 そしてそれと同時に、仲良く寄り添い合い、皆に祝福される二人が羨ましかった。

「残念だったな。来年こそ頑張れよな」

 苦笑いしたレイは、小さなため息を吐いた。

「ねえルーク、一つ聞いても良い?」

「俺に答えられる事ならな」

「もし僕が……今日……」

 しかし、言葉は続かず、レイは黙って首を振った。

「ごめんなさい。やっぱりいいや」

 小さく笑ったルークは、黙ってレイの背中を撫でてくれた。




 執事が迎えに来て、イデア夫人とクローディアは一の郭の屋敷に戻って行った。

「あれ、一緒に戻らないんですか?」

 ルークの言葉に、ヴィゴは笑って首を振った。

「今夜は、女性だけの内緒話があるそうだからな」

 優しく笑ったその横顔を、ルークは何か言いたげに見つめていた。



 アルス皇子はそのまま奥殿へ戻り、残りの皆はそのまま本部へ戻った。

 疲れていた事もあり、レイは軽く湯を使って早々にベッドに潜り込んだ。

「おやすみなさい。明日も貴方に蒼竜様の守りがあります様に」

 ラスティがいつもの挨拶をして額にキスをくれる。

「おやすみなさい、明日もラスティにブルーの守りがあります様に」

 レイも、いつもの様に頬にキスを返した。

 ランプの火を落として、一礼して部屋を出て行くラスティを見送る。

 ベッドに横になったまま、黙って天井を見上げる。大きなため息を吐いた。

『どうした、眠れぬか?』

 ブルーのシルフが目の前に現れて、心配そうに覗き込んでくれる。

「うん、色んな気持ちがグルグルしてて、何だかよく分からないんだ」

 そのままもう一度大きく深呼吸をして、毛布を引き上げて目を閉じた。



 しかし気が高ぶって眠れず、しばらくモゾモゾと何度も寝返りを打った。

「ああ、駄目だ。寝るのやめる!」

 そう言って諦めて起き上がった。

 足元の籠に置いてあった、ニコスが編んでくれたカーディガンを羽織る。

 そのまま窓へ行き、カーテンを開いて窓を全開にする。雲一つないよく晴れた空が広がっている。今日は月は見えない。

 スリッパを脱いで窓枠に上がり外に足を出して座る。

 下からこちらを見上げる見回りの兵士に笑って手を振り、手を振り返してくれた事を確認してから改めて空を見上げた。

「月が無いから、今日は星がよく見えるね」

 窓辺にいつも置いてある大きな天体盤を手に取り、日付を合わせる。

「今日の空はこれ……」

 そう呟いたっきり、黙って空を見上げる。

 ブルーのシルフはレイの右肩に座り、ずっと黙ったまま彼の沈黙に寄り添い続けた。






「シルフ、タドラは何をしてる?」

 湯を使って一息ついたルークの質問に、机の上に現れたシルフが答えてくれる。


『ロベリオとユージンと一緒にお酒を飲んでるよ』

『いっぱい揶揄われてるの』

『三人ともずっと笑顔だよ』

『楽しい楽しい』


「あれ、先を越されちゃったな。ヴィゴは? マイリーと呑んでるかな?」


『マイリーはカウリとお話ししてるよ』

『陣取り盤を挟んで呑んでるよ』

『カウリのここにシワが寄ってる』


 自分の眉間を指差しながら、笑ったシルフがに答える。

「あはは、呑んでるマイリーと打つなんて、カウリもやるなあ。へえ、じゃあヴィゴは一人なんだ」

 頷くシルフにキスをして、部屋着のままルークは立ち上がった。

 右手に自分の剣を持ち、グラスミア産の年代物のウイスキーの瓶を戸棚から取り出す。

 それを左手に持って、隣のヴィゴの部屋に向かった。



 まず、ヴィゴの従卒であるパトリックの部屋の扉を軽くノックする。

「おや、ルーク様。いかがなさいましたか?」

 扉を開けたパトリックは、まだいつもの第二部隊の服装のままだ。

「ヴィゴはまだ起きてるよね。一杯やろうと思ってさ。何か摘みになる物をお願い出来るかな」

「かしこまりました。すぐにお持ちします」

 にっこり笑って、いったん下がる。

 ルークは扉を閉めて、隣のヴィゴの部屋をノックした。

「ああ、お前か。どうぞ」

 まるで来るのが分かっていたかのようなその言葉に、ルークが小さく笑う。

「秘蔵の一本を持って来ましたよ」

 部屋に入ってすぐのところにある剣置き場に自分の剣を置き、ルークが部屋に入る。

 ヴィゴももう部屋着に着替えていて、机の上には陣取り盤が置かれていたが、駒はバラバラで陣を為していない。

 パトリックが摘みをいくつか用意してくれて、氷の入った入れ物と一緒に水差しを並べてすぐに部屋を出て行った。



「お疲れ様でした。舞台裏の話を聞きたくてね」

 ウイスキーの栓を抜きながら、揶揄うようにそう言ってやると、ヴィゴは唐突に真っ赤になって、大きな手で顔を覆った。

「我ながら、らしくない事をしたと思ってるよ。だけど、それだけ必死だったんだ」

「別に恥ずかしがる事じゃありませんよ。今夜の事で俺は貴方を見直しましたよ」

 氷を入れたグラスに、開けたばかりのウイスキーをたっぷりと注ぎ、一つをヴィゴの前に置く。

「精霊王に、感謝と祝福を」

 グラスを上げて声を揃える。

 それから二人同時に、グラスを傾けた。



「今回の一件の根回しって、いつから何処までやってたんですか?」

 その言葉に、またヴィゴが顔を覆う。

 そこでヴィゴの口から、見習い二人とタドラが一緒に行った夜会で、うっかりタドラがお見合いされそうになった事、事前にヴィゴから話を聞いていたカウリが頑張ってくれて、こっそり場を壊してくれた事、そしてその帰りにカウリがこっそり行ったはかりごとの話をした。

 途中からルークはもう我慢する事をやめて、ずっと笑っていた。

「そっか、てっきり父上が謀ったとばかり思ってましたよ。まさかのカウリが仕掛け人だったか」

 グラスを傾けながら、感心したように笑う。

「彼には今回、本当に世話になったよ」

 ヴィゴの言葉には、万感の思いがこもっている。

「ああ言う、世馴れた人がここに来てくれたのは、本当に天の采配ですよね。何もかもが、良い方に良い方に転がっていってる気がする」

「全くだ。精霊王に感謝と祝福を」

 笑った二人は、もう一度乾杯をした。

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