幸せの花撒き

「レイルズ、準備出来てるか?」

 丁度身支度を整え終わったタイミングでノックの音がして、ルークの声が聞こえた。

「はあい、今終わったところです」

 振り返って返事をしたレイは、急いで扉を開けて廊下へ出た。

 廊下には、ルークとタドラが待っていてくれた。

「お待たせしました!」

「よし、それじゃあ行くとするか」

 手を叩き合って、一緒に中庭に出る。



 そこには三頭の竜が、並んで準備の真っ最中だった。



 ルークとタドラの竜には、既に鞍が取り付けられて、花束が入った大きな蓋付きの箱を取り付けている真っ最中だ。

 対してブルーは、まだ竜人の兵士達が手分けして作業していて、鞍を乗せてベルトを今から締めるところのようだ。

「手伝います。何をしたら良いですか?」

 大きな声で呼びかけ、駆け寄って行った。

「ああ、レイルズ様。ありがとうございます。では、上をお願い出来ますか」

 いつもお世話になってる、竜人のハインツ少尉がベルトの束を渡してくれたので、頷いて受け取り、そのまま腕からブルーの背中に上がった。

 反対側からも声がしてベルトの端を投げられたので受け取り、それは一旦足で踏んで止める。

「ええと、こことここを繋いで、こっちにまわすんだったね」

 確認しながらベルトを繋ぎ、反対側に合図してベルトの反対側を落とす。

 もう一度腹側に回されて、別の部分と繋げられたベルトの端がまた投げ上げられて、シルフが掴んで手元まで持って来てくれた。

 置かれていた鞍を定位置に乗せてから、金具に通して反対側も繋ぐ。

 もう一本投げ上げられたベルトも同じようにして鞍に繋いだら完成だ。

「出来ましたよ。花束の籠を上げてください」

 下に向かって叫ぶと、姿は見えないがハインツ少尉の返事が聞こえた。

「失礼します」

 別の竜人の兵士が二人上がって来てくれて、一緒に花束の入った箱を引き上げ、ベルトの金具に取り付けて行った。

 これらの金具は、本来は緊急用に人を乗せた担架を繋いだり、荷物を運ぶ時に運搬用の箱を繋ぐ時に使う金具だ。

 花祭りの時には、それら全ての金具を使ってありったけの花束の入った箱を取り付ける。

 それは金具が問題なく稼働するかを確認する意味もあるのだと教えられた。

 竜人の兵士達は、丁寧に金具を確認しながら順番に箱を取り付けていく。レイは横で箱を支えたり、時にはシルフの手も借りて箱を引き上げながら次々と取り付けて行った。

 ありったけの箱を乗せた後、アルス皇子の乗るルビーよりも多い数の箱を取り付けられた事を、竜人の兵士が感心したように教えてくれた。




「ブルーのベルトは、ルーク達の乗ってる竜達のベルトよりも金具の数が多いんだね」

 兵士達が降りて行った後、鞍に座って見えている箱の数を数えながら感心したように呟く。

「まあ、ベルトそのものも他の竜達よりも多いのだからそれは当然だろう。それはつまり、大きな身体ならそれだけ緊急時には多くの人や物資を運べると言う事だからな」

「すごいや。ブルーは頼りになるね」

 嬉しそうにそう言って笑い、ブルーの大きな首元をそっと撫でた。



「準備は良いかい。そろそろ上がるよ」

 耳元でルークの声が聞こえて、レイは元気に返事をして顔を上げた。

「それじゃあ、行こうブルー。幸せは皆で分かち合わないとね」

 赤くなった顔で小さな声でそう言うレイを見て、ブルーは嬉しそうに笑って喉を鳴らし大きく羽を伸ばした。

 最初にルークの乗った艶消しの真っ白なパティがゆっくりと上昇し、その後にタドラの乗った新緑の緑色のベリルが続く。

 最後にブルーの巨体が大きく翼を広げてゆっくりと上昇した。



 竜は精霊の加護があるので、上昇する時に鳥のように忙しなく羽ばたく事は無い。

 上空でルークの乗ったパティとタドラの乗ったベリルが横に並び、その後ろにブルーがついた。

 驚いた事に、二頭の竜が少し離れて並んで翼を広げた大きさよりも、ブルーが翼を広げた大きさの方が大きいのだ。

 改めて並ぶと、ブルーの大きさは際立っていた。



 上昇する竜達を見た城から大歓声と拍手が沸き起こり、レイの耳元で声が聞こえた。

『いってらっしゃい!たくさんの幸せを届けてね』

『いってらっしゃい!幸せは皆に分けないとね」

 慌てて前の二人を見たが、全く無反応だ。

 どうやら今回は、ちゃんとレイにだけ声が届いているらしい。

「うん、行ってくるよ」

 笑ってそう言い、下に向かって手を振った。

 二頭の竜に続いて、ブルーも花祭りの広場へ向かってゆっくりと飛んで行ったのだった。



 大歓声が前方から聞こえてくる。

 まさに、神殿の塔から一点鐘の鐘が鳴り響く。

 広場の上空に到着した三頭の竜は静かに静止した。

 その瞬間、広場から騒めきが消える。

 皆、固唾を飲んで上空を見上げていた。



「めでたき祭りの日に、我らより皆様へ贈り物を!」



 ルークの声が広場中に響いたのを合図に、シルフ達が一斉に花束の入った箱の蓋を開いた。

 ルークが最初の一つを投げ落とす。

 それを見たシルフ達が大喜びで花束をあちこちに投げ始めた。

 レイも、目の前の大きな箱から花束を取り出してはあちこちに投げた。


「竜騎士様! ここへお願いします!」

「お願いします! 僕にお慈悲を!」

「この子にどうか祝福を!」


 そんな声が聞こえる度に、レイは出来るだけその方向に向かって花束を投げ落とした。

「お願い、出来るだけあちこちに投げてね」

 興奮してはしゃぎ回るシルフ達に笑いかけ、また花束を投げる。ニコスのシルフ達も、大はしゃぎで一緒になって花束を撒き散らしていた。

 下から聞こえる歓声やからかうような口笛、そして拍手の音。最後の一つを投げた時に、レイは思わず叫んでいた。



「皆、幸せにね!」



 特に命じたわけでも無いのに、その声はシルフ達によって大きく拡声されて広場中に響き渡り、笑い声と大歓声、そして沸き起こる拍手と口笛となって広場を包み込んだのだった。




「お前、最後にやってくれたな」

「もう最高だったね。だめだ、僕笑いが止まらないよ」

 無事に花撒きを終えて城へ戻る間中、ルークとタドラは何度もそう言ってずっと笑い続けている。

「僕は、別に、何にも命じてません! あれは、シルフ達が、勝手に声を届けたんだってば!」

「はいはい、そう言う事にしておいてやるよ」

 全然信用していない様子のルークの言葉に、しかしレイも文句を言いつつもその顔はずっと笑っている。


『だって良い事だもんね』

『幸せ幸せ』

『幸せは皆で分けないと駄目なんだってさ』

『どうしてどうして?』

『どうしてかな?』

『分からないけど皆笑ってたよ』

『だったら良いよね?』

『幸せなんだって』


 レイの周りのシルフ達が、笑いながら手を取り合って喋っている内容に、レイはまた吹き出して笑った。

「もう、笑い過ぎでお腹痛いよ」

 なんとか笑いを収めてそう呟くと、一つ深呼吸をしてよく晴れた空を振り仰いだ。

「もっともっと、良い事いっぱい……あると良いね」

 そう呟いて、目の前に現れたニコスのシルフにそっとキスを贈ったのだった。

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