花祭り二日目の朝
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、大きな欠伸をしてまだ横になったまま天井を見上げた。
『おはようおはよう』
『起きて起きて』
前髪を引っ張るシルフ達に笑いかけてゆっくりと手をついて起き上がる。
それから思いっきり伸びをして、目の前に現れたブルーのシルフにキスを贈った。
「おはようブルー。今日の天気は?」
『花祭りの期間中は雨は降らんから心配はしなくても良いぞ。中頃に少し曇るが、その程度だ』
平然と答えるブルーのシルフの言葉に、レイも当然のように頷いた。
「今日は、僕が花撒き担当なんだよ」
『幸せは分けてやらないとな』
からかうようなブルーのシルフの言葉に、レイは悲鳴を上げてベッドに倒れ込んだ。
丁度その時、ノックの音がしてラスティが入って来る。
「おはようございます。朝練に行かれるならそろそろ起きてください」
「はい、おはようございます。もう起きてます」
腕立ての要領で起き上がると、まずは顔を洗いに洗面所へ向かった。
笑ったラスティは、寝癖のついた後頭部が扉の向こうに消えるのを見送り、寝乱れたシーツを剥がした。
顔を洗って寝癖を直してから、白服に着替えてラスティと一緒に廊下に出る。
「おはよう。今日は花撒き担当だろう。頑張れよ」
廊下には、ルークとタドラが待っていてくれた。
「おはようございます。はい、よろしくお願いします!」
目を輝かせるレイを見て、二人も笑顔になる。
「ラピスは大きいから、花を入れた籠がたくさん乗せられるって、担当兵士達が喜んでたよ」
ルークの言葉に、レイは嬉しそうに何度も頷く。
「幸せは、分けてやらないとね」
笑ったタドラにそう言われて、レイは唐突に真っ赤になるのだった。
しっかり柔軟体操をしてから、マークとキムが来てくれたので一緒に走り込みを行う。その後はルークとタドラに棒で順番に手合わせをしてもらった。
最後に一般兵の乱取りに混ぜてもらい、しっかりと汗を流して訓練所を後にした。
「かなり腕を上げたな。そろそろ誰かから一本取れるんじゃないか?」
廊下を歩きながら、ルークが嬉しい事を言ってくれる。
「頑張ります!」
目を輝かせるレイを見て、タドラは密かに苦笑いしていた。
実は今日の手合わせでかなりギリギリまで攻められてしまい、もう少しで棒を取り落とす所だったのだ。咄嗟に打ち返して棒を跳ね飛ばせたのは、半分偶然に近い。
その事にレイは気付いていないみたいだが、ルークには確実に気付かれているだろう。
レイの大柄な体格での上段からの打ち込みは、最初の頃に比べたら格段の差がある。体格的に劣るタドラは、そろそろ限界を感じていた。
「先輩面出来るのも、もうそろそろ限界かな」
悔しそうに小さく呟いたタドラに、彼の竜であるベリルの使いのシルフが慰めるようにキスを贈るのだった。
「花撒きは、午後の一点鐘だからな。十二点鐘の鐘が鳴ったら準備しておくように」
食堂で朝食を食べた後、カナエ草のお茶と一緒に花祭りの期間限定の綿飴を二つも取ってきて嬉しそうに並べて食べていると、同じく綿飴を一つ取ってきたルークに言われて、レイは顔を上げて元気に返事をした。
「それまでは自由時間?」
「ああ、好きにしてくれて良いぞ」
「分かりました、じゃあ部屋で本を読む事にします」
あっという間に一つ目の綿飴を平らげたレイは、お皿に落ちていた金平糖を拾って口に入れて、嬉しそうに目を細めた。
「この、金平糖って面白い形をしてるね。どうやって作ってるんだろう?」
「確かにそうだな。どうやってるのか全然分からないよ」
ルークもお皿に残った小さな粒を見ながら首を傾げている。
『火にかけて熱した鉄の鍋に核となる粒を入れて、鍋を回しながら砂糖を溶かして作った蜜を振りかけては混ぜて乾燥させるのを繰り返すのだよ。作業はこれだけだが、誰にでも作れるものでは無い。まあ言ってみればそれは、職人の技術の作り出す菓子だよ』
お皿の縁に座ったブルーのシルフにそう言われて、二人だけでなく、同じく綿飴を食べていたタドラまで一緒になってブルーのシルフを見た。
「へえ、そんな事をして作るんだ」
『一度作り始めたら、出来上がるまでに十日から二週間程度といった所だな。小さな菓子だが大変な手間が掛かっているのだぞ』
ブルーのシルフの言葉に目を見開いて顔を見合わせた三人は、黙って手を合わせてからそれを口に放り込んだのだった。
食事の後は、部屋に戻ってゆっくりと本を読んで過ごした。
「久し振りにこれを読もうっと」
そう呟いて取り出したのは、もう一人の英雄の生涯だ。
これは時間のある時しか読めない為、なかなか進まない。
しかし、読み始めたのだが何故だか全く話に集中出来ずに、少し読んだだけで黙って栞を挟んだ。
「やっぱりこっちにしようっと」
そう呟いて取り出したのは、どうしても欲しくて買ったオルベラート旅行記だ
改めてソファーに深く座って、クッションを抱えるようにして読み始めた。
いつの間にか時間を忘れて夢中になって読みふけり、地下迷宮の様子が書かれた章では、もう本気で胸がドキドキして手に汗をかいたほどだった。
「レイ……様……」
夢中になって読んでいると、不意に背中を叩かれて飛び上がった。
話の中では、今まさに地下迷宮の内部にいるコボルドとの追いかけっこの真っ最中だったからだ。
「うわあ!」
声を上げて飛び上がったレイに、ラスティまで一緒になって飛び上がる。
「え? え? え? 何?」
慌てて周りを見回したレイは、呆気にとられたように自分を見ているラスティに気が付いて、ほとんど同時に吹き出した。
「ああ驚いた。だってお話の中で地下迷宮で今まさにコボルド達に追いかけられていた所だったんだもの」
笑って誤魔化すように一気にそう言ったレイに、もう一度ラスティは堪える間もなく吹き出した。
「確かに、このお話も面白いですよね。ですがそろそろお時間ですので、ご準備をお願いします」
「はい、今行きます」
慌てて読んでいたページに栞を挟み、本棚に戻してから振り返った。
「服はこのままで良いの?」
「はい、このままで結構ですよ。ではこれで良いですね」
剣帯の背中側のシワを直してやったラスティは、いつものミスリルの剣を両手で渡した。
同じく両手で受け取ったレイは、自分でミスリルの剣を金具に取り付けて顔を上げた。
「この剣も初めて持った時は大きくて邪魔だって思ったけど、今なら全然大丈夫だよ。もっと大きな剣でも良いかなって思うもの」
得意気に胸を張るレイの言葉に、ラスティも笑顔で頷いた。
「レイルズ様は、確かにこの剣をいただいた時からあと、まだかなり背が伸びていますからね。お身体も全体に大きくなっていますから、確かにもう少し大きな剣でも大丈夫そうですね」
「ヴィゴは大きな剣を持ってるよね」
「そうですね。ヴィゴ様の剣はかなり大きいですよ。今のレイルズ様ならヴィゴ様の剣ほどでは無いにしても、かなり大きな剣でも持てそうですね」
「訓練用の木剣も、少し前にヴィゴに言われて今まで使っていたのよりもひと回り大きくて長いのを使ってるんだよ」
「ああ、それならばそろそろ剣を変えても良いかもしれませんね。一度ルーク様に相談しておきます」
今、身につけているこの剣は、降誕祭の時にアルス皇子からいただいたミスリルの剣だ。
「これは殿下から頂いた剣だけど、良いの?」
せっかく頂いたものなのに、そんなに簡単に持ち替えても良いのだろうか。
心配になったが、ラスティは笑って首を振った。
「剣は、あくまで身に付ける武器でございます。身に合わぬようになれば交換するのは当然の事です。それは貴方が成長している証でもあるのですからね。皆様、そうやって成長と共に武器を変え、正式な竜騎士となられた暁には、陛下から、生涯持つ事になる竜騎士の剣を授かるのです。レイルズ様の剣は、どのような形になるのでしょうね。今からとても楽しみです」
眩しいものでも見るかのように、目を細めてそう言ってくれるラスティに、レイは笑顔で大きく頷いた。
「はい、僕も楽しみです。だからもっともっと頑張らないとね」
笑顔でそう言うと、もう一度大きく背伸びをして肩を解した。
「じゃあ花撒きに行ってきます!」
「幸せは、皆様に分けて差し上げないとね」
笑顔のラスティにまでそんな事を言われてしまい、レイは真っ赤になって悲鳴を上げた。
『花撒き花撒き』
『楽しみ楽しみ』
『幸せいっぱい』
『笑顔がいっぱい』
『素敵な恋に祝福を!』
『愛しい主に祝福を!』
真っ赤になったレイの頭の上では、大張り切りのシルフ達が手を取り合ってはしゃぎ回っていたのだった。
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