朝練とマイリーのお休みの始まり
翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、元気に起き上がって大きく伸びをした。
『おはよう。ベッドの寝心地はどうだった?』
笑ったブルーのシルフにキスしてそう言われて、レイも笑いながらキスを返した。
「うん、やっぱりこれくらいが良いよ、今までは起きた時に何て言うのかな、肩や腰のあたりがちょっと固まってるみたいな感じがしてたんだけど、今日はそれが無いよ。うん、やっぱりこれくらいの硬さが良いや」
座ったベッドをポンポンと叩いて、ベッドから降りる。
大きく伸びをしてから洗面所へ向かった。
「おはようございます。朝練はどうなさいますか?」
丁度その時、ノックの音がしてラスティが入って来た。
「おはようございます。勿論行きます!」
洗面所から聞こえる元気な声に、ラスティも笑顔になる。
「では、着替えはここにおきますね。ベッドの寝心地はいかがでしたか?」
寝乱れたシーツを剥がしながらそう尋ねる。
「うん、すごく良かったです。僕は、これくらいの硬いのが良いみたい」
洗面所から出て来たレイの言葉に、ラスティは申し訳なさそうに頭を下げた。
「もっと早く言ってくだされば良かったのに、本当に申し訳ない事を致しました」
突然ラスティから謝られて、寝巻きを脱ぎかけていたレイは驚いて振り返った。
「ええ、どうしてラスティが謝るの?」
「合わないベッドで、二年も眠らせてしまいました。私がもっと早く気付いていれば……」
慌てて白服を着て、ラスティに駆け寄る。
「違うよ。別に我慢してたんじゃ無いって。今までは、フカフカで気持ち良いベッドだって思って、いつも普通に熟睡してたよ。だけど、今回の旅で硬めのベッドに寝た方が朝起きた時に体が楽だって気が付いたの。でも別に柔らかいベッドでも良いかって思ったんだけど、ブルーが、毎日使うものだし体調を管理する上でも必要な事だから、変えてもらうように言った方が良いって言ってくれたんです」
慌てたようなレイの言葉に、ようやくラスティは顔を上げた。
「そうだったんですね。無理な気遣いをさせていたのかと思っておりました」
必死になって首を振るレイに、ラスティも笑顔になった。
「おはよう。今日はレイルズも休みなんだから、無理せずゆっくり寝てても良いのに」
「おはよう。帰ってきたばかりなのに元気だね」
「おう、おはようさん」
廊下にいたのは、白服のロベリオとユージン、それからカウリの三人だった。
「おはようございます。だって向こうではほとんど運動らしい運動が出来なかったから、ちょっと体が鈍ってる気がする」
腕を回しながらそう言うレイに、三人は笑っている。
「まあ、確かにそうかもな。じゃあ柔軟をしっかりしないとな」
「そうだね、こんな事で怪我したりしたら大変だからね」
何度も頷くレイの背中を叩いて、四人は揃って訓練所へ向かった。
いつもよりしっかりと柔軟体操をしてから、レイはカウリと一緒に走り込みを行った。
「おはよう、もう今日から朝練参加なんだな」
「おはよう、相変わらず真面目だな」
走り終わって息を整えていると、不意に後ろから小さな声で話しかけられた。
「あ、おはよう!」
目を輝かせるレイに、マークとキムは照れ臭そうに笑っている。
「あのねあのね。二人にちょっとだけなんだけどお土産があるんだ。罪作りって知ってる?」
小さな声でそう言うと、二人は揃って目を見開いた。
「罪作りって、あの?」
キムが両手で壺の形をなどって見せる。
「うん、小さいのだけど二人も食べるかなって思って買ってきたんだけど、大丈夫?」
今にして、ちょっと癖のある罪作りは好き嫌いが激しいと言われている事も思い出して慌てた。
「うわあ、それは嬉しい。俺は大好きだよ。滅多に手に入らないけど、以前何度か同僚に、実家から送ってもらったって言うのを分けて貰ったことがあるよ。あれ、ちょっと癖があるけど美味いんだよな。いくらでも酒が飲める」
「俺は食べた事がないけど、美味いって噂は聞くよ。うわあ嬉しい」
「えっと、じゃあお仕事終わってからで良いから、時間のある時に本部に顔出してくれるかな。大したものじゃないけど渡すからさ」
笑顔で頷いてくれる二人と手を叩き合い、それから後は、カウリを中心に手合わせしてもらいしっかりと汗を流した。
部屋に戻って湯を使って着替えたら、そのまま食堂へ向かった。
いつものように山盛りに取ってきて食べながら、ふと昨日の話を思い出した。
「ねえ、マイリーはどうなったの?」
「さっき聞いたら、まだ起きてないらしい。それだけでも、休ませた甲斐があったよ」
カウリが笑ってそう言い、ロベリオとユージンも笑って大きく頷いている。
「さて、いつ目が覚めるかな?」
笑ったカウリの言葉に、レバーカツを挟んだパンを食べながら、レイも笑って答えた。
「お昼まで寝てくれたら、少しはマイリーの疲れも取れるだろうにね」
「だな。あと気をつけるのは、彼個人が雇ってる情報屋からの連絡くらいだな」
小さくカウリが呟き、苦笑いして首を振った。
「さて、起きた時のマイリーの反応が楽しみだよ。アーノックに、後でどうだったか絶対聞かなきゃな」
同じくレバーカツをパンで挟んだロベリオの言葉に、全員が同時に小さく吹き出したのだった。
マイリーが目を覚ましたのは、十点鐘の鐘が鳴って半刻ほどしてからの事だった。
いつもなら、もう一仕事終えているであろう時間だ。
「……あれ、どうなってるんだ?」
目を覚ましたマイリーは、一瞬今の状況が分からなくて、そう呟いたきり無言になる。
「おはようシルフ、今何時だ?」
目を開いて空中に向かって呼びかける。
『少し前に十点鐘の鐘が鳴ってたよ』
『半分くらい過ぎたね』
嬉しそうに答えるシルフ達の言葉を聞いたマイリーは、無言で顔を覆った。
「やられた……あいつら……」
この所、体調が優れなかった事もあって、かなりの仕事をルークとヴィゴ、カウリに振り分けている。
昨夜、やり残している仕事は無いかとヴィゴが何度も聞いてきたのはこう言う意味だったのかと、妙に納得した。
「あいつにしては、うまく隠し仰せたな。気付かなかった俺も間抜けだよ」
苦笑いしてそう呟き、大きく深呼吸をしてから腹筋だけで起き上がった。
しかし、いつもならベッドの横に置いてあるはずの、補助具も、車椅子も無い。
もう一度ため息を吐いて顔を上げた。
「アーノック、いるんだろう。喉が乾いたよ」
少し大きな声でそう言うと、続きになった隣の部屋で音がして、すぐにマイリーの従卒のアーノックが入ってきた。
「おはようございます」
平然とそう言う彼に、マイリーはわざと大きなため息を吐いて見せた。
「この企みに、お前もグルか」
「企みとは人聞きが悪い。マイリー様のお体の為を思えばこそです」
にっこり笑って言われてしまい、マイリーが絶句する。それから黙って首を振った。
「腹が減ったよ。補助具が駄目なら車椅子でいいから出してくれるか。今の俺は、自分では動けないんだから」
やや拗ねたようなその言葉に、アーノックは笑って一礼して下がり、隣の部屋から車椅子では無く、食事の乗ったワゴンを押して戻って来た。後ろには竜騎士隊付きの執事の姿もある。それから、ハン先生と医療兵の姿もあった。
「おはようございます。お食事の前に、足を診ましょう」
満面の笑みのハン先生に、マイリーが嫌そうに顔を上げる。
「当然、先生もグルなんですね」
「そんなに拗ねないでください。皆、貴方を心配しているんですから」
毛布を剥ぎながら苦笑いしているハン先生に、もう一度マイリーはわざとらしく大きなため息を吐いた。
「拗ねてませんよ。ただちょっと……珍しく、あいつにしてやられたなあと思って感心してるだけです」
面白がっているようなその言葉に、ハン先生は逆に驚いたように顔を上げた。
「おやおや、貴方もずいぶんと丸くなったものですね。勝手をするなと怒り出したらどうしようかと、実は密かに心配していたんですけれどね」
左足の怪我の部分をゆっくりとさすってマッサージしながら、そう言って笑うハン先生にマイリーも小さく笑った。
「まあ、皆に心配かけている自覚は山程あるんでね。せっかくですから、今日はお言葉に甘えてのんびりさせてもらいますよ」
「ええ、是非そうしてください。じゃあ、部屋の中では車椅子の使用を許可しましょう」
「それは許可してくれないと、俺は手洗いにも行けなくなるじゃありませんか」
笑いながらも文句を言うマイリーの言葉に、部屋は笑いに包まれたのだった。
『どうやら上手くいったようだな』
本棚の上に座ってそう呟いたブルーのシルフの視線は、用意された食事をしばらくの問答の後にそのままベッドで食べ始めたマイリーに注がれていた。
『本当に良かったです』
『これで少しは彼も休めるでしょう』
隣に座った、マイリーの竜であるアメジストの使いのシルフは、蕩けるような優しい声でそう言い、ふわりと浮き上がって食事をしているトレーの縁に座った。
「おはよう、アンジー。今日の俺は一日休みらしいよ」
『ええ、ゆっくり休んでくださいね』
嬉しそうなその言葉に、マイリーは小さく肩を竦めた。
「もうこうなったら、一日何もしない日にしてやる。食事が終わったらもう一眠りする事にするよ」
本音を言えば、馬鹿な事をするなと言いたい。
しかし、このところ体調がすぐれなかったのは事実なので、せっかくの機会だ。有り難く受け入れる事にしたのだった。
「しかし、予定の無い休みって……考えてみたら本当に初めてだな。一体何をすれば良いんだ?」
『今其方が自分で言っただろうが。何もしなくて良い』
アメジストのシルフの隣に座ったブルーのシルフの言葉に、マイリーは困ったように肩を竦めた。
「その、何もしないってのが俺には分からないんだよ。まあ、とりあえず寝る事にする。それが今の俺にとっては一番有効な時間の使い道って気がするからね」
投げやりな言葉に、ブルーのシルフは笑ってマイリーの手を叩いた。
『レイよりも不器用だな。少しは余暇を楽しむと言う事をしろ』
「今までの俺の人生に、余暇なんて言葉は存在しなかったものでね」
苦笑いしながら言った言葉を、ブルーのシルフのシルフは鼻で笑い飛ばした。
周りでは何人ものシルフ達が現れて、食事をするマイリーの髪を引っ張ったりパンを叩いたりして、ご機嫌で遊びまわっていたのだった。
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