様々な教えと祈りの意味

 翌日、早朝からロベリオとユージンの二人が最初の巡行に出発した。

 早起きして彼らが出発するのを見送ったレイは、自分が行く場所を考えて期待に胸を膨らませるのだった。



 その日は、朝から訓練所へ行き、久し振りに全員揃った自習室でお喋りを楽しみながらそれぞれ自習したのだった。

 ジャスミンは、クラウディアとニーカに教えてもらいながら神殿の祭事の時に唱えるお祈りの書かれた教典を一生懸命読んでいるところだ。

「今言ったもの以外は、全部は覚える必要無いわ。一通り目を通しておく程度ね。その代わりに絶対に覚えないといけないのがこの目次の項目よ。これを覚えていれば必要なお祈りがすぐに分かるわ。そうすれば事前に準備出来るからね」

 真剣な顔で頷くジャスミンは、新しい章を小さな声で読み上げ始めた。

「朝のお祈り、食前の祈り、それから感謝の祈り。俺達が覚えてるのってそれくらいだな」

 マークとキムは、真剣に教典を読んでいる少女達を見ながら、小さな声でそんな事を言って苦笑いしている。

「僕も、お祈りはそれくらいだね。あ、葬送のお祈りは知ってるよ」

「正しき道を進み行き輪廻の輪の中歩む時……って言うあれか?」

「そうだよ。母さんを精霊王の元へ送る時、森の家族がきちんと送ってくれたんだ。ここへ来てから教わって初めて、あれが正式な弔いのやり方だったって知ったんだよ。本当に感謝した」



 その言葉に、全員が驚いてレイを見る。



「レイルズ、それってもしかして……新芽の付いた柊の枝や木になる実を供え、鉱石を贈り、ナイフを贈る、って言うあれ?」

 ニーカの言葉に、レイは笑って頷いた。

「そうだよ。全部覚えてる……最初にこう言うんだ。精霊王の元へと旅立つお方のために、我らから心ばかりの贈り物を。って」

 レイの言葉を、全員が食い入るように聞いている。

「最初は、柊の枝だったよ。確かに新芽が膨らんでた。それを胸元に置いてこう言ってた。道の途中にては、この枝が、悪しき者達を払ってくれましょう」

 少女達が真剣な顔で頷く。

「それから、秋だったから鈴なりのキリルの枝を同じように胸元に置いてくれた。それでこう言ったよ。道の途中にて袖を引くものがあらば、この実が代わりとなってくれましょう。って。それから綺麗な金色の鉱石を母さんの手元に置いたよ。それでこう言ったの。道の途中にて、門を塞ぐ者にはこれを与えられよ、さすれば正しき道が開かれよう。って。これはちょっと分からなかったけど、どんな意味があるのかな?」

 その言葉に、クラウディアが両手を握って額に当ててから教えてくれた。

「それは、愚者の金と呼ばれる鉱石で、確かパイライトという名前だったと思います。それは見た目が金色なので、門を塞いでいた愚かな者達は、それを見て金だと思い込み、我先にとそれに群がるのだとか、その間に正しき道にある門を抜けるのだと聞きました」

「そんな意味があったんだね。それから最後が、抜身のナイフだった。それをまた手元に置いてこう言ったよ。それでも道の途中にて、先を遮るものあらば、この刃が切り開いてくれましょう。ってね」

「レイルズ。それは本当に正式な葬送のやり方だわ。それから、花を供えて第十二章の葬送の祈りをとなえるのよ」

 小さく頷いたレイは、真っ赤な自分の髪をそっと触った。

「最後に僕の髪を一房一緒に棺に入れたんだ。最後の問いに答える為に、愛しき者の祝福をここにって」

 無言で全員が頷き、それぞれに祈りの言葉を唱えた。



 何となくしんみりしてしまったのを見て、レイは小さく肩を竦めた。

「えっと、ねえディーディー、丁度いい機会だから聞いてもいい?」

「ええ、どうしたの? 私で分かる事なら何でも教えるわよ」

 顔を上げたクラウディアの言葉に、レイは照れたように笑った。

「ずっと思ってたんだ。最後の問いって、本当は何て聞かれるんだろうね」

 クラウディアとニーカは、驚いて揃って目を見開いた。

「僕はこっちへ来ていろんな事を教わった。神殿での祭事や儀式の際のお祈りの数々や決まった所作。蝋燭の数や、飾りの一つ一つにも意味があるんだって教わったよ。だけど、教典のどこにも書いていないんだよね。精霊王の最後の問いが何なのかって」

 頷いたクラウディアは改めて両手を握り胸元で目を閉じて祈りを捧げた。

 そして顔を上げてはっきりと一言、簡潔に言った。



「其方は何を成したか」



 驚くレイに頷き、クラウディアは笑った。

「こう聞かれるのだと、私は見習いの巫女になってすぐの頃に教わりました。ですがこれには様々な意味があるそうです。自分が成した事はもちろん、自分の周りの人達が自分をどう思ってくれたかというのも、大きな意味を持つそうですよ。お母上の棺に貴方の髪を入れたのは、新たな命を残し、輪廻の輪を繋いだ。という意味になります。その証拠が愛しき者の一房の髪なのです。でも、成した事はそんな大層な事でなくて良いとも聞きました。日々を真面目に過ごした。弱っていた鳥を助けた。困っていた人を助けた。仕事でたくさんの物を作った。そんな事で良いそうですよ」



「へえ、そうなんだ」

 一緒に聞いていたマークも、感心したように頷いている。

「何、お前知らなかったのか?」

「初めて聞いた」

 レイも頷いているのを見て、キムはクラウディアとニーカを見た。

「まあそうか。俺は街育ちだから、神殿で祭事の際には、お菓子欲しさに最後まで残って神官様の説教を聞いていたんだ。その時にそんな話も聞いた覚えがあるよ。お前らは農家や森育ちだから、神殿での説教なんて聞かなかったんだな」

「そうなんだ。ありがとう。勉強になったよ」

 そう言って笑うレイの目はちょっと赤くなっていたが、皆、気付かない振りをした。



「今言ったそのお祈りの言葉って、実は結婚式の前日に行われる儀式で、花嫁さんと花婿さんがそれぞれ女神の神殿と精霊王の神殿に籠もってお祈りを捧げる際にも唱えられるんですよ」

 目を瞬くマーク達に、クラウディアは今度はその話を詳しく話して聞かせた。



「ああ、確かそんな話を聞いた事があるよ。結婚式の前日から神殿に泊まり込んでする儀式があるって」

「ああ、それなら俺も聞いた事がある。へえ、葬送の祈りと結婚式の前日に新郎新婦に唱えられる祈りが一緒って、なんか面白い」

 マークとキムの言葉に、レイも笑って頷いている。

「じゃあ、カウリもそれをやったんだな」

「うん、後で聞いたら、もう大変だったって言ってたよ。一刻毎にお祈りと蝋燭を捧げて、神官様が持って来てくれるそれらを貰うたびにお礼を言って、またお祈りをするんだって」

「頂く際には、恵みを感謝致します。って答えるのが決まりよ」

 受け取る真似をするニーカの言葉に、三人がまた感心したように頷く。

「結婚と葬儀は、一般の方が神殿での教えに触れる良い機会ですからね。こんな風に、詳しいお話をする事も大事なんですね」

 ずっと黙って聞いていたジャスミンの言葉に、全員が揃って大きく頷いた。

「まあ、こんな感じで何から何まで決まりがあるんです。覚えるまではもう大変です」

「頑張って覚えてね、応援してるよ」

 レイの言葉に、キムとマークが振り返った。

「お前、なに他人事みたいに言ってるんだよ。言っとくけど、お前もこれらの祭事や儀式を神殿で一緒にやるんだぞ。竜騎士様!」

 胸元を突っつかれて、レイは顔を覆って悲鳴を上げ、それを見た全員が揃って声を上げて笑ったのだった。




『どうやら、お母上の事を思い出しても、もう大丈夫そうだな』

『主様の傷が完全に無くなることはないでしょうけれど』

『皆で暖めて包み込みその痛みから守る事は出来るでしょう』

『そうだな。レイは本当に周りには恵まれているようだ』

 窓際に座ったブルーのシルフとニコスのシルフ達は、仲良く笑い合う彼らを飽きもせずに、ずっと愛おしげな眼差しで見つめているのだった。

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