精霊王への奉納の演奏と歌と舞い

 五の月に入っても忙しい日々に変わりはなく、会議に見学に出たり、神殿での祭事に立ち会ったりもした。


 月の初めの三日間は、特に精霊王の神殿で様々な祭事があり、女神の神殿でも同じように祭事があるのだと聞き、レイはクラウディアとニーカがいつも月初めは訓練所に来ていなかった訳をこの時初めて知ったのだった。

 ジャスミンはまだこういった正式な祭事には一切参加せず、本部にあるエイベル様の祭壇の前で、フォーレイド神官とロッシェ僧侶の二人から、これらの祭事の詳しい説明を受けているのだそうだ。




 今日は、レイとカウリの二人は精霊王の神殿の別館で奉納の舞の音楽を担当する事になっている。ルークとタドラは、歌を奉納するのだそうだ。

 レイはニコスから貰ったあの竪琴を持って、ルーク達と一緒に別館へ向かった。

「精霊王の神殿では、誰が舞を舞うんですか? 神官様?」

 レイの質問に、振り返ったカウリとルークが満面の笑みになった。

「まあ楽しみにしていろ。言っておくけど舞いに見惚れて弾き間違うなよ」

「ええ、そんな事しないよ」

 舞いに見惚れるという事は、きっと豪華な衣装を着た神官様が踊られるのだろう。まだ精霊王の為の奉納の舞を見た事がないレイは、そう考えてとても楽しみにしていた。




 到着した精霊王の分館の控え室で、レイはルークからブルーの鱗の色のような綺麗な青い色の肩掛けを渡された。

「祭事の際に神殿で音楽を弾く時は、これを肩から掛けておくようにな。あ、歌を奉納する際はこれはいらないから間違わないようにな」

 ルークにそう言われたその肩掛けは、触ってみるととてもしっかりしていて。ブルーの鱗のような青の濃淡になっている。鱗のように立体に重なり合った三角の模様は、よく見ると細やかな色糸で刺された刺繍が全面に施されている。



「うわあ、これって……凄い。全部刺繍だ……」



 そっと手で触れて、見事な立体になった鱗のようなそれを確認する。

 花嫁の肩掛けの小花の刺繍を思い出して、レイは言葉も無く見事な肩掛けを見つめていた。

 カウリの肩には、カルサイトの鱗のようなやや薄い乳白色で所々にオレンジやピンク色の肩掛けがある。これも、同じように全面に渡って色糸で刺繍が施されているのが見て取れた。

「それって、カルサイトの鱗の色だね。そっか、肩掛けはそれぞれの伴侶の竜の鱗の色になっているんだね」

「そうみたいだな。しかしこれは凄い手仕事だな。作ってくれたお針子さん達に感謝だな」

「お針子さんって?」

 首を傾げるレイに、カウリは改めて自分の肩掛けをそっと撫でた。

「そうさ。城には針仕事を専用にする、お針子さんって呼ばれる人達が沢山働いているよ。竜騎士隊専用のお針子さんも本部には何人もいるよ。例えばこれ。こんな見事な刺繍が出来る人は、お針子の中でも限られている筈だよ。ほら、お前や俺の制服だって、製図はガルクールが引いて指示するけど、実際に縫ってくれるのはそれぞれ担当のお針子さん達な訳だよ。俺やお前の分は、一から全部新しく作ってくれた訳だからさ。一気に何もかも作らなきゃならなかった訳で、そりゃあ皆大変だったと思うぞ」

 ようやく最近成長が止まってきたとは言え、もう少し筋肉をつけたくて日々の朝練を頑張っているレイは、会った事も無いお針子さん達に心の底から謝ったのだった。

「知らない所で、本当に沢山の人達に支えられているんだね」

 レイも改めて肩掛けを見つめながら嬉しそうに笑った。

「そうだな、感謝して頑張らないとな」



 カウリは、竜騎士一人に対してどれだけの裏方の人達が働いてくれているか知っている。

 最初、竜騎士なんて自分には持てそうも無い重い責任と役割だと思っていたが、最近では少し考えが変わってきた。

 自分一人で何もかもする訳では無いのだ。どれ一つをとっても、裏で支えてくれる人がいてこそなのだ。

 なのでこう考えた。竜騎士である自分は、あくまでも人に見られる為の外面なのだと。




 それぞれに楽器を取り出して組み立てたり調音を確認したりしていると、ノックの音がしてタドラが入って来た。

「準備は良い? そろそろ出てくれってさ」

 頷いて、それぞれの楽器を抱えて立ち上がった。

「じゃあ、頑張って働くとするか」

「そうだね。頑張ろうね」

 笑って拳を突き合わせた。




 廊下で待っていてくれた神官の案内で、礼拝堂へ向かう。

 精霊王の祭壇には精霊王の像だけで無く、左右の壁に祀られている十二神の像の前にも数え切れないほどの蝋燭が灯されていて、揺らぐ灯に照らされたそれぞれの像はとても綺麗だった。

 エイベルの像の前にも大小の蝋燭が何本も灯されていて、蝋燭の炎に照らされたエイベルは、あの日のように笑っているように見えた。



 一旦竪琴を席に置き、順番にレイ達もそれぞれの像の前で祈りを捧げて蝋燭を灯した。




 祭壇正面では、ずっと神官達が唱えている祈りの言葉が聞こえている。

 時折、ミスリルの鈴の音が響き、その度に精霊達が喜んで手を叩いているのが彼らの目には見えていたのだった。



 案内された最前列の椅子に座り、置いてあった竪琴を改めて抱える。

 カウリが隣に座って大きく深呼吸をするのが見えた。ルークとタドラは彼らの後ろの席だ。

「ああ、緊張して来た」

「僕も緊張してた。お披露目の最初の日ほどじゃ無いけど、ある意味こっちの方が責任重大だよね」

 お披露目の日は、失敗しても笑われはしただろうが何か問題になる訳では無い。しかし、これは正式な祭事なので、失敗したら責任問題だ。

 特に今回は舞い手に迷惑をかける事になるので、失敗は許されない。

 もう一度深呼吸をして、なんとか落ち着こうと必死になって唾を飲み込んだ。

「大丈夫だよ。落ち着いて」

 笑って、後列に座っていたルークに背中を叩かれた。



「お、舞い手が出て来たぞ」

 カウリの呟きに、竪琴を見ていたレイは慌てて顔を上げた。

「あ……」

 思わずそう呟き、目は出て来た舞い手に釘付けになった。

 そこにいたのは、全部で四人の綺麗な衣装と装飾品で着飾った巫女達で、その中の一人はクラウディアだったのだ。

 彼女も、演奏者の最前列の席に座っていたレイに気付いたらしく、一瞬だけはにかむように笑ってすぐに前を向いた。

 レイも小さく笑って竪琴を抱えて前を向いた。

 他にもヴィオラや太鼓、笛など何人もの奏者が舞台の横に並んで座っている。

 しかし、彼らは全員が神官服を着ていて、肩掛けをしているのは、最前列に座っているレイとカウリの二人だけだ。はっきり言ってとても目立つ。



 立派な神官服を着たやや年配の神官が出て来て指揮台に立つのを見て、全員が楽器を構えて彼を見る。

 指揮棒に合わせて、舞い手の巫女達が手にしたミスリルの鈴がゆっくりと打ち鳴らされる。

 それを見て、大きく息を吸ったレイも竪琴を奏で始めた。



 この曲を人前で演奏するのは初めてだ。

 何度か神殿の楽団と合同練習は行なったが、舞い手に合わせて演奏するのはレイは初めてだった。

 指揮棒をしっかり見る事。舞い手は音楽に合わせてくれるので、そちらに合わせる必要は無いとも言われている。

 今日の曲は、お披露目の時とは違い全体にややゆっくりとした音が続く。音の強弱はあるが、比較的演奏自体は簡単な曲なので、レイは大丈夫だと思っていた。


 しかし、どうしても舞台で舞っている彼女を見てしまう。

 こちらをちらりとも見ないクラウディアは、真剣に手にしたミスリルの鈴を鳴らしながら二人ひと組になって、互いに交差しながら見事な舞を披露していた

 一番は演奏だけで舞い手も無言で舞うだけだが、二番は竜騎士達の歌が入り、巫女達も途中踊りながら歌う場面がある。

 彼女に見惚れそうになるのを必死で我慢しながら、レイは舞台の足元の辺りに視線を決めて、必死になって間違わないように演奏を続けたのだった。



 ルークとタドラの二人の歌声はそれは見事に礼拝堂に響き渡り、巫女達の澄んだ歌声も彼らの歌声に優しく寄り添った。

 レイは、ここじゃ無くて客席でルーク達の歌を聞きたい。客席でただあの舞を見たいと必死で演奏しながら本気でそう思っていた。



 最後の音を弾いた瞬間、レイは密かに安堵のため息を吐いたのだった。

 なんとか大きな間違いも無く演奏する事が出来た。

 だけどその代わりに、こんなにもすぐ近くにいたにも関わらず、せっかくのクラウディアの舞をほとんど見る事が出来なかったのだ。

「お疲れさん。何とか上手くやったな」

 笑ったルークに背中を叩かれて、レイは無言で何度も頷く。



『上手く出来たな。お疲れ様』

 竪琴の先に座ったブルーのシルフにもそう言われて、レイはもう笑う事しか出来なかったのだった。

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