本部の休憩室でのひと時
昼食会を終えて奥殿を辞したレイ達は、アルス皇子以外の全員がひとまず本部へ戻った。
午後からは、レイはルークとマイリーの二人がかりで提出した資料の添削をしてもらった。わからない箇所は遠慮なく質問をして、いくつかの箇所は書き直した。
ようやく解放されたときにはヘトヘトに疲れ切っていて、夕食までは少しだけ部屋で本を読んで過ごした。
夕食を終えて皆と一緒に休憩室へ戻ると、そこにはジャスミンとケイティがいて、二人は陣取り盤を前に向かい合って座っていたのだ。
「ええ、ジャスミンは陣取り盤が出来るの?」
驚いて駆け寄ったレイにジャスミンは、はにかむように小さく頷いた。
「一応、駒の動かし方くらいは以前教わった事が有ります。それで、ケイティが教えて欲しいと言うので、ヘルガーに聞いて駒と盤を出してもらったんです。でも、私も久し振りだからちょっと自信が無くて……」
二人の手には、基礎の攻略本がある。レイも最初の頃にかなりお世話になった、初心者向けのいわば入門書だ。
「じゃあ、駒の説明からしようか?」
ジャスミンの隣に座ったタドラの言葉に、二人が笑顔になる。
「レイルズ、じゃあケイティの横についてくれるかい」
タドラの言葉に、レイは元気に返事をしてケイティの隣に座った。
嬉々として、駒の動かし方から説明を始める二人に、ジャスミンとケイティも真剣な顔で聞いていたのだった。
「教える事で成長する事もあるからな。まあここは彼らに任せておこう」
会議の成果については、シルフを通じてジャスミンにはもう話してある。マイリーとヴィゴは顔を見合わせて笑って頷き合った。
まずは、最初の会議での発表は概ね上手くいった。もうこうなったら、後はそれぞれが出来る事をするだけだ。
一通りの駒の説明が終わり、ジャスミンとケイティは二人揃って真剣な顔で駒を持ってその動きを確認していた。
「はいどうぞ」
ユージンが入れてくれたカナエ草のお茶が、それぞれに渡される。説明を終えたレイは蜂蜜をたっぷりと入れて、一緒に出してくれたビスケットを食べながら二人を見ながらゆっくり休憩していた。
「ジャスミンは、今日は何をしていたの?」
ビスケットを食べながら、レイは顔を上げた。
「朝からエイベル様の像のある部屋で、朝のお祈りと月初めのお祈りの仕方を教わりました。食事を頂いた後はフォーレイド神官様が来てくださったので、ロッシェ僧侶と一緒に一日中祭事に関するお勉強をしていました」
「頑張ってるね」
「もう覚える事だらけで大変なんです。蝋燭を右から取るか左から取るか、なんて事まで決まっているんですよ。本当に泣きそうです」
そう言って泣く真似をするジャスミンをケイティが笑って慰めている。すっかり仲良くなった二人を、竜騎士達は優しい眼差しで見つめていたのだった。
「最初の大仕事がひとつ終わったな」
「だけどこの後の巡行も大変だぞ。それが終わっても、まだ色々と予定は詰まってるぞ」
「そうだな。巡行が始まればその後は夏まであっという間だからな」
マイリーとヴィゴの会話にレイは振り返った。
「そう言えば、巡行って一番は誰が行くんですか?」
「早速明後日から、俺とユージンがグラスミアとバークホルト、それからブリストルへ行ってくるよ。あ、それからハイラントにも寄るよ」
ロベリオとユージンが、二人揃って手を上げている
「いつもなら、タガルノとの国境に近いピケとエピの街へは 巡行に行く全員が行くのだが、今回は新王の誕生したタガルノへの配慮もあって、この二つは予定から外す事になった。まあ、竜騎士を無闇に国境に近付けないってのが一番の理由だよ」
マイリーの説明に、レイは真剣な顔で頷いた。
「じゃあ、ロベリオとユージンが帰ってきたら、僕とルークがセンテアノスとクレアへ行くんですね」
その言葉に、マイリーは何故だかニンマリと笑った。
「お前が行くのは、フルームとケヒラト、センテアノスとクレア、そこ迄だよ。帰りにロディナの穀倉地帯を見学してきなさい」
「レイルズとルークが帰ってきたら、俺とカウリが、クレアから街道を北上した先にあるクラスイからハマー、フルム、ブレンウッドへ行ってくる」
ヴィゴの言葉に、カウリも苦笑いして頷いている。
「それが帰ってきたら、俺とタドラが、オルダムの北側にあるロディナ地方のロジアンとミストレイ、テンベックを廻って川沿いに南下、オルダムからバークホルトへ続く街道にある、リオ川に架かる橋の改修工事を見聞してから帰ってくる予定だよ」
「で、帰ってきたら殿下のご成婚って訳だ」
ルークの言葉に、皆笑顔になる。
「そう言えば、殿下は今回は巡行に行かないんですね」
レイが今聞いた話を思い出して首を傾げる。
「まあ、エイベル様の墓石の設置の際に、帰りにブレウッドから街道沿いの街へ行っただろう。なので今回は殿下は留守番組だ、まあ、そろそろ個人的に色々と忙しくなるからな」
「ですよねえ。結婚式の前は色々と有りますからね」
カウリがそう言って笑う。
「言っておくが、殿下の場合は更に特別だぞ。既に一部の儀式は始まっている。ティア様がお越しになられたら、しばらくは本部に顔を出す暇も無いんじゃないか?」
マイリーの言葉に、皆揃って肩を竦めた。
「結婚式の前って何をするんですか?」
レイにしてみれば、結婚式の前にする事なんて、カウリの時に習った前日からの神殿へのお篭り程度しか思い付かない。衣装合わせにそんなに時間が掛かるわけもない。
「まあ、ようは神殿でのお祈りとかお祈りとかお篭りとかお祈りとか、そんなもんだ」
目を瞬くレイに、カウリは笑って肩を竦めた。
「そりゃあお前、殿下は、現在この国の第一位の皇位継承者で、その方の結婚式なんだぞ。各神殿での結婚の報告に始まって、ご先祖様への報告とかさ、俺達では考えられないくらいに、やらなきゃならない事が色々とあるんだよ」
「そうだな、それこそ、日常生活でさえ、毎月、月の最初の日の朝、食事をする時にも行う儀式があるって言っておられたな」
「うわあ、日常生活が既にそれですか。そんなの絶対無理。俺は一般庶民で良いです!」
「今のお前も、一般庶民とは言わないと思うぞ」
カウリの悲鳴にルークが真顔で突っ込み、その場は笑いに包まれたのだった。
「それでは、もう休ませていただきます。おやすみなさいませ」
ジャスミンとケイティが部屋に戻り、何となくその日は早々に解散になった。
早めに湯を使って早々にベッドに潜り込んだレイは、ラスティが明かりを消して部屋を出ていくのを見送ってから起き上がって窓を開けた。
満天の星が瞬いている。
ニコスが編んでくれたカーディガンを羽織り、開いた窓辺によじ登る。下を見てこちらを見上げる見回りの兵士に手を振り、振り返してくれたのを確認してから黙って空を眺めた。
『どうした?眠れないか?』
膝の上にブルーのシルフが現れて、少し心配そうにそう尋ねる。
「うん、ちょっとね……」
黙ったまま星を見ているレイの肩にブルーのシルフは座ると、その頬にそっとキスを贈った。
「僕も、もっと一杯勉強して、体も鍛えて、何があっても絶対に負けないくらいに……強くなりたい。手伝ってくれる?」
『勿論だ。だが焦る必要は無い。其方はまだ十六になったばかりだ。成人年齢になったとは言え、まだまだ覚えなければならない事が多いからな』
「本当にそうだよね。僕、ニコスのシルフ達がいなかったら、もう絶対今頃森のお家へ泣いて帰ってたと思うよ」
そう言って小さく笑い、現れたニコスのシルフ達にキスを贈った。
「いつもありがとうね。感謝してるよ」
『我らは我らの役目を果たしているだけ』
『主様が一生懸命だからだよ』
『だから我らもお助けするんだよ』
「うん、ありがとうね……」
そう言って、また無言で空を見上げる。
今の胸の中にある、この湧き上がるような複雑な感情の名前をレイはまだ知らないのだった。
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