ニーカの事と昼食会

「それからもう一つ」

 拍手が落ち着いたところで続いて口を開いた皇王に、再び会議場内が静まり返る。

「先ほど我が国初の女性の竜の主と言ったが、実は現在、この国にはもう一人女性の竜の主がいる」

 再びざわめきが起こるが、軍人達の中には小さく頷いている者もいた。



「二年前、タガルノとの戦いの後、戦後賠償の一つとして我が国へやって来た小さな若竜ロードクロサイト。この竜と出会って名を与えて主となった者がいる。しかし、これはタガルノからの亡命者だ」

 再び場内がどよめきに包まれた。

「その者の名は、ニカノール・リベルタス。現在三位の巫女として、女神の神殿で真面目に日々の務めを果たしておる。彼女が竜の主となって以降、この扱いをどうするべきか私は考えた。亡命したとは言え他国の者を竜騎士として立てるか? しかも未だ未成年であるとは言え、彼女もまた現在十三歳のか弱い女性だ」

 いったん皇王が言葉を切ると、再びどよめきが起こる。

「そのニカノールには、ディレント公爵が正式な後見人となってくれた。彼女にも、成人後にはジャスミンと同じく竜司祭として働いてもらうつもりだ」

 再び起こる騒めき。しかし、明らかな反対意見は聞こえなかった。



 竜騎士隊の皆は、席に着いたまま平然と話を聞いている。



 レイは後列で胸を張って前を向いて話を聞きながら、内心では踊り出さんばかりに喜んでいた。

 良かった。これでニーカは正式にこの国で竜の主として認められるだろう。

 ジャスミンとニーカが協力して神殿での祭事を司る姿を思って、レイは笑顔になるのだった。



 その後幾つか質問があったが、どうやらニーカの事も無事に受け入れてもらえたようで、レイは心底安堵していた。



 会議が終わり、それぞれ会議室を後にする。

 竜騎士達は、全員このまま陛下との昼食会に呼ばれている。

 いったん竜騎士専用の控え室へ戻ると、そこには会議に参加していなかったロベリオとユージンが待っていてくれた。

「お疲れ様。どうやら会議は上手くいったみたいだね」

「お疲れ様」

 二人はタドラと手を叩き合って笑っている。

「ああ、もう来ていたんだな。まあ大体思っていた通りに進んだよ。予定通り、ニーカの事も陛下の口から直接話していただけたからね。これで色々とやり易くなるだろうさ」

 マイリーの言葉に、皆大きく頷く。

「では、行くとしよう」

 ヴィゴの言葉に、そのまま全員揃って執事の案内で奥殿へ向かった。



 通されたのは、いつもの庭を見る為の窓の大きな部屋だ。春真っ盛りの庭は色とりどりの花であふれていた。

「あ、久しぶりだね」

 部屋に入ったレイの足元には、そそくさと猫のレイが駆け寄って来て嬉しそうに頭を擦り付ける。

 猫のレイを抱き上げてやろうとしたとき、駆け寄って来た子猫達にレイは歓声を上げた。

「うわあ、大きくなってる」

 わずか半月ほど前だったが、子猫達はひとまわり大きくなっている。

「この子がパセリだね」

 唯一の雄であるパセリは、ほかの二匹よりも明らかに体が大きい。

 鳴き声も一番元気で、駆け寄って来て猫のレイに突撃してそのまま転がってしまった。しかし、父親の方は知らん顔でレイに甘えているだけだ。

「レイ、駄目じゃないか、子猫の面倒見てあげないと」

 そう言って子猫を抱き上げようとしたら、そのまま猫のレイが腕の中に頭を突っ込んで来た。

 それはまるで、自分を抱っこしろ。と言っているみたいだった。

「相変わらず自由だなあ、お前は」

 カウリが笑って猫のレイを突っつく。

 嫌そうにその指から逃げて、ようやく抱き上げてもらった猫のレイはご機嫌で喉を鳴らしていた。

「ようこそ、さあこちらへ来て頂戴」

 マティルダ様の言葉に、まだ挨拶していなかったレイは慌てて猫のレイを下ろそうとしたが果たせず、結局また猫を抱いたままで挨拶する羽目になったのだった。



 竜騎士隊全員揃った陛下と王妃様との昼食会は、和やかに行われた。

 出される料理はどれもとても美味しくて、猫のレイを膝に乗せたまま、レイは美味しく頂いたのだった。



「結局食べてる間中、こいつはずっと膝の上かよ」

 隣に座ったカウリのからかうような声に、レイも笑って頷いた。

「そろそろ足が痺れて来たから、いい加減退いて欲しいんだけどなあ」

 しかし、猫のレイは、レイのお腹に頭をくっ付けて気持ち良さそうに熟睡している。

 笑って何とか抱き上げると、嫌そうにまた胸元に寄りかかって眠ってしまった。

「どうぞこちらへ」

 執事が手を差し出してくれて渡そうとしたが、爪を立てて嫌がって離してくれない。

「こら、服に爪は立てないでって。ええと、どこに寝かせてあげればいいですか?」

 笑って立ち上がり、示されたいつもの豪華な椅子にそっと下ろしてやると、何とかそこで落ち着いてくれた。

 フリージアの方はひとしきりカウリに甘えた後は、食事中は子猫達と一緒に大きな箱の中で丸くなって眠っていた。



「そう言えばペパーミントは元気にしてるの?」

「はい、チェルシーがもうすっかり気に入って可愛がっていますよ。あの子も大きくなってますよ。俺が屋敷へ戻る度に、大きくなってるような気がしますね」

 苦笑いするカウリに、マティルダ様も笑っている。

「子猫はあっという間に大きくなるからね。可愛がってやって頂戴ね」

 笑顔で頷き合う二人を見て、皆も笑顔になった。




 食後にソファーに場所を変えて、改めてカナエ草のお茶を頂いて寛いでいると、どうしても話題は先ほどの会議での事になる。

 最初は上手くいったと皆で喜んでいたのだが、陛下の言葉に、その場は静まり返る事になった。



「ずっと考えていたのだがな。どうにも一つ気になる事がある。私の杞憂で終われば良いのだがな」

「何事ですか?」

 隣にいたヴィゴが心配そうに尋ねる。

 お茶を飲んでいたマイリーもカップを置いて顔を上げた。



「この二年程の間に、こうもたて続けに竜の主が現れるのは前例がない。我が国の長い歴史の中でも三年続けて竜の主が出た事は無い。ロベリオとユージンが二人同時に竜の主となった時にも驚いたが、その後、タドラが竜の主なるまでに、かなりの年が離れている。大抵はそんな感じだ、十年で数名程度、一人もいない年の方が多いのだ。それなのに、この二年の間に、ニーカ、レイルズ、カウリ、ジャスミンと四人もの竜の主が現れている、しかもその内の三名は竜と出会った時点で未成年だ。これは一体どういう事だ? 何か理由があるような気がしてならん」

 全員が絶句して、部屋は沈黙に包まれる。



『今はそれを問うても答えは無い』

 最初に口を開いたのは、机に置かれた花瓶の花の上に座ったブルーのシルフだった。

「ラピスか。やはり何かあるのか?」

 皇王の問いにブルーのシルフは口を開いた。

『未来は未だ確定せぬ霧の中にある。大爺はこう言われた、今は、いずれ来る嵐の時に備えて雛を育てよ、とな』

 全員が真剣な顔でブルーのシルフを見つめる。

「いずれ来る嵐の時に備えて?」

 無言でブルーのシルフが頷くのを見て、竜騎士達全員の顔が引き締まる。

「成る程、よく分かった。では我らは、今の我らに出来る最大限の事をすると致そう」

 皇王の言葉に、全員がほぼ同時に立ち上がりその場に跪いた。

 カウリとレイルズも、同じく跪く。



 今は腰に剣は無い為、跪いたまま頭を下げる。



「我ら一同、陛下の剣となり盾となり、国を守る柱となりましょう。どうぞ、存分に振るわれますよう」

 アルス皇子の言葉に、跪いて右手を床につけた状態で改めて全員が頭を下げた。

 無言でそれを見た皇王は、大きく息を吸い頷いた。



「頼りにしているぞ」

「はい!」



 全員の声が揃う。

 レイも、跪いてしっかりと返事をした。

 この場にいられる事の意味を、レイは改めて心に刻んだのだった。

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