詳しい話とカウリの悩み
夜会の最後は、若者達が中心になって順送りのダンスが行われて、レイも誘われて一緒に踊った。
順送りのダンスは特定の相手と踊るのでは無く、男女別に列になって向かい合い、音楽に合わせて前後しながら順番に列がずれていく踊りだ。なので、一度に大勢の人と踊れる。これは若者向けの気軽なダンスで、大抵、夜会の最後に行われて、これにはダンスにあまり参加しなかった若い子達も加わって大勢で踊るのだ。
相手の女性は小柄な子が多くて、殆どがレイの胸元までしか上背が無い。その為、レイはずっと下を向いて前かがみになって踊らなければならなかった。
しかし、最後に踊った見事な赤毛のその女性は、レイと変わらない程の上背があった。
顔が殆ど正面にある初めての体験にレイは喜んで一緒に踊ったのだが、何故かその女性は途中からずっと俯いてしまい、レイに殆ど顔を見せてくれなかった。
曲が終わり、会場が笑いと拍手に包まれる。
レイも揃って一礼してから拍手をした。
しかし、顔をあげた時にはもう目の前で踊っていたあの背の高い赤毛の女性はいなくなっていた。
「えっと……」
少し話をしてみたいと思っていただけに思わず周りを見回して、自分と同じような、あの見事な赤毛を探した。しかし、どっと人々が挨拶に押し寄せてきた為、残念ながらこの場ではそれ以上探す事が出来なくなってしまった。
後半は見学に徹して皆からの挨拶を受けていたアデライド様とスカーレット様も、立ち上がってもう一度レイとカウリに声を掛けた。
「どうやら大丈夫みたいね。ではまた会いましょう。何か困った事があればいつでも相談してね」
アデライド様に笑顔でそう言われて、レイは元気に返事をしたのだった。
お二人が執事に伴われて帰って行くのを見送ってから、レイとカウリも挨拶をして揃って本部へ戻った。
「ああ疲れた。もう今日の笑顔は完売だぞ」
城から渡り廊下へ出た途端に、カウリが上を向いて叫んだ。
「僕もです。もう全部完売です!」
同じ事を思っていたので、レイも思わず叫んだ。
「だよなあ。さすがにあの人数で来られると、相手するだけでも大変だよ」
ため息と共にこぼれたその言葉には、レイも同意しか無い。
「でもこれからは、これが日常だって、ルークが言ってたよ」
「俺もヴィゴに似たような事を言われた。まあ、そうだと思うよ。これも慣れなんだろうけどさあ……人には向き不向きってものがあるよ」
本気で嫌そうなその言葉に、レイはちょっと考える。
「僕は、いろんな人と会って挨拶をしたりダンスをしたりするのは大変だとは思うけど、嫌だとは思わないけどね」
その言葉が余程意外だったようで、カウリは立ち止まってレイの顔を覗き込んだ。
「凄えな、お前」
「そう? いろんな人がいて、面白いと思うけどね」
「おお、そりゃあ凄えな。じゃあ次からはレイルズ君にお任せしようかな」
笑みを含んだ声でそう言われて、レイは慌てて首を振った。
「何言ってるんだよ。カウリもやるの!」
「ええ、ここは適材適所だろうが」
「駄目です。カウリも人気者なんだから逃げたら駄目!」
大真面目なレイの言葉に、またカウリは大きなため息を吐いた。
「俺はもう、結婚してるってのになあ。こんなおっさんに秋波を送って何するつもりなんだよって」
「え? 何か言った?」
それはごく小さな呟きだった為、レイには、結婚している、よりも後の言葉が聞こえなかった。
しかしカウリは笑って首を振るだけだ。
「何でもないよ。それよりさあ、さっきの無かった事にした詳しい内容を聞かせろよ」
にんまりと笑うカウリに、レイはまた眉を寄せた。
「お前、その顔一度鏡で見てみろよ、なかなか笑えるぞ」
呆れたようにそう言われて、レイはまた眉を寄せてこちらもため息を吐いた。
「気を付けます。えっとね、気が付かなかったんだけど……多分あれが色仕掛けって言うんだと思うよ」
まさか、レイの口からそんな言葉が出るとは思っていなかったカウリは瞬時に真顔になる。
「何があった」
真顔のカウリにそう聞かれて、レイは自分の胸元を見た。
「さっき手洗いに行って、少し休憩してお茶と軽食をもらったの。それで、会場へ戻ろうとしたら入れ違いに出てきたご婦人とぶつかりそうになったの。それで……」
口籠るレイだったが、もうカウリにはその先の展開が読めてしまった。
「お前は避けて、ぶつからなかった?」
無言で頷く。
「だけど、そのご婦人は転んだんだな?」
顔を上げて驚きの目で見返すその瞳は、何故分かるの? と書いてあるようだ。
思わず小さく唸ったカウリは、天井を見上げてもう一度ため息を吐いた。
「その先を当ててやろうか? 転んだ女性に手を貸して、その時にお前は、もしかしてぶつかったと思って咄嗟に謝った?」
「えっと、ぶつからなかったのは分かっていたけど、驚いて転ばせたのかと思って、手を貸して起き上がらせて謝ったよ。驚かせてしまいましたかって」
あまりにも予想通りの展開に呆れ、また、彼から目を離した自分にも呆れた。
「抱きつかれた? それともいきなりキスでもされたか?」
口元を指差してそう聞くと、口籠っていきなり真っ赤になったレイは、必死で首を振った。
「そ、それは無いです。いきなりこんな感じで抱きついてこられたの」
そう言って、カウリの胸元に顔を埋めるようにして抱きつく振りをした。
「お前……その時、どう対応した?」
これも真顔で聞かれ、レイは降参するように両手を開いて頭上に上げた。
「公式の場では、女性の身体にダンスする時以外は無闇に触らない事。って、グラントリーから何度も聞いていたから、咄嗟にこんな風に手を上げました」
その格好を見たカウリは、今度は安堵のため息を吐いた。
「よし、大変良く出来ました。それで正解だ。そっか、それですぐに執事が助けてくれたんだな」
「うん、そうです。えっと、そのご婦人の名前を執事さんは、確かエル……ヴィーラ様って言ってたよ。お加減が悪いなら救護室へご案内しますって、そう言ってくれたの」
名前が思い出せなくて言葉に詰まったら、ニコスのシルフがこっそり教えてくれた。
「うわあ、よりにもよってあの女狐に目を付けられたのかよ。お前、よくお持ち帰りされなかったな」
上を向いてそう叫ぶカウリの言葉に、レイは不思議そうに目を瞬いた。
「女狐って何? それにお持ち帰りって? 僕、何も持ってないよ?」
あまりに無邪気な質問に、振り返ったカウリは遠い目になった。
「誰か助けてくれ。俺一人でこいつの面倒見るのは、絶対無理だって」
背中に縋り付いてそんな事を呟くカウリにレイは困ってしまい、また眉を寄せかけて、咳払いをして誤魔化した。
「だから、何の話なの?」
「お前、色仕掛けって意味分かってるか?」
背中から顔を上げてこっちを見る真顔のカウリにそう聞かれて、レイは目の前にいるニコスのシルフを見た。彼女達は笑っているだけで教えてくれない。
「えっと、女性が自分の魅力で男性を惹きつけるって事だよね?」
「まあ、言葉の認識としては間違っていないが、その言葉にはかなりいろんな意味が含まれている」
これはレイの苦手な、一つの言葉で様々な意味があると言う話だ。
また情けない顔になるレイを見て、カウリは本日最大の、もう何度目になるのか数える気もないため息を吐いた。
「一旦戻ろう。この話は俺一人の手に余るよ。説明するなら増援が必要だって」
背中を叩かれ、とにかく二人で本部へ戻る事にした。
レイの後ろからをブルーのシルフが心配そうについて来ているのに、カウリは気付いて思わず文句を言った。
「ラピス、お前の大事なご主人にちょっかい出されてるのに、何黙って見てるんだよ。止めろよな」
『無茶を言うな。我が止めようとしたら、その女性を吹っ飛ばして壁に叩きつけるぞ』
「それは駄目」
顔の前でばつ印を作ったカウリは、苦笑いしながらブルーのシルフを見た。
「さすがの古竜も、女性のお相手は苦手と見たぞ」
『当然だろうが。三百年も森に篭っていた我に、いきなりそんな無茶を求めるな』
いっそ開き直ったようなその言葉に、カウリは笑い過ぎて膝から崩れ落ちた。
「お、お説ごもっともです……」
驚いて駆け寄ったレイに助け起こされて、まだ笑っているカウリは、もう一度ブルーのシルフを見た。
「まあ、これからしっかりと見て学んでくれよな。言っておくけど、本気になった女狐達に連携して仕掛けられたら、ルークでも逃げるのは至難の業なんだからな」
目を瞬いたブルーのシルフは、その言葉に大真面目に頷いた。
『それは大変だな、よし、オパールの主に一度詳しく聞いておこう』
「今後の活躍を期待するよ」
もう一度笑ったカウリにそう言われて、ブルーのシルフも笑って頷いた。
正式なお披露目をされた二人にとって、様々な考えを持つ女性との関係も、今後は気を付けなければならない重要項目の一つになっている。
いくら言葉で言って聞かせても、問題の本質を理解していないこの無邪気な彼に、一体どう説明したら理解してもらえるのか、カウリは本気で困って途方にくれるのだった、
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