それぞれの子猫達
「駄目、やっぱり決められないわ。ねえ、レイルズ様はどの子が良いと思われますか?」
「レイルズ様も一緒に見てください」
ディアとアミーの困った様な声にソファーから立ち上がったレイは、子猫達を見に行った。
カウリの膝から戻った子と合わせて、四匹が残っている。
「えっと、雄と雌のどっちが良いかは決めているの?」
ディアとアミーは、レイの言葉に顔を見合わせる。
「雄が希望なら、もうこの子しかいないから決定だよ」
そう言ってかなり濃い黒の鉢割れ模様になったパセリを撫でてやる。
「雌が欲しいなら、三匹の中から選ぶんだけど。どっちが良い?」
しばらく顔を見合わせていたディアとアミーは、戸惑う様に揃って困り顔になった。
「そんなの考えていませんでした。ええと、雄と雌で違いがありますか?」
逆に聞かれてしまい、猫を飼った事が無いレイは困ってしまった。
「えっと、あのマティルダ様、ちょっとお尋ねしますが、雄と雌で何か違いって有りますか?」
ヴィゴと話をしていたマティルダ様は、レイの声に振り返った。
「そうね、個性があるから一概には言えないと思うけど、雄は甘えん坊な子が多いと思うわ。だけど場合によっては、室内で雄特有の粗相をする子もいるわね。雌はそれは無いわ。あとはそうね……雌は甘える時と、知らん顔する時の差が激しい子が多い気がするわね。全体に賢いのも雌の方が多い気がするわね。でも、フリージアもレイも、どちらもとっても賢いし甘えん坊だから、きっとその子供達も甘えん坊になるわよ」
そう言って猫のレイを膝から抱き上げていつもの椅子に乗せたマティルダ様は、静かに近づいて子猫達を順番に撫でながら楽しそうに笑っている。
突然膝から降ろされた猫のレイは、不満気に顔を上げて見ていたが、しばらくするとそのまま乗せられた椅子で丸くなってまた眠ってしまった。
「あ、妥協した」
それを見ていたカウリが、小さな声でそう呟いて笑った。
「本当だね、今、え? ここで寝ろって? まあ、眠いからもうここで良いや。って声が聞こえたよね」
同じ事をレイも思っていたので、そう言ってカウリと二人揃って吹き出した。
「確かにそう言ったな。あはは、凄えな。へえ、猫ってこんなに表情豊かだったんだな」
膝に乗せたままのペパーミントを飽きもせずに撫でながら、カウリは感心する様にそう呟いていた。
「ペパーミントと仲良くね」
横から手を伸ばして、その小さな額を撫でてやった。
ご機嫌で喉を鳴らすその小さな子猫を、レイとカウリは笑顔で見つめていたのだった。
「私、女の子が良いわ。粗相されたら困るもの」
ディアがそう言い、横でアミーも頷いている。
「そうね。私も女の子が良いです」
「じゃあ、この三匹からだね。さあどの子が良いかな?」
唯一の雄であるパセリを、レイはそっと抱き上げる。小さな子猫はもぞもぞと動き回り、またレイの手を揉む様な仕草をした後丸くなって眠ってしまった。
そんな子猫にキスをしてやり、抱いたままレイは、二人の少女が真剣に猫達を見ているのを黙って眺めていた。
「父上はどう思われますか?」
突然話を振られて、ヴィゴは笑って首を振った。
「俺はどの子でも可愛いと思うぞ。屋敷で常に一緒にいるのは其方達だ。好きなだけ考えて、一番を決めると良い」
その答えに、二人は揃って抗議の声をあげた。
「だから、それが決められないから困っているんです」
「だって、どの子も可愛すぎるんですもの」
「父上も一緒に考えてください」
最後は揃って口を尖らせる二人を見て、ヴィゴは笑ってそっと近寄った。
「ほう。確かにこれは可愛いな。しかし子猫とは小さいのだな。俺の大きな手では、潰してしまわぬか怖くなるぞ」
笑ったヴィゴは、言葉通りのその大きな手で順番に子猫を撫でてやった。
その時、先の二匹は大きな手を怖がる様に頭を下げたのだが、最後の一匹だけが全く怖がる様子を見せず、それどころかヴィゴの手に擦り寄る様子さえ見せたのだ。
それを見て、ディアとアミーは目を輝かせた。
「マティルダ様! 決まりました」
「ローズマリーにします」
突然の宣言に、しかし見ていたマティルダ様も笑顔で大きく頷いた。
「そうね、じゃあ決まりね」
「おいおい、そんなに簡単に決めて良いのか?」
驚くヴィゴに、しかし二人共揃って満面の笑みで頷いた。
「ローズマリーが、父上の手を選んでくれたんですもの」
「だから、この子にします」
アミーはローズマリーを抱き上げると、鼻先にそっとキスを贈った。
「よろしくね。ローズマリー」
答える様に、抱かれたローズマリーは小さくニャアと鳴き、それを聞いた少女達は揃って大喜びだった。
改めてお茶を頂いている間に、二匹は揃って母親から最期のお乳をもらっていた。
そしてお茶を飲んでいる間中、レイは、また彼の膝を占領した猫のレイの余りの重さに無言で悶絶していたのだった。
屋敷へ連れて行く子猫達の為に、それぞれ蓋付きの籠が用意されていて、帰る際にそれをもらったディアとアミーは、それぞれの籠に、ペパーミントとローズマリーをそっと入れた。
「ではカウリ様。ペパーミントは、私達が責任を持ってチェルシーにお届けします」
ペパーミントの入った籠を持ったディアが、笑顔で胸を張ってそう言うのを聞き、カウリも笑顔で大きく頷いた。
「ああ、よろしく頼みます。チェルシーには連絡しておくよ」
「はい、でもどんな子かは言わないでくださいね。チェルシーが喜ぶ顔を見たいわ」
「あはは、了解だ。じゃあ可愛い子に決めたから、とだけ言っておくよ」
嬉しそうに笑い合うカウリとディアを見て、ちょっと羨ましくなるレイだった。
「レイルズ。いつでも会いに来てね。一匹は手元に残すつもりだから」
そんなレイの気持ちはお見通しだったマティルダ様にそう言われてしまい、レイは無邪気に目を輝かせて大喜びするのだった。
「ジャスミン、貴女のこれからの人生に幸多からん事を。何か困った事があればいつでも相談に乗るから、どうか私の事を思い出して下さいね」
帰り際、ジャスミンの頬にキスを贈り、マティルダ様はにっこりと笑った。
「感謝致します。まだ私に何が出来るか分かりませんが、精一杯努めさせて頂きます。どうか未熟な私をよろしくご指導下さい」
跪き、握りしめた両手を額に当てて深々と頭を下げるジャスミンを、レイは眩しいものを見るかの様に目を細めて見ていた。
彼女はもう覚悟を決めている。
竜の主となった事で、突然に彼女の肩に乗せられた大きな重い責任を、あの小さな身体でしっかりと受け止めようとしているのだ。
「負けていられないね。僕も、もっと頑張らないと」
肩に座ったブルーのシルフにそう言って笑い、レイはまだ膝を占領している猫のレイをそっと抱き上げた。
「ごめんね、もう帰らなきゃ駄目だから、君はここで寝ていて下さい」
指定席の椅子に乗せてやると、また不満気に鳴いた後、今度は大きく伸びをして椅子から降りてしまった。
「あれ? 気に入らなかった?」
申し訳なさそうなレイの言葉に、猫のレイは声の無いニャーをして、そのまま知らん顔で庭へ出る扉の前に座った。
扉に駆け寄った執事がそっと扉を開くと、そのまま平然と庭に出て行ってしまった。
「自由過ぎる。しかも、開けてもらって当然、って顔だったな」
それを見て面白そうに笑うカウリに、執事は笑顔で一礼して下がっていった。
「有難うございました。思わぬ楽しいひと時を過ごさせて頂きました。家に帰る理由が増えましたね」
カウリの言葉に、マティルダ様も笑顔になった。
「可愛がってやってね。それから、将来あの子にお嫁さんが欲しくなればいつでも相談してちょうだい。いくらでも紹介して差し上げるからね」
「それは大変だな。かしこまりました。その時は相談させて頂きます」
笑うカウリは知らない。
子猫は、あっという間に大きくなるのだという事を。
休みで家に帰る度にどんどん大きくなる子猫に、カウリは毎回驚く事になるのだった。
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