毛玉の贈り物
「うわあ、小っせえ」
感心するようなカウリの呟きに、レイも一緒になって笑顔で何度も頷いた。
か細い声で鳴く子猫達は、ようやく満腹になって満足したのか小さな欠伸をしてお腹を上にして転がって眠ってしまった。
どの子も毛は親に似て長く、もうふわふわの毛玉達だ。
「そっか。今日はこの子達を見に来たんだね」
小さな声で、一緒に箱を覗き込むディアにそう尋ねると、顔を上げた彼女は満面の笑みで頷いた。
「そうなんです。しかも、私達が動物を飼う許可を父上から頂いたのをお聞きになられた王妃様が、年が明けて産まれた子から一匹譲って下さるって、そう仰ってくださったんです。もう私達嬉しくて嬉しくて、アミーと二人で昨日は何も手につかずに母上に叱られました」
「私は子猫が見たいって、そう言ったのをヴィゴ様が覚えていて下さって、良ければ一緒に見に来ないかって誘って下さったんです」
ディアの隣では、ジャスミンもそう言って嬉しそうに目を輝かせている。
目を輝かせる三人を見て、レイは驚いてもう一度箱の中を覗き込んだ。
「ええ、こんなに小さいのに、もうもらわれちゃうの?」
「小さいと言っても、もう三ヶ月近く経っているんですよ。まだお乳を飲んでいますが、もう柔らかい茹でたお肉を食べていますから、そろそろ引き離しても大丈夫だと教えていただき、今日はどの子にするか選びに来たんです」
「へえ、そうなんだ。じゃあ猫はこの中から選ぶんだね。どの子も可愛いよ」
改めて箱の中を覗くと、寝ぼけた子猫たちはもぞもぞとお互いの下に潜りあい、蹴りあっている。
「あらあら、もうその子達に夢中なのね」
背後からからかうような声が聞こえて、レイは慌てて振り返った。
そこには、猫用の小さなお皿を持ったマティルダ様がヴィゴと並んで笑顔でこっちを見ていたのだ。
「ああ、失礼しました。えっと、本日はお招き頂きありがとうございます」
慌ててマティルダ様の前へ行き、そう言って挨拶をする。隣では同じく慌ててこっちへ来たカウリも礼をしていた。
「構わないわ、どうぞ楽にしてちょうだい。可愛いでしょう。もう、この子達が産まれてから毎日楽しくて仕方がなくてよ」
嬉しそうにそう言って笑ったマティルダ様は、フリージアの頭を撫でて、鼻先にそっと裂いた鶏肉の入ったお皿を置いた。
小さく甘えるように鳴いたフリージアは、ゆっくりと起き上がって大きく伸びをすると、嬉しそうに喉を鳴らしながら出された鶏肉を食べ始めた。
せっかく、フリージアのふかふかのお腹に潜って寝ていた子猫達は、急に母猫が立ち上がってしまったものだから、不満気にもぞもぞと寝床を動き回り、文句を言っているみたいに小さな声で鳴き始めた。
「ミャウ」
「ミャウ〜」
「ウニャウ」
甘えるような子猫の鳴き声に、しかし聞こえているはずのフリージアは知らん顔だ。
「ほらね、もう大丈夫だからこうやって起き上がって食べるのよ。産まれたばかりの頃は、本当にひと時も子猫の側から離れなかったのよ」
小さくそう言って笑ったマティルダ様は、手を伸ばして箱から一匹の子猫をそっと抱き上げた。
「ほら、手を出して頂戴」
レイの右手に乗せられた子猫は、キョトンと周りを見まわし、またか細い声で鳴き始めた。
「うわあ、小さすぎです。何これ、軽い」
慌てて落ちないように両手で包み込んでやる。
大きなレイの手に包まれた子猫は何度か足踏みのような仕草をした後、何と丸くなってそのまま眠ってしまったのだ。
「ええ、ちょっと、これどうしたら良いんですか」
慌てて叫ぶレイだったが、皆笑ってるだけで誰も助けてくれない。
「そこのソファーに座ってて良いわよ」
箱の側から離れない少女達の上から箱を覗き込んだマティルダ様は、もう一匹捕まえて今度はカウリの手の上にその子猫を乗せたのだ。
「うわあ、待ってください。俺、こんな小さい奴の相手した事無いですって」
彼も慌てて両手で包み込んだが、もぞもぞと動く子猫に、もうどうしたら良いのか分からずに慌てているだけだ。
「大丈夫よ、落とさないようにだけしてくれれば良いからね」
笑ってそう言われてしまい、カウリは情けなさそうに手の中の子猫を見た。
「このちっこいのが、ここまでデカくなるんですか。俄かには信じられませんね」
笑うカウリの足元には、いつの間にか猫のレイが現れて彼の靴に頭を擦り付けていた。
「どうした? お前さんのお気に入りはあっちだぞ」
笑顔のカウリの声は、聞いた事が無いくらいに優しい声をしている。
カウリは子猫を抱いたまま、レイの座るソファーへ来て隣に座った。
背もたれに掛けてあった膝掛けを取ると、座って自分の膝にそれを掛け、その上に子猫をそっと下ろした。
しばらくもぞもぞと動き回っていた子猫だったが、足の間の膝掛けが、ちょうどハンモックのようになったのが気に入ったらしく、そこに収まってまた眠ってしまった。
猫のレイは当然のように座るレイルズの膝を占領し、レイは笑って自分の手の中にいた子猫をカウリの膝にそっと乗せた。
「それじゃあ、お前も一緒にここにいな」
受け取ったカウリは、優しい声でそう言うと、寝ている子猫の横に受け取った子を並べた。
「可愛いもんだな。子猫なんて初めて触ったよ」
「僕も初めて触りました。小さくてびっくりだね」
小さな声で笑顔で話すレイに、猫のレイは不満気に前脚を伸ばして彼の腕を押さえた。
「はいはい、枕がいるんだよね」
笑って顔の横に腕を置いてやると、喉を鳴らしながら当然のように腕に顎を乗せて寛いでしまった。
「完全にお前、そいつのベット扱いだな」
「そうみたいだね。もう寝る気満々だよ」
笑って空いた左手でそっと額から背中にかけて何度も撫でてやる。
嬉しそうに喉を鳴らす猫のレイは、堪らなく可愛かった。
一方、少女達は残った三匹の子猫達とすっかり仲良くなっていた。
それぞれに棒の先にふわふわの布を取り付けた猫じゃらしで遊んだり、箱の中と外で隠れて遊んだりしている。
「ああ、駄目。とても決められないわ」
ディアが笑いながら遊んでいた子猫を抱きしめる。ジャスミンとアミーもずっと笑っている。
そんな少女達を、レイとカウリは面白そうにソファーに座ってのんびり眺めていた。机に執事が入れてくれたお茶が置かれているが、誰も飲もうとせず、すっかり冷めてしまっていた。
遊び疲れた三匹が寝てしまったのを見て、少女達も座り込んでいたラグから立ち上がった。
子猫達と一緒に少女達が遊べるようにと、箱の前の冷たい石の床には、分厚く大きな敷物が敷かれていたのだ。
「カウリ様はどの子にするか決めたんですか?」
振り返ったアミーの言葉に、カウリは驚いて首を振った。
「貰うのは貴女達なんでしょう? この子達はまだ遊んでいないから、良かったら遊んでやってくださいよ」
ようやく起き出して、もぞもぞと動き出した二匹の子猫を指差すカウリに、ディアとアミーは目を瞬いた。
「だって、一匹はチェルシーのお家へ行くって聞きましたわ」
「私も聞きました。だから、最初にカウリ様に決めてもらってからね、って母上に言われました」
いきなりそんな事を言われて、カウリとレイは驚いて顔を見合わせた。
「ええと……だけど、確かに、この毛玉が家にいたら……うわあ、駄目だ。絶対、毎週何があっても帰るぞ」
顔を覆って叫ぶカウリに、レイは思わず吹き出した。
「猫がいれば、チェルシーも寂しく無いね」
無邪気なレイの言葉に、笑ったカウリも頷く。
「どう? 贈らせて頂けるかしら?」
嬉しそうなマティルダ様の言葉に、カウリは満面の笑みで頷いた。
「ありがとうございます。是非お願いします」
「それでどの子にするの?」
「そうだなあ。だけど、コレって俺が決めて良いのか?」
覗き込むレイの言葉に、顔を上げたカウリが心配そうに子猫を見る。
「チェルシーは、カウリ様に選んでいただいた子なら、どんな子でも嬉しいって言ってました」
「楽しみに待ってるって言ってました」
笑顔で胸を張るディアとアミーの言葉に、カウリは小さく吹き出した。
「根回し完璧かよって」
そう呟いたカウリは、まだ自分の膝に乗ったまま寝ぼけている子猫をそっと撫でた。
「お前、うちの子になるか?」
顔を上げてカウリの顔を見たその子猫は、まるで返事をするかの様に小さく鳴いた。
「良いって」
「あはは。確かに今そう言ったな。じゃあお前はうちの子だ、よろしくな」
レイの言葉に笑ったカウリは、そっとその子を抱き上げて鼻先に優しくキスを贈った。
「この子に名前は付いてるんですか?」
「その子はペパーミントって呼んでるわ。でも仮の名だから、貴方達で好きにつけてちょうだい。今回の五匹は、全部
「良い名ですよ。じゃあもうこのままペパーミントって名前にします」
もう一度額を撫でてやり、嬉しそうにそう言うと、もう一度そっと抱き上げた。
「しかし小さいなあ。コレがああなるんですか?」
レイの膝を占領している巨大な毛の塊を見て、呆れた様にそう言うカウリの言葉に、皆吹き出した。
普段とは違う、少女達の鈴を転がすような賑やかで明るい笑い声が部屋に響いた。
新しくカウリの屋敷に行く事になったペパーミントの周りには、シルフ達が時折現れては楽しそうに、耳を撫でたりそっと背中を突っついたりして遊び始めた。シルフが見えない子猫だったが、突かれる度に耳を動かしたり背中の毛を波打たせたりして、その度に不思議そうに周りを見ていた。
そんな子猫の様子に、マティルダ様とレイとカウリ、それからジャスミンは揃って笑顔になるのだった。
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