思い出の場所と正式な再会

 ようやく笑いのおさまったルークと一緒に、また順番に案内されるままに様々な人達に挨拶をして回った。

 そしてさすがのレイでも気が付いた。

 確かに、彼らが自分を見る目には二種類の目があるのだ。



 一つは、よく見慣れた純粋な好奇心をたたえた目。或いは、そう見える目。

 そういった人達は大抵は別れ際に、頑張れ、とか、しっかりやりなさい、などの激励の言葉をかけてくれる。中には、困った事があればいつでも相談に乗ってくれる、とまで言ってくれる人もいた。

 それとても実は遠回しな嫌味の一つだったりする場合もあるのだが、そもそも自分が嫌がらせをされていると気付いていないレイは、額面通りにその言葉を受け取って、その度に嬉しそうにお礼を言っては相手を面食らわせていた。そして、その度に背後のルークから無言の拍手を送られていたのだった。



 そしてもう一つが先程のフォルカ達の様な目で、一見して分かる、レイの事を蔑む様なあからさまに見下す目だった。

 しかし、それに気付いてもレイは特に腹を立てる事も無かった。

 彼らと自分では生まれも育ちも違い過ぎる。生粋の貴族である高貴な生まれの彼らが、竜の主と言うだけで同じ位置に立っている森育ちの平民である自分を嫌がるのは、ある意味当然の事だと思っていたのだ。

 彼にしてみれば、最初から皆が自分に対して好意的だった本部の人達の方が驚きだったのだ。



 多少遠回しな嫌味を言われても、或いはあからさまな嫌味を言われても、レイは笑顔を絶やす事なく堂々と胸を張って挨拶をして回ったのだった。

 その右肩には、ブルーのシルフがずっと一緒に座っていてくれた事もレイが堂々としていられる理由になっていた。

 そんな彼を見て、密かに心配していたレパードは感心しきりだった。






「さてと、特別事務所はこれでだいたい終わりだな。じゃあまずは、レイルズ君お待ちかねの場所へ行こう」

 応接室へ戻って来てすぐに、疲れ切ってソファーに倒れ込んだまま、お茶も飲まずにクッションを抱えて唸っているレイの背中を叩いて、ルークは笑いながらそう言って立ち上がった。

「ええ? ……次は何処なんですか? 僕のお待ちかねって?」

 聞いただけで嫌そうなその声に、ルークとレパードは顔を見合わせて笑い合った。

「誰かさんが部隊間交流の名目で勉強に行った場所だよ。おおい、聞こえてるか?」

 うつ伏せになって全く反応の無いレイをルークが心配して上から覗き込んだ瞬間、いきなりレイルズが起き上がった。

 腕立て伏せの要領で、両腕を立てて体を起こしたのだ。

「うわっと!」

 いきなりそう叫んだルークが、物凄い勢いで体を起こしてそのまま後ろに飛び退すさる。

 ルークの突然のその行動を目の当たりにしたレパードは、驚きのあまり呆然とその場に立ち尽くした。

「よし。鋼鉄製の頭突きを避けたぞ!」

 拳を握って叫んだルークの言葉に、レイとレパードはほぼ同時に吹き出した。

「ルーク! 酷いよ……」

 笑いながら抗議の声を上げるレイに、ルークも笑いながらレイの額を叩いた。

「今ここでお前の鋼の頭突き攻撃をまともに受けたら、俺はここで退場だぞ。そうなったらあとはもう知らないからな。責任持って一人で行けよ。今日は、他の奴らも全員用事があって出払ってるから交代要員はいないんだぞ!」

「やだ!それは絶対駄目です! 逃げてくれてありがとうございます! えっと、次からはもうちょっとゆっくり起き上がります」

「俺の頭のためにも、是非そうしてくれ」

 大真面目なルークの言葉にまたレパードが吹き出し、部屋は穏やかな笑いに包まれたのだった。






「おい、事務所に集合だ! 何してる、早くしろ!」

 ルフリー上等兵の言葉に、その場にいた全員が同時に手を止めて振り返った。

「了解です! おい、行くぞ」

 ドルフィン一等兵の声に、その場にいた二等兵全員が返事をして大急ぎで事務所横の大会議室へと向かう。

 そこはもう既に、ここの事務所を使っている第八、第九小隊のほぼ全員が整列していた。

 第六班のように、普段は各倉庫に有る小さな事務所にいる者達まで揃っているので文字通り部隊員全員集合状態だ。

 第六班も、急いで先に並んでいたサハウ伍長やピスティ上等兵の横に整列した。



 レイルズが部隊間交流の名目で、第四部隊の一般兵の制服を着て、二等兵として一時期ここで働いていた事は既に全員の知るところだ。

 彼とそうとは知らずに当時一度でも言葉を交わした事のある者は、カウリの結婚式でレイルズの正体が分かった後、皆一様に驚き、それはそれは大騒ぎになったのだった。

 その彼が、わざわざ時間を割いてここまで新任の挨拶に来てくれるのだと言う。

 第二部隊とは言え、裏方で、目立った事など一切無かった彼らにしてみれば、もちろん、本物の竜騎士を目の前にするのも初めての事だ。

 この場にいる少佐以外の全員がそんな状態で大いに喜んでいたし、また戸惑ってもいた。



 静かだった廊下に騒めきが起こる。他部署から噂を聞いて見学に来た暇人達だろう。

 ノックの音がして、ゆっくりと開いた扉から入って来る人を見て、ルフリー達は、密かに感動の涙を飲み込んでいた。

 そこにいたのは、真っ白な竜騎士隊の制服に身を包んだルークと、同じ仕様の竜騎士見習いの赤い上着を来たレイルズの二人だったのだ。




「一同、敬礼!」

 この事務所の責任者であるダイルゼント少佐の号令に、見事に全員揃った敬礼をした。

 直立した二人も、綺麗な敬礼を返してくれた。

「なおれ」

 号令で直立したまま敬礼を解き、その場で待つ。

「初めまして、レイルズ・グレアムと申します。竜騎士見習いとして勤めさせていただく事になりました。未熟者故ご迷惑をかける事もあるかと思いますが、どうかよろしくお願い致します」

 整列した彼らを見て、一瞬何か言いたげにしたレイだったが、一度小さく息をして、軽く一礼して恐らく教えられていたのだろう、挨拶の言葉を口にしたのだった。

「休め」

 改めて、少佐の号令で一同は休めの体勢になる。

 そんな彼らを見て、レイはルークを振り返り、何か言葉を交わした。小さく頷いて、前を向いた彼は少し頬を紅潮させて口を開いた。

「えっと、楽にしていてください。お忙しいのにわざわざ集まって頂いて申し訳ありませんでした。ここは、ただのレイルズとして働いた初めての職場だったんです。ここでの半月は、僕にとっては忘れられない宝物のような時間になりました。ご迷惑をお掛けした当時の皆様方に、そして、新たにここへ来られた皆にも、そして、裏方で働き僕らを支えて下さる全ての方に、心からの感謝と敬意を捧げます。どうかこれからも頑張ってください」

 深々と頭を下げる彼を、その場にいた全員が感動に打ち震えて見つめていた。

 顔を上げた彼は、照れたように笑った。

「それでは、我々は失礼します」

 ルークの言葉に、レイは頷いて事務所を出る彼について行った。



 しかし扉を出る寸前に、立ち止まった彼はゆっくりと後ろを振り返った。

 当然、全員がその背中を見ていたのだから目が合う。ルフリー達を見て笑った彼は、満面の笑みで右手を上げた。

「ではまた! どうかお仕事頑張ってくださいね! 怪我なんかしちゃ駄目だよ」



 その瞬間、湧き上がった物凄い歓声にレイは飛び上がり、ルークは堪えきれずに声を上げて笑ったのだった。

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