御祝品のお届け
「これはまた見事だ。まるで誂えたかのようだな」
「全くですな。これは驚いた。もしやと思って持って来ましたが、もうこれ以外考えられませんな」
感心したような年配の男性とクッキーの言葉を聞きながら、レイも嬉しくなって何度も頷いていたのだった。
「じゃあこれにします」
満面の笑みのレイの言葉に、クッキーはこちらも笑顔で頷き、ますは石を綺麗に包んで箱に戻した。
それから、改めて飾り台に不具合が無いか二人掛かりで丁寧に検品してから振り返った。
「お買い上げありがとうございます。石と共に入れられる箱をご用意しておりますので、もうしばらくお待ちください」
クッキーが伝票を書いている間に、二人掛かりで運んで来てくれたのは、白木に綺麗な飾り彫りが施された箱だった。蓋を開くと、中に区切りがあり、飾り台と石がそれぞれ包んで入れられるようになっている。
「へえ、こんな綺麗な箱があるんだね」
背後から覗き込みながら、感心して眺めていると、クッキーが一枚のカードを渡してくれた。
「何か書きますか? 良かったら使ってください。立体加工の施された結婚祝い用のカードですよ」
真っ白な二つ折りのカードを開くと、切り紙細工で作られた花束が飛び出してくるカードだった。
花の部分だけ彩色が施されていて、真っ白なカードの中で一層輝いて見えた。
「ありがとう、使わせてもらうね」
受け取り、ラスティが出してくれたガラスペンで、レイはちょっと考えてサラサラとお祝いの言葉を書いた。
「平凡な言葉かもしれないけど、これで良いよね」
笑ってクッキーに見せると、彼は何度も頷いてくれた。
インクをしっかりと乾かしてから、念のため薄紙で押さえて二つ折りに戻して封筒に入れた。
それから、蝋でしっかりと封をした。蝋に押す模様は、最近気に入ってクッキーから買った、四つ葉のクローバーの紋章だ。幸運をもたらすとされていて、レイのように未成年で家紋の無い者が使う事も多い。
「はい、綺麗に押せたよ」
嬉しくなってラスティに見せてから箱を開けて待っていてくれたクッキーに渡した。
「では、ここに入れますね」
蓋を開けた時に、目に入る一番上にカードの入った封筒を置き、上から蓋を閉めて釘を使ってしっかりと封をした。
「それでは失礼致します、またいつでもお呼びください」
深々と一礼した三人は、台車を押して帰って行った。
ホッとしてソファーに座って、また台車に置かれた箱の変わった石を見る。
「どうなさいますか? 今ならお二人とも本部にいらっしゃいますからお届けしますか?」
「あ、そうだね。遅くならない方が良いって言っていたものね」
立ち上がってそのまま行こうとしたので、ラスティは慌てて止めた。
「レイルズ様。このような場合は、一旦先に相手に連絡を入れて、相手の方が大丈夫な事を確認してから行くものです。ただいま、確認して参りますので、ここでお待ちください」
以前グラントリーに教えられた事を思い出して、レイは慌てて頷いた。
「そうだね、確かにこれはその通りだね。分かりました、じゃあ待ってるのでお願いします」
大人しくソファーに座るレイを見て、ラスティは一礼して部屋を出てった。
「こういう事は、精霊を通じてよりも、ラスティや執事の人が確認するのが良いんだって言ってたよね。精霊で確認する方が速いのにね」
思わず呟くと、ブルーのシルフが現れて小さく笑った。
『貴族は形式を重んじるからな。人をわざわざやって確認するという形式が必要なのだよ』
「変なの。簡単で良いのにね」
笑ったブルーのシルフは、そんなレイにそっとキスを贈った。
『これから先は、こんな事ばかりだぞ。せいぜいあの精霊達に助けてもらうと良い』
『大丈夫だよ』
『大丈夫だよ』
『教えてあげるからね』
現れたニコスのシルフにそう言われて、悲鳴をあげたレイはクッションに抱きついて顔を埋めたのだった。
「レイルズ様、お越しいただいても構わないとの事です」
ラスティの声にクッションから顔を上げたレイは立ち上がって服のシワを伸ばしながら彼を見た。
「えっとカウリは今どこにいるの? お部屋?」
竜騎士隊の宿舎の私室には、確か女性は入れなかったはずだ。
「下の、別の部屋にお二人揃っていらっしゃいます。丁度式の打ち合わせが終わった所だったようですね」
「へえ、そうなんだね。じゃあ行きます」
立ち上がって、剣帯を身に付けミスリルの剣を装着した。
台車を押してくれるラスティと一緒に、レイは二人のいる部屋へ向かった。
「お? 何してるんだ?」
ヘルガーが手伝ってくれて、階段の所を三人がかりで抱えて箱を下ろしていると、書類を手にしたルークが驚いて覗き込んできた。
「えっとね、今からカウリの所に結婚のお祝いの品を届けに行くんだよ」
満面の笑みで答えるレイに、ルークは目を瞬かせて大きな箱を見た。
「また重そうな箱だな。何にしたんだ?」
興味津々で覗き込むので、レイは笑って答えた。
「えっとね、ギードの鉱山で採れたミスリル鉱石だよ」
「へえ、それは凄い。一緒に行っても良いか?」
「構わないけど、それは急ぎの書類じゃ無いの?」
持っている書類の束を見てそう言うと、ルークは笑って首を振った。
「急ぎじゃ無いから大丈夫だよ。ちょっと置いてくる」
笑ってそう言うと、たった今出てきた事務所へ戻って行き、本当にすぐに出て来た。しかも、後ろには若竜三人組の姿まであった。
「あれ?」
驚くレイに構わず、四人は後ろをついて来て、結局大人数で押しかける事になったのだった。
「良いんだよ。お祝い事の贈り物は、大人数で届けても構わないのさ」
笑ったルークにそう言われて、レイは安心してそっと箱を撫でた。
「おやおや、これまたずいぶんと大人数でお越しで」
カウリの声に笑って部屋に入ると、休憩室よりも少し狭い部屋で、カウリとチェルシーがソファーに並んで座り、向かい合わせに置かれたソファーにはカウリの従卒のモーガンが座っていた。
扉を開けてくれた執事が大人数を案内して、手早く人数分の椅子を用意してくれた。
モーガンが慌てて立ち上がり下がる。
「ごめんね。丁度廊下で会って今からお祝いの品をお届けに行くって聞いたからさ、せっかくだからご一緒させてもらったよ」
ルークの言葉に笑顔で頷く後ろの三人を見て、カウリは小さく笑ってソファーを譲った。
「えっと、ご結婚おめでとうございます。お祝いの品をお届けに参りました!」
目を輝かせてそう言うレイに、カウリも立ち上がって前まで行って笑顔で挨拶を返した。
「お忙しい中、わざわざのお届け、ありがとうございます」
芝居染みた様子でそう言い深々と一礼したカウリは、顔を上げてレイを顔を見合わせて同時に吹き出した。
「駄目だ、背中が痒くなるぞこれ」
「うわあ、格好良いよカウリ! もう一回やって!」
目を輝かせてそう叫んだレイの言葉に、後ろの四人とチェルシーも同時に吹き出して部屋は大爆笑になったのだった。
「全く、真面目にやったのは最初だけかよ」
笑いながらルークがそう言い、レイとカウリの背中を叩いた。
「綺麗な箱ですね」
チェルシーが目を輝かせてそう言い、ロベリオ達三人も、揃って頷いている。
「開けても良いか?」
「もちろん! あ、重いから手伝うよ」
「何を持って来てくれたんだ? 重いって事は装飾品か何かか?」
箱の釘を専用の道具で抜きながらそう言っているカウリに、レイは笑って肩を竦めた。
「それは開けてみてのお楽しみだね」
「だな、じゃあ遠慮なく開けさせてもらおう」
最後の釘を抜いたカウリが道具を置いて蓋を開いた。
「お、カードが入ってるぞ」
取り出してチェルシーに渡す。頷いた彼女が封を切るのを、レイはちょっと赤い顔で横を向いて知らん顔をした。
「まあ、素敵なカード」
取り出したカードを開いた彼女は笑顔になり、カウリにそのカードを渡した。
「ご結婚おめでとうございます、末長くお幸せに。お二人に精霊の守りが常にありますように……素敵なカードをありがとうな、レイルズ」
書かれていたのは短い文章だったが、彼にとっての恐らく精一杯の言葉だったのだろう。
照れたように頷くレイの頬を突っついて笑い合い、カードをチェルシーに返して、カウリは小さく頷いた。
「うん、なんて言うか……心のこもったカードって、こういうのを言うんだろうな」
感激したのを誤魔化すようにそう言うと、しゃがみ込んで、まずは布に包まれた飾り台を取り出した。
「あ、飾り台って事はやっぱり装飾品だな」
嬉しそうに布を解いて机に置く。
「へえ、これはまた個性的な台だな」
「本当だね。これは初めて見るよ」
ロベリオとユージンが驚いたようにそう言い、心配そうにもう一つの大きな包みを見た。
彼らには、もうこれが装飾用の鉱石だと分かっていたが、だが逆に、この個性的な台に乗せる石があるのかと密かに心配していたのだった。
「じゃあ石を出すぞ。おお、重いな」
レイが手伝い、包みごと一旦机の上に乗せる。
カウリが包みを解くのを全員が固唾を飲んで見守っていた。
「あれ? えらく地味な……」
布から出て来たそれを間近で見たカウリがそう言いかけて思わず口を噤む。贈り物に対しての失礼な感想は、迂闊に言うべきでは無いと思ったからだ。
しかし、離れた所にいた若竜三人組とルーク、それからチェルシーは揃って息を飲んだ。
「うわあ、これは見事だ。カウリ、それを台の上に置いたらこっちへ来て、ここからその石を見てごらん」
手招きするロベリオの言葉に頷いたカウリは、とりあえずレイと二人掛かりで台座の上にそっと石を置いた。
「この向きで大丈夫?」
レイが胸を張って後ろで見ている観客達にそう尋ねると、竜騎士達は全員揃って親指を立てた拳を差し出してくれた。
首を傾げつつ彼らのところへ行ったカウリは、振り返った瞬間絶句した。
「ええ! 何だよこれ! 石が変わったのか?」
「僕と全く同じ事言ってる!」
カウリの叫びに、レイは堪えきれずに口を押さえて笑い出した。
「その前のロベリオが言った通りの言葉は、僕はラスティに言われたよ」
「まあ、普通はそうなるだろうな。いやしかしこれは凄い。ここまで見事に遊色効果が出ている石は、俺も初めて見たよ。しかもこれ、ミスリル鉱石だよな? やっぱりギードの所からか?」
驚くロベリオの言葉に、レイは笑顔で頷いた。
「お祝いに何を贈ったら良いか分からなくて色々考えて、ギードにお願いして鉱山で採れた綺麗な石を送ってもらったんだ。僕もどんな石が来るのか知らなかったから、初めて見た時はあんまり地味な石だったから、送り間違えたのかと思って心配したんだよ」
「すげえなギードの鉱山。今度装飾品が必要になったら、ギードに頼もう」
「そうだよね。僕も覚えておこう」
ユージンとタドラも、頷きながらそう言っているが目は石から離れない。
「しかもあの飾り台、台だけで見たときはちょっと個性的すぎて、飾る石があるのか心配になったんだけど、これはまるで誂えたみたいにぴったりだね。これは見事だ」
「ありがとう。陛下から賜った屋敷に飾らせてもらうよ」
「そうだね。あ、もうお屋敷は賜ったの?」
「おう、結婚の報告に行った時に、正式な詳しい書類を頂いたよ。それで何度か足を運んでようやくそれらしくなって来たよ。まだ装飾品は手付かずだから有難いよ」
「俺とタドラの二人で、食器一式と銀製のカトラリーを一式贈らせてもらったよ」
「俺とユージンの二人は、明日届く予定だけど、これも装飾品だよ。食器はルーク達が贈るって聞いてたから重ならないようにしたんだ」
「あ、装飾品だけど、石じゃないからレイルズとも重なってないぞ」
一瞬心配そうにしたレイを見て、ロベリオが付け加えてくれた。
「ヴィゴ様からは、ラプトルと馬車を、それからマイリー様からは、彼女にと金細工の施されたオパールの見事な宝飾品をいくつも頂きましたよ」
「皆、凄いね」
思わず拍手して感心したようにそう言うレイを見て、カウリは苦笑いするのだった。
「なあこれって、ギードは幾らでレイルズに渡したんだろうな?」
「だよな。ちょっと知りたいかも」
ミスリルの装飾品の値段を知るロベリオとユージンは、小さな声でそんな事を言って苦笑いしていたのだった。
机の上に置かれたミスリル鉱石には、何人ものシルフが集まって来て、嬉しそうにその周りを飛び回っては何度もキスを贈っていたのだった。
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