ささやかなお茶会とお喋り

「えっと。ご心配おかけしました」

 まだ少し目が赤いレイが部屋に戻った時、机の上は綺麗に片付けられていて、お茶の準備の真っ最中だった。

「レイルズ様、大丈夫ですか? ハン先生をお呼びした方がよろしいのでは?」

 まだ赤い目を覗き込んで心配そうなクローディアの言葉に、レイは笑って首を振った。

「もう大丈夫です。ちょっとびっくりしちゃって。本当に失礼しました」

 それでもまだ心配そうにしていたが、母親が無言で目配せをして小さく首を振るのを見てもう何も言わなかった。

「ほら、レイルズ。貴方はここよ」

 サマンサ様とマティルダ様の間に置かれた椅子を、サマンサ様が満面の笑みでそう言って椅子を叩いている。

「はい、只今」

 元気に返事をしたレイは、素直に言われた席に座った。



 最初に扉を開けてくれたこの部屋付きの世話係の女性が、すぐにレイの前にカナエ草のお茶と綺麗に飾り付けられたお菓子を置いてくれた。

 レイが持って来たマフィンの入った籠も、包みを開けて机の真ん中に置かれている。

 サマンサ様とマティルダ様が持って来てくださったのは、確かにレイの好きそうな優しい味わいの素朴な焼き菓子で、見ると中には、大粒の栗の甘露煮と刻んだ胡桃と干しぶどうがたっぷりと入っていた。切り分けられたケーキの横には、真っ白なクリームもたっぷり添えられている。

 目を輝かせるレイを見て、皆も笑顔になった。

「これはオルベラートの栗を使った焼き菓子でね。オルベラートの栗は、オルダム近郊で採れる栗よりも大粒で甘味もあるのよ。レイルズは栗が好きだものね」

 サマンサ様の言葉に、レイは嬉しそうに何度も頷いていた。



 それぞれにお祈りをしてから食べ始める。

「美味しいです。栗も柔らかくて甘いですね」

 口に入れて、レイは満面の笑みになった。そしてふと思った。この栗は、蒼の森で収穫したあの栗林の栗と同じで、大粒で柔らかく美味しい。

「蒼の森の栗も、こんな感じでしたよ。すごく大粒で美味しかったんです。頑張って沢山甘露煮にしました」

「まあ、甘露煮ってどうやって作るのですか?」

 不思議そうな娘達に、レイは目を輝かせて、甘露煮作りがどれだけ手間と時間が掛かるのかを身振り手振りを交えながら一生懸命に説明したのだった。



「奥殿の中庭にも栗の木が有るのだけれど、小粒で甘みも少ないので、収穫した物はほとんど加工されてしまうと聞いたわ。だけど、そんなに大変なのね」

 マティルダ様とサマンサ様も、初めて聞く栗の加工方法を感心して聞いていたのだった。



「そう言えば、栗のイガは、染料になるんですよ」

 思い出して付け加えたレイのその言葉に、全員の手が止まる。

「栗のイガ? 栗の実が入っているあのトゲトゲの硬いイガの事ですか?」

 イデア夫人の質問に、レイは頷いた。

 ヴィゴの屋敷の裏庭にも栗の木が有るので、皆イガが何かは知っていたが、あれは栗の実を取ったらもう用のないものだと思っていた。

「はい、媒染するものによって、綺麗な茶色や灰色になります。僕も、教えてもらってニコスと一緒に綿兎の毛糸を沢山染めました」

「レイルズ様、媒染って何ですか?」

 不思議そうなアミディアの質問に、レイはちょっと考えて答えた。

「えっと、僕も最初は分からなくてニコスに教えてもらったんだけど、染料を毛糸だったり布だったりに染めた時にその色を定着させる為のものなんだって。ギードが鉱物なんかを加工して作ってくれるミョウバンって言う結晶や、鉄媒染って言って、文字通り、釘や鉄の粒を一番最後に入れて染めるんだよ」

 初めて聞く、街での暮らしとも違う森の生活に、皆目を輝かせて聞き入っていたのだった。



「そう言えばレイルズ様。クレアとニーカはお元気ですか?」

 話が一段落してレイがケーキを食べ終えた頃、嬉しそうに尋ねるクローディアの言葉に、レイは食べていた最後の一欠片を飲み込んでから答えた。

「はい、去年の秋に昇級試験を受けて二人共見事に合格しましたよ。ディーディーは二位の巫女に、ニーカは三位の巫女になって、今は二人揃ってお城の女神オフィーリアの分所に勤めているよ」

「まあそうだったんですね。知らなかったわ。お二人共頑張っているのね。母上。それなら一度お城の女神オフィーリアの分所にお参りに行かせてください。彼女達に直接会って昇格のお祝いを言いたいわ」

 目を輝かせるクローディアとアミディアの二人を見て、イデア夫人は満面の笑みで頷いた。

「そうですね。それなら後ほど一緒に参りましょう」

 手を取り合って歓声を上げる二人を見ていると、いつの間にか、何故だか自分も一緒に行く話になっていたのだ。

「えっと、あの……僕はまだ見習いなので、分所への参拝の際には一人では行けないんです。誰か竜騎士の方と一緒じゃないと……」

「それなら大丈夫よ。後程、ヴィゴが来てくれる事になっていますからね」

 笑顔のイデア夫人の言葉に、レイは完全に逃げ場をなくして天井を振り仰いだのだった。



 実は、レイはまだ女神オフィーリアの分所への参拝の際に、クラウディアやニーカと会った事がない。

 顔を見たのは、年末の時送りの祭事の際に舞を舞っていた時だけだ。

 いつかは会えるだろうと思って、実は密かに楽しみにしているのだ。





「レイルズ様、持って来て頂いたマフィン、とっても美味しいです」

 笑顔のアミディアの無邪気な言葉に、皆も笑顔でマフィンを手にした。

 チェルシーは、最初のうちこそ緊張のあまり喋る事も出来ないような有様だったが、何度かレイやイデア夫人が話し掛けた事もあり、最後には縫い物をしていた時のように笑顔でお喋りを楽しんでいたのだった。





「何だと? サマンサ様とマティルダ様が? それにカナシア様が、チェルシーの花嫁衣装の試着室にお越しになっておられるだと?」

 その頃竜騎士隊の本部では、家族が来ていると聞いたヴィゴが、マイリーに断って娘達の顔を見に行こうとしていた所だった。

 しかしそのマイリーの口から、正にその花嫁衣装の試着室に、肩掛けの刺繍をすると言う名目で皇族の女性方がお越しになっていると聞いたのだ。

「まあ、半分はレイルズの顔を見に来られたと思うんだがな。まさかサマンサ様までお越しになるとは思わなくて、俺も聞いた時は慌てたよ。ご挨拶に行くべきかと思っていたんだが、ここはお前が行くほうが自然だな。よし、じゃあ女性陣のお相手は頼むよ」

「お前、今さりげなく……俺に全部投げたな」

「お前がいつも言ってるじゃないか。適材適所ってな。どう考えても、俺が行くよりお前が行くほうが女性陣も喜ばれるよ」

 ニンマリと笑うマイリーの額を一発叩いてから、ヴィゴは深呼吸を一つして、早足で試着室へ向かったのだった。

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