落ち着かない心と流星群
買い物が終わったレイは、明細をラスティに渡してサインを貰ってクッキーに返した。
綺麗に包まれた贈り物には、それぞれ誰のものなのか書かれた小さなリボンが括り付けられ、ラスティが受け取った。
「お渡しする当日まで、こちらでお預かりしておきます」
ラスティにそう言われて、レイは笑って頷いた。
「よろしくお願いします」
それから、しばらくクッキーと最近のお互いの事を話していた。
しばらくしてふと気付くと、ラスティがカウリと顔を寄せて話をしている。
ラスティが首を振るのを見て、カウリは顔を上げてこっちを見た。そして笑って手招きをする。
「どうぞ、私の事は気になさらず」
クッキーに背中を叩かれて、レイは頷いて彼のところへ走った。
「なに? どうしたの?」
するとカウリは、何やら妙な笑顔でさらに手招きをする。ちょっと目が弓形に細くなっているのを見て、レイは嫌な予感がしたが、素直に顔を寄せた。
「お前さ、クラウディアから何か聞いたか?」
質問の意味が分からず首を傾げると、カウリは納得したように頷いている。
「こう言うところは、遠慮しちゃ駄目なところなんだけどなあ」
「カウリ、一人で納得しないで教えてください。何が駄目なの?」
肩を持って揺さぶると、カウリは態とらしく首を振ってレイの腕を取った。
「言っていたよな。お前も今年の降誕祭の贈り物には協賛するんだろう?」
「うん、ルークに教えてもらって手続きはラスティにお願いしたよ。それがどうかしたの?」
「それなら、女神オフィーリアの協賛金にも参加してやれよ」
初めて聞くその言葉に、レイは目を瞬かせた。
「えっと、何ですか? それ」
「やっぱり知らないって」
カウリがラスティにそう言い、彼も困ったように苦笑いして頷いている。
それから一つ咳払いをしてレイに向き直った。
「レイルズ様、女神オフィーリアの協賛金と言うのは、その名の通り、女神オフィーリアの神殿が毎年降誕祭に募っている寄付金の事です。オフィーリアの神殿では、直営の孤児院だけでも三つ。大手の商店やギルドとの共同経営という形で、他にも五ヶ所の孤児院や保護施設を管理しています。その為、資金は常に不足しています。この時期の協賛金は、子供達への贈り物に使われますので特に多く必要になるんです」
それを聞いて納得した、それは是非とも参加したい。
「えっと、参加するにはどうしたら良いの?」
「よろしければ、私の方で手続きを取っておきます。何枚参加なさいますか?」
「えっと、何枚って何が?」
てっきり金額で言われると思ったのに、何の枚数だろう?
「協賛金に参加する際、参加した枚数分の護符をもらえるんだ、ちなみに護符一枚が金貨一枚だよ。
「えっと、カウリは、何枚参加したの?」
「俺は毎年一枚だけ参加していたんだ。だけど今年は資金もあるし十枚分参加するよ」
「じゃあ僕も、それぐらいで良い?もっとしてあげたいけど……」
「金貨十枚なら充分ですよ」
ラスティがそう言ってくれ、後ろで聞いていたクッキーもそれだけ新しく協賛すれば喜ばれると言ってくれた。
「協賛金は全て個人名で行われますので、レイルズ様もそのままのお名前で手続きを取ります。もしも巫女様方が気付かれても、気にしないように言って差し上げてください」
ラスティの言葉にレイは何度も頷いた、そしてさっきのカウリの言葉の意味が分かった。
カウリは恐らく、彼女達からレイは協賛金を頼まれていて既に手続きを取っていると思っていたのだろう。しかし、彼女達から何も聞いていないと聞き呆れたのだ。そんな事で遠慮する彼女達に、そして何も知らなかったぼんやりなレイにも。
「知らない事だらけだ。頑張って勉強しないとね」
困ったように笑うレイに、目の前に現れたニコスのシルフ達も笑って頷いてくれた。
翌日も朝練には来てくれたルーク達と一緒に手合わせをしてもらい、そのまま城に戻る彼らを見送った。
いつものように食事をしてから、また騎士見習いの服を着て訓練所に向かったが、レイは自分でもどうして良いのかわからない何とも言えない落ち着かない気分のまま一日を過ごした。
唯一の救いは、レイが言い出す前に、マークからお城の中にあるツリーを見に行かないかと誘われた事だった。
しかし、本当ならあんな事件が無ければ、去年は自分から誘ってお城のツリーを見に行くつもりだった事まで思い出してしまい、また落ち込むレイだった。
結局、午前中の自習は全く頭に入らなかったし、しかもその日は、苦手な古典文学の授業だったのでもう内容は散々だった。
無事に終了の鐘が聞こえた時には、レイは自分で気付いていなかったが、身体が緊張してカチカチになっていたのだった。
出来るだけ平静を装って教授にお礼を言ったが、恐らく声が震えていた事に気付かれただろう。
「大丈夫ですよ。ちゃんと息をしてください」
心配そうな教授にそんな事を言われてしまい、謝るしかないレイだった。
マーク達やカウリも心配そうだったが、レイは出来るだけ平気な振りをした。今慰められたら、声を上げて泣いてしまいそうな気がしたのだ。
なんとなくいつもより早足でラプトルを走らせる。護衛の兵士達も、誰も何も言わずについて来てくれた。
そのままお城の中にあるツリーを見る為に、また昨日と同じお城の通用門の所へ向かった。
今年は、マーク達もそのままお城の中にまで入る事が出来る。
四人揃って中庭を通り抜け、お城の入り口でも身分証を見せて揃って中に入った。
一階の階段前の広いホールに、中庭よりは小さいが、これまた見事なツリーが飾られていた。
銀色のガラス細工で作られた星や女神像、また剣を捧げる剣士や星を持った子供の飾りもあった。見事な細工の飾りが飾られたそのツリーは、枝先も銀色に染められていて、まるで銀の雪を被っているかのようだった。
そこでは、アルス皇子と一緒にマイリーとルーク、タドラの三人が出て来た。
「あ、そうか、一日置きに中と外で交代で歌っているって言っていたものね」
アルス皇子の口上の後、中庭のツリーの時とは衣装が違う聖歌隊の若者達と一緒の、四人の歌声がホールに響いた。
やや高めのアルス皇子の歌声もとても優しくて、レイはまた無言で聞き惚れた。
その夜、おやすみの挨拶をしたレイはしばらくベットに潜り込んでいたが、もぞもぞと動き回り、何度も寝返りを打ち、大きなため息を吐いた後に諦めて起き上がった。
『どうした? 眠れないか?』
優しいブルーの声に、レイは小さく笑ってキスを贈った。
「うん、ちょっと眠れなくてね。ねえ、外のお天気は?」
『綺麗な星が出ているぞ。見てみるかね?』
その言葉に、レイは頷いてベッドから降り、足元のカゴに置かれていた綿兎のセーターを羽織った。足元に置かれていた綿兎のスリッパを履いて窓辺に向かう。
カーテンを開いて一気に扉を開き、スリッパを脱いで窓枠によじ登った。そのまま石造りの厚みのある窓に腰掛けて裸足の足を窓の外に出す。
こちらを見上げて心配そうにしてる見回りの兵士に笑って手を振り、手を振り返してくれたのを確認してからレイは空を見上げた。
よく晴れた凍るような寒さの冬の空に、満天の星が瞬いている。
あの日見つめたのと同じ、見事な星が広がっていた
「流星群がそろそろ来ているんだよ。見えるかな?」
小さく呟きしばらく無言で空を見上げていると、一気に尾を引いて流れる星を見つけた。
「ひとつ……」
指を降りながら、黙って空を見上げるレイの肩に、ブルーのシルフが座った。
『大丈夫か?』
心配そうなその声に、レイは笑って頷いた。
「大丈夫だよ。あのね、思っていたんだ。去年の今頃は、ここで泣きながら流れ星を数えたんだよ。でも、今なら色んな事が少しは分かるようになった。どうして彼らがあんな事をしたのか……正直、完全に分かったとは言えないけどいろんな事を考えたよ。来年は、どんな降誕祭になるんだろうね」
『良い年になるように願おう』
「そうだよね、もう騒ぎは嫌だよ」
笑ったブルーのシルフに、もう一度キスをして、また空を見上げた。
「ふたつ……あ、三つ目!」
不意に襲ってくる寒さに震えると、指輪から火蜥蜴が出て来て胸元に潜り込んでくれた。
それから二十を数えるまで、レイはずっと窓に座ったまま空を見上げ続けていたのだった。
落ち着かないレイの心とは裏腹に、静かに、そして穏やかに降誕祭の夜は更けていったのだった。
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