降誕祭の贈り物準備と竜の転送

 翌日から、またいつもの日常が戻って来た。

 そろそろオルダムでも雪の降る日があり、そんな日は馬車でカウリと一緒に訓練所へ向かった。

 今までのように毎日全員が揃うわけでは無いが、会えれば一緒に勉強して、会えない日は後でこっそり精霊達を通じて連絡を取ったりしていた。



「そろそろ降誕祭の準備が始まるけど、今年は何か欲しいものはあるか? 未成年最期の年だもんな、ちょっとくらいわがまま言っても許されると思うぞ」

 朝食の後、お茶を飲んでいた時にルークにそんな事を言われて、レイは目を見張った。

「ええ、別に欲しい物なんて無いよ。天球儀も天体盤も買ったしね。あ、ねえルーク、それなら僕も今年は皆の贈り物に参加したいです」

 驚きに目を見張るルークに、レイは満面の笑みで頷いた。

「だって、僕はもうこれ以上ないくらいプレゼントをもらったもの。だから、今年はあの基金が支援している子供達に、僕も何か贈り物をしたいなって思っていたの。ねえ、どうしたら良いですか?」

 ルークだけでなく、一緒に食後のお茶を飲んでいた若竜三人組も、驚いて手を止めてこっちを振り返った。

「いや、お前はまだ未成年なんだからもらう側で良いんだぞ」

「だけど僕は、えっとお金もいっぱいあるし、去年すごく沢山のプレゼントを貰ったもの。だから、今年は何か贈り物をしたいなって思っていたの。駄目ですか?」

 困ったように俯き加減でそんな事を言う。それを聞いた若竜三人組とルークは無言で揃って顔を覆った。

「何なんだよこいつ。もう眩しくて俺なんて直視出来ないぞ」

「俺もだ。未成年最後の年に、欲しい物をありったけ言い続けて父上を激怒させた自分が恥ずかしいよ」

「うわあ、僕ちょっと感動した。こんな子もいるんだね」

 三人に揃ってそんな事を言われてしまい、レイは困ったようにルークを振り返った。

「えっと……」

「分かったよ。じゃあ今年は一年早いけど、お前にも一口参加してもらおう。とは言っても、協賛金って言って、各基金に希望を聞いて必要な品を買う為のお金を送るんだよ。以前言っただろう。着るものだったり、学用品だったり、おもちゃだったり、時には赤ちゃんの為の乳の出る牛や山羊だったりな」

「今年はルークに教えてもらって、僕らが支援している技術学校の生徒達に、小さな子供の為のおもちゃを作ってもらってそれを買い上げたんだ。ね、良い考えだろう? 作った子達には作業代が払われ、作った作品は別の施設の子供達に届けられるんだ」

「へえ凄い」

 目を輝かせるレイに、皆も笑顔になった。

「特に、今年入った子なんだけど、凄く手先の器用な子が何人かいるらしくてね。モルトナが、卒業したら雇いたいって言ってくれてる程なんだよ」

 城の工房に勤められるのなら、それは技術者としては最高の評価だろう。

「特に、革製品と木工細工に高い評価があってね、技術学校の卒業生達は大人気なんだよ」

 手に職を持つと言うのは、子供達の将来の為にも何よりの支援になるのだ。

 施設を出なければならない成人年齢に達した時、自力で食べていける方法を持っていれば、スラムへ引き返す事もなくなるし、自力で生きていく事が出来る。それは結果として国を富ませる事に繋がるのだ。

「えっとね、知識と技術は邪魔にならないから出来る限り覚えておきなさい。って、僕のいたゴドの村の村長がいつも言っていたんだよ。確かにそうだよね。知らないより、何でも知っていたり出来る方がずっと良いよね」

 ミニマフィンを齧りながら、レイは笑ってそう言った。

「名言だな。確かにその通りだ。知らないよりも知っている事が多い方が、後々助かる事は多いからな」

「って事で、頑張って勉強しないとな」

 カウリの言葉に、レイは無言で机に突っ伏した。

「ねえルーク! 僕、欲しい物思い付きました。簡単に勉強できる頭と、一度読んだら忘れない記憶力が欲しいです!」

「良いなそれ。それなら俺も欲しい!」

 レイの希望とルークの言葉に、その場にいた全員が吹き出したのだった。




 今日は晴れだったので、上着を羽織ってラプトルで訓練所へ向かった。

「そうか、もうあれから一年になるんだ」

 正面玄関から見ると、あの一年前の事件で崩れ落ちた教室の壁が見える。

 今はもうすっかり修復されていて何の問題もないが、その部分だけが妙に真新しい石で出来ている為、知っている人が見ればあの時の跡だと分かってしまうのだ。

 生徒達は皆、あの時の事は一切口に出さない。少なくとも彼の耳には入って来ない。テシオス達のことも一切口にしない。

 だが、レイにとっては、それは彼らがまるでいなかった事にされているようで少し悲しかった。

「怪我はどうなったんだろう。少しは良くなったかな」

 小さな声で呟き、何でもない事のように平気な振りをして、涙を誤魔化して顔を上げた。





 岩だらけの荒野を、ラプトルに乗った漆黒の一団が駆け抜けていく。

 その人数は六人。皆黒衣に身を包み、大小二本の剣を腰に帯びている。それはブルーの知らせを聞き、大地の竜を保護する為に向かっているアルカディアの民の一団だった。

 その彼らの目には、自分達の少し前を導くようにして飛んでいる大きなシルフ達の姿が見えている。



 この辺りは、すっかり水が枯れてしまい打ち捨てられた廃墟になった村しかない。

 彼らは平然と、そんな廃村の一つに辿り着きラプトルを降りた。

「今夜はここで休もう。屋根があるだけマシだろうさ」

 しかし、ガイの言葉にバザルトが首を振った。

「いや、この傷み具合から行くと木製の家には近寄らない方が良い。いつ屋根が崩れて落ちてくるか分からんぞ」

「ええ、そこまで酷いか?」

 その言葉に、足元に半分霞んだノームが出て来た。


『ここは危険です』

『少し行った先に井戸がございます』

『そちらには石造りの祠がございます』

『そこでならお休みいただけるかと』


「だってさ、それじゃあそっちへ行くとしよう」

 苦笑いしたガイに、バザルトも同じく笑って頷きラプトルに飛び乗った。



「あれか。確かに石造りだから残っているな」

 呆れたようなガイの言葉に、バザルト達も笑うしかなかった。

 そこにあるのは、正面側の木製の扉は崩れて開き、壁と天井部分だけが残る祠の跡だったのだ。

「まあ、ノームが大丈夫だと言うのだから、いきなり天井が崩れる事はあるまい」

 ラプトルから降りたバザルトが、蓋もなく放置された井戸を覗き込む。

「完全に枯れているな。何処を見ても本当に貧しい土地だ」

 大きなため息を吐いて、振り返った。

「まあ、殆ど自業自得なんだけどな」

「確かにそうだが、ここで働いていた農民達には責任は無かろう」

「どうだろうな。竜殺しに関しては、全く農民達にも罪が無いとは思わないけどな」

 手厳しいガイの言葉に、他の皆も頷いている。

「まあ、大地の竜に関しては、彼らにも責任はあるだろう。無知とは本当に恐ろしいな」

「同意しか無いね。さて、何か食って早い所休もうぜ」

 頷いて皆それぞれに携帯食を取り出したのだった。



 翌朝、夜明けとともに起き出した彼らは、再び携帯食を食べてすぐに移動を開始した。

 目的の場所に到着したのは、昼を少し過ぎた頃だった。

「あれだな」

 ラプトルに乗ったまま、ガイが呆然とそう呟く。

 駆け寄った彼らの目の前には、人の背丈ほどの大きな岩が三つ転がっていたのだ。

 大地の竜達は、子供の間はこのように岩と殆ど見分けがつかない状態で過ごす。

 また、大地の竜は食事の類は一切せず、自然に降る雨水と精霊達が出してくれる良き水だけで育つのだ。

「へえ、ここまで小さいのは初めて見たよ。これで生まれたばかりなのか?」


『はいひと月ほどになります』

『ようやく安定いたしましたので』

『蒼竜様に助けを求めました』


 現れたノームは、今までと違い完全な姿を見せ、その姿も大きかった。

「あんたがあの蒼竜の使いのノームだな。で、俺達は何をすれば良いんだ?」

 頷くと、そのノームは取り出した枝で、大地の竜の周りの地面に綺麗な円を描き始めた。

「魔法陣か。ノームが描く魔法陣なんて初めて見るぞ」

 しゃがみ込んで描いているそれを目で追う。


『後ほどこの魔法陣の描き方をお教え致します』

『なれどこの魔法を発動させるには』

『風と土の上位の精霊魔法を使える人と』

『我ら古代種のノームとシルフの力が必要です』


 その言葉に、ガイは小さく吹き出した。

「そっか、それじゃ知っておいても使いどころは無いってわけだ」

 確かに、ノームが知っていれば描いてくれるだろう。自分達だけでは発動しない魔法陣を描けても、意味は無いだろうと思われた。

「だけど、知識と教養は邪魔にならないからね。知る機会があるのなら知っておくべきだ。後で是非教えてくれよな」


『畏まりました』

『喜んでお教えいたしますぞ』


 笑ったノームと手を叩き合い、ガイは立ち上がった。

「それじゃあ始めるか」

 ここに来ているのは、全員が風と土の上位まで使える高位の精霊魔法使い達だ。何の説明も聞いていないが、彼らはノームが描いた魔法陣を見て自分達の役割を正しく理解していた。

「で、俺達は何処に立てば良い?」


『ここにお願い』


 ここまで道案内してくれたシルフが、魔法陣の外縁部分に描かれた丸い印を指差した。それは円に沿って等間隔に六個描かれていた。

 顔を見合わせた彼らは、黙ってそれぞれの示された場所に立つと、腰からミスリルの剣を抜いてそれぞれの円の縁にミスリルの剣を突き立てた。



 彼らが定位置についたのを見て、ノームはそっと大地の竜の子供に触れた。


『我今ここに地脈の道を開く也』

『この竜の子を守るべき場所に送り給え』

『送り給え』


 ノームが朗々とした声で唱える言葉を、アルカディアの民達も続けて唱える。

 次の瞬間、足元の魔法陣が輝き出し、あふれた光は一瞬で大地の竜の子を包んだ。

 その光が消えた後には、乾いた地面に描かれた魔法陣があるだけで、竜の子供の姿はもう何処にも無かった。

「無事に送れたようだな。では次に行こう」

 バザルトの言葉に皆頷き、一旦剣を収めた。

 順番に三頭の子供達を送り終えた彼らは、頷き合ってラプトルに飛び乗った。

 シルフが手を叩くと一瞬でつむじ風が巻き起こり、地面に描かれていた三つの魔法陣を跡形もなく消し去ったのだった。



 この後は一旦ファンラーゼンへ行き、密かに竜の保養所に入って無事に子供達が届いているか。また精霊達が世話出来るかを確認しなければならない。

「とんだ降誕祭の贈り物になったな。いつもこんな仕事ばかりなら嬉しいんだけどな」

 一仕事終え、何もない荒野を一直線にラプトルを走らせながら、ガイはそう呟いて笑ったのだった。

 そんな彼を、シルフ達が嬉しそうに後を追ってついて行くのだった。

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