マーク達への贈り物とタガルノの不穏な影

「じゃあ次はこっちだね」

 嬉しそうに本を抱きしめている彼女達を見て、アルス皇子がそう言って振り返った。

 頷いたヴィゴが、ワゴンの下の段から持ち上げた物を見てレイは目を見張った。

 それは二振りの剣だったのだ。

「我々、竜騎士隊一同から、マーク伍長とキム伍長への贈り物だ」

 差し出されたそれを、無意識に跪いて二人は両手で受け取った。

「軽い」

「まさか、これって……」

 驚く二人に、ヴィゴは大きく頷いた。

「抜いてみなさい」

 その言葉に、息を飲んで頷いたマークがゆっくりと剣を抜いた。

 紛う事なきミスリルの見事な輝きが現れる。周りでは、シルフ達がまたしても大喜びしていた。

 言葉も無い二人に、ヴィゴは笑って剣のガードの根元部分を指差した。

「ここに、極小さなものだが金剛石が入っている。精霊魔法を使う際に、これを抜いて使えば、威力が何倍にもなるだろう。大切にな。ただし言っておく。これはあくまで剣だ。万一戦場で失うような事があっても、気に病む必要は無いぞ。その時には、また新しい剣を贈らせてもらうからな」

「あ、ありがたき幸せ……」

「身に余る光栄。ご期待に添えるように精一杯努めます」

 二人揃って剣を捧げ持って深々と頭を下げた。



 執事が、彼らの今までしていた剣を受け取り下がる。

 二人は、それぞれ頂いたミスリルの剣を装着してこれも笑顔になった。

「良く似合ってるよ。これは俺からだよ」

 カウリが差し出した箱を開けた二人はこれまた目を輝かせた。

「カフリンクスですね。ありがとうございます!」

「ああ、欲しかったんです。ありがとうございます!」

 目を輝かせる二人に、皆も笑顔になった。

「えっと、これは僕からです」

 それぞれ、二つづつ渡された箱を見て、マークは驚いて顔を上げた。

「だって、以前昇進したって聞いた時にはお祝い出来なかったからね。新しくここに配属になったお祝いと、遅くなったけど昇進祝いだよ」

 苦笑いした二人は顔を見合わせて頷き合った。

「本当にありがとう。実はさ、昇進したのって、あの降誕祭の事件の時の働きが認められたからなんだ。だから俺たちも正直言って余り喜べなくてね」

「すぐに言わなくてごめんよ。なんだか言いそびれちゃって……」

 彼らが昇進したのを教えてくれなかった理由を知って、レイは頷いた。

「そうだったんだね。本当にあの時は大変だったものね」

 三人は顔を見合わせて、様々な思いを込めて頷き合った。



 それから二人は、まず大きな方の箱を開けた。

「ああ、指輪だ!」

「うわあ、でかい石!」

 目を輝かせた二人が指輪を手にした瞬間、それぞれの指輪からまたしても精霊達が飛び出して来た。


『綺麗な指輪』

『大切な指輪』

『主様の贈り物』

『素敵な指輪』

『素敵な指輪』


 口々にそう言うと、一斉に二人を見た。


『入っても良い?』


「ああ、もちろんどうぞ」

「ああ、入ってくれて良いよ」

 二人の声に、精霊達は一斉にそれぞれの指輪に飛び込んで行った。

 今までしていた指輪を抜いて、マーク達ももらった指輪をそれぞれの指にはめた。

 そして、もう一つの箱を開けて、またしても歓声を上げた。

「これって、もしかして襟飾り?」

 頷くレイを見て、二人は大喜びだった。

「本当にありがとう。嬉しいけど……こんな高価な物、本当にもらって良いのか?」

 思っても見なかった贈り物の数々に、二人共なんだか不安そうだ。

「もちろんだよ。せっかく頑張って選んだんだからね。大事にしてね」

 笑顔のレイにそう言われて、二人は顔を見合わせて嬉しそうに頷き合った。

「もちろんだよ。本当にありがとう、大事にするよ」

「ありがとうレイルズ。大事にするよ」

 その言葉に、レイも嬉しくなって二人に飛びつき、三人は声を上げてお互いの肩や背中を叩き合っていた。



 そんな彼らを、机の上に置かれた空箱の上に仲良く並んで座ったブルーのシルフとスマイリーのシルフが、嬉しそうに眺めていたのだった。

 その時、不意にブルーのシルフがかき消えるようにいなくなった。

 驚いたスマイリーのシルフは一瞬目を瞬いて無言になり、小さく頷いて、こちらもくるりと回って消えてしまったのだった。

 賑やかな笑い声が響く休憩室の片隅で、一瞬だけの緊迫したやりとりは、誰に気付かれる事もなく、そのまま消えてしまったのだった。




「ほら、たくさんあるから好きに食べてね。お勧めは焼き立てパンケーキだよ」

 レイの言葉に、クラウディアとニーカは、執事が手早く目の前で用意してくれるふかふか三段重ねのパンケーキに見とれていた。

「うわあ、美味しい」

「本当だわ。ふわふわだわ」

 一口食べた少女達の軽やかな笑い声に、部屋にいた男性陣は皆笑顔で眺めていた。

「うん、良いなあ。やっぱり女の子がいるだけで場が華やかになるよね」

「確かに、普段なんて、ここは野郎ばっかりだもんね」

 ゆったりと座って軽食を摘む若竜三人組の言葉に、大人組も小さく吹き出して頷いていた。

 その時、マイリーの耳元にシルフが現れてなにかを耳打ちした。

 一瞬、マイリーの動きが止まる。

「どうした?」

 ヴィゴの短い問いに、マイリーは無言で目配せすると、そっと立ち上がって部屋を出て行った。

 無言で大人組が目を見交わす。

 それから、何事もなかったように平然と新しいお菓子を取りに立ち上がった。



「あれ? マイリーは?」

 マロンクリームのたっぷりかかったパンケーキを食べていたレイが、不意にマイリーがいない事に気が付き、部屋を見回して不思議そうにそう呟いた。

「ああ、ちょっと来客だよ。すぐに戻ってくるから気にしないで」

 レイは何か言いかけたが、不安そうにこっちを見るクラウディアとニーカに、笑って肩を竦めて見せた。

「大丈夫だよ。マイリーはとにかくいつも忙しそうにお仕事しているからね。ああそうだ。殿下、以前言っていた、マイリーの一日何もしない日ってどうなったんですか?」

「ああ、言ってやってくれ。いくら言っても何だかんだと理由をつけて取ろうとしないからね、そろそろ私の権限で強制的に一日休ませてやろうかと思ってるんだよ」

「何ですか? その一日何もしない日って?」

 ワインの入ったグラスを持ったカウリが、振り返る。

「あのね、以前、森へ戻った時に言ってたんだけど、マイリーがお休みの日に昼まで寝て、夜まで陣取り盤をして過ごすって言う何にもしない休日の予定を立てているんだよ。だけど、全然その肝心のお休みを取ろうとしないんだって、それでそろそろ強制的にお休みさせようかって話なんだよ」

 それを聞いたカウリは、堪える間も無く吹き出した。

「マイリー、不器用すぎる。普通は休みの日って多少の差はあれ、だいたいそんなもんじゃないのか?」

「まあそうだろうね。私だって、時にはゆっくり休ませてもらっているよ」

 アルス皇子の言葉に、レイは密かに感心していた。

「良かった、殿下はちゃんとお休みされてるんですね」

「適度な休息は、仕事の能率を上げるのに必要だよ。マイリーみたいに、休まなくても仕事の効率が下がらない方がおかしいんだよ」

 レイの呟きにルークが応え、何となく皆沈黙する。

「まあ、マイリーだもんね」

 レイの何気ないその呟きに、竜騎士隊の面々は、全員堪える間も無く吹き出した。

「もの凄く説得力のある言葉だな。そうだよ。マイリーだもんな」

 しみじみとそう言って頷くルークに、またしても全員揃って吹き出したのだった。

「じゃあ、そのお休みを取らせる日には、言ってくだされば、俺が一から十まで怠ける方法を伝授しますよ」

 自信満々なカウリの言葉に、竜騎士隊だけでなく、何事かと話を聞いていたマーク達も一緒になって吹き出したのだった。



 お菓子も少なくなり始めた頃、クラウディアとニーカだけでなく、マークとキムもガンディのところへ集まり、ガンディによる臨時の精霊魔法の講義が始まっていた。レイとカウリも慌ててマークとクラウディアの隣に座る。若竜三人組もレイとカウリの隣に椅子を持って行き座った。

 それを見たアルス皇子とヴィゴは、ルークに目配せをしてそっと部屋を出て行った。





「一体何事だ?」

 休憩室の隣にある別の休憩室に入ったマイリーは、手早く室内に強力な結界を張り、腕に座ったシルフに話し掛けた。その瞬間、何人ものシルフが現れて並んで座った。

『忙しいところを悪いな』

『ちょっと緊急事態なんで連絡させてもらった』

 シルフを寄越しておきながら、名乗りもしないその人物に、しかしマイリーは何も言わなかった。

「何があった?」

 真剣な声に、机に移動した最初のシルフは肩を竦めた。

『念の為警戒を』

『アシェア王女が病に臥せっているらしい』

『容体はかなり悪いらしく城の内部は大騒ぎになっている』

『年明け早々の婚礼には影武者を立てるつもりらしい』

 花嫁が病に伏したまま別人を立てて式を挙げるなど、さすがにの国であってもそれは無茶が過ぎるだろう。眉を寄せたマイリーは身を乗り出した。

「アシェア王女に持病があるとの報告は無かったが、何が原因だ? 誰かに毒でも盛られたか?」

『一応確認するが結界は張ってあるな?』

「当たり前だろうが。原因は?」

 改めて質問すると、またしてもシルフは肩を竦めた。

『王女に贄の印が現れたと言って最初に大騒ぎになった』

『その後ずっと王女は臥せったきりだ』

「贄の印?何だ、それは。聞いただけで碌でもない事だってのは想像がつくがな」

 ため息と共に口元を覆って天井を向く。

『だがおかしい』

『城が大騒ぎになっているのは見えるのだが』

『奥殿には影がかかって肝心の王女の部屋が何故だか覗けなくなっている』

『もしかしたら地下の奴が何かしたのではないかと考えている』

「早いな、もう出てきたのか」

 マイリーの口から舌打ちが漏れる。

『いや今の所地下の奴には少なくとも動きは無い』

『奥殿に闇の気配が垣間見えるが直接的なものでは無いと』

『光の精霊達は口を揃えて言っている』

『ただし奥殿は真っ暗で見えないと』

『どうにもよく分からない事になっている』



 次々に話すシルフ達の声を聞きながら、マイリーはもう一度天井を見上げた。

「妙だな。地下の奴で無いとしたら、一体原因は何だ?」

『分からない』

『キーゼルならば何か知っていたかもしれないが』

『少なくとも今ここにいる者では誰も原因は分からん』

『とにかくもう少し様子を見る』

『また何か変化があれば報告する』

『最悪王女が亡くなるような事になれば』

『せっかく平和裏に玉座の引き継ぎがなされて』

『ようやくあの国にも平和が訪れるのかと期待したのに』

『また国が乱れる元になるぞ』

 その言葉に、マイリーも大きく頷いてため息を吐いた。

「全くもって同意しかないね」

『まあそんな事情だから』

『そちらも念の為警戒を頼むよ』

「こうなると、来年の婚礼に送り込む予定の人物についても、もう一度人選をやり直すべきかも知れないな」

『それなら最低でも精霊魔法の使える奴を寄越すべきだな』

『それも光の精霊魔法が出来る奴ならなお良しだ』

「無茶を言うな。我が国であっても外交関係で光の精霊魔法が出来る奴などいない」

 すると、そのマイリーの言葉にシルフは鼻で笑った。

『ファンラーゼンも大した事はないな』

「ぬかせ。お前らじゃああるまいに、そう簡単に人間で光の精霊魔法が出来る奴がいると思うな」

 すると、考える様子だったシルフが顔を上げた。

『なら最適な人物を寄越してやるよ』

『派遣する予定に一人分空きを入れておいてくれ』

 目を見張ったマイリーは、目の前に並んだシルフ達を見つめた。

「最適な人物だと?」

『そ! 最適な人物だよ』

 その言葉に、マイリーは小さく吹き出した。

「分かった。ではその予定で動かせてもらおう。よろしく頼むよ」

『話が早い奴は好きだよ』

 笑ったシルフは投げキスを贈って次々に消えていった。



 沈黙が部屋を覆う。

「ラピス、いるんだろう? 貴方の意見を聞かせてくれ」

 顔を上げたマイリーは、天井に向かってそう話しかけた。

 彼の呼びかけに、ふわりと目の前にブルーのシルフが現れて先ほどまで伝言のシルフ達が並んでいた机の上に静かに座った。そして、その隣にはスマイリーのシルフも現れて座ったのだった。

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