朝練と新しい職場
『おはよう』
『おはよう』
『起きて起きて』
レイはその日もいつものようにシルフ達に起こされて、眠い目をこすりながらベッドから起き上がった。
「おはよう……ふああ……」
顔の前で手を振ってくれるシルフに挨拶しようとして、大きな欠伸が出てしまう。
「まだ眠いや……えっと、でも今日からまた別のお仕事が始まるんだよね。よし、起きよう……」
そう呟いたレイは、もう一度欠伸をして、それから大きく伸びをした。
「おはようございます。そろそろ起きてください」
ちょうどその時、ノックの音がしてラスティが顔を出した。
「あ、おはようございます。えっと、朝練には行っても良いのかな?」
その声に、ラスティは手にしていた白服を見せた。
「はい、朝練はいつも通りに参加していただいて構いませんよ。今日から皆さんも普段通りに参加されるそうですから」
それを聞いて、レイは笑顔でベッドから飛び降りた。
「じゃあ、顔を洗って来ます!」
スリッパを履いて走って行く後ろ姿を笑顔で見送り、ラスティは寝乱れたベッドのシーツをはがした。
廊下で待っていてくれたルークと一緒に、まずは朝練の訓練所へ向かった。
「おはよう。今日も元気だな」
「おはよう。久し振りに後で手合わせしようね」
「おはよう。聞いたか? 後でヴィゴとマイリーも来るって言ってたぞ」
ユージンとタドラが振り返って挨拶してくれ、最後のロベリオの言葉にレイは目を輝かせた。
「嬉しい! 久し振りにヴィゴと手合わせしてもらえるかな?」
柔軟体操をしながらそう言うと、隣に座ったルークが、同じく柔軟体操をしながら笑っている。
「お前が例のトンファーをやりたがってるって聞いてから、マイリーが張り切ってるからな。まあ、今日はさすがに全力では無理だろうけど、竜の面会が終わったらお前の訓練の中にトンファーも入れるって言ってたぞ」
それを聞いて、もうレイは嬉しくて堪らなくなった。
「頑張る! 絶対頑張るもんね!」
「おお、凄いな……俺には、叩きのめされて起き上がれない、あいつの姿が見える気がするよ」
小さな声で呟いたルークの言葉に、若竜三人組が揃って小さく吹き出したのだった。
「おはようございます!」
訓練所に、兵士たちの声が響く。
顔を上げるとそこには、白服姿のヴィゴと、いつもの補助具をつけたマイリーが入って来るところだった。
「おはようございます!」
一番大きな声で挨拶をする。その声にこっちを見た二人が笑いながら挨拶を返してくれた。
「おはよう。相変わらず元気だな。また背が伸びたんだって?」
「はい、昨日ガルクールに全部計ってもらいました!」
「身長が、一月前からまた3セルテも伸びてたらしいですよ。どこまで伸びるんだか、末恐ろしいよ」
「どうしますか?ヴィゴより大きくなったら」
からかうようなロベリオの言葉に、ヴィゴは目を瞬かせて吹き出した。
「そりゃあ楽しみだな。俺は自分より大きな奴とは数える程しか組んだ事が無いからな。そうなったら、是非とも棒術や剣術だけでなく、格闘訓練の相手をお願いしたいところだ」
大真面目に答えるヴィゴの言葉に、その場にいた全員がレイも含めてまた吹き出したのだった。
ヴィゴ達が準備運動をしている間に、ルーク達と一緒に走り込みを行い、それから少し棒術で手合わせをしてもらった。
二対三で乱取りをしていたら、突然マイリーとヴィゴが乱入して来たのだ。
「待って! ヴィゴ。幾ら何でもそれは無理だって!」
ルークの悲鳴に構わず、ルークとタドラ、レイの方にヴィゴが、ロベリオとユージンにマイリーが入り、いきなり二組の乱打戦が始まったのだ。
レイは必死になって飛び回って逃げながら、なんとかヴィゴに一撃送ろうと必死になって隙を狙った。しかし、真後ろから打ち込もうとしても、何故か当然のように受けられてしまい、難無く弾き飛ばされるのだ。
ルークでさえも、何度も弾き飛ばされ、結局、ヴィゴとまともに打ち合えているのは、様子を見て時折こっちにも乱入するマイリーだけだ。
「もう狡い! どうして後ろから打ち込んでるのに分かるんだよ!」
3度目の転倒から起き上がって膨れながらそう叫んでまた打ち込みに行く。
「少しは気配を殺す事を覚えろ!」
振り返って叫んだヴィゴに真正面から打ち返されて、レイは見事に吹っ飛ばされてしまった。
「……おい、生きてるか?」
額を叩かれて目を開けると、自分を覗き込むルークと目が合った。
「大丈夫です。ちょっと意識が飛んだだけです」
起き上がって自分の状態を確認する。どこも痛く無いし、めまいも無い。どうやら気が遠くなったのは一瞬だったようだ。
苦笑いしてこっちを見ているヴィゴとマイリーに、立ち上がったレイは手を上げて大きな声で叫んだ。
「申し訳ありませんでした! 大丈夫ですからもう一度お願いします!」
しかし二人は笑って後ろを指差している。何かと思って振り返ろうとしたその時、肩を叩かれた。いつの間にかハン先生が訓練所に来ていたのだ。
「元気が良くて結構ですね。でも一応見ますから、ヘッドバンドを外してこっちを見てください」
素直に言われた通りに頭に巻いているバンドを外す。
ハン先生は、レイの目にめまいの症状が無い事や、打ち身が無い事も確認してから、笑って次の訓練を許可してくれた。
「じゃあ、少しやるか?」
マイリーとヴィゴの手には、あのトンファーがある。
大きな声で返事をして、レイも壁に置かれていたトンファーを急いで手にした。
これは何度かルークに教えてもらって、構え方や基本の動きは覚えたつもりだ。
「お願いします!」
目を輝かせて構えるレイを見て、マイリーが嬉しそうに笑っている。
「よし、じゃあ受けてやるから打って来てみろ」
しかし、上段からの打ち込みを簡単に受けられてしまい、後は必死になって何度も打ち込んだが、結局一度もまともに打ち込みが決まる事はなかった。
「動きはかなり良い。だけど力任せの動きじゃ、最後は負けるぞ」
マイリーの言葉に、確かに力任せの攻撃であることを思い知った。
「うう、これも難しいけど頑張って覚えます!」
目を輝かせるレイに、マイリーも嬉しそうだった。
その後は、ヴィゴと二人掛かりで実際に見本を見せて、実践しながら色々な動き方や防御の仕方を教わった。
最後にもう一度若竜三人組とルークの五人で乱取りを行なって、今日の訓練は終了した。
「ありがとうございました!」
マイリーとヴィゴにお礼を言ってから、皆で揃って一旦本部へ戻った。
朝食の後は、いよいよ新しい仕事が始まるのだ。
「どう、これで良い?」
一人で第二部隊の制服を着たレイにラスティは笑顔になった。今着ているのは、第二部隊の一般兵の服で身分は今回も二等兵だ。
だが、前回と違って今回は共同生活は行わずに部屋はこのままここを使うらしい。
てっきり、今回も一般兵の兵舎に泊まるんだと思っていたレイは、ちょっと残念で、そう言ったらルークに笑われてしまった。
「それでは、いってらっしゃいませ」
笑顔でラスティに背中を叩かれて、一般兵用の鋼の剣を装着して廊下へ出た。
「よし、じゃあ行くからついて来て」
廊下で待っていたルークと一緒に、今度は本部のいつもの事務所へ向かう。
事務所でいくつかの書類にサインをして、次にルークに連れて行かれたのは、隣にある第二部隊の事務所で、そこで待っていたのは、竜騎士隊付きの第二部隊のロンハルト少佐だった。
「お世話になります。よろしくお願いします!」
顔見知りの少佐に嬉しそうに挨拶するレイに、ロンハルト少佐は困ったようにルークを見た。
「本当に二等兵扱いでよろしいのですか? その、本当の下働きからになりますが……」
「なんでも頑張ります!」
直立するレイを見て、少佐は驚いたように目を見開いた。
「まあ、本人もこう言ってますから、遠慮無くこき使ってやって下さい。一応、問題が出そうなら後方へ下がらせて頂いても構いませんが、お願いした通り、彼に色々な場面を見せる事を第一に考えています。お気遣いは無用に願います」
ルークがそう言ってレイの肩を叩くと、少佐は笑って肩を竦めた。
「了解しました。では遠慮無くこき使わせて頂きます。レイルズ様、では、今からは、レイ二等兵と呼びます、よろしいですね」
「はい、よろしくお願いします!」
もう一度直立して敬礼するレイを見て、少佐は笑ってお手本のような綺麗な敬礼を返してくれた。
「ティルク伍長入ります」
しばらくするとノックの音がして、これも顔見知りのティルク伍長が入って来た。
彼は、普段は主に第二竜舎で、主のいない竜達の面倒を見ている。
「以前話した件だが、今日から実施する事になった。ついては、君に彼を任せるから、遠慮無くこき使ってくれたまえ。レイ二等兵だ」
「はああ? あ、失礼しました。あの……まさか、本気ですか?」
本気で驚いたようで慌てて謝罪したが、それでも信じられないと顔に書いてある。
「人手がいるんだろう? 彼は働き者らしいから、しっかり働いてもらいなさい。まあ、初めにまずは竜舎での仕事の内容を説明するのが良いだろうね」
ティルク伍長は大きなため息を吐いて顔を上げると直立した。
「了解致しました。では責任を持ってお預かり致します。レイ二等兵。ではこっちへ」
「はい、よろしくお願いします」
目を輝かせたレイは、ルークと少佐に一礼すると、部屋を出るティルク伍長について行った。
「絶対冗談だと思ってたのに、まさかこの時期にやらせるなんてな。ルーク様もやるな。でも確かに、世間を知るには良い機会かもな」
そう呟いた伍長は、廊下の途中で立ち止まって振り返った。
「まさか竜騎士見習いの方を部下にする日が来ようとはね。とにかく、期間中は二等兵として扱わせてもらうぞ。敬語も無し。良いな?」
「もちろんです。遠慮無くどうぞ」
嬉しそうに目を輝かせるレイを見て、伍長は肩を竦めた。
「敬語じゃ無いのが嬉しいのかよ。変なの」
レイにしてみれば、ここにいる人は全員が自分よりも年上だ。それなのに全員が自分に敬語を使い、世話を焼いてくれる。
未だにそれに慣れないレイは、周りが彼を単なる一兵卒として扱ってくれた第六班での半月間が忘れられなかったのだ。
「じゃあ、まずはここでの仕事を説明するからそこに座って」
手にしていた書類を置いて伍長がそう言い、向かいの席に座った。
彼が座るのを待ってから、レイも席に着く。
「貴方……ああ、君にはまずは竜舎で竜の世話に入ってもらう。主な仕事は、竜舎を綺麗にする事。つまり糞の始末と新しい藁を入れてやる事です。まあ、はっきり言ってかなりの臭いがしますが、どうにもなりません。我慢して下さい。これも訓練のうちです」
若干、途中から伍長の言葉遣いが無意識のうちに改まっている。
「竜の面会については、明日、新兵を集めた詳しい説明がありますので、貴方もそれに一緒に参加して下さい。質問があればいつでもどうぞ。お分かりになりましたか?」
「分かりました。それから伍長。僕に敬語は不要です。二等兵に伍長が敬語を使うのはおかしいと思います」
その言葉に、伍長は目を瞬いて、それから小さく吹き出した。
「本当だ。これは気を付けないと。じゃあ、まずは竜舎へ行くから付いて来い……ええ、なんかこっちの方が緊張するなあ」
「駄目です。慣れて下さい!」
大真面目なレイの言葉に、ティルク伍長は堪えきれずに吹き出すのだった。
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