精霊魔法訓練所の仲間達

 日が暮れる前に湖に戻るブルーを見送り、皆と一緒にひとまず竜騎士隊の本部へ戻った。

 厩舎では、久し振りに自分でゼクスの世話をしてから本部の休憩室へ戻ると、そこには書類を持ったルークと若竜三人組が戻っていた。

「あれ、どこかへ行っていたの?」

 振り返ったタドラの質問に、ブルーに会いに離宮へ行っていた事を話した。

「そっか、しばらく会えてなかったもんね」

 お茶を入れてくれたタドラにお礼を言って、いつもの席に座る。



 クッキーを齧りながらお茶を飲んでいると、ルークが書類を寄越してきた。

「これ、目を通しておいてくれ。来週からのお前の予定だよ」

 慌ててカップを置き、渡された書類を見る。

「明日と明後日は、訓練所へ行って構わないよ。その後は、申し訳ないけどまたしばらくお休みになる」

 読んでいた書類から顔をあげたレイは、思わずルークを見る。

「今度は、第二部隊の二等兵なんだね」

 嬉しそうなレイに、ロベリオ達が笑う。

「竜との面会の際、お前には竜騎士隊付きの第二部隊の一般兵として働いてもらうからな。面会に来る貴族の人達を間近で見ると良い。いろんな奴がいるから、これもまた勉強になるぞ」

 苦笑いしているロベリオ達を不思議そうに見る。

「どうしたの?」

「まあ、実際に会えばわかると思うけど、はっきり言って竜の面会に来るのって、ほとんどが十代の若い連中なんだよね。だからさ……一般兵なんて人間じゃないと思ってる奴もいる」

「それって、どう言う意味?」

 その無邪気な疑問の言葉に、もう一度ロベリオ達は笑った。しかし、今度は愛おしくて堪らない、と言わんばかりの優しい笑みだったのだ。



 日常の中に潜む、人の悪意にレイはほとんど触れた事が無い。

 それ自体はとても幸せな事なのだろうが、世間には色々な人がいる。身分を盾にして他人を平然と虐げて楽しむような人だっている。

 それらを早いうちにレイに見せる事も、ルーク達は訓練の中で考えていた。



 実際、竜との面会期間中、竜舎に来る人全てが善人なわけでは無い。

 中には、竜達から見向きもされなかったと言って怒り出し、自分を主として認めろと、偉そうに竜やその場にいる一般兵に向かって騒ぐ者だっているのだ。

 当然、そのような人物は要注意人物として記録され、今後竜騎士隊と関わり合いにならぬように対応されるのだが現場ではそうはいかない。

 騒ぐその人物を確保して現場から遠ざけ、警備担当の者に引き渡すのは竜騎士隊付きの第二部隊の一般兵達の役割なのだ。

 他にも、精霊竜の覇気に当てられて具合が悪くなる者も多い。それらの人達を特設の救護室へ運ぶのも彼らの役目だし、大勢の人が一気に来るので、待合室で順番を待ってもらっている間に、何かあればそれも対応しなければならない。特に、甘やかされて育った貴族の子供は、なんでも要求が通ると思っている者も多い。

 今回は十日間竜との面会期間が設けられていて、その間に竜との面会を予定している見学者の人数は、一日平均百人から百五十人なのだ。

 それらの人を順番に竜舎に案内し、混乱が起きないように常に現場に目を光らせなければいけないのだ。

 竜の面会期間中、第二部隊の兵士達は多忙を極める。


「まあやってみればわかるよ。お前なら何とかなるさ」

 ルークに言われて、何が問題なのかよく分かっていないレイは、嬉しそうに返事をしたのだった。






 翌日、いつものように朝練に参加してから、食事を終えたレイは、精霊魔法訓練所へ向かった。

 久し振りの訓練所だ。ゼクスに乗って向かっている間中、嬉しくて笑みを止められないレイだった。



「おお、久し振りだな」

 図書館で本を見ていると、マークとキムが手を振っているのに気付き、レイも笑って手を振り返した。

 それぞれに本を手に、一緒に自習室へ向かう。

「おはようございます」

「あ、おはようございます!」

 自習室の扉の前で聞こえた元気な声に振り返ると、並んで手を振るクラウディアとニーカの姿があった。

「おはよう。ディーディー、夜会での舞いを見たよ。すごく綺麗だったね」

 目を輝かせるレイの言葉に、クラウディアは真っ赤になった。

「ええ、何処にいたんですか? 全然気付かなかったです」

「庭で舞った時には俺達も見たよ。すっごく綺麗だった」

「うん、夢を見てるみたいだったよ」

 キムとマークの言葉にも、クラウディアはまた真っ赤になった。

「皆様、いらしてたんですね……どうしよう。恥ずかしい……」

 真っ赤になって顔を覆う彼女に、レイとマークは慌てて駆け寄り、彼女がいかに綺麗だったかを口々に褒めた。

「もうそれぐらいにしてあげたら? 茹だって煮えちゃうわよ」

 冷静なニーカの声に、褒めているつもりの二人は慌てたが、その言葉を聞いてクラウディアは小さく吹き出し、それを見た全員が揃って堪えきれずに吹き出したのだった。


「もうこの話は終りです!」


 真っ赤になったクラウディアがそう言って、ニーカを引っ張って自分達が勉強する本を探しに図書館へ向かった。

「待ってるからね」

 後ろ姿に声をかけて、まだ笑いながら自習室へ入った。

 その後、二人もそれぞれ本を持って自習室へ来て、ニーカにはキムが計算問題を教え、後の三人は並んでそれぞれの勉強を開始した。

 途中、久し振りにクッキーも顔を出し、一緒に勉強をしたのだった。



「お、今日は全員揃ってるんだな」

 ノックの音がして、リンザスとヘルツァーが分厚い本を持って入って来た。

「騎士の叙任、おめでとうございます!」

 立ち上がったキムの言葉に、全員がそれに続いて立ち上がり口々にお祝いの言葉を伝えた。

「おめでとう、二人とも、すごく格好良かったよ!」

 目を輝かせるレイの言葉に、二人とも照れたように笑っている。

 二人共いつもの騎士見習いの服ではなく、それぞれ綺麗に仕立てられた立派な軍服を着ていた。

 そして、腰に装着しているのは、あの時の陛下から下賜された剣だったのだ。

「レイルズだってもうすぐだろう? 来年?再来年かな?」

「どうだろうね、でも来年には見習いとしてお披露目されるって言ってたよ」

「まあそうなるだろうな。頑張れよ」

 背中を叩かれて、笑って誤魔化すレイだった。

 勉強の合間に、槍比べの話や剣の誓いの時にどれだけ緊張したかという話で大いに盛り上がった。今日だけはあんまり勉強出来なかったけど、まあ仕方がないだろう。



 昼食の時間になると、全員揃って食堂へ行きゆっくりと話をしながら食事をした。時々、リンザスとヘルツァーにお祝いの声を掛ける生徒がいて、その度に皆も笑顔になるのだった。

「そういえば、レイルズはいつから休むんだ?」

「竜の面会期間は、忙しいんじゃないのか?」

 マークとキムの言葉に、食後のお茶を飲んでいたレイは顔を上げた。

「えっと明日は来られるけど、またその後はしばらくお休みするみたいだよ。竜の面会のお手伝いをするみたいです」

 その言葉に、リンザスとヘルツァーも頷いた。

「俺達も、まあ無駄だとは思うけど面会に行くからな」

「そうだな、じゃあ竜舎で会えるかもな」

 二人の言葉に、レイは逆に驚いた。

 彼らはもう十八歳と十九歳だと聞いていたので、竜との面会は終えていると思っていたのだ。

「俺の家も、ヘルツァーの家も、竜との面会に行くのは、騎士の叙任を受けてからっていう伝統があるんだよ。そもそも騎士の叙任も、十六歳ですぐに受けさせる家が多いんだ。だけど俺達の家は、前線で戦う軍人の家系だからね、父上がもう大丈夫だと許可を出してくれるまで、成人年齢を過ぎても成人扱いしてもらえないんだよ。だから、今までずっと騎士見習い扱いだった訳だ」

 リンザスの言葉に、ヘルツァーも笑って頷いている。

「貴族の人にも色々あるんだね。じゃあ竜舎で会えるね。あ、でも僕は二等兵の一般兵なんだから、顔を見ても知らん顔してね」

 レイのその言葉に、二人は揃って吹き出した。

「ずいぶんと豪華な一般兵だな、おい」

「全くだ、こんな贅沢な一般兵、見た事無いぞ」

 そう言って笑う二人に、マークとキムも同意するように大きく頷き、外野で聞いていたクッキーとクラウディアとニーカの三人も、一緒になって笑って頷いていたのだった。



 午後からは、マークとクラウディアと一緒に、光の精霊魔法の勉強時間だ。竜人のティバル教授に教わりながら、光の盾を大きくする方法や、素早く出す訓練を行った。

 授業が進むにつれて、だんだん三人の傾向が見えてきた。

 レイは攻撃も防御も優秀で、教えてもらった事はほぼ完璧に再現することが出来る。しかしマークは攻撃系の技が苦手なようで、光の矢を放つ技は、ごく小さなものしか放つことが出来ない。逆に光の盾は大きさもある程度は自在に操れ、教授が放った攻撃でさえも簡単に防いで見せたのだ。強度も申し分ない。



「レイルズはどちらも優秀だが、マークはどちらかというと、防御系の技が得意なようだね。他の属性の技も防御系の方が出来が良いと聞いているよ」

 受講票にサインをしながらティバル教授が笑ってそう言い、マークも苦笑いしている。

「そうみたいですね。俺も全体に自分でも防御系の技の方が簡単に出来ると思います。攻撃系はなんて言うのか、ちょっと怖がってるような所があるように思います」

「まあ、精霊魔法については、努力次第で伸ばせる部分と持って生まれた部分があるからね。君は癒しの術もある程度は使えると聞いているから、防御系の方に特化した方が良いのかもしれないね」

「どうなんでしょうか? 自分ではその辺りはよく分からないです」

 困ったようなマークにティバル教授は笑って肩を叩いた。

「まあ、その辺りは校長と君の上司の間で相談してくれるでしょう。君は気にせずに自分に出来る事をきちんと学んでいきなさい。クラウディアもどちらかと言うと、防御系の方が得意なようだね。巫女が前線に出る事は無いだろうが、弱い人々を守ることが出来る防御系の技は、覚えておいても決して無駄にはならないからね。気にせずしっかり学びなさい」

 それぞれに声をかけられて、三人は揃って直立した。

「ありがとうございました!」

 元気な挨拶に笑って手を上げて、教授は教室を後にした。



「お疲れ様。今日は全体に上手く出来たね」

 レイの言葉に、マークとクラウディアも笑って頷いた。

「それじゃあまた明日」

 廊下で待っていたニーカと一緒に、クラウディアは笑って手を振って急いで帰って行った。



 彼女達は、一の郭を通り抜けて、いつもここまで歩いて来ているのだ。早く帰らないと、神殿に着く頃には日が暮れてしまう。

 竜騎士隊の本部の方がずっと近いと思うのだが、一般人である彼女達は、何処に行くにしても歩く事が当たり前なのだ。

 行き帰りの際に、綺麗な一の郭の建物や景色が見られてとても楽しいのだと聞いてから、レイも心配するのをやめたのだ。

 実は、彼女達にも神殿からの護衛を引き受けた者がいて密かに守っているし、ニーカにも監視という名目で護衛が付いているのだが、それはレイは知らない事だ。



 彼女達を見送ったレイ達も、荷物を手にそれぞれ帰路に着くのだった。




 翌日も、全員揃って勉強し、午後からはそれぞれの授業を受けた。

「じゃあ、またしばらくお前はお休みなんだな。頑張れよ」

 マークとキムに言われて、レイも笑って頷いた。

 全員に見送られて、レイは訓練所を後にした。



 いよいよ、来週から竜の面会が始まる。

 どんな人が来るんだろう。誰か、新しい竜の主はいるんだろうか?

 また新しい事が始まる気がして、期待に胸を膨らませるレイだった。

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