いつもの朝とお出掛け準備
『寝てるね』
『寝てる寝てる』
『起きないのかな?』
『時間だよね』
『寝坊してるのは誰?』
耳元で囁やくシルフ達の声に、レイはようやく目を覚ました。
「うう……眠い……」
枕に抱きついてもう一度眠ろうとした時、また耳元で囁く声に起こされた。そして何箇所も髪を引っ張られる
『起きないで良いの?』
『良いの?』
「あ! 起きないと!」
不意に叫んで、慌ててベッドから勢い良く起き上がった。
大きな欠伸を一つして見回した部屋は、昨日までの狭くて暗い兵舎の部屋では無く竜騎士隊の本部にある豪華な広い部屋だ。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
『おはよう』
『おはよう』
毛布の上に、シルフ達が降りてきて口々に挨拶してくれる。
「おはよう。えっと、鐘はいくつ鳴ってた?」
『さっき七つ鳴ってたよ』
「そうなんだ、じゃあもう起きないと」
思いっきり伸びをしてからベッドから降りて、いつもの綿兎のスリッパを履いた。
「今日は、閲兵式があるんだよ。貴族席から見せてくれるって言ってたもんね。楽しみだな」
昨日までの感覚で、急いで着替えようと服を脱ぎかけて思い出した。
「あ、そっか。ラスティが着替えを持って来てくれないと、着替えが無いよ」
脱ぎかけた寝巻きをもう一度着て、笑うシルフ達に手を振ってベッドに座った。
しんと静まりかえった、自分以外誰もいない広い部屋が少し寂しかった。
「賑やかで楽しかったな」
不思議そうに覗き込むシルフにキスをして、レイは窓辺まで行って一気にカーテンを開いた。
窓を開いて外を見てみると、よく晴れた空には、雲一つ無かった。
「良いお天気だね。良かった」
『おはよう。今日も良いお天気のようだぞ』
肩に現れたブルーのシルフが、頬にキスしてそう教えてくれた。
「おはよう。ゆっくり挨拶するのも久し振りだね」
キスを返してそう言って笑うと、ブルーのシルフも嬉しそうに笑った。
『うむ、そうだな。しかし向こうでは、毎日ずいぶんと楽しそうだったな』
「うん、とっても楽しかった。それに色々勉強になったよ」
窓枠に座ってブルーのシルフと話をしていると、ノックの音がしてラスティが入って来た。
「おはようございます。そろそろ起きて下さい……?」
「おはようございます!」
空のベッドを見て驚くラスティに、レイは大きな声で挨拶をした。
「ああ、おはようございます。ベッドにいらっしゃらないから驚きましたよ。外を見てらっしゃったんですか?」
「うん。今日も良いお天気みたいだよ」
座っていた窓枠から飛び降りて、まずは着替える前に洗面所へ向かった。
用意してくれた着替えは、いつもの騎士見習いの制服だ。
「あれ? 白服じゃ無いんだね」
久し振りに、いつもの朝練に行けると思って楽しみにしていたのに、白服じゃなくて少しがっかりした。
「今日は、朝練はお休みですよ。皆さん、閲兵式の準備で朝から大忙しですからね」
「あ、そうなんだ。残念。久し振りにこっちの朝練に参加出来ると思って、楽しみにしていたのに」
少し残念そうにそう言って笑うと、レイは着ていた寝巻きをまとめて脱いだ。
手伝ってもらって、久し振りにいつもの騎士見習いの服に袖を通した。
「あれ、ちょっと……?」
喉元のボタンを締めた時、ちょっときつくて首を振って肩を上げた
「どうされましたか?」
驚いたラスティが、畳んでいた服を置いて顔を上げた。
「えっと、ちょっと全体に窮屈な気がするんだけど……」
「失礼します。じっとしていてくださいね」
慌てたように立ち上がったラスティは、あちこち引っ張って確認していたが、大きなため息を一つ吐いて、上着を脱がせた。
「新しい服をお持ちしますので、申し訳ありませんが、そのままお待ちください。シャツは如何ですか?」
言われて腕を回して伸びをしてみる。
「ごめんなさい。肩周りがこれもちょっと窮屈です」
遠慮して表現したが、実際にはかなり窮屈と言って良いだろう。
これも確認したラスティが、苦笑いしてレイの背中を叩いた。
「また背が伸びたみたいですね。それに腕周りが少し太くなったようですよ。倉庫での荷物運びの成果ですね」
照れたように笑ってシャツも脱いだ。
しばらくすると、服を持ったラスティと一緒に、服を作ってくれるガルクールが来てくれた。
「朝からごめんなさい」
驚いたレイがそう言って謝ると、ガルクールは嬉しそうに笑った。
「また背が伸びたそうですね。嬉しい驚きです。一応一回り大きなのを仕立ててありますので、今日のところはこれを着てください。不自然な部分はすぐに補正いたしますので、先ずは着てみていただけますか」
頷いて、まずは手渡されたシャツを着る。
あちこち確認してもらって、これはそのままで大丈夫だと言われた。
「上着は、これを着てみてください」
手渡された上着を着る。
ボタンを留めてくれたので、大人しくじっとしていた。
「おお、ほぼ予想通りですね。如何ですか? どこか窮屈なところはありませんか?」
驚いた事に、新しく渡された服は、ぴったりだったのだ。
何度か腕を回したり伸びをしたりしてから、笑顔になった。
「すごいです。これなら大丈夫です」
それを聞いたガルクールとラスティは、ホッとしたように何度も頷いた。
「では、今日はこちらの服を着ていて下さい。今夜にでも、採寸のし直しをさせて頂きます」
「よろしくお願いします」
笑顔になってもう一度腕を回した。
今、中に着ているシャツはニコスが縫ってくれたものだ。蒼の森にいた時よりも、かなり大きくなっているのに、どうしてサイズがわかるんだろう。
不思議に思っていると、剣帯を手にしたラスティが、心配そうに覗き込んできた。
「どうかなさいましたか?」
慌てて首を振る。
「あ、違うんです。今着ているこのシャツって、ニコスが縫ってくれたものでしょう? 僕、ここへ来てからかなり大きくなってるのに、どうしてそれが分かるのかなって思っただけです」
笑ってそう言うと、納得したのかラスティも笑顔になった。
「貴方が成長なさって、服の仕立てを変える度に、蒼の森のご家族にもお知らせしております。前回は、補正した型紙を、ガルクールが手紙を書いて一緒に届けていましたからね」
自分の知らない所で、まさかニコスとガルクールの間でそんなやりとりをしていてくれたなんて、初めて聞き、驚くと同時に嬉しかった。
「じゃあ今度彼に会ったら、お礼を言っておかなくちゃね」
嬉しそうにそう言うと、剣帯を受け取って自分で身に付けた。いつものミスリルの剣も受け取って金具に取り付ける。
「長さはこっちの方が長いけど、軽いね。ミスリルは軽いって聞いていたけど本当だね。昨日までの剣と全然違うや。すごくよく分かる」
腰に装着したミスリルの剣を撫でて、レイはもう一度笑った。
昨日まで身に付けていたのは、一般の兵士が持つ鋼の剣だったのだが、始めの数日は、実は重くて慣れなくて、とても疲れたのだ。それに比べると、ミスリルの剣は確かに軽い。
「僕はこっちが良いな」
剣を叩いてそう言って笑った。
『ルークです』
『レイルズもう用意出来ているか?』
その時、机の上に現れたシルフがルークの言葉を伝えてくれた。
「あ、おはようございます。はい着替え終わったよ。ちょっと服が窮屈でガルクールに見てもらってたの」
元気に返事すると、シルフは小さく吹き出した。
『おはよう』
『さすがは成長期だな』
『それじゃあまずは食事に行くから出ておいで』
「了解です。今行きます!」
手渡された追加のカナエ草のお薬と茶葉を小物入れに入れて、レイはラスティと一緒に急いで廊下へ出た。
廊下には、ルークと若竜三人組が揃って待っていてくれた。
「おはようございます! 皆、久し振り!」
嬉しそうに歓声をあげるレイに、三人も笑って駆け寄り、三人がかりで、せっかく綺麗にした髪の毛をくしゃくしゃにされてしまった。悲鳴をあげて逃げ、ラスティの後ろに隠れる。
「こらこら、朝から戯れてる場合か。早く食事に行かないと、食いっぱぐれるぞ」
ルークの言葉に、慌てて乱れた髪の毛を直した。
「寝癖、付いてない?」
ラスティに小さな声で尋ねると、笑って頷いてくれた。
竜騎士隊の本部の食堂は、皆整然と並んでいて、列が進むのも早い。
山盛りに取ってきた食事を前に、きちんとお祈りをしてから食べた。
城での共同生活の話や、食堂が、いかに大混雑で無法地帯だったか。レイは時折身振り手振りも加えながら、何度も皆に話した。
話は尽きず、皆も笑顔で聞いてくれた。
ゆっくりとデザートのミニマフィンを選んで取り、久し振りにお湯の入ったポットを取ってくる。
カナエ草のお茶を飲むのも久し振りだ。カップにたっぷりの蜂蜜を入れてから、よくかき混ぜてお茶を飲んだ。
しかし、半月飲まなかっただけなのに苦味が思っていた以上に感じられて、ちょっと困ったのは内緒だ。
「大丈夫、すぐ慣れる。すぐ慣れる」
自分に言い聞かせるように小さく呟いて、もう一口飲んだ。
少し休憩してから、一緒に休憩室へ戻る。
「さてと、レイルズの今日の予定を教えておくよ」
ロベリオ達と並んで座っていたレイは、慌てて居住まいを正した。
「今からラスティと一緒に、アルジェント卿の所へ行ってもらうからな。今日は一日、卿と一緒に行動する事。アルジェント卿と一緒だと貴族席から観覧出来るからな。午前中は、城の中庭で、叙任式と新人達の武術の披露があるからそれも面白いぞ。昼食は城にある特別室で立食だよ。午後からは、花祭りの行われたあの会場で、一般兵も参加する観兵式がある。これも、貴族席から見られるからな」
「聞いたけど、その観兵式には竜騎士隊も参加するんだって?」
目を輝かせるレイに、皆も笑顔になった。
「そうさ。竜と一緒に上空から参加するよ、花は撒かないけどな」
ルークの言葉に、全員揃って吹き出したのだった。
「分かりました、じゃあ、今日は観覧席から大人しく見てるね。観兵式、楽しみにしてます」
「まあ行けば分かるよ。ああ、それともし、他の貴族にお前の身分について何か聞かれたら……ディレント公爵の遠縁だって言っておけばいいからな」
驚いてルークを見たが、彼は苦笑いして頷いた。
「分かりました。じゃあ、何か聞かれたらそうします」
頷いて振り返ると、三人も笑顔で頷いてくれた、
どうやらもう、すっかりお父さんとは仲直り出来たみたいで、嬉しくなったレイだった。
「まあ、そんな感じだ。何か質問はあるか?」
ルークに言われて、レイは首を振った。
「大丈夫だと思います。じゃあもう行くの?」
ルークが立ち上がるのを見て、レイも立ち上がった。
「ああ、じゃあまた後でな。良い子にしてろよ」
笑って背中を叩かれて、レイは舌を出した。
「お行儀が悪いですよ」
ラスティに後ろからそう言われて、慌てて直立するレイだった。
「それではご案内します」
ラスティの言葉に、レイも急いで後に続いた。
いつの間にか、レイの肩にはブルーのシルフが現れて当然のように座っていたし、頭上にも、何人ものシルフ達が現れて、嬉しそうに部屋を出て行くレイの後について行ったのだった。
『お出掛け』
『お出掛け』
『楽しみ』
『楽しみ』
嬉しそうなシルフ達の囁きに、肩に座るブルーのシルフもどこか嬉しそうだった。
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