叙任式の準備と送別会

 翌朝、いつものようにレイは早起きして、まずは皆と一緒に朝練をこなした。

 レイが来てすぐの頃、武術全般が苦手で全く使い物にならなかったジョエルだったが、レイが根気よく棒術の基本を教えたおかげで、わずか半月ほどでそれなりに使えるまでになっていた。

 それから食堂で、自分と背の低いクリスの分の食事を確保するために大人数と戦い、時に盾になってやり、無事に二人とも食料を確保して席に座った。

 しっかりとお祈りをしてから食べるレイの事を、初めこそ真面目な奴だとからかっていた第六班の皆も、いつのまにか一緒にお祈りをするようになっていた。

 カウリ伍長だけはそんな彼らを面白そうに見ているだけで、お祈りには参加しないのもいつもの事だった。




「はい注目。今日は中庭に叙任式のための一部の資材を運ぶからな。段取り良く動けよ」

 戻った倉庫で、書類の束を手にしたカウリ伍長が、やる気の無さそうな声で説明する。どうやら叙任式を取り仕切る、同じ部隊の別の小隊との共同作業になるらしい。

「クリス、今日と明日はレイと一緒に動け。お前が指示してやれよ」

「了解致しました!」

 嬉しそうに敬礼して叫ぶクリスの横に、レイも並んで一緒に敬礼した。お手本のような綺麗な返礼を返されて、二人揃って笑顔になる。

 すっかり荷物の無くなった倉庫を後に、レイはクリスの後について別の倉庫へ向かった。



 到着した倉庫は、最初の頃に沢山の荷物を運んだ見覚えのある広い倉庫だった。

「おう、第六班の到着だな。ご苦労さん。早速だが向こうの端から順に運んでくれ」

 ドワーフのようなヒゲの持ち主の伍長が、書類を見ながら端の山を指差す。

「了解しました。その前に質問です。敷布はもう運びましたか?」

「おう、そっちはもう終わった。朝からうちの連中と四班の応援で運んでくれたよ」

「了解です! それならレイ、こっちだよ」

 早足で指示された列に向かうクリスに、レイも慌ててついて行く。

「おお、働き者のレイ二等兵か。頼りにしてるぜ! 今日もしっかり働いてくれよな」

 初日によく働く彼を見て感心していたその伍長は、嬉しそうに追いかけてきてレイの背中を叩いて笑った。

「はい、がんばります!」

 元気よく敬礼して返事するレイに、その伍長は敬礼を返してもう一度豪快に笑った。




 午前中いっぱいかかって、指示されるままに大きな木箱を次々と中庭に運んだ。

 置く場所や順番も厳密に決められているらしく。木箱に書かれた番号や張り紙を頼りに言われた通りに順に積み上げて行く。

 それでも、気を付けていても間違う事があるようで、時折クリスから細かい指示が飛んで慌てて積み直した。

 昼食の後は、運んだ箱を番号順に開けて、中身を取り出してきちんと並べて行く。

 箱の中身は、組み立て式の椅子や天幕の部品だった。

 別の班の人達が応援に来てくれて、手分けして指定された位置に簡易の柱を立てて天幕を張っていく。壁に当たる部分は無く、柱と屋根だけの簡単なものだ。

 しかし、その張る天幕だけでも幾つも有り、全部張り終える頃にはもう夕暮れ近くになっていた。

 別の班の人達が、レイ達が張った天幕の中に追いかけるようにして組み立て式の椅子をこれまた手早く組み立てて綺麗に並べていた。お陰で、夕方には運んだ分全てが無事に組み立て終わったのだった。



「よし、お疲れさん。今日の予定はここまでだ」

 カウリ伍長が、最後の空箱を倉庫に片付けながらそう言い、全員揃って、第五班の髭の伍長に挨拶をしてから一旦倉庫へ戻った。



「ああ疲れた。さすがに一日中天幕張りは疲れますね」

 ルフリー上等兵の言葉に、皆伸びをしながら頷いている。

「さてと、じゃあ始めますか」

 ルフリー上等兵がそう言って壁際に寄せられていた机に向かう。

 ちょうどその時、第六班唯一の女性のチェルシー上等兵が、何やら両手に大きな包みを持って倉庫へ戻って来た。

 彼女は、今日は別の部署へ手伝いに行っていたのだ。

「お帰り。ご苦労さん。足りたか?」

 荷物を持ってやりながらそう聞いたカウリ伍長の言葉に、チェルシー上等兵はにっこりと笑った。

「はい、十分でしたよ。ありがとうございました」

 そう言って、ベルトの小物入れから小さな袋を取り出して彼に渡した。

 ルフリー上等兵と、ケイタムとジョエルが三人がかりで、端に寄せていた大きな机を運んでいるのを見て、レイも慌てて運ぶのを手伝った。

 もう仕事は終わりだと聞いていたけれど、机を出すという事はまだ何かするのだろう。手伝う気満々で机を置き、椅子を運ぶのも手伝った。



「手を洗って来ますね」

 チェルシー上等兵がそう言って水場に消え。クリスが戸棚から大小のお皿を何枚もまとめてワゴンに乗せて運んで来て、そのまま水場へ消える。しばらく話している声がしていたかと思うと、ワゴンごと二人揃って戻って来た。水の入った大きな水差しが、ワゴンに乗せられている。

「レイ、食器を並べてくれるか。これな。それからカトラリーはこっちだ」

 クリスに言われて、レイは首を傾げた。

 まさか、今からここで食事をするんだろうか?



 不思議に思いつつも、とりあえず言われた通りに席にお皿とスプーンとフォークを並べていく。

 ちょうど並べ終わったタイミングで、伍長が大きな包みを解き始めた。

 良い匂いが倉庫いっぱいに広がる。

 三段になった大きな箱に詰められたそれは、大きな鶏肉を焼いたものや、揚げた芋。焼きたての真ん丸なパンや、綺麗に切った黒パンもあった。それから、もう一つの包みには、この良い匂いの元である壺に入ったシチューが、これも箱に入れられて並んでいた。これは人数分あるようだ。

 カウリ伍長がどこからか嬉しそうに木箱を運んで来る。彼が蓋を開いて中身を取り出すのを見て、レイは思わず叫んだ。

「ええ、お酒ですか? それ」

 どう見ても、机に並べられたその瓶は、見覚えのあるラベルを貼ったものでコルクで栓がしてあった。仕事場にあって良いものではないはずだ。

「これは、葡萄のジュースだよ」

 瓶を見せながらニンマリと笑う伍長に、レイは思わず遠い目になった。



 小ぶりなグラスも並べられ、それぞれのお皿には大きな鶏肉とサラダが綺麗に盛り付けられた。真ん中の大きなお皿には他にも色々な薫製肉やハム、サラダや小さな団子のようなものも並んでいた。

 それぞれが席に着き、伍長曰く、葡萄ジュースのコルクが抜かれる。

 順にグラスに注がれて、全員に行き渡った所でカウリ伍長が立ち上がった。

「ええと、注目! 本当は明日までなんだが、明日は忙しくて時間が無いだろうから、部隊間交流で来てくれたレイ二等兵の送別会を今から開催いたします。ちなみに、財布を出したのは俺だ。皆、感謝して腹一杯食えよ! 料理は、ダイルゼント少佐の紹介の店の特別メニューだ。少佐御用達の料理人の料理だぞ。皆、心して味わえよな。それではレイ二等兵、半月ご苦労様でした。本当に助かった。お前はよく働いてくれた。感謝するよ」

 最後は真剣な顔で言われて、レイは慌てて居住まいを正した。

「それでは、レイ二等兵のこれからの活躍と、第六班の発展を祈って、乾杯!」

 捧げられるグラスが重なる。皆、レイに向かって笑っている。

 突然の事に驚いて呆然としていたレイだったが、ようやく理解して満面の笑みになった。

「ありがとうございます! 乾杯!」

 嬉しそうなレイの背中を両隣にいたクリスとジョエルが思いっきり叩き、レイは態とらしい悲鳴を上げて逃げるふりをした。



「これ美味い。さすがは少佐御用達のお店だな」

「本当だな。鶏肉なんて、いつも食堂で食ってるやつの何倍も柔らかくて美味いよ」

 皆お行儀が悪く、喋りながら音を立てて食べている。ここにグラントリーがいたらさぞかし眉をしかめた事だろう。それでも、レイにとっては、最高に嬉しく楽しい夕食だった。

「ほら、これ美味いんだぞ。食えよ」

 笑いながら真っ赤な野菜の煮付けを取り分けようとするジョエルを、レイは慌てて止めた。

「ジョエル、待って! それってもしかして……すっごく辛い料理じゃ無い?」

 それは、ここへ来て最初に竜騎士隊の本部の食堂で食べた、あの辛い煮付けに間違い無かった。レイは、ほんの一口食べただけで半泣きになるくらい辛かったのだ。

「何だよ残念。知ってたのか。お前、辛いのは駄目なのか?」

「以前食べた時は、一口食べて……火を吹いて挫折しました」

 情けなさそうにそう言うレイを見て、ジョエルは小さく吹き出した。

「体格の割にお子様の口なんだな。じゃあこっちかな、これは辛く無いから大丈夫だぞ」

 白っぽいソースが絡んだ、押し潰した団子のようなものを取り分けてくれる。

「それは芋と小麦粉で作った団子だよ、濃い味のソースに絡んで美味いんだ」

「これ、時々僕の家族が作ってくれたのと同じだ。モチモチしてて美味しいよね!」

 一口食べて目を輝かせるレイを見て、笑ったジョエルはもっと取り分けてくれた。

「これは、オルベラートの郷土料理なんだよ。ほら、アルス皇子とオルベラートのお姫様の婚約が正式に発表されただろう。それ以来、食堂で時々オルベラートの料理が出るんだ。あの国は料理も美味いからな」

 ルフリー上等兵の言葉にレイは嬉しくなった。

「僕の家族も、オルベラート出身だって言ってたからね。じゃあこれはニコスの国の料理だったんだ」

 嬉しくなってもう一口食べる。やや甘めの濃厚なクリームソースと絡んだその団子は、涙が出るくらい美味しかった。まさしく、いつもニコスが作ってくれたのと同じ味がしたのだ。噛み締めると、不意に一粒涙が零れた。

「お前……何泣いてるんだよ」

 慌てたようなクリスの言葉に、レイは顔を上げて涙を拭った。

「家族に会いたい。声が聞きたいよ。皆、元気にしてるかな」

 俯いて恥ずかしそうに小さく呟いたレイのその言葉は、皆、聞かないふりをしてくれた。

 何やら事情がありそうなレイの生い立ちについては、聞かない事が、彼らの間では暗黙の了解になっていたのだった。




 用意した食べ物がすっかり無くなる頃には、皆大満足で、ロディナ地方の名物である苦味のある干し肉を齧りながら残りのお酒を楽しんでいた。

 レイは最初の乾杯だけはワインをもらい、その後は、別に用意してくれていた本物の葡萄のジュースを飲んで過ごした。見かけはジュースだとは分からない。

 宴の最後には皆立ち上がって、手拍子とカウリ伍長の吹く笛の音に合わせて踊り出し、最後にはレイまで引っ張り出されてチェルシー上等兵と踊る羽目になった。

 踊っている間中、お酒も飲んでいないのに真っ赤になったレイは、皆から大笑いでからかわれていたのだった。



 楽しそうに踊りながら笑うレイの事を、倉庫の梁に座ったシルフ達が愛おしそうにずっと眺めていたのだが、それに気付いたのは、その場にいたカウリ伍長だけだった。

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