何事にも表と裏があるのです

 カウリ伍長の言った通り、ひたすら毎日倉庫整理と荷物運びの連続だった。

 それでも、日によっては荷物を届ける為に台車に乗せた大荷物を別の場所へ届けるお手伝いもした。

 その際に、レイは驚きの現実を目にした。

 お城の中には、普段レイが通っていた廊下ような『表の廊下』と呼ばれる廊下と、荷物を運んだり執事や小間使いの人々が移動の為に通る『裏の廊下』があったのだ。

 裏の廊下へは倉庫や部屋からそのまま続いているものもあれば、表の廊下の壁に巧妙に隠すようにして作られた隠し扉から入るものがあった。

 裏の廊下は綺麗に掃除はしてあるが、表と違って装飾の類は一切無く、照明も少ない。

 窓も無く、正しく移動の為だけの廊下なのだ。

 これで、グラントリーやラスティ達が、時々急に現れる意味が分かった。竜騎士隊の本部の建物にも自分の知らない裏の廊下が至る所にあるのだろう。今度教えてもらおうと、密かに楽しみにしたレイだった。



 また、レイが現在勤めている第二部隊が駐屯しているのは、お城を囲むように作られている黄壁と呼ばれる大きな黄色みがかった城壁の敷地内に有り、お城を正面から見た時に、その手前に当たる位置に作られていた。

「竜騎士隊の本部があるのが、お城の右側部分から奥、精霊魔法訓練所のある双子の建物は、お城の左横奥側。その隣に白の塔の敷地。第二部隊の駐屯地は、その手前側全体。へえ、この三つで、お城を取り囲むみたいになってるんだ」

 お城の詳しい配置図は無く、それぞれの勤務地で教えられるだけなので、第二部隊の兵士達は、自分達がお城の前側を守ってる、程度にしか考えていない。

 しかし、レイはその全ての場所を知った為に、自分の頭の中でそれぞれの位置を考えて配置図を作ることが出来て、そのように考えたのだ。



 これは、上空からお城を俯瞰で見る事が出来ているというのも大きいだろう。



「よく気付いたな。そうだよ。俺達第二部隊全体で、城の前側部分を守ってる。竜騎士隊と、精霊魔法の双子の塔と精霊塔で左右をしっかりと守ってる。その横に白の塔があるから、怪我人の治療もお任せあれってな。城の背後は、竜の背山脈から続く竜の鱗山が守ってくれてるから、これはまさしく天然の最強の守り。何度見ても、すごい作りだよな。おまけに、黄壁の外は、赤壁に守られた一の郭と呼ばれる旧市街で、ここには貴族達の住む屋敷が何重にも並んでる。何処から攻めても、城へ着くまでに力尽きちまうって」

 隣で荷物を振り分けていたカウリ伍長が、レイの呟きに顔も上げずにそう言って教えてくれた。

「お城もそうだけど、オルダムって広いんですね。新市街にも、何重にも城壁があってすごく広かったし……」

「上空から見たら、新市街のごちゃごちゃっぷりは凄いだろう?」

 小さな声で言われて、レイは思わず吹き出した。

「ごちゃごちゃなんてもんじゃ無いですよね。僕、以前街へ連れて行ってもらった時、お店を出てまっすぐ歩いてるだけなのに何故だか迷子になった事がありますよ」

「ああ、分かるな。何でまっすぐ歩いてるのに塔が右に行ったり左に行ったりするんだよ、ってな!」

 まさしく同じ事を思ったレイは、もう一度盛大に吹き出した。

 それを聞いて、少し離れた所にいたクリス達、二等兵組が振り返った。

「何だ? 楽しそうだなレイ」

「だって! カウリ伍長が、僕が考えていたのと全く同じ事を言うんだもん!」

 彼らの視線に気付き、カウリ伍長が胸元で手を組み合わせて、上を見ながら甲高い声で叫んだ。

「精霊王よ!教えてください。どうしてオルダムの街では、まっすぐ歩いてるのに遠くに見える塔が右に行ったり左に行ったりするんですか! おかげで毎回迷子になります! 私にはどう考えても分からないんですう!」



 それを聞いた瞬間、倉庫にいた全員が同時に吹き出して大爆笑になった。



「まあ、生粋のオルダムっ子には当たり前の道も、外から来た奴にとってみれば苛めかって思うくらいに複雑ですからね」

「しかも、その間を縫って水路まで作られてるもんだから、すぐそこに見えてても、目的地に行けなかったりするもんな」

 その言葉に、また全員が笑った。



 一の郭や、新市街でもそれに近い比較的裕福な者達が住む地域では、一部の水路には蓋がされており、少しでも道が広く使えるように工夫されたりもしている。

 しかし、新市街の白壁周辺へ来ると状況は一変する。特に円形市場のある辺りでは、城壁があちこちに聳え立ち唐突に途切れたりもする。道と水路が複雑に絡み合い、まさしく迷路の様相を呈しているのだ。

 話題の、真っ直ぐのはずなのにあちこちを向く謎の道は、オルダムの不思議と呼ばれているのだ。実際には、城壁ごと緩やかに曲がりくねっているのに、建物を無理やり真っ直ぐっぽく建てた為に視覚が騙されてしまい、真っ直ぐに歩いていると錯覚してしまうのだ。

 新市街を横断する一番大きな黒壁と呼ばれる城壁の外は、もう完全に地図の描けない大迷路と言って良い。まず、直角の四つ角の曲がり角が殆ど無く、細い道が突き当たると三叉路、五叉路、七叉路どころか九叉路なんて恐ろしいものまであったりする。

 建物自体も壁が微妙に真っ直ぐでは無かったりする為に、視覚的にも騙されやすい。

 一度、オルダムの地図をじっくり見てみたいと考えるレイだった。



「さてと、こんなもんかね?」

 手にした書類を確認したカウリ伍長の声に、全員が周りを見回して頷いた。

「じゃあ、こいつをとっとと運んじまおう」

 それぞれに台車を押して廊下へ出て行く。レイも慌ててそれに続いた。

 目的地は、城の中にある第二部隊の敷地内にある倉庫だ。

 裏の廊下に入り、薄暗い中を遅れないように必死になって台車を押して歩いた。こんな所で置いていかれたら、はっきり言って絶対自力では戻れないだろう。

 何度も角を曲がり、途中で行き交う執事の服を着た人に道を譲る。互いに小さく一礼して通り過ぎるのを、レイは何だか嬉しくなって見ていた。

 その時、目の前からヘルガーが歩いて来たのだ。手には何か大きな荷物を持っている。

 通り過ぎる時に、全員が台車を止めて一礼するのを見て、レイも慌てて同じように俯いて一礼した。

 ヘルガーは立ち止まらずに軽く一礼してそのまま通り過ぎた。いつものように真っ直ぐに背筋を伸ばした綺麗な後ろ姿だ。

「ヘルガー様だ。格好良いよなあ」

「そうだよな。あの方は本当に格好良い!」

「いつかは竜騎士隊付きになりたいよ」

「無茶言うなって。俺達なんかに出来るわけないだろうが!」

 二等兵達三人の言葉に、ルフリー上等兵が呆れたようにそう言って笑った。

「まあ、夢を持つのは良い事だって。さあ行くぞ」

 伍長の言葉に、全員が笑って急いで歩き出した。



「へえ、ヘルガーって人気があるんだ」

 小さく呟いたレイの言葉に、カウリ伍長は面白そうに笑った。

「向こうでは、お前は誰が担当なんだ?」

「えっと、ラスティだよ」

 簡単にそう答えた時、彼が突然立ち止まって、後ろを歩いていたレイは追突寸前で必死になって台車を止めた。

 ちょっと荷崩れしそうになって、こっそりシルフ達に助けてもらったのは内緒だ



「カウリ伍長! 危ないから突然止まらないでください!」

 レイの叫び声に、前を歩いていた全員が驚いて振り返った。

「お、おう、すまん。ちょっとなんかに引っかかった」

 慌てたカウリ伍長が誤魔化すようにそう言ってしゃがみ込み、台車の下を調べた。

「大丈夫だな。すまなかった。さあ行こう」

 照れたようなその声に、皆振り返ってまた歩き出す。



「まさかのラスティ様ってか。さすがに違うね」

 感心したような呟きに、レイは驚いて伍長を見上げた。

「あとで教えてやるよ」

 横目で見て笑う彼に、レイも笑って頷いた。

 また角を曲がり、ようやく到着した倉庫で、今度は積み下ろしを手伝った。

「今運んだのは、式典の時に通路に敷く特別な絨毯だ。まだ、別の倉庫にもあるから戻ったらもう一度運ぶぞ」

 カウリ伍長の言葉に、レイは感心して倉庫を見渡した。

「お城にこんなに幾つも広い倉庫があるなんて、初めて知りました」

「まあ、普通はお貴族様方は知らないだろうな。ってか、実際には表側より裏方の方が広いと思うぞ」

 その言葉に、レイは驚いて目を見張った。

「勿論、煌びやかなお城の表側はとんでも無く広くて綺麗だよ。だけど、それを支える為に、見えない所で大勢の人達が働いてる。お貴族様方の目に触れた事の無い者達が城でどれだけ働いてるか。数にしたら多分お貴族様全員の何倍もいるぞ」

「すごいね……本当に、すごいね」

 黙って聞いていたレイは、それしか言えなかった。

 恐らくルーク達が、レイルズに一番知って欲しかったであろう事を、図らずもカウリ伍長の口から教えられる形になった。

 それは、何事にも裏と表があり、今まで自分が見ていたのは広大なお城のほんの一部分に過ぎないのだと気付かされた瞬間だった。



「まあ、お前が裏方に詳しくなる必要は無いけど、自分の暮らしてる所には、こんな場所もあるって覚えておくだけでも、ずいぶんと違うと思うぞ」

 その言葉に、何度も頷いたレイだった。



 その日は一日中、延々と荷物を台車に積んで裏の廊下を通り、お城の倉庫とを往復したのだった。




「先程、レイルズ様をお見掛け致しました。楽しそうに荷物運びをされていましたよ」

 休憩室で、書類を片手にお茶を飲んでいたルークとマイリーに、焼き菓子を出しながらヘルガーがそんな事を言った。

「何処で? ヘルガーと会う事なんて無さそうなのに」

 驚いて顔を上げたルークが尋ねる。

「城の裏方の廊下で、荷運び中にすれ違いました。私に気付いたようでしたが、俯いて一礼されてしまいましたよ」

 楽しそうに笑うヘルガーに、二人も笑顔になった。

「もう、裏方に回ってるんだ。じゃあ、知らない世界を垣間見た訳だな」

 ルークの言葉に、マイリーも笑っている。

「さぞかし驚いたろうな。裏の廊下の存在を知れば、城の見方も変わるからな」

「まあ、ここにも有るけどね」

「違いない。絶対戻ったら聞かれるぞ」

 マイリーの言葉に、ヘルガーも頷いた。

「そうですね。お戻りになられたら、一度裏方もご案内した方が良いですか?」

「絶対大喜びすると思うから、時間のある時にでも案内してやってくれ」

 マイリーがそう言うと、それを聞いたルークは堪える間も無く吹き出した。

「レイルズの大喜びする姿が目に浮かぶよ。まあ、全部を教える必要は無いけど、良いんじゃない? 何事にも表と裏があるって知るのは大事な事だと思うよ」

 大真面目な振りをしてそう言ったルークの言葉に、少し離れたところで聞いていた若竜三人組までが揃って吹き出したのだった。



「まあ、この城の表も裏も全部を知ってる奴なんているかな?」

 ロベリオの言葉に、ヘルガーは少し考えて首を傾げた。

「言われてみればそうですね。私も、この城の裏の廊下全てを知っているわけでは有りませんからね」

「グラントリーなら知ってるかな?」

 ユージンの言葉に、ヘルガーも考えた。

「どうでしょうね? 彼でも全ては知らないと思いますね」

「黒梟なら知ってるんじゃ無いか?」

 マイリーの言葉に、ヘルガーは遠い目になった。

「マイリー様、それは思っていても言わないのが大人の対応では?」

「すみません」

 苦笑いして素直に謝るその言葉に、ルークがもう一度吹き出した。

「マイリーが叱られてる所、初めて見た!」

 その言葉にもう一度全員揃って大笑いになったのだった。

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