倉庫での事件
レイ一人だけが納得出来ないままに朝練が終わり、一旦戻って制服に着替えた後、全員揃って食事に向かった。
「えっと、今日は何をするんですか?」
食堂は、相変わらずのすごい人だ。自力で何とか確保して席へ戻り、食事をしながらそう尋ねると、カウリ伍長が笑って答えてくれた。
「毎日ひたすら倉庫整理! たまに設置のお手伝い。俺ら裏方の仕事なんてそんなもんだよ」
「そうそう。今の時期は、閲兵式の準備の為に、滅多に出さない物も幾つも出すからね。頑張って運んでくれたまえ」
ルフリー上等兵に言われて、レイは元気に返事をした。
「おはようさん。お? 何でお前らと一緒に第四部隊のがいるんだよ?」
その時、彼らの後ろから声を掛けてきたのは、大柄な男性兵士だった。
「おはようございます!」
全員が立ち上がって挨拶するのを見て、レイも慌ててそれに倣った。
「構わねえよ。座った座った」
トレーを置いたその男性は笑ってそう言い、座って一瞬手を合わせただけで食べ始めた。
昨日から見ていて思ったが、ここの人たちは皆、食事の時のお祈りはかなり省略しているみたいだった。
「ロリー曹長だ。よろしくな新入り」
あっという間に食べ終わったその男性に、そう言って手を差し出され、レイは慌ててその手を握り返した。
「レイ二等兵です。よろしくお願いします」
「第四部隊って事は、あれか。部隊間交流の応援か?」
「はい、そうです」
カウリ伍長のやる気のなさそうな返事に、しかし曹長は怒らなかった。
「へえ、じゃあお前も精霊魔法ってやつ、使えるのか?」
「あ、はい。でもまだまだ勉強中なんです。今は精霊魔法訓練所に通っています」
「ああ、そりゃあご苦労さん。精霊魔法の使い手は貴重だからな。しっかり頑張って良い使い手になってくれよな」
笑って、力一杯肩を叩かれる。
「おお、なかなか良い体してるな。綺麗に筋肉が付いてるぞ」
感心したようにそう言われて、ちょっと嬉しかった。
「棒術の腕も相当ですよ。クリスが全く歯が立たなかったですからね」
伍長のその言葉に、曹長は驚いたようにレイを見つめた。
「へえ、そりゃあ凄いな。精霊魔法が出来て、棒術も上手いって、最強じゃねえか!」
もう一度、今度は力一杯背中を叩かれて、さすがに悲鳴をあげたレイだった。
それから毎日、朝練で汗を流し、ひたすら荷物運びと倉庫整理、そしてまた荷物運びと倉庫整理と、指示されるままに延々と、箱や袋を積み上げたり運んだりする日々が続いた。
始めのうちこそ慣れない生活に緊張していたレイだったが、すっかり兵舎での共同生活にも慣れて、三日もすれば、同僚の二等兵達と仲良く話をするようになっていた。
一日の終わりに、精霊通信の出来る部屋を借りてルークと連絡を取るぐらいで、シルフ達ともあまり話しが出来ない日々が続いた。
ブルーのシルフも側にいてくれるが、あまり話しかけてくる事はなかった。
そんなある日、大変な事が起こった。
一番下の段になっていた木の箱がどうやら割れていたらしく、気付かずに隣の山を崩して台車に積み替えていたジョエルとクリスが気付いた時には、支えの無くなった隣の積み上がった箱が、一気に雪崩れてきたのだ。
シルフの警告でそれに気付いたレイは、咄嗟に叫んでいた。
「シルフ! あの荷崩れを止めて!」
次の瞬間、斜めに傾いだ、ありえない状態でその箱の山は止まる。
「はやく! そこから出て!」
レイの叫ぶ声に、少し離れたところにいた他の者達も、何事かと駆け寄ってくる。
驚きのあまり、見上げた体勢のまま動けない二人の側に駆け寄り、レイはそっと首根っこを掴んで引っ張り出して、とにかくその場から二人を避難させた。
呆気にとられている周りの者に見向きもせず、レイはシルフ達に頼んで、一旦崩れた箱をゆっくりと地面に倒すように指示していた。
「手伝うよ」
カウリ伍長の声に、レイは頷いて少し場所を譲った。
一気にシルフの数が増えて、あっという間に崩れ掛けた箱は横倒しになり荷崩れは無事に解決出来たのだった。
「こいつか。中身が柔らかかったから、割れた箱が潰れたんだな。おい、誰かひとっ走り行って工兵を呼んで来い。こいつは作り直してもらわねえと、もう使いものにならねえよ」
一番下でいびつにへこんだ木箱を見て、カウリ伍長は悔しそうにそう言った。
ケイタム二等兵がその言葉に敬礼して、大急ぎで走って倉庫を出て行った。
「レイ二等兵。お礼を言うよ。こいつらを助けてくれてありがとう。あのまま下敷きになっていたら、下手すりゃ二人とも死んでるぞ」
振り返った伍長のその言葉に、今更ながら真っ青になる二人の背中を撫でて、伍長は立ち上がった。
「ちょっと報告してくる。ここで待っててくれ」
「報告って?」
伍長を見送りながらのレイの言葉に、まだ呆然としながらチェルシー上等兵が教えてくれた。
「こういった、危険な結果になりかねない事故の場合には、未遂であっても報告の義務があるんです。今までうちの倉庫では殆どこんな事故は無かったのに……」
「伍長の減点になるよこれ。ああ、なんで気がつかなかったんだよ俺達。荷下ろしをする時は、周りに気をつけろって、いつも言われてたのに」
「そうだよな。ってか本気で死んだと思った。レイって凄えな! あれ、どうやって止めたんだよ?」
「だよなあ。凄かった!」
顔を見合わせて目を輝かせる二人に、ルフリー上等兵が拳を落とした。
「その前に言うことがあるだろうが、お前ら!」
一喝されて、二人は直立した。
「レイ二等兵、助けてくださってありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
敬礼する二人に、レイも慌てて返礼を返した。
「お役に立てて良かった。怪我は無い?」
まだ青い顔で頷く二人を休ませて、レイはため息を吐いた。
『大丈夫か?』
小さな声で、肩に座ったブルーのシルフが話しかけて来た。
「あ、ブルー。もしかして手伝ってくれたよね?」
同じく、小さな声で答えると、シルフは何も言わずに笑って頬に何度もキスを贈った。
『一時的とは言え、其方の知り合いを死なせるわけにはいくまい?』
「ありがとう。おかげで助かったよ」
しかし、ブルーのシルフは笑って首を振った。
『我は少し助けただけだ。あの男と仲の良いシルフ達が、我が指示する前から動いていたぞ』
「へえ、それって……」
『うむ、どうやらあの男は無意識に精霊魔法を使って倉庫を守っているようだな。面白い』
ブルーのシルフはそう言って笑った。
その時、数人の、制服の違う兵士と士官を連れた伍長が帰って来た。そのすぐ後に、ケイタム二等兵が連れて来た兵士も加わり、ガランとしていた倉庫は一気に人が増えた。
全員一旦外で待つように言われて、レイ達は促されるままに廊下へ出た。
無言でしゃがみこんでしまった二人の隣で、レイも黙って取り調べが終わるのを待った。
その肩にはブルーのシルフが、ずっと座っていた。
「ジョエルとクリス、中へ入ってくれ」
伍長が顔を出して呼ぶので、二人は返事をして立ち上がった。
しばらくしてレイも呼ばれる。急いで中へ入って行った。
「レイ二等兵。事故の際の貴方が見たままを話してください。憶測は禁物です」
色の白い、痩せた士官にそう言われて、レイは直立した。
「はい。僕は、その時こちら側でカウリ伍長と一緒に、先にジョエル二等兵とクリス二等兵が取り出した箱を整理していました。次の荷物を取ろうと振り返った瞬間、軋むような音がしたのに気付いて上を見ました。そうしたら、ゆっくりと箱がこっちに倒れてくるのが見えました。それで咄嗟にシルフを使って荷崩れを止めてもらったんです」
「レイ二等兵は、精霊使いなんですね。了解しました。これは必要な精霊魔法であったと判断します。報告も他の者達と相違ありませんね。結構です。お疲れ様でした」
手元の書類に、何か書き込んでいたその兵士は、カウリ伍長の肩を叩いて頷いた。
「すまないが、これはさすがに知らん顔は出来ない。上に報告するからそのつもりで」
「了解致しました。お手間を取らせてしまい申し訳ありません」
お手本のような綺麗な敬礼をしたカウリ伍長を見て、その士官は何か言いたげだったが、結局黙ったまま敬礼を返して書類を閉じた。
後ろでは、後から来た工兵が箱の大きさを計って書類に書き込んでいた。
士官達が帰った後、工兵二人はカウリ伍長と顔を寄せて何やら相談して、それから彼にサインをもらって帰って行った。
「さてと。仕事を増やしちまって悪かったな。とにかくこいつらを片付けちまおう」
腕を回しながら何事も無かったかのようにそう言って、伍長は壊れた箱を別の場所に置き、横倒しになっていた箱を抱えて元の場所に戻し始めた。
それを見て、慌てて他の者達も倒れた箱の整理を手伝った。
「そう言えば、レイルズは毎日どうしてるんだ?」
マイリーの言葉に、ルークは書いていた書類から顔を上げた。
「毎日こまめに報告してくれてますけれど、なかなか楽しそうですよ。六班の連中とはすっかり仲良くなったみたいですね」
「それなら結構。しかし、もうあんな騒ぎは御免だぞ」
「それは俺も嫌です!」
ルークの言葉に、向かいに座っていたヴィゴが堪えきれずに吹き出した。
「確かに、もうあんな騒ぎは勘弁してほしいな」
一頻り笑い合った後、ルークがレイから聞いた話を二人にしていた時、突然机の上に何人ものシルフが現れてルークを見た。
『ルーク様ダイルゼントです』
『緊急事態につきご連絡致しました』
そのシルフの言葉に、三人は驚いて顔を上げた。
シルフの口から話された倉庫での事件の報告に、何事かと身構えていた三人は、内心で密かに胸を撫で下ろしていた。
「報告ありがとうございます。怪我人はいないとの事ですが、他に問題はありますか?」
『未遂とはいえ危険な事故の報告ですので』
『保安部に報告書を残す事になりますが構いませんか?』
『事件に関わったという事で彼の名前も残ります』
「ああ、それなら問題ありません。念の為、第四部隊のダスティン少佐にも報告しておいて下さい」
『了解しました』
敬礼したシルフは、次々にいなくなった。
「まあ、その程度なら……問題と言うほどでは無いな」
「そうだな。怪我人も無し。よく頑張ってくれたんじゃないか?」
マイリーとヴィゴの言葉に、ルークも頷いた。
「そうですね。じゃあ、本人から報告が来たら褒めておきます」
「そうしてやってくれ。自分のした事が誰かの役に立ったと思える事も、大事な成長の過程だ」
マイリーの言葉に、ヴィゴも同意するように何度も頷いていた。
「閲兵式まで二十日程。大きな事故も無く終わってくれれば、もうそれで良いよ」
「そうだな。しかし、我々は、閲兵式が終わっても、直ぐに竜達の面会があるぞ。まだしばらく忙しい日々が続くな」
苦笑いするヴィゴの言葉に、二人も書類を片付けながら何度も頷くのだった。
竜騎士隊にとっては、閲兵式の後の竜達の面会は大変重要な意味を持つ。
以前、無理やり連れてこられたルークがそこでパティと出会ったように、アルス皇子以外の全員が、この面会で己の竜と出会っているのだ。
レイルズの場合は事情が異なるが、あれはまさしく異例の事だ。この国で竜騎士になる為には、この面会は欠かす事の出来ない機会なのだ。
「さて、今年はどうなるかね?」
マイリーの呟きに、答える事が出来る者はいなかった。
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