それぞれの昨日の出来事

「おかえり。楽しかったみたいだな」

 竜騎士隊の本部に戻り、ラプトルの世話をして部屋へ戻ろうとしたレイを迎えてくれたのは、先に城から戻って来ていたルークとロベリオ達若竜三人組だった。

「うん。とっても楽しかったよ!」

 満面の笑みで答えるレイルズを見て、ルークは堪えきれずに小さく吹き出した。

「なんだよ。俺達が城で忙しくしてる時に、一人だけ抜け出して街歩きを楽しみやがって!」

 ロベリオがそう叫んで、抱え込んだレイの頭をぐしゃぐしゃにした。逃げ出そうと悲鳴をあげてレイが笑う。

「ガンディからのお土産が有るよ。これで許してください!」

 抱えたままだった大きな包みを差し出す。

「あ! 雪玉だ。よしよし、それなら許してやろう」

 包みを見たロベリオが手を離してくれたので、ひとまずお土産の包みを渡して自分の部屋に戻り、いつもの騎士見習いの服に着替えた。



 そのまま休憩室へ行き、ルーク達と一緒にお茶を飲みながら街であった事を話した。

 女神オフィーリアの神殿で初めてニーカと会った事、ブレンウッドの街で会った巫女がこの街へ来ていた事。そしてその彼女が、近々精霊魔法訓練所へ通う予定で有る事も話した。

 自分では気付いていなかったが、その話をした途端に顔が赤くなったレイルズを見た四人は、内心驚きつつも頷き、揃って満面の笑みになった。

「へえ、あの時の巫女がね……」

 ルークが納得するように何度も頷き、その横では同じく笑顔になった三人が揃ってこっちを見ている。しかし、その彼らの目は、だんだんと横向いた三日月のように細くなって来た。三人が何か言いたげに互いの目を見交わし、揃って赤くなったレイルズを見た。

「へえ、ブレンウッドの街で会った巫女がねえ」

「遠く離れたオルダムで、偶然再会するなんてね」

「へえ。それはそれは……」

「どうしたの?」

 彼らの様子を見たレイが首を傾げつつ見返すと、彼らは何も言っていないのにうんうんと何度も頷いた。

「ようやくレイルズ君にも春が来たようだな」

「これはどうするべきだと思う?」

「面白そうだから、口を出してやりたいけど……」

「こら、お前ら。これに関しては妙なお節介するんじゃ無いぞ」

 何やら相談を始めた若竜三人組に、ルークが笑いながらそう言う。

「ええ、駄目か?」

「駄目。お節介禁止。これに関しては口出しも禁止します」

「ええ、ずるい!」

 口を揃えて文句を言う三人を見て、レイは首を傾げた。

「……なんの話?」

 それを見た三人は無言で顔を覆うと机に突っ伏して悶え始めた。

「こんな純粋な時期が、果たして俺達に有ったかなあ?」

「ああ、尊き初恋よ」

 ユージンの言葉に、ロベリオが芝居がかった仕草で立ち上がり、両手を広げて天井に向かって叫んだ。

 それを見たタドラが、堪えきれずに笑い出してそのまま机にまた突っ伏してしまった。

「まあ良い。しばらく黙って見守らせてもらおう」

 椅子に座ったロベリオの言葉に、レイが首を傾げた。

「初恋って?」

 言葉は知っていても、全く自覚の無い彼の言葉に、三人は堪えきれずに揃って吹き出す。

「もう良い。お前はそのままでいてくれ」

 妙に優しい声でルークがそう言って、横からレイの頭を撫でてくれた。

 まだ笑っている三人を不思議そうに見て、レイはラスティが出してくれたお土産の雪玉を齧った。

「あ、これは胡桃が一緒に入ってる。美味しいよこれ」

 ルークにそう言うと、何故か全員から笑って頭を撫でられた。

「皆、変なの?」

 お茶を一口飲んで残りを齧ると、また笑ったルークに頭を撫でられた。




 その日の夕食はルーク達四人と一緒に食堂へ行き、部屋に戻った後は、休憩室でロベリオ達に陣取り盤を教えてもらって過ごした。

「明日は、訓練所へ行ってもらって構わないよ。その次の日は、お帰りになるオリヴェル王子のお見送りだから、それにはお前も参加だぞ」

「僕も参加して良いの?」

 思わず顔を上げると、ルークが笑って頷いた。

「お前がタキス殿と一緒に森へ帰った時、俺達が竜と一緒に見送りに行ったのを覚えてるだろう? あの時みたいに、竜と一緒に空から見送るんだ。それなら、他の人達には竜の姿は見えても、お前の姿は遠目にしか見えないからね」

 目を輝かせるレイを見て、皆も笑顔で頷いてくれた。




 翌日は、言われた通りに訓練所へ行き、いつものように午前中は、マーク達と一緒に自習室を借りた。

「今日は、リンザスとヘルツァーは来ていないね」

 図書室で本を探しながらそう言うと、キムが教えてくれた。

「今日はオリヴェル王子をお招きして、第二部隊で歓迎行事があるって言ってたから、あいつらも参加してるんじゃ無いか?」

「歓迎行事?」

 本を持ち直したレイが尋ねると、少し考えて詳しく教えてくれた。

「国賓って分かるか? 国として公式にお迎えして接遇する重要な方の事を言うんだ。今回のオリヴェル王子はもちろんそれに当たる。なので、お城では晩餐会が催されたり、色んな歓迎行事が行われる。つまり、ようこそ我が国にお越しくださいました! って態度で示すわけだ。軍隊だったら、整列してお出迎えはもちろん、武術をお見せしたりする事もあるよ」

「……昨日は、それこそ前日から眠れないくらいに緊張したよ」

 隣で同じく本を選んでいたマークの言葉に、レイは振り返った。

「え? 昨日何が有ったの?」

 不思議そうにマークを見ると、彼は本を抱えて自習室を指差した。

「まずは戻ろう。そして昨日の俺の苦労を聞いてくれよ」

 その時、ロッドとチャッペリーがマークの肩を叩いた。

「おお、昨日の英雄様のお出ましだ」

「見事だったぞ。オリヴェル王子もお喜びだったそうじゃないか」

 彼らもマークと同じく第四部隊の服を着ている。キムと同じでここの研究生だそうだ。レイも何度か自習室でご一緒させてもらって、分からない所を教えてもらったりした事がある。

「おはようございます。何が有ったの?」

「ああ、おはようございます。ええ? 聞いてないのか? 昨日、彼は大活躍だったんだぞ」

「ああ、俺達も見ていて感心したよ。腕を上げたじゃないか」

 レイの挨拶に、二人も挨拶を返して笑った。

「今からその話をする所です。よかったら一緒に自習室へ行きますか?」

 キムの言葉に二人は笑って首を振った。

「残念だけど、今から教授が来てくださるから研究室に行かなきゃいけないんだ。それじゃあまたな」

 手を振る二人を見送って、レイはマークを振り返った。

「何が有ったの? 英雄って?」

「……とにかく自習室へ戻ろう。話はそこでな」

 ため息を吐いたマークの言葉に二人も頷いて一旦自習室へ戻った。



「それで、何が有ったの?」

 わくわくしながら本を置いて尋ねると、マークとキムは苦笑いしながら本を置いてそれぞれ席に着いた。頷いたレイも、開けてくれた二人の間に座る。

「昨日は、第四部隊でオリヴェル王子の歓迎式典が有ったんだよ。うちは知っての通り全員が精霊魔法の使い手だろう? だから、当然歓迎式典にも精霊魔法が取り入れられる。オリヴェル王子は竜の主だから、もちろん精霊魔法はお使いになられる。レイルズやマークと同じで、光の精霊魔法もお使いになられるんだよ。で、現在の第四部隊では人間で光の精霊魔法を使えるのは彼だけなんだ。竜人の兵士は全部で六名いるんだけれどね。今、王都にいるのは四名だ。それで、その彼らと一緒に光の精霊魔法をお見せしたんだ」

「ライトやフラッシュだけでなく、光の精霊達を点滅させて輪になって踊らせたり、光の盾をつくってみせたり、物の見た目を変える写しの技もお見せしたよな。それから、全員で最後に変化の術をお見せしたんだ。あそこまで本格的な変化の技は初めてで、正直言って足が震えたよ」

「マークは変化の術を使えるの?」

 目を輝かせるレイに、マークは苦笑いして首を振った。

「俺一人じゃ無理だよ。普段、俺に光の精霊魔法を教えてくれている上官が中心になって、本格的な魔法陣を描いてくれたんだ。俺にはあんな複雑なのは絶対に無理。それで、籠に入れた大きな鳥の羽の色を変えるのをお見せしたんだ。殿下はとても喜んでくださってね。俺達に直々にお褒めの言葉を賜ったよ」

「へえ、鳥の羽の色を変えるって面白そう」

 感心したように笑うレイに、マークは疲れたように笑った。

「成功して良かったよ。あれで失敗していたら本気で左遷されてたかも」

 それを聞いたキムが、堪えきれずに横で吹き出した。

「まあ、それに関しては冗談じゃ無いからな。本当に成功して良かったよ。見てる俺まで緊張して足が震えたもんな」

 驚くレイに、キムが内緒話をするように顔を寄せて話す。

「過去には、実際に歓迎式典で上手く魔法が使えなかった奴が左遷されたなんて話もあるんだよ。まあ、国を挙げての歓迎式典で失敗は許されないからな」

「うわあ、ご苦労様。成功して良かったねマーク」

 レイの言葉に、マークもようやく安心したように笑った。

「まあ、そんな訳で、昨日は生きた心地がしなかったんだよ。それで、その後の夕食会で、さっきの光の精霊魔法を使った兵士の話が聞きたいって殿下が仰られたらしくてね、さすがに農家出身の俺にそんな席に行ける訳が無いだろう。相談の結果、上官殿が行ってくださったよ」

「行けばご馳走が食べられたのに」

 からかうように笑うキムに、マークは舌を出した。

「辺境農家出身の俺が、お貴族様の行儀作法なんて知る訳ないだろうが! それこそ、そんな席にのこのこ顔を出したら、無礼の連続で叩き出される未来しか見えないよ」

「うん、覚える事がいっぱいで僕も森のお家へ帰りたくなってるもん」

 グラントリーから教えられる、覚えるだけでも疲れる行儀作法の数々を思い出して遠い目になるレイルズを見た二人は、また堪える間も無く吹き出した。

「そっか、ここにいたな。辺境の森出身の奴が。頑張れよ!」

 両側から慰めるように頭を撫でられて、顔を上げたレイは舌を出した。

「何ならマークも一緒に覚える? 知識と教養はあっても邪魔にならないから、覚えておいて損は無いよ」

「謹んで遠慮させて頂きます!」

 机に突っ伏して叫ぶマークを見て、キムはもう一度盛大に吹き出したのだった。

「ええ、そんな事言わずに一緒にやろうよ!」

 マークを捕まえてレイルズも声を上げて笑った。



 子供のように戯れ合う彼らを、本棚に座ったシルフ達が呆れたように笑いながら眺めていたのだった。

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