新しい友達と悪意の芽
周り中から無言の驚きの視線で見つめられる中、五人は一緒に図書館に向かった。
そして、図書館にある自習室をキムの名前で借りて、いつもやっているように各自好きな本を好きなだけ持ち込んでそれぞれに自習を始めた。
一番初心者のレイは、読んだ方が良いと言われた本を片っ端から読み、その隣に座ったマークは、自分の勉強範囲の資料を片手に、教授から出された宿題や予習復習を行なっている。キムは自分の研究の為の資料を大量に持ち込んで、持参のノートにひたすら書き写す作業に没頭した。
テシオスとバルドも、無言で各自好きな本を取ってきて、レイの隣に並んで読み始めた。
しばらく、無言の時間が過ぎていく。聞こえるのはページをめくる音と、文字を書く時のペンの音だけだ。
「えっと……」
本を読んでいたレイが、困ったように顔を上げた。となりのマークを見たが、彼はその時魔法陣の展開に関する難しい計算をしている真っ最中だった。
眉間の深いシワを見て、レイは質問するのを諦めた。
「……どうした?」
その時、隣にいたテシオスが、小さな声でそう言って覗き込んできた。
「えっと、ここの章がよく分からないの」
レイが指差したのは、読んでいた本の新しい章で、精霊魔法の系統の展開と消失に関する項目だ。
「まだ習ってないんだから、お前は分からなくて当然だろう? それに、どうせこんなの、今更俺達には関係無いんだから、読んで記憶するだけ無駄だろ?」
「え? そうなの?」
思わず、レイとテシオスはしばらく無言で見つめあった。
「お前さ……もしかして、精霊魔法に関する事は、完璧に理解して、何もかも全部覚えなきゃならないとでも思ってるのか?」
当然のように頷くレイを見て、テシオスとバルドは呆れたようなため息を吐いた。いつの間にか、マークとキムも顔を上げてこっちを見ているが、同じ様に呆れた顔をしている。
「だって、その為にここに来ているんでしょう?」
「おい、俺は別世界の未知の異種人と話してるんじゃ無いよな」
無邪気に答えるレイに、呆れたような口調を隠しもせずにテシオスがそう言う。バルドとマークとキムも、隣で何度も頷いている。
「どうして? だって……ここはその為に学ぶ場所なんでしょう?」
振り返ってマークを見つめると、彼も困ったように苦笑いしてレイの肩を叩いた。
「真面目なレイルズ君に必要なのは、どうやらお勉強じゃ無くて、その逆の手抜きをする事みたいだな」
「手抜きは駄目だよ。ちゃんとしないと!」
慌てたように叫ぶレイを見て、四人はほぼ同時に吹きだした。
「おいお前、本当に一体何処の異世界から来たんだよ」
「本当だよ。こんな真面目な奴初めて見たかも」
テシオスとバルドがそう言って笑っているが、その顔は決して馬鹿にしたりしている風では無い。マークは、テシオスが年相応の顔をして笑うのを初めて見て、ちょっと感動していた。
小休止を挟んで勉強を再開する頃には、五人はすっかり打ち解けて仲良くなっていた。
テシオスとバルドは、今まで実技は全く駄目だったのだが、二人共、実は座学はほぼ全部の単位を取っているらしく、意外な事に教えるのが上手かった。
何も知らないレイに、二人は自慢気に読んだ方が良い本や勉強の仕方を教えていた。
それは、言い方が若干上から目線な点を除けば、充分面倒見が良いと言われる程だった。
「だって、俺は座学はどれも満点だぞ。教えるのが上手いのは当たり前だろうが」
「俺もほぼ満点だぞ」
自慢気に胸を張る二人に、マークとキムは音を立てずに拍手する真似をした。
「そうなの。すごいね」
無邪気に感心するレイに、テシオスは思わず照れて横を向く。
自分に向けられた家族以外からの手放しの賞賛なんて、恐らく初めての事だろう。
「たいした事ないさ。普通に勉強すれば、こんなの誰でも出来るぞ」
照れている事を隠すようにそう言うと、目の前に積まれた本の山から分厚い本を一冊手に取った。
「じゃあ次はこれを読んでみろよ。系統の基礎の考え方が載ってる。必要な部分だけ教えてやるからそこだけで良い。それならすぐに読めるぞ」
そう言って本を開き、何箇所かに栞を挟んで渡した。
「ありがとう。読んでみるね」
すぐに本に没頭するレイを見て、テシオスは顔を上げてマークを見た。
「こいつって、いつもこんな風なのか?」
「そうだよ。まだ勉強を始めたばかりだから知識が無いのは当然だけど、知らない事を貪欲に吸収しようとする意欲はすごいよ。それに集中力もね。もう俺達の声は絶対聞こえてないぞ」
マークの言葉通り、レイは自分の事を言われているのに、顔も上げなかった。
「変な奴」
笑みを含んだ声でテシオスがそう言い、また自分の本を読み始めた。
午前中いっぱい、そんな感じで自習室で過ごした五人は、早めに揃って食堂へ向かった。
そこでも無言の注目を浴びる事になったが、何事も無かったかのように和気藹々と食事を楽しんだ。
少なくともレイ以外の四人は、内心は色々思うところはあったが、皆素知らぬ顔で平然としていた。
食後の薬を飲んで、カナエ草の茶葉をお湯の入ったポットに落としてから、レイはタルトとチョコクッキーの入ったお皿の乗ったトレーを持って、皆のいるテーブルへ戻った。
「あれだけ食べて、まだ食べるのかよ」
バルドの呆れたような声に、レイは舌を出した。
「大丈夫、甘い物は別腹と申しましてな」
レイが態とらしい声でそう答えると、四人だけで無く、周りにいた者達まで吹きだした。
「懐かしい! それ何だっけ……」
「嘘つき男爵!」
「え、そうだっけ? 」
「ああ、そうだ!」
「ええ、違うだろ? 冒険伯爵の物語……じゃなかったけ?」
「あれえ、どっちだっけ?」
混乱する周りの者達の会話を聞いて、密かに冒険伯爵の物語も探してみようと思っているレイだった。
「それじゃあまた明日」
午後からは各自授業があるので、今日は一旦解散になった。
手を振って教室に入るレイルズと、別の教室に入ったテシオスとバルドを見送って、マークとキムは顔を見合わせた。
「意外に良い子達だったな」
ポツリと呟いたマークの言葉に、キムも頷きながら答えた。
「まあ、考えてみたらあいつらもまだ未成年なんだからさ。今までが変だったんじゃないか?」
「かもな。何処かで苛め始めたら、引っ込みがつかなくなっただけだったのかも」
「マーク君は、あれだけ酷い目に合わされてたのに、またずいぶんとお人好し発言だな。俺はちょっと意外だったよ。お前やレイルズがあいつらを受け入れたのがさ」
「だって……一応向こうから謝って来た訳だし、別に俺は苛められたからって根に持ったりしてないよ。あんなのどれも可愛いもんだよ。子供の癇癪に毛が生えた程度さ」
「可愛い?」
何でもない事のように言うマークの言葉に、聞き逃せない言葉を拾ってキムは思わず聞き返した。
「そうさ。だって、実害って言ったって、服を濡らされるか、せいぜい叩かれる程度だったろ? 痣も出来ない程の。 物が無くなるのは正直ちょっと困ったけど、あれは多分テシオスじゃ無くて、周りにいた、テシオスに同調して一緒になって苛めてた奴らの仕業だと思うぞ」
キムは、マークと一緒にいた時に、せいぜいぶつかられたり物を落とされたりした程度だ。それでも腹に据えかねていたのだが、マークは全く気にする様子が無い。
「だってさ、田舎の農村では嫌がらせされるって言ったら、そんなもんじゃ無いぞ。生まれたばかりの黒頭鶏の卵を盗られた時と、新芽が出たばかりの畑に糞尿をそのまま撒かれた時には、本気で犯人を殺そうかと思ったよ」
「何だよそれ」
呆れたようなキムの声に、マークは苦笑いしている。
「俺のところじゃなかったけど、仔牛に下剤を飲まされた時には、被害者が村長の所に訴えて大きな町の役所から調査の為の軍人が来ていた、なんて事もあったぞ」
「それは……どれも嫌がらせじゃ無くて犯罪だと思うぞ」
「田舎では、そう言うのも喧嘩で済まされるんだよ。今から考えたら、あんな閉鎖的な所にはもう絶対戻りたく無いね」
情けなさそうにそう言うマークに、キムは小さく笑った。
「心配しなくても、光の精霊魔法が出来るお前を、第四部隊は絶対手放さ無いから安心しろ」
「でも……俺は知らなかったけど、精霊達の事を子供の時は見えていたのに、いつの間にか見えなくなったんだよ。そんな風に或る日突然、精霊達の事がまた見えなくなったりしないか?」
マークの不安の理由を知って、キムは背中を力一杯叩いてやる。
「今のところ、それがあり得るのは、ものすごく精霊達が嫌がる事をして、彼女達に心底嫌われたり見限られたりした奴だけだよ。子供の時に見えていて、大人になった時に見えなくなるのはよくあるんだ。その場合は、お前みたいに急にまた見えるようになる奴の方が珍しい。大抵はそのまま見えずに一生終わるぞ」
マークはそれを聞いて、砦の食堂で最初に精霊の事を教えてくれた名前も知らない年配の兵士を思い出した。
「そっか、気をつけるよ。でも彼女達が嫌がる事って何だろうな? すぐには思いつかないよ」
マークの呟きに、周りにシルフ達が現れて彼の髪の毛を引っ張り始めた。
『内緒』
『内緒』
『でも私達が嫌な事は貴方も嫌よ』
『そうそう』
『そうそう』
二人はそれを聞いて笑って頷いた。
「そっか、もし俺が君達が嫌な事しそうになったら、遠慮無く止めてくれよな」
腕に座ったシルフにマークがそう言うと、彼女は笑って頷き腕を叩いていなくなった。
「さてと、俺も授業が始まるから行くよ。お前はまた図書館か?」
伸びをしながら振り返ったマークにキムは頷いた。
「ああ、それじゃあまた後でな」
教室に入るマークを見送って、キムは自分の勉強をする為に図書館へ戻って行った。
午後の苦手で憂鬱な授業が終わったレイは、疲れ切って出て来た廊下でため息を吐いた。
「さあ、帰ろう。そろそろ護衛の人が迎えに来てくれてる筈だ。待たせたら申し訳ないもんね」
気持ちを切り替えるようにそう言って、ノートやペンの入った鞄を持ち直すと、レイはすれ違う教授達に挨拶しながら表に出た。
「レイルズ、また明日な!」
「またな!」
声に振り返ると、迎えの竜車に乗ったテシオスとバルドが手を振っていた。引いているのはトリケラトプスでは無くて、二頭並んだ大きなラプトルだ。
「また明日ね」
レイも笑顔で手を振って、走り去る馬車を見送った。
「お疲れ様でした。今のは? マーク上等兵ではありませんでしたね?」
迎えに来てくれた第二部隊の兵士が、馬車を見ながらそう言った。
「えっと、今日一緒に勉強をしたの。テシオスとバルドって言って、よく知らないけど偉い人の息子さんなんだって」
「……そうですか。仲良くされるなら、それが一番ですね」
当然、護衛の者もテシオス達の事は聞いていたが、怪我でもしない限り基本的には口出し無用と言われている。
「お待たせ。戻ろう」
自分の鞍を乗せたラプトルを撫でてやり、一気に跨ったレイは護衛の兵士と一緒に兵舎へ戻って行った。
「へえ、向こうから謝って来たのか。それで仲直りしたって?」
兵舎で迎えてくれたルークに、今日会った事を休憩室でお茶を飲みながら報告していた。
「一年も訓練所でお勉強してるから、座学は全部単位を取ってるんだって。実技で苦労してたらしいけど、謹慎中に来てくれた先生の教え方がすごく良くて、すぐに出来るようになったんだって。今日、いくつか実技の試験をするって言ってたから、単位、上手く取れてると良いのにね」
ルークはちょっと意外な気持ちでその話を聞いていた。
「ま、元々は素直な性格だったのかもな。周りに祭り上げられて調子に乗って、引っ込みがつかなくなっていただけだったのかもな」
ルークは実際にテシオスやバルドに会った事は無い。会っていればまた別の意見があったかもしれないが、話を聞く限りもう問題ないように思えた。
「まあ、また何か問題があったらいつでも言ってくれよな」
「はい。でも大丈夫だと思うな」
簡単にそんな事を言うレイを、ルークは若干呆れた顔で見ていた。
一方、家に戻ったテシオスは、自室でモルトバールと一緒に、執事が入れてくれたお茶を前に話をしていた。
「そうですか、仲良くなれましたか」
「案外単純そうな奴だったよ。全然知識が無くてさ。ちょっと教えてやると、尊敬の眼差しでこっちを見るんだぜ。笑っちゃうよ」
「そうですか。単純な知識の無い子なら教え甲斐がありそうですね。いかに貴方が優れているか、その子に思い知らせてやりなさい」
モルトバールは優しい声でそう言い笑っている。
「今日、実技の初級の単位はほぼ全部取れたよ。次回から魔法陣の項目が追加されるんだって」
最後のケーキを食べて、嬉しそうに言うテシオスに、モルトバールも満足そうに頷いた。
「では、魔法陣の講習が終わったら、例の悪戯をやってみると良いですね。もしも叱られたら、魔法陣を実践してみたかったって言えば良いですよ。訓練所の教室は、守護の結界が張ってありますから、あの程度の召喚魔法では危険はありませんからね」
「うん、皆の驚く顔を見るのが楽しみだよ」
テシオスにとっては、悪意のない悪戯をすると言うのは、逆に初めてだ。周りがどんな反応をするのか、今から楽しみで仕方がなかった。
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