試着と最大の問題点
補助具を装着したマイリーは、ベッドに手をついて全員が見守る中ゆっくりと立ち上がった。
これはいつもしている動きだが、立ち上がった瞬間マイリーの表情が変わった。
「え? これは一体……」
不思議そうに、自分の左足を見つめいている。
「どうじゃ。全く違うだろう」
「ええ……何というか……誰かに膝の両側を支えられてるみたいだ。これは……」
「歩いてみられよ。驚くぞ」
ガンディの言葉に、数歩下がったヴィゴが振り返って両手を広げて頷いた。顔を上げたマイリーもそれを見て真剣な顔で頷いた。
「最初は、右足から出した方が歩き易いそうだ」
ガンディの言葉に小さく頷くとゆっくりと右足を出した。不自由な筈の左足は、片足でもしっかりと支えている。そのまま一歩前に進み、次に左足をごく自然な流れでその前に出した。
周りから歓声が上がる。
「あ、歩ける。歩けるぞ!」
ゆっくりと、だが確実に一歩ずつ進んでヴィゴの元に辿り着いた。
声を上げてヴィゴがその身体を抱き締めた。
「凄い! 凄いぞ!」
泣きながら何度もそう叫ぶヴィゴに、マイリーも抱き着いたまま無言で何度も頷いていた。周りでは若竜三人組が、大喜びで泣きながら抱き合ったり手を叩き合ったりしていた。
「マイリー、今度はこっちへ!」
アルス皇子の声に顔を上げたマイリーは、ヴィゴから手を離して振り返った、その動きもごく自然で違和感は無い。
またゆっくりと歩き始め、そのまま皇子のすぐ前までやって来た。二人は無言のまましっかりと握手を交わした。
「そのまましゃがむ事も、飛び跳ねる事も出来るぞ」
その言葉に、二人揃ってガンディを振り返る。
「冗談を言わないでください」
「そうですよ、幾ら何でも……」
しかし、ガンディだけでなく、モルトナとロッカ、ルークとレイルズまでが揃って頷いている。
顔を見合わせた皇子が少し離れた。
「しゃがんでみてくれ」
いつでも支えられる位置でそう言う皇子に、マイリーも真剣な顔で頷いた。その場でゆっくりとしゃがんで、驚きに目を見開く。
「立ち上がる時は、右足に手を掛けて勢いをつけて起き上がると良いそうじゃ」
ガンディの言葉通りに、右足に右手を置いて押すようにして立ち上がる。
「ええ! 本当に立ち上がった」
「どうなってるの。これ!」
ロベリオとユージンがそれを見て叫ぶ。立ち上がったマイリーも、自分の動きに驚いて言葉が出ない。
「飛び跳ねてみられよ。それも簡単に出来るぞ」
言われるままに、少ししゃがんでそのまま飛び跳ねる。軽々と飛び上がった身体に、ほぼ全員の口から歓声が上がった。
「ってか、怖くなって来た。これって本当に
「本当にこれ……夢を見てるんじゃ無いよな」
ユージンの呟きに、呆然と頷きながらロベリオもそう呟き、そのまま隣にいたタドラの頬を
「痛い痛い! ロベリオ! するなら自分の頬にして!」
いきなり抓られたタドラがそう叫んで、ロベリオの頬を抓り返した。
「痛い! やっぱり夢じゃ無いみたいだな……でも、本当に妖の技だったらどうしよう」
目の前で見ても信じられない驚きの光景に、若竜三人組が妙な事を言い出す。
「こらこら。其方達、信じられぬ気持ちは分かるが失礼な事を言うな。これは紛う事なきドワーフの技じゃ。本当に、バルテンにはどれだけ感謝しても足りぬ」
もう一度、確認するように飛び跳ねているマイリーに、ガンディが嬉しそうに言った。
「其方なら出来るだろう。ヴィゴのところまで走ってみろ。リーザンは筋肉がかなり弱っていたから無理はさせられなかったが、理論上は走る事も出来る筈だぞ」
目を見開いたヴィゴが、閉まった扉のすぐ側まで走って下がった。
「マイリー! 走ってここまで来てみろ!」
再び両手を広げて叫ぶ彼の元に、マイリーが一歩目を踏み出す。そのまま一気に駆け出す彼を見て、また全員が歓声を上げた。
「ヴィゴ!」
広げた胸に、そのままの勢いで飛び込んだ。
「ああ……精霊王よ、感謝します。心から感謝します」
何度もそう呟いて号泣するヴィゴに縋り付いて、マイリーも声を上げて泣いた。
まだ興奮冷めやらぬ一同だったが、一旦ベッドに戻って座ったマイリーは、自分の足に装着された補助具を見て顔を上げた。
「それで、これの仕組みを教えてください。一体、この奇跡の道具はどう言う仕組みなんですか?」
そこで、モルトナとロッカが、伸びる革の見本や設計図を見せながら、補助具の詳しい構造や仕組みを説明した。
黙って最後まで聞いていたマイリーは、説明が終わると顔を覆って大きなため息を吐いてそれっきり俯いたまま黙ってしまった。
喜ぶ訳でも無く、何の反応も無くなったマイリーに全員が戸惑う。
「おい……どうした?」
ヴィゴが恐る恐る声を掛けると黙ったまま顔を上げたが、その顔は真剣そのものだった。
それどころか、その顔は怒っているようにさえ見えた。
戸惑う一同に見向きもせず、マイリーはもう一度俯く。
「ルーク」
「は、はい!」
その真剣で強い声に、ルークは反射的に直立して返事をする。
顔を上げたマイリーは、もう一度、確かめるようにゆっくりと立ち上がった。
「それからレイルズ、モルトナ、ロッカ。そしてガンディにも。今回のお前達の働きに心から感謝するよ。本当にありがとう。しかし、これは大変な事だ」
「そ、それは初めての物を作った訳ですから……」
戸惑うルークに、マイリーは首を振った。
「いや、そうでは無い。お前達は全く分かっていないようだが、これは大変な事だ。奇しくもロベリオとユージンがさっき言った言葉がいい例だ。妖の技では無いかと言っただろう。人は未知の物に対して、無意識のうちに恐怖心と忌避の心を抱く。それは一つ間違えれば容易く他人を攻撃し差別する理由になる」
「それは……」
口を開きかけたロベリオだったが何も言えず、二人とタドラは困ったように互いの顔を見て首を振った。
「正直言って、今のマイリーの動きは目の前で見ても信じ難い程です。俺達でさえそうなんだから、確かに……城の口さがない連中が何を言うか想像がつきます」
「そんな……せっかく出来上がったのに、じゃあ使えないんですか?」
思わず叫んだレイの言葉に、マイリーは苦笑いして首を振った。
「いや、そうでは無い。こんな大発明を使わない手は無いよ。俺だけでは無い、戦場で怪我を負って不自由な身体になった兵士は多い。この補助具は彼らの希望の光になるだろう。但し、世に出す際には少々仕掛けが必要だな」
「仕掛け?」
意味が分からず首を傾げるレイを優しい目で見たマイリーは、一転して真剣な顔でルークを見た。
「はい! 何でしょうか!」
また、直立するルークに、マイリーは態とらしく大きなため息を吐いてみせた。
「今回は、珍しくお前の失態だな」
「ええ?何処がですか!」
納得いかないと言わんばかりに叫ぶルークを、マイリーは鼻で笑った。
「俺には、お前が気付いていない事が驚きだよ。何故、そのギルドマスターのバルテンを、歩く人形と一緒にここへ連れて来なかった?」
「え?……あ! しまった! そういう事か!」
突然そう叫んだルークが、いきなり頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「うう、仰る通りだ。大間抜けだよ俺……。ブレンウッドまで行って、何で気付かなかったんだろう」
意味が分からず困っている周りの者に構わず、立ち上がったルークはもう一度マイリーを見た。
「どうします? 改めて迎えに行きましょうか?」
ルークは本気でもう一度ブレンウッドへ行くつもりだったが、マイリーは歩いて側まで行き、笑って彼の肩を叩いた。
「いや、そこまでする必要は無い。ブレンウッドのバルテンと連絡を取って、出来るだけ早急にオルダムにその歩く人形を持って本人が来てくれと頼めばいいよ。それならしばらく時間があるから、俺も準備が出来る」
「分かりました。すぐに連絡を取ります」
そう言って、そのまま部屋を出て行こうとするルークに、ロベリオが叫んだ。
「待って! 二人だけで納得しないで、未熟な俺達にも解るように説明してください!」
隣ではユージンとタドラが同意するように何度も頷いていた。思わずレイも隣に並んで手を上げた。
「はい! 僕も分からないので説明してください! お願いします!」
それを見たルークが、もう一度ため息を吐いた。
「つまりこういう事だよ。この補助具を隠していきなり歩いて見せるんじゃ無く、まずはバルテン本人の手で、大勢のいる謁見の場で、陛下に例の歩く人形を献上してもらう。間違いなく陛下はお気に召すだろうからね。そうすると、当然これはどういう仕掛けだって話になる。そうしたら彼の口から、伸びる革の説明や球体関節や可動関節の説明をしてもらう。そうすれば、これがドワーフが開発した新たな技術だって事が公になる訳だ。その際に彼の口から、怪我をした人の為の補助具を作れないか考えているって話をしてもらえれば尚良い。そうすればマイリーが歩いて見せても、驚かれはするだろうけれど、皆、そのバルテンが作った補助具を使ったんだって考える訳」
「よく出来ました。分かったか? 俺達には常に人目が付きまとう。そして、竜騎士は、常に人の規範となる事も求められている。例え誤解であっても、妖の技に手を染めたなどとは絶対に思われてはならない」
ルークの説明に、満足したマイリーが笑ってロベリオ達を見た。彼らも納得したようで、顔を見合わせて何度も頷き合っていた。
「俺達にも、ものすごくよく分かりました。確かにそれならば上手くいきそうだ。それで、マイリーがする準備って何ですか?」
ユージンの言葉に、マイリーは自分の左足を見た。
「これ、本来は服の下に装着すると考えているんですよね?」
「ああ、そのつもりだが何故だ?」
ガンディの言葉に、マイリーは笑顔になった。
「これは隠すのは勿体無いですよ。但し、そのままだと何と言うか……あまり見た目がよろしく無いですよね」
確かに、今のマイリーは、左足を革のベルトで何重にも縛られているようにも見える。
「まあ、確かに……」
落ち着いて見れば、確かに余り見た目は良く無いだろう。言葉を濁した皇子に、マイリーも苦笑いしている。
「そこで、モルトナとロッカにもう一仕事してもらおう」
マイリーの言葉に、二人が直立する。
「言ってください。我らは何をすれば良いのですか?」
「我らに出来る事ならば、何でも致しますぞ」
二人の返事に、マイリーは左足を叩いた。
「この役立たずの左足に、革か或いはミスリルで、義足か鎧のような補助具の覆いを作ってもらいたい。隠すのでは無く、補助具を付けているのだと堂々と見せてやれば良い」
「あ、成る程! そう言う事か!」
「変に隠すのでは無く、堂々と補助具を装着している事を見せる訳ですな。確かに、その方が理解を得易いでしょう」
モルトナとロッカがそう叫んで顔を見合わせた。
「ミスリル? いやそれよりも全体を革で作って細部にミスリルの細工を作るのが良いのでは?」
「確かに、それが良さそうですね。なら、マイリー様の鎧を参考にして、本体部分を革で作りますので、連結部分と細部にミスリルの細工をお願いします」
「そうしよう。おお、これは腕がなるぞい」
いきなり興奮して相談を始めた職人二人に、周りは呆気にとられた。
「念の為、もう一度マイリー様のお身体のサイズを測らせて頂きます」
「そうですね。多少サイズが変わっているでしょうから、計測は必要ですね」
やる気満々の満面の笑みで振り返った二人に、思わず後ろに下がるマイリーだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます