街歩きとオルダムに潜む影

「それでは、見ていてくださいね」

 自慢げなリーザンの声に、ルークとレイは揃って頷いた。

 今、彼らがいるのはドワーフの造園師達が作ってくれた訓練室だ。改良してかなり簡略化されて軽くなった補助具を装着して、歩行訓練を行なっている。

 運び込まれた訓練用の階段は、段数が増えて十段になっている。彼はその階段をレイ達の見ている前で手すりを使わずに、上まで登り楽々と下りて来て見せたのだ。

 拍手する二人に、リーザンは膝を撫でながら嬉しそうに笑った。

「この可動関節が支えてくれている感じは、本当にすごいですね。改良されて、装着も一度で済むようになりましたし、とにかく安定性が抜群です。これなら歩いていても恐怖心は有りません。それに坂道も下り坂も歩けるようになりましたよ」

 そう言って、次々と歩いて見せてくれた。地面にコブが出来た見るからに歩きにくそうな場所も、大きなヒビが入った場所も、易々と歩く事が出来る。

 小さな植え込みを、片足で跨いで渡る姿を見た時には、レイは思わず支える為に駆け寄った程だ。

「すごい!もう完璧じゃないのかこれって」

 拍手しながら、二人揃ってガンディを見ると、彼は満足そうに頷いた。

「試作品としては、これで完成ですな。今日から、膝の両側に当てる可動関節を合成金属で作る作業に入っております。これにはロッカが立ち会っておりますので、彼に任せておけば問題無いかと。モルトナとバルテンは、改めて正確な設計図を描き直しているので、彼らの仕事が終われば帰りますぞ」

「じゃあ、もう近いうちにオルダムに帰れるんだね」

 レイの言葉に、ガンディは苦笑いした。

「ただ、可動関節を金属で作るには少々技術と慣れが必要らしい。なので、ロッカが良しと言うまでは、逆に言うと帰れませんぞ」

 納得した二人は顔を見合わせて頷き合った。

「でも、そのパーツがこの補助具の一番の要だもんね。マイリーの為にも、時間は掛かっても良いから納得出来るものを作ってもらわないと」

「そうだよな。どうせ俺達は待ってるだけだし。じゃあ今日はどうするかな?」

「せっかくだから、街へ出かけてみる?」

「おお、それなら儂も行きたいな」

 もう自分の仕事が無くなったガンディも笑ってそう言ったので、午前中いっぱいはリーザンの訓練に付き合って、昼食の後は午後から三人で出掛ける事にした。




 ラプトルに乗った三人は、のんびりと街の中を並んで歩いていた。

「それで、どこに向かっとるんだ?」

 一番後ろのガンディが面白そうに周りを眺めながらそう尋ねる。

「旧市街地に向かってます。レイが昨日は参拝出来なかったんでね、改めて揃ってエイベル様にご挨拶に。まあ、その後はのんびり買い食いでもしながらあちこち見て回るつもりです」

「良いな。それは楽しそうじゃ」

 それを聞いて、子供のように目を輝かせるガンディを見て、レイとルークは呆れたように笑っていた。



「おお、旧市街に入った途端に、街並みが変わったな」

 辺りを見回しながらガンディが呟く。

「そうですね。ここは整然と街並みが整っている分、オルダムより綺麗ですね」

 感心したようなルークの言葉に、レイは驚いた。

「オルダムにこんな所は無いの?」

 大きな建物の庭に咲く、真っ赤な花を見ながら尋ねると、二人はちょっと考えてから首を振った。

「オルダムで言う旧市街地とは、貴族達が住んでいる一の郭の別称じゃ。あの辺りは、建物も大きいし一見の価値ありじゃが、一般人は入れないからな」

「そうですよね、それより外になると……入り組んでて常に何処かに城壁が見えるから、こういった真っ直ぐな道って殆ど無いんだよね」

「道がすごく複雑だって聞いたけど、本当にそうなんだね」

 また二人は顔を見合わせて、同時に吹きだした。

「うん、まあそうだな。だけどお前が市街地に出る時は、ちゃんと案内してやるから心配するな」

「お願いします。聞く限り僕は迷子になる自信があるよ」

「胸張って言うんじゃねえよ! そんな事」

 ルークの言葉に、三人揃って笑った。




「あれ……あの巫女様だ」

 不意にレイが驚いたような声を上げた。

「こんな所で、何をしてるんだろう?」

 レイが見ている場所には、あの、女神オフィーリアの神殿の巫女のクラウディアが数人の巫女達と一緒に、僧侶達に連れられて家々を回って孤児院への寄付を募っている声が聞こえた。

 黙ってその様子を見ていると、中には怒鳴って追い返す家もあり、寄付集めは中々苦労しているようだった。

 それでも一軒一軒丁寧に回って、寄付を募っている。

 レイはそれを見て、思わず手綱を握りしめた。

「この前、タキス達と一緒にここに来た時、女神オフィーリアの神殿で泣いてる子を見つけたの。女神様に母さんの面影を見て泣いていたんだよ。その時に、教えてもらった。どこの孤児院も親を亡くした子供でいっぱいで、思うようなお世話が出来ないんだって……あんな事してお金を集めてるんだ……」

 その様子を見たルークは、ガンディを見た。彼も大きく頷く。

「レイルズ、良い事教えてやるよ」

 改まった口調に驚いて顔を上げると、ルークは彼女達を見ながら教えてくれた。

「俺達竜騎士は、個人的に基金を設立する事が出来る。お前はまだ見習いだから出来無いけどね。だから、孤児院を支援したいと思ったら、竜騎士になった時には、そう言った基金を設立して貴族達から寄付を募ればいい」

「すごいね……竜騎士はそんな事も出来るんだ。でも、今、困ってる人達は助けられないね……」

 別の大きなお屋敷の勝手口に集まっている彼女達を見て、レイは小さなため息を吐いた。

「俺とタドラは、オルダムでは既に共同でそんな基金を作ってるよ。じゃあこうしよう。俺が代表になってやるから、ブレンウッドにも孤児院支援の基金を作ろう。後でバルテンに相談して、窓口になってもらえるか聞いてみるよ。それなら良いだろう?」

「良いの?」

 縋るような目をするレイに、ルークも頷いた。

「俺も金の無い苦労は身に染みて知っているからね。せめて、国の未来を担う子供達には腹一杯食べさせてやりたいよ」

「ありがとう。えっと、その時には、僕もせっかくだから協力させてください」

「そうだな、じゃあ一緒にやろう。戻ったらバルテンに相談してみるよ」

 そう言って頷くと、ルークはゆっくりと彼女達の側にラプトルを寄せた。

「巫女様方。良ければ寄付を」

 そう言って、ポケットから金貨を取り出して、手を伸ばして差し出された箱の中にそれを落とした。

 レイもそれを見て、ポケットからガンディにもらった金貨を取り出した。

 端にいたクラウディアが、嬉しそうに笑って箱を差し出す。ラプトルに乗ったまま、レイもその箱に金貨を落とした。

 それを見て、ガンディも全員の箱に順番に寄付を入れた。

「ありがとうございます。皆様に女神オフィーリアの加護がありますように」

 揃って祝福の印を切ってくれた。<PBR><KBR>

 何度も礼を言いながら一同が去って行くのを、レイはぼんやりと見送っていた。

 近くで見た彼女は、やっぱり綺麗だった。

「顔が赤いぞ。邪な心で寄付をしたのはどこの誰かなぁ」

 からかうようなルークの言葉に、レイは慌てて首を振った。

「そ、そんなんじゃ無いよ!」

「嘘付け。ほら、顔が赤いぞ」

 笑って逃げるルークを追いかけて、早足でラプトルを走らせるレイだった。

「こら、二人とも、儂を置いて行くな。街中でラプトルを走らせるな!」

 叱られて、揃って舌を出す二人だった。



 到着した精霊王の神殿で、まずは精霊王に蝋燭を捧げてご挨拶をした。それから、女神オフィーリアの神殿に行って、女神像と、エイベルの像にも蝋燭を捧げた。

 三人は、以前タキス達が座った椅子に座って、エイベル様の像に次々と訪れる参拝者達を飽きもせずに眺めて過ごした。

 座っていると、昨日の竜騎士様の参拝を見た人達が、あちこちでその話を飽きもせずに何度も何度も繰り返し語っているのが聞こえてきて、その度にレイとルークは顔を見合わせてこっそり笑い合った。



「そろそろ行こうか」

 ようやく人が途切れたのを見て、ルークが立ち上がった。頷いてレイとガンディも立ち上がる。

「それじゃあ、ゆっくり戻ることにするか。小腹が減って来たから、何か食べても良いな」

 預けていたラプトルを受け取り、三人は神殿を後にした。

 神殿にいた人々も、まさか自分達が噂しているその本人が、隣に座ってその噂話を聞いて楽しんでいたなんて、考えもしなかっただろう。



 旧市街を抜けて、賑やかな通りに出ると、屋台の立ち並ぶ通りに出た。

 三人はそれぞれ目に付いた美味しそうなものを好きに買い、ラプトルから降りて手綱を引きながら、のんびりと街歩きを楽しんだのだった。

 大きな噴水の通りで座って、それぞれ買った物を交換しながら食べた。

 嬉しそうに周りを飛び回るシルフ達に挨拶しながら、三人は、お腹がいっぱいになるまで屋台を楽しんだのだった。






「今まで出来なかった事が理解できませんね」

 モルトバールの言葉に、テシオスは当然だとばかりに胸を張った。

「教える側が無能だったのさ。こんなの出来て当然だよ」

 目の前には、テシオスが放ったカマイタチで断ち切られた太い丸太が転がっている。

 モルトバールの教え方が良いのか、不思議な事にあんなに出来なかったカマイタチもカッターも、簡単に出来てしまったのだ。

 まだ謹慎は解けていないが、真面目に毎日勉強している彼を見て、皆感心して褒めてくれた。

「その、レイルズとかいう生意気な彼に、思い知らせてやらなければいけませんね」

 彼には、謹慎の元になったレイとの諍いを話してある。かなり偏見に満ちた報告だったが。

「それでは、こんなのは如何ですか?」

 モルトバールが机の上に魔法陣が描かれた紙を広げた。

「俺達は、まだ魔法陣は勉強していないんだ」

「おや、そうですか。これは一番簡単な召喚術の魔法陣ですよ」

「召喚術! 駄目じゃないか、そんなの!」

 慌てたように紙を隠そうとしたが、モルトバールは笑ってその手を押さえた。

「まあ、見ていてください」

 魔法陣の端に手を当てて一言呟いた。

「来い」

 すると、真ん中部分がわずかに光って、真っ黒な塊が膨らんで出て来た。

「うわわ!」

 驚いて立ち上がろうとした時、パチンと弾けて、中から小さな黒い羽を持った丸い蛾のような物が一匹だけ出て来た。

「これは最下位の闇虫です。でも、出てくる時にびっくりするでしょうけれど、無害なものですよ。ここに手を置いて、来い、と一度言うと一匹出て来ます。数を呼びたければ、何度も言って下さいね。これで、彼を驚かせてやると良い。まずは謝るふりをして、少し仲良くなって油断させておきなさい。それで、彼らが授業をしている時に、隣の部屋でこれを使ってやると良い。闇虫は全くの無害ですが、沢山いるとびっくりしますからね。集めて窓から放り込んでやれば良い。きっと驚いて逃げ回りますよ。そうしたら貴方が駆け付けてこう言ってやればいい。こんな雑魚に逃げるなんて情けないってね。消去の呪文はこうです。闇虫よ去れ」

 はっきりとそう言った途端に、飛び回っていた黒い蛾は弾けて消えてしまった。

「消去の呪文は全員に有効ですから、一度唱えるだけで簡単に全部消えます。如何ですか。すごいでしょう」

 目を輝かせて頷くテシオスに、モルトバールは満足げに笑った。

「それじゃあ、やってみましょう。訓練所に行く時には、魔法陣を描いた紙を差し上げますからね」

 自分がやっている事がどれ程に危険な術なのかという事すら知らず、簡単に呼び出せた黒い羽虫を笑って突いているテシオスだった。

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