お疲れ様でした
女神オフィーリアの神殿の参拝を終えたルーク達竜騎士一行は、また大騒ぎしている街の中を歩いて、ようやく駐屯地まで戻って来た。
とにかく予想以上のものすごい人出に心底疲れ切ったレイは、城門を超えて街の外に出た途端に、安心したように大きなため息を吐いたのだった。
「お疲れ様でした」
隣にいた第二部隊の兵士から声を掛けられて、慌てて顔を上げたレイだった。
前を歩くルークが、小さく吹き出して後ろを振り返る。
「な、言ったろ。大騒ぎになるんだって」
片目を閉じてそう言われたが、レイは笑うしか出来なかった。
「考えてた百倍ぐらいの人の多さでした! 本当にあんなに沢山の人、この街の何処にいたんだよ」
最後は小さな声で呟いたレイの声だったが、ルークにも周りの兵士達にも聞こえていたようで、あちこちから同意の声が上がって、皆小さく吹き出していた。
「お疲れ様でした。大騒ぎだったようですね」
司令官自らの出迎えに、ラプトルから降りたルークが敬礼して挨拶するのを、レイは驚いて眺めていた。そのまま建物の中に案内され、別室で用意された昼食をルークや司令官と一緒に頂いた。
その席でルークから、今日の午後は特に予定もないからゆっくり休むように言われた。
昼食の後、迎えに来てくれたウォーレンと一緒に部屋に戻り、軽く湯を使って、服を着替えた。
「お疲れのようなら、夕方まで少しお休みになってもよろしいですよ」
出してくれた着替えは、ニコスが作ってくれたような、薄手の楽な部屋着だった。
「分かりました。ちょっと疲れたから、休ませてもらいます」
ベッドに潜り込んで照れたように笑うレイに、ウォーレンは笑って毛布を掛けてくれた。
「それではお休みなさい。良い夢を」
そっと額にキスして、ウォーレンは部屋を出て行った。
「タキス達、もう森に帰ったかな……?」
天井を見上げて小さな声で呟く。
疲れているのに眠れない。逆に、なんだか疲れすぎて目が冴えてしまっているみたいだ。
「シルフ、タキス達は今何してる?」
『さっき城門を出て行ったよ』
『森へ帰るの』
『帰るの帰るの』
次々に現れたシルフ達が楽しそうにそう教えてくれた。
「声って届けてもらえる?」
『良いよ』
頷いた一人のシルフが、起き上がったレイの膝の上に座る。
『レイ貴方ですか』
いつものブルーがしてくれるような、タキスの声がそのまま聞こえた。
「タキス、もう街を出たの?」
『ええ、今本街道に入ったところです』
「そっか、もう帰らないとね。お別れ言えなくて残念だったけど、もう今日はヘトヘトだよ。夕方までお昼寝させてもらうの」
『お疲れ様でした』
『すごい人出でしたからね』
笑ったタキスの声に被さるように、続いて二人現れたシルフ達が、ギードとニコスの声をほぼ同時に伝えてくれる。
『レイ! 其方か!』
『レイ!今何処にいるんだ!』
嬉しくなって、膝に並んだシルフ達に話しかけた。
「もう、駐屯地に戻ってるよ。お昼を頂いて、今からお昼寝するところ」
『そうだなお疲れ様』
『ゆっくり休むんじゃぞ』
『おやすみ』
『おやすみ』
労わるような優しい声でそう言われて、レイは溢れそうになった涙を、目をこすって誤魔化した。
「うん、もうやすむよ。それじゃあ気をつけて帰ってね」
シルフに向かって手を振ると、顔を上げたシルフ達も嬉しそうに笑って手を振ってくれた。
次々に消えるシルフ達を見送って、レイも改めて毛布に潜り込んだ。
しばらくして、毛布の山の中から穏やかな寝息が聞こえてくるまで、窓辺に座ったシルフ達が優しく見守っていたのだった。
レイは、いつものようにブルーがタキス達を呼んでくれたと思っていたが、実は、自分自身で最高位の声飛ばしの技を易々と使いこなしていたという事実に、彼は結局、最後まで気が付かなかったのだった。
街道をラプトルで走りながら、タキス達は顔を見合わせて笑い合った。
「レイの元気な声を聞く事が出来ました。ありがとうございます、蒼竜様」
肩に座ったシルフに声を掛けると、シルフは蒼竜の声で話し始めた。
『いや、今のはレイが自分で呼んだぞ。我も見ていて驚いたが、これは風の精霊魔法の一つ、声飛ばしの術の中の、今では失われた最高位の技でな。現世で使えるのはもう我だけだと思っていたが、まさか、レイが習得してくれるとはな。嬉しい限りだ』
驚きのあまり声も無いタキス達に蒼竜は嬉しそうに笑いながら、そんなとんでもない事を言った。
「声飛ばしの最高位の技……」
「そうですよね……あんな声飛ばし、他では見た事も聞いた事もありませんよ」
「さすがは、古竜の主じゃな。恐れいったわい」
呆れたようなギードの声に、タキスとニコスも小さく笑って頷くのだった。
ドワーフギルドに戻ったガンディ達は、ドワーフ達の中にも、行列を見に行った者達が何人もいたと聞き、お茶を飲みながら呆れて彼らの話を聞いていた。
「ルークもレイルズも毎日ここに来ておるのに、わざわざあの人混みの中を見に行ったのか?」
「それは当然でございますよ。ここに来ておられる時は、言ってみれば、舞台裏の寛いでおられる時でございましょう。そんな時に、お邪魔するのはいけません。ですが、今日の参拝は言ってみれば表の顔。お寛ぎの時とは違う。立派な騎士様振りを見せて頂きました」
「いやあ、惚れ惚れするほどの男っぷりでございましたな」
「確かに。あれは女性だけでなく男性に人気があるのも当然だと頷けますな」
揃って真剣な顔でそう言われて、ガンディはもう笑いを堪えるのに必死だった。
「まあ、どちらの顔も本当のあいつだ。そしてきっと今頃は、駐屯地で疲れ果てて伸びていると思うぞ」
ガンディの言葉に、モルトナ達やドワーフ達も笑って頷いていていた。
「レイルズ様も見ました。こちらも中々の立派な騎士様でございました」
「おお、真剣なお顔で前を向いておられたな」
「うん、確かにこちらも、中々に立派な騎士様だったな」
「話すとまだまだ子供だと思うが、黙ってああしておられれば、彼がまだ未成年だとは誰も思うまい」
「レイルズ様もきっと今頃、お疲れだろうな」
ドワーフ達もここでのレイの無邪気な様子を見ていたので、皆、すっかり保護者目線で参拝の行列を見ていたのだった。
「まあ、彼にも良い経験となっただろう。では今日はもう休みだろうな。それでは我らは自分の仕事をするとしようか」
立ち上がったガンディに続いて、全員が地下の工房に向かった。
リーザンは、人混みは危ないからと出掛けることはせず、午前中ずっと作ってもらった訓練場所で、医療兵に付き添ってもらって坂道を上り下りする訓練や、階段を上り下りする訓練をしていたらしい。
午後からは休憩を挟んで、また試作品の試着に気長に付き合っていた。
その夜も、ガンディ達は緑の跳ね馬亭に揃って泊まり、バルナルの言った通り、竜騎士様の話題一色になった賑やかな食堂で、面白そうに皆の噂話に耳を傾けて、密かに笑い合っていたのだった。
翌朝、いつもの時間に起きて朝練をこなしたレイは、朝ご飯の後、いつもの第二部隊の兵士の格好をしてルークと二人だけでドワーフギルドに向かった。
街中が昨日の竜騎士様の話題で持ちきりだったが、一般兵の格好をした彼らに気付く者は誰もいない。
「服が変わったぐらいで、こんなに気付かないものなんだね」
ラプトルの背の上で、呆れたようにそう言うレイを見て、ルークは面白そうに笑っている。
「着ている服装って大事なんだよ。人は無意識に着ている服で判断するからね。例えば、俺達が兵士の服じゃなくて、街の人達が着てるような服を着てラプトルに乗っていたら、街の人達は、俺達の事を冒険者か商人だと考えるな。そうなると、ほぼ顔を見ても知らん顔するし、下手に声を掛けると逃げられるぞ。逆に、ラプトルに乗っていなかったら、ただの一般の街の人だと思われて、女性に声をかけられたり、下手したら誰かにからまれたりするよ。な、面白いだろ」
何となく納得して自分の服を見た。
「この服だと、どうなるの?」
「この街でも、兵士の数は決して少なくは無いからね。街の商人にしてみたら一般兵は良いお客さんだよ。緑の跳ね馬亭でも言われたろ。ようこそ兵隊様って」
「確かに言われたね。今日はどうするの?ギルドでまた一緒に見学?」
「どうするかな? 彼らの作業の進み具合で、付き合っても良いし、何ならまた街に出かけても良いな」
目を輝かせるレイに、ルークは笑って旧市街の方を指差した。
「せっかくだから、お前も改めて神殿に行けば良いよ。もう義理は果たしたから個人的に行っても構わないよ」
「それじゃあ、もし出掛けるなら、旧市街を見て回っても良いね。とっても綺麗なんだよ」
「おお良いな。じゃあ、もし出掛けるならそうするか」
ようやく到着したドワーフギルドの中庭でラプトルから降りながら、のんびりとそんな話をしている二人だった。
「昨日はお疲れ様でした。街中が大騒ぎでしたよ」
出迎えてくれたドワーフ達と一緒に、リッキーがそう言って笑っている。
「ああ、こっちに来てくれていたんだね。おはようございます。もう、昨日はヘトヘトだったよ。な」
そう言ってこっちを見るルークに、レイも笑いながら大きく頷いた。
「おはようございます。もう、僕びっくりしすぎて、何が何だかよく分からなかったよ。実は道中の事、あんまりよく覚えてません」
廊下を歩きながらそれを聞いたルークは、面白そうにレイを覗き込んだ。
「え、そうなのか? じゃあ、もしかして……タキス殿やニコスやギードが、人混みの中からお前を見てたのに気付いてなかったのか?」
「ええ! 何それ! そんなの知らないよ! って言うか、ルークはあの人混みの中からタキス達の顔が見えたの?」
工房の扉を開けて中に入ると、レイの大声に皆が一斉にこっちを見た。
「ああ、すみません。どうぞお仕事してください」
ルークが手を上げて笑ってそう言うと、皆同じように笑って一礼して、また作業を開始した。
「ねえルーク。それ本当?」
驚くレイに、ルークは笑って頷いた。
「って言うか、俺が気付いたのは見覚えのあるシルフがいたからだよ。それでこっそり横目でそっちを見るとタキス殿の黄色い髪が見えたんだ。少し埋もれてて顔は見えなかったけど、隣に黒髪の竜人らしき人がいて隣がドワーフだったから。間違いなくあの三人だろうって思ったんだ」
「何だ、お前タキス達に気付いておったのか?」
ルークの話が聞こえたガンディが驚いたように顔を上げる。
「あ、やっぱりあのシルフってガンディの連れてる子だったんですね。見覚えがある子だったから気が付いたんですよ」
「さすがだな」
感心したような短い言葉に、ルークは笑って肩を竦めた。
「貴方がいつも言ってるでしょう。そうそう人の性格なんて変わりませんよ。俺は臆病なだけです。常に自分の身の回りの状況を判断して、身の安全を確保するのは当たり前の事でしたからね。そうしないと落ち着かないんですよ」
何とも言えない顔をするガンディの肩を叩いて、ルークはもう一度肩を竦めた。
「それで、進み具合はどんな感じですか?」
「おお、見てくれ。素晴らしいぞ」
話を変えるように、頷いたガンディがそう言って、二人を試作品が山になった机の方に連れて行った。
その山を見た二人は、半ば呆れたような歓声を上げて顔を見合わせて、笑って説明を聞いていた。
扉の横の戸棚の上で、シルフ達がつまらなさそうに、そんな彼らをぼんやりと眺めているのだった。
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