すれ違いと入れ違い

 レイとルークの二人は、護衛も付けずに第二部隊の一般兵士の服を着て、街並みを楽しみながら、のんびりとからくり博物館に向かっていた。

「えっと、こっちだよ」

 大通りの大きな噴水のある広場に出た二人は、ゆっくりとラプトルを歩かせながら何となく屋台を見た。

「なあ、何か食べてみたくならないか?」

 ルークが小さな声で嬉しそうにそう言うのを聞いて、レイも嬉しくなった。

「うん。あ、僕、お小遣い持ってるからご馳走するよ!」

 それを聞いて、目を瞬かせたルークは小さく吹き出した。

「もちろん金なら俺も持ってるよ。それよりお前、いつの間にお金を?」

 不思議そうなルークに、レイはベルトに付けた小物入れを叩いた。

「街に来る度にニコスがお小遣いをくれるんだけど、全然使い切れなくてね。それに、以前離宮でからくり箱を開けて見せた時にも、中に入っていた金貨を貰ったから沢山あるんだよ」

 納得したルークは、鞍上から店を見ながら考えている。

「腹はそれほど減ってないけど、せっかくだから何か甘い物でも食べるか?」

「それなら、あのお店がいいよ!」

 レイが指差したのは、以前、ニコスが買ってくれた事のある、甘い蜜のかかった揚げた芋を売っているお店だ。

「おお、美味そうだ。じゃあまずはそれにしよう」

 笑ったルークが、店の横でラプトルを止めてそれを二つ買ってくれた。

「僕がご馳走しようと思ってたのに」

 口を尖らせながら受け取って、レイは悔しそうに呟いた。

「じゃあ、次はお前が払ってくれよ」

 笑いながら、噴水の縁に腰掛けて二人並んで食べた。

 ついさっき、まさしくここでタキス達が座って食べていただなんて、知りもしない二人だった。

 それから、甘い蜜に浸した串焼き団子も、今度はレイがお金を払って買って食べた。

 鞍の横に取り付けてくれていたカナエ草のお茶を飲んでから、満足した二人はからくり博物館に向かった。




「へえ、思ったよりも立派な建物だな」

 到着したからくり博物館の前で、ルークは感心したようにそう呟いている。

「中も凄いよ! あ、入ったところに、春に花祭りで見た、首を振る花の鳥を再現したのが飾ってあったよ」

 そう言いながら、入り口でラプトルを預けて管理用の札をもらう。

 大きく開かれた扉の中に入ると、レイの言う通り大きな花の鳥が首をゆっくりと振っていた。

 ルークは驚きのあまり立ち止まったまま目を見開いている。

「花祭りの会場で見たのは、もっと大きかったよ。これは室内で飾れるようにって少し小さく作り直したんだって」

 レイの言葉に、ルークは感心しきりだった。

「確かに、これは凄いな。でもって、この首が、あの伸びる革で支えられてるんだろう?」

「うん、バルテンはそう言ってたよ」

「来年の花祭りが楽しみだよ。恐らくロッカが作り方を聞いて皆に教えるだろうから、一体どんなからくり仕掛けが出るんだろうな」

 ルークの言葉に、レイも嬉しくなった。

「楽しみだな。花祭り」

「まだ、半年先だけどね」

 そう言って笑い合い、そのまま飽きもせずに動く花の鳥を眺めていた。



 丁度その時、壁に取り付けてあった大きなからくり時計が時を知らせる鐘を撞き始め、一斉に小さな扉から人形達が出て来た。とは言っても、こちらは人形自体は動かない。くるりくるりと回転して踊っているように見えるだけだ。

「へえ、からくり時計だ。これはクローノの作だな」

 ルークの呟きに、レイは首を傾げた。

「クローノ? 誰?」

「こういった、鐘撞きのからくり時計を専門に作っている時計師だよ。彼の作は王都の教会にもあるよ。城にもあるから帰ったら見せてやるよ。凄いぞ。これは人形が踊るだけだけど、王都のはもっと大きくて、人形が馬に乗って一騎打ちするんだ。しかも、時間によってどちらが勝つか違うんだよ」

 目を輝かせるレイに、ルークは頷いてもう一度、まだ踊っているからくり時計を見上げた。

「本当は、からくり時計ってもう少し離れた所から見るのが良いんだよ。人形が、真下のここからだとあんまり見えないだろう?」

「言われてみればそうだね。でも少しは見えるよ」

 レイも、隣で見上げながらそう言って笑った。

「さてと、じゃあせっかくだから、中も見せてもらおう」

 広い会場には、まばらだが見学者の姿もあちこちに見える。今回は、勝手に来ているから特に案内も無く、二人は好きなように展示物をゆっくりと見て回った。




「オートマタは、マティルダ様がお好きでね、これと同じのを見た事があるよ」

 うたた寝しながら文字を書く人形を見て、ルークがそう言う。

「じゃあ、あの歩く人形を見たら絶対喜ばれるね」

「俺は、陛下がもう一体注文されるんじゃなかって思ってるよ」

「それって……」

「作っている側にすれば、最高の褒め言葉だね。恐らく、バルテンの事は今以上に評価されるぞ。マイリーの為の、今作っている仕掛けが上手くいけば、技術者として王都への招聘しょうへいもあり得るよ」

「知り合いが、オルダムに来てくれたら嬉しいな」

 目を輝かせて人形を見つめるレイを見て、ルークはちょっと考えた。

「タキス殿や、ギードやニコスに、オルダムに来てもらうってのは無いのか?」

 振り返って驚くレイに、ルークは続ける。

「俺は、陛下から屋敷を賜って、ハイラントから母を呼び寄せて一緒に暮らしてるよ。まあ、基本的に俺は兵舎で暮らしてるから、家に帰るのは時々だけどね。マイリーだって、妹夫婦を陛下から賜った家に住まわせているぞ」

「マイリーには妹さんがいるの?」

 初めて聞く話に、レイは嬉しそうに聞き返す。

「パウラって言って、マイリーによく似た小柄な美人だよ。旦那はティモンって言って城で書記官をしている。パウラは時々兵舎に差し入れを持って来てくれるから、会えたら紹介するよ。彼女の作ってくれるお菓子は絶品だぞ」

 片目を閉じてそう言われて、レイはまた目を輝かせるのだった。

「でもタキス達は……森の方が良いんじゃないかな?」

 俯いてそう言うレイに、ルークは何となく事情を察した。

 白の塔での誤解が解けたタキスも、自分から望んで森へ帰って行った。ガンディからは、自分の後継者として残って欲しいと頼んだのに、引き受けてもらえなかったと聞いている。

 貴族の館で執事をしていたと言うニコス。冒険者としてだけでなく、剣匠としても細工師としても相当な腕を持つギード。

 そんな彼らが、わざわざ森で暮らしているという事は、それぞれに、街では暮らしたく無い理由があるのだろう。事情を知らぬ者が、勝手に無理強いするべき事では無い。

「そうだよな。その辺りも、慎重にするべきだよな」

 ルークの小さな呟きは、レイには聞こえなかった。




 一方、すれ違いになった事を知らないタキス達は、ドワーフギルドに到着していた。

 受付の、顔なじみの女性に挨拶して、ギードはバルテンを呼んでもらうように頼んだ。

「ではこちらでお待ちください。お伝えしてみますが、ちょっと今、立て込んでおりまして、場合によってはお時間を頂くかもしれません……」

 困ったようにそう言って、下がっていったが、しばらくして申し訳なさそうに戻って来た。

「あの、ちょっと返事がありませんので……」

 バルテンは、作業の合間に手を止められるのを嫌がるのを知っていたギードは、何か手の掛かる細工物に手をつけたのだろうと思い、勝手に納得した。

「構わんよ。ならば、待たせてもらうとしよう」

 三人は、女性の案内で休憩室に通された。

「それなら、先に緑の跳ね馬亭に行きますか? 急だったので部屋を頼んでいないのでしょう?」

 タキスの言葉に、ギードは首を振った。

「確かに頼んではおらんが、今の時期は暇だろうから大丈夫だと思うぞ」

「まあ、もうこれだけ寒くなれば旅する方も少ないでしょうから、確かにそうですね。おや、これがレイが言っていたからくり箱ですか?」

 タキスがそう言って、足元に置かれた箱から小さなからくり箱を取り出した。

「そうじゃ。果たして其方は開けられるかな? ちなみに、レイは皆が驚くほど簡単に開けてみせたそうじゃぞ」

 からかうようなギードの言葉に、タキスは真剣に箱を見つめた。

「あ、ここに切り目がありますね。こっちにも……と言うことは?」

 押したり引いたりするが、動かない。

「なら……こっちですね。あ、動きました」

 ぶつぶつと、独り言を呟きながら、あっという間にタキスも箱を開けてしまった。

「おお、さすがじゃな。ならば、これはどうじゃ?」

 ギードが取り出したのは、レイが以前やって出来なかった丸い球状の組み木細工だ。

「これはまた複雑な作りですね……」

 そう呟いて、持っていたからくり箱を机に置いた。それから、受け取った手の中の組み木細工を黙って見つめる。

「これかな?」

 一箇所を押すと、反対側から一部が飛び出して来た。

「やはりそうですね。それならもう、これで外れますね」

 そう呟くと、簡単に分解してしまった。笑いながらギードを見る。

「これって当然、また組み立てるんですよね」

「おお、勿論じゃ。レイはバラせたが、時間切れで組み立ては出来んかったぞ」

「バラせたのなら組み直すのは簡単でしょうに。先程とは逆に組み立てていけば良いだけですよ」

 そう言って、言葉通りに簡単に組み立てて戻してしまった。

「出来ましたよ。あ、私でもご褒美は出るんでしょうかね?」

 呆気にとられるギードにそういって笑うと、また別の組み木細工を手に取った。

「何じゃあれは。可愛げの無い奴じゃのう」

 嬉々として、複雑な組み木細工を組み立てたりバラしたりするのを見て、ギードとニコスは大きくため息を吐くのだった。



 その時、大きな足音がして、バルテンがノックもせずに駆け込んできた。

「ギード!よく来てくれた! すまんがこっちに来てくれ! ちょっとお前の意見を聞きたい!」

 そう叫ぶと、返事も聞かずに彼の腕を掴んで引きずるようにして部屋を出て行った。

 置いていかれたタキスとニコスが、慌ててその後を追った。



 引きずられたギードと共に入った部屋には、驚いた事に知った顔があった。

「師匠? ええ? 何故、師匠がこちらにおられるのですか?」

 ガンディも突然入って来たタキスを見て、驚いたようにポカンと口を開けていた。

「なんじゃ? 其方こそ、何故街にいるのだ? まさか、冬の間は街暮らしか?」

 真顔で聞かれて、タキスは不意に恥ずかしくなった。送り出したばかりなのに、会えると聞いて飛んできたなんて言えなかった。しかし、ガンディは満面の笑みになった。

「そうか、其方達レイルズに会えると思って来たのだな」

「うう……仰る通りです。蒼竜様から、レイがこちらに来ていると昨夜教えて頂いて、矢も盾もたまらずやって参りました」

 恥ずかしそうにそう言うタキスに、ガンディは笑って肩を叩いた。

「家族なれば当然の事じゃ。我らとしては、帰る時に森の其方らの所に立ち寄ろうかと考えておったのだが、良い機会じゃ。紹介しよう」

 そう言って、ロッカとモルトナを三人に紹介した。

「おお、それでは、あなたがレイルズ様のミスリルの剣を打たれた方ですな」

 ロッカとモルトナは、ギードの手を握りながら目を輝かせている。

「おお、よろしくお願い致します。それで、その……レイは何処に?」

 遠慮がちなギードの言葉に、ガンディが首を傾げた。

「もう、会ったのでは無いのか? たった今までおったでは無いか?」

 それを聞いて、タキス達三人は思わず顔を見合わせた。

「ええ? 我らは、たった今ここに来た所ですぞ。なんてこった。入れ違いか!」

 残念そうにそう言って叫ぶギードを見て、ガンディはシルフを呼んだ。

「レイルズとルークは何処におる?」


『からくり博物館』

『楽しんでるよ』


「だそうだ。どうする? 呼び戻そうか?」

「いえ、ならば我らが参ります。驚かせてやりたいですからな」

「それなら、一緒に戻って参れ。後で良いのでちょっと其方の意見も聞きたいでな」

「分かりました。では行って参ります」

 三人はそう言って頭を下げて、大急ぎで出て行った。

「まあ、驚かせてやりたい気持ちも分かるな。では、わざわざ我らが知らせるのは無粋じゃな」

 ガンディがそう言って、顔を見合わせて笑い合った。




 タキス達三人は、預けていたラプトルを受け取ると大急ぎでからくり博物館に向かった。

「驚く顔を早く見たいもんだのう」

 街中では森のように全力で走らせる事は出来ない。ゆっくりと逸る気持ちを抑えて、速足で人のまばらな道路を急いだ。



 からくり博物館を一回りして大満足の二人は、一階に戻って来て、もう一度花の鳥を見てから大きく伸びをした。

「じゃあ、まだ時間はあるし、レイルズお勧めの美味しいお菓子があるっていう店に行ってみようか」

「緑の跳ね馬亭って言ってね、いつも街で泊まる時はそこに泊まっていたの。朝ご飯が凄く美味しいんだよ」

「良いな、それも食べてみたいぞ」

 そう言って笑いながら、それぞれ預けていたラプトルを受け取り、その背に軽々と乗ると、レイの案内で緑の跳ね馬亭へ向かった。



 それからしばらくしてから、タキス達三人がからくり博物館に到着したのだった。




「着きましたね。さて、何処にいるでしょうか?」

 そう言って、ラプトルから降りた時、タキスの腕にシルフが座った。

『お前達、一体何をしておるのだ?』

 呆れたような、蒼竜の言葉に、三人は首を傾げた。

「レイに会いに来ております。ここにいると聞いたので……」

『もう、そこにはおらんぞ。先程出て行ったわ』

 思わず三人が目を見開いた。

「何じゃ、また入れ違いか?」

「それなら、急いでドワーフギルドに戻ろう」

 慌てたようにギードとニコスが言ったが、シルフは首を振った。

『緑の跳ね馬亭に、お菓子を食べに行くと言っておったぞ。だから行くならそっちだ』

「有難うございます。では急いで参りましょう」

 タキスがそう言って、もう一度ラプトルに乗った。二人も急いでラプトルに乗り、三人は緑の跳ね馬亭に大急ぎで向かった。



「この辺りには、宿屋が並んでるんだな。へえ、何処も綺麗な建物だ」

 何も知らない二人は、のんびりと街並みを楽しみながら緑の跳ね馬亭に向かっていた。

「あそこだよ。うわあ、凄い人だね」

 相変わらず人気のようで、あたりは閑散としているのに、緑の跳ね馬亭だけは人であふれていた。

「座れるかな?」

 思わず、止めたラプトルの上で、ルークがそう呟いて覗き込む。

「……並んでるね」

「そうだな。そうか、丁度おやつ時だもんな」

「あ、でも団体が出るみたい」

 見ていると、大勢の老人達が一斉に立ち上がるのが見えた。

「大丈夫そうだな。じゃあ行くか」

 そう言って降りると、入り口で立っていたクルトにラプトルを預けた。

「いらっしゃいませ。緑の跳ね馬亭へようこそ。兵隊様方。食堂をご利用ですか? それともお泊まりで?」

 ラプトルを受け取り預かり札を返しながら、レイの顔を見て首を傾げた。あれ? 何処かで見た顔だ。と、思っているのは明らかだった。

 それを見て、レイが答えようとした時、クルトは思い出したようで、驚いたようにもう一度レイを見た。

「もしかして……蒼の森のギード様と一緒にいた、レイルズ様ですよね? ええ、どうして軍服? レンジャー希望じゃ無かったんですか?」

「ご、ごめんなさい。嘘付いてました」

 思わず頭を下げるレイに、クルトは慌てたようにその背を撫でた。

「し、失礼しました。どうぞお顔を上げてください。貴方が謝られる事なんてありません。改めてようこそ、緑の跳ね馬亭へ。気になさらずどうぞゆっくりして行ってください」

 申し訳なさそうなレイにそう言うと、改めて隣に立つルークを見上げた。

「美味しいお菓子があるって聞いてね。ぜひいただきたいと思って来ました。座れますか?」

 握った親指で中を差すルークに、クルトは笑顔で頷いた。

「丁度今、団体の方がお帰りになりましたので、大丈夫ですよ。どうぞご案内いたします」

 そう言って、二人を中に案内した。

 奥の席に座った二人が、クルトにお茶と季節のお菓子を注文したその時、表にはようやく到着した三人が、慌ててラプトルから飛び降りるところだった。

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