ブレンウッドへ
翌朝、レイはいつものようにルークと一緒に朝練の後、食事をしてから出かける準備をした。と言っても、レイは特に何もする事はない。ラスティに手伝ってもらって、遠征用の竜騎士見習いの服に着替えて装備を整えただけだ。
竜騎士の遠征用の服とは、色が少し違うだけで基本的な作りは同じだ。背中のマントに描かれているのも、見習い用の、少し色の薄い銀の縁取りの紋章だ。
着替え終わって剣帯を装備した時、手渡された剣の鞘を見てレイは歓声を上げた。
新しく作られたレイのミスリルの剣の鞘は、油をしっかりと塗り込んだ分厚いヌメ革の本体に、細やかな蔓草模様が打ち込まれている。鞘の切っ先部分と、差込口の部分には保護の為のミスリルが大きく取り付けられているが、これも本体の模様と繋がった見事な蔓草模様が彫り込まれていた。
剣の柄の模様とお揃いの、見事な
装備した剣帯に、自分で恐る恐る取り付けてみる。初めて一度で取り付ける事が出来た。
「かなり、剣の扱いにも慣れて来ましたね。その調子で頑張りましょう」
嬉しそうなレイの笑顔を見て、ラスティも笑ってレイの腕を叩いた。
「こちらに、着替えが入っております。これをそのまま向こうの第二部隊の者に渡して下さい。私服もいくつか入っておりますので、室内でお休みの際に着てください、それから、こちらが竜騎士の方専用の遠征用の荷物です。カナエ草のお茶やお薬も入っていますから、絶対に忘れないようにして下さいね。このカナエ草のお茶の入った水筒は、鞍に取り付けられるようになっています。ルーク様が教えて下さいますから、覚えて下さい」
机に置かれた大小二つの袋と水筒を見て、レイは頷いた。
「分かりました。じゃあ全部持って行ってきます」
ラスティが荷物をまとめて持ってくれたので、お礼を言って一緒に廊下に出る。待っていたルークと一緒に中庭に出た。
広い中庭には、既にルークの相棒の真っ白な竜のパティと、ブルーが鞍を装着して待っていてくれた。
「おはようブルー。ブレンウッドまでよろしくね」
差し出された大きな頭に抱きついて、キスをしてそう話しかける。
「おはよう。しばらく雪も無く良い天気が続くようだから、安心すると良い」
「良かった。そろそろ雪の季節だもんね」
嬉しそうにそう言って、振り返った。
ラスティの隣には、荷物の入った箱を抱えたロッカとモルトナが待っていた。
「レイルズ、ロッカを乗せてやって。俺の所にはモルトナを乗せるから」
ルークにそう言われて返事をした時、背後から呼び止められた。
「待ってくれ。儂も一緒に行くぞ」
見るとそこには、同じく箱を抱えたガンディが立っていたのだ。
「えっと、ガンディも一緒に行くの?」
聞いていなかったので、驚いてルークに声を掛けた。
「ガンディ、本気ですか?」
驚くルークに、ガンディは大きく頷いた。
「ちゃんと陛下に許可は取って来た。どのような作りにするにせよ、マイリーの怪我の状態と、人体の構造を知る者が必要だろうが」
思わずルークとレイは顔を見合わせた。
「僭越ながら、私がガンディ様に同行してくれるように頼みました。全く新しい形の物を作るのですから、仰る通り、お怪我の状態と人体の構造を詳しく知る者が必要です」
モルトナの言葉に、ロッカも頷いている。
「分かりました。確かに一緒に来てもらえるならそれが一番ですね。それならラピス、ガンディも一緒でも構わないか?」
「構わぬ、ならば乗るがいい」
「それなら、二人の荷物は俺の所に乗せましょう」
そう言ってルークが、ロッカとガンディの荷物を受け取って、まとめて鞍のベルトに付いた背中側の金具に取り付けた。
「レイルズ、見てごらん。こんな風にして取り付けるんだ」
手招きされてレイはパティの背中に上がり、竜の身体に取り付けたベルトの構造を見せてもらった。
「それから、これが竜騎士用の遠征用の荷物。カナエ草のお茶と薬も入ってる。絶対に忘れるんじゃ無いぞ。水筒はここに付ける。口のところに取り付け用の金具がついてるからな」
「遠征用の荷物と水筒は、さっきラスティから貰いました」
ルークの鞍を見ながらそう言うレイに、彼も頷いてレイの背中を叩いた。
「じゃあ、そっちの鞍の構造と荷物の取り付け方を教えるよ」
そう言って、一旦パティの背から降りて、一緒にブルーの背に乗った。
「聞いてたけど、本当にベルトが多いな」
ブルーの背中でベルトの位置を確認しながら、ルークが笑っている。
「このベルトに金具が付いてるだろう? ここに遠征用の荷物を取り付けるんだ。袋に金具がついてるから見てごらん」
言われて袋を確認すると、確かに二箇所、小さな金具が付いている。
「こことここを合わせる。それから、ここだね」
輪の一部が動いて簡単に取り外しができるようになったその金具に、袋を取り付けた。
「それからこっち。鞍の横に予備のミスリルの剣が取り付けてある。これは普段はそのままで構わないからね」
「降りる時もそのままで良いって事?」
「そう、シルフが守ってるから、特定の人にしか抜けないようになってる」
よく見ると、シルフが柄の部分に座って手を振っている。
「あ、分かりました。よろしくね」
笑って手を振り返してから、ルークを見た。
「じゃあ、そろそろ出発しよう」
軽々と、ブルーの背中を滑り降りると、そのままパティの所まで走って一気にその背に飛び乗った。
モルトナは第二部隊の兵士が手を貸してパティの腕に乗ってから、ルークが背中に引っ張り上げた。
レイもそれを見て、急いでブルーの背中に乗った。
鞍を取り付けたブルーに乗るのは初めてだ。
「どうですかな? 鞍の乗り心地は?」
モルトナに声を掛けられて、嬉しそうに笑って大きく手を振った。
「乗り心地はとっても良いです。これなら、いくらでも座ってられます」
「そうですか。それは良かった。もしも、何か問題があればいつでも言って下さい」
「はい、よろしくお願いします!」
そう返事をしていると、ロッカとガンディが、ブルーの腕に上がってきた。
「失礼します」
第二部隊の兵士が一人、ブルーに声を掛けてその背中に上がって来た。よく見ると、その兵士は竜人だった。ロッカとガンディを順に引き上げると、その兵士は、そのまま降りて行った。
「えっと、ありがとうございます」
降りた兵士に声を掛けて、振り返った。ロッカ、ガンディの順で並んで座っている。
「大丈夫ですか? えっと、シルフ、お二人を落ちないように守ってね」
そう言うと、何人ものシルフが現れて次々にレイにキスをした。
『守ってるよ』
『大丈夫だよ』
「ありがとう、よろしくね。それじゃあブルー、出発だよ」
そっと首を叩くと、大きく翼を広げたブルーがゆっくりと上昇した。パティがそれに続く。
地上では、兵士たちが一斉に直立して敬礼して見送ってくれた。
『レイルズあそこを見てごらん』
ルークの声が耳元で聞こえたので、ルークを見ると、本部の方を指差している。
若竜三人組が、揃って敬礼してくれていた。
ルークが敬礼するのを見て、レイも見よう見真似で敬礼を返した。それを見て笑う三人の声が、小さく聞こえた。
城の方からも、歓声が聞こえていた。
王都を出発した一行は、のんびりと景色を楽しみながら西に向かって飛行を続けていた。
『ブレンウッドに到着するのは昼過ぎだな。一旦、軍の駐屯地に降りて、竜達はそこで待っていてもらうんだ。俺達は竜車でドワーフギルドに向かうよ。まあ……人目は気にするな』
ルークの声に、レイは頷いた。この距離なら、シルフは互いの声をそのまま伝えてくれる。
ドワーフギルドの庭には、ブルーが降りられる場所は無いなと、実は密かに心配していたのだ。
「宿はどうするの?」
『勿論、駐屯地に泊まるよ。心配するなって』
街で宿を取らなくても良いと聞かされて、ちょっと残念に思ったレイだった。
『どっちにしても、俺達は到着したら用無しだからな。何なら、私服に着替えて街の見物をしても良いぞ』
「街に出ても良いの?」
目を輝かせるレイを見て、後ろのロッカとガンディが同時に吹き出した。
「まあ、好きにしなさい。でも一応、こちらでも勉強や訓練の時間は取るぞ」
ガンディにそう言われて、レイは元気に返事をした。
何にもする事が無いよりも、何かする事がある方がずっと良い。以前、国境の砦でひたすら待っているだけだった時の事を思い出して、嬉しくなった。
「えっと、でもお勉強の道具を持って来なかったよ?」
首を傾げると、ルークの声が聞こえた。
『棒術訓練と格闘訓練、後は、本を何冊か持って来てるから、それを読むといいよ』
「分かりました!」
元気に返事をすると、何故かまた後ろの二人に笑われた。
「レイルズ様は、お勉強も好きなんですね」
ロッカに感心したように言われて、レイは肩越しに振り返って頷いた。
「うん、知らない事を知るのは楽しいよ」
「良い事だ。しっかり学びなさい」
嬉しそうなガンディの声に、レイはもう一度元気な声で返事をしたのだった。
そんな話をしながら、のんびりと時間が過ぎて行った。
太陽が頂点を過ぎる頃、森の先に大きな城壁に囲まれた街が見えて来た。
「あれがブレンウッドだね。へえ、上から見るとあんな風になってるんだ」
みるみる近くなるその景色に、レイは小さく呟いた。
街では、大勢の人達が、皆、揃って上を見上げている。中には手を振っている人や、窓から身を乗り出している人達も見えた。
大歓声の中、街の隣に作られた広い軍の駐屯地に降り立った。そこでも、大勢の兵士達が並んで直立し、敬礼して迎えてくれた。
「遠い所をお疲れ様でした。ブレンウッド駐屯地の司令官、キルガスです」
大柄な男性が、一歩前に出て敬礼してそう言った。
「急に申し訳ありません。しばらく世話になります」
パティの背から降りたルークがそう言って、司令官と握手を交わした。
「レイルズ、降りておいで」
声を掛けられて、急いでブルーの背から降りた。
「初めまして。ブレンウッド駐屯地の指揮官、キルガスと申します。何かありましたら、遠慮なく仰って下さい」
左右のこめかみが白くなったキルガス司令官は、堂々とした体格の初老の軍人だ。
「レイルズです。お世話になります」
自分よりもはるかに年上の人に丁寧に挨拶されて、どうしたら良いのか分からない。とにかく、差し出された手を握ってそう挨拶した。
「彼はまだ未成年ですので、見習いとして勉強中です。滞在中、訓練所を使わせて頂きたいのですが構いませんか?」
「はい、勿論です。本部からも連絡を受けておりますので、お好きにお使い下さい」
そんな話をしていると、第二部隊の制服を着た兵士達が何人も駆け寄って来て、ロッカとガンディが降りるのを手伝ってくれた。
それから、鞍に取り付けていたレイの荷物と遠征用の荷物を取り外して降りて来てくれた。
「こちらは着替えですね。一緒にお部屋に運んでおきます」
そう言って一礼すると、荷物を持って行ってしまった。
お礼を言う間もない程の、素早い行動だった。
別の人達が、水を持って来てパティの世話をしてくれている。
モルトナが、第二部隊の兵士に指示して、ブルーに取り付けていた鞍と全てのベルトを外した。
「ラピスはどうする? ここの第二部隊には竜人がいないんだよ。何なら蒼の森の泉にいてもいいぞ」
ルークの声に、身軽になったブルーは人間だらけの周りを見て頷いた。
「分かった。ならばそうさせてもらおう。レイ、シルフは置いていく故いつ也と呼んでくれ。すぐに駆けつけるぞ」
頷くレイに、思いっきり頬擦りしてキスをもらってから、ブルーは翼を広げて森へ帰って行った。
何となく、レイは置いていかれたような寂しい気持ちになって、黙ったまま飛び去るその姿を見送った。
「どうぞこちらへ。少しお休みいただいてから、遅くなりましたが昼食に致しましょう」
司令官直々に案内されて、揃って建物の中に入って行った。
城の人達程あからさまに見る事はないが、皆、レイの事を見ている。
「あれが新しい竜騎士様だ」
「お若いな、幾つなんだろう?」
「でも制服の色が違うな」
「まだ見習いだろう?」
「凄く大きな竜だったな」
囁く声があちこちから聞こえて、またしても
「うう、本当にこんなのでやっていけるのかな」
自信無さげに小さく呟くと、耳元で声が聞こえた。
『大丈夫胸を張って歩いていれば良い』
『主様はそのままで良いよ』
『大丈夫大丈夫』
それは、ニコスが寄越してくれたあのシルフの声だ。
彼女達は、こうやって時々レイにそっと話しかけてくれる。大抵はレイが困っている時や、自信を無くしそうな時だ。
「ありがとうね。うん、頑張るよ」
小さな声で呟くと、一つ深呼吸をしてからルークの後に続いた。
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