勉強の日々

「じゃあ、またね」

「ああ、今日は本当にありがとう。また明日な」

 あの後、マークはヴィゴの前でもカマイタチやカッターを披露目して、合格ラインの直径5セルテの丸太を、いとも簡単に切る事が出来た。

 その結果、彼は今日だけでも、幾つもの課題合格のサインと単位をもらう事が出来た。

 その後は、レイの為に精霊魔法の系統の基礎を中心に話しをして、今日の授業は終わりになった。

 訓練所の庭で、ケレス学院長とマークに見送られて、ラプトルに乗ったレイとヴィゴは本部へ戻った。

「出来るようになって良かったね。役に立てて僕も嬉しいよ」

「そうだな。俺も一つ肩の荷が降りたよ。それに良かったじゃないか。友達が出来て」

 ヴィゴの言葉にレイは、照れたように笑って頷いた。

 明日からしばらくの間、予定が無い限り毎日ここに通う事になった。

 まずは座学を中心に、精霊魔法の基礎や系統立てた勉強をしてもらい、合間に実際にやって見せて実技の単位をもらう事になる。と言ってもレイの精霊魔法の制御はほぼ完璧なので、後は個人授業で一般常識を含めた地理や歴史の勉強も少しでも進める事になっている。

 そして、慣れて来たら他の生徒達との合同授業にも参加する予定だ。



 ここはある程度年齢で学年や組が分かれている精霊特殊学院と違い、様々な年齢の人達がいるが、やはり中心は十代から二十代の若者達だ。だが中には教授よりも上の年齢の者もいる為に、年齢での学年分けや組分けなどは一切無い。マークのように軍属の者などは、通常の仕事の合間に通う事になる。その為、訓練所への編入は一年中随時だ。授業や実技ごとに単位があり、指定の単位が全て揃えば自動的に卒業となる。しかし、一年以内に幾つかの指定の単位を修得出来なければ強制的に退学となるのだ。

 ここでの授業は基本的に個人、または同程度の知識を持った数人単位が中心で、一部の合同授業のみ他の生徒達と一緒に学ぶという形式を取っている

 合同授業とは、精霊魔法の系統の講義や精霊との歴史など、全ての生徒が絶対に学ぶべき内容で、これらは大きな講義室で一同に会して行われている。

 それから、外部から専門の人を招いて講義をしてもらう公開授業とも呼ばれるものもあり、場合によっては一般兵士や貴族の子供達も聴講生として参加する。

 白の塔の長であるガンディも、月に一度程度、ここで薬学の基礎に関する公開授業を行なっている。大学の薬学部に入学希望の外部の若者達が大勢聴講生として聞きにくるので、訓練所の学生達は、いつも席取りに苦労する程の人気の公開授業だ。



 これからの訓練所での事を考えて、夕日に照らされて嬉しそうに目を輝かせるレイの横顔を、ヴィゴは見つめていた。



「あまり時間が取れなくて申し訳無かったが、まさか、お前が先生の代わりをしてくれるとはな。しかも、魔力を麦に例えるとは、我々には考えもつかない方法だったな」

 一体、どうやって出来るようになったのだと驚く教授やヴィゴに、レイがマークに自分が教えた方法を説明した。

 貴族出身の者には麦刈りの意味が全く分からなかったが、数名いた農家出身の助教授が感心したように何度も頷き、これは絶対に分かりやすい方法だから、農家出身の者には、今後、技の説明の際に絶対に使うべきだと力説していた。




「実は僕も、最初の頃……カマイタチやカッターが全然出来なかったの。タキスやブルーが何度も説明して見せてくれるんだけど、どうしてもよく分からなくて困ってたんだ。それで、ニコスがある時お料理で葉物の野菜を束ねて一気に切ってるのを見て、あんな風にすれば良いんだって考えたんだ。それで、自分の中で一番分かりやすい例えが麦刈りだったの。それでやってみたら上手く出来たんだ。それに、一度出来れば後は簡単だった。だから、マークもきっと出来ると思ってたよ。まさか、あんなにすごい威力だとは思わなかったけどね」

「確かにすごかったな。学院長に聞いたら、壁にあそこまで見事なひび割れを作った生徒は五十年ぶりだそうだ」

 顔を見合わせた二人は同時に吹き出した。






 レイとヴィゴを見送ったマークは、彼らの姿が見えなくなってから、大きなため息をついてその場にしゃがみ込んだ。

 ケレス学院長は、そんな彼を面白そうに見ている。

「どうした? マーク。腹でも壊したかね?」

「安心したら、なんと言うか……足が震えてきました。あの、あの壁……どうしたら良いですか?」

 壁の修理費に幾ら掛かるのか見当もつかない。払えと言われたらどうしようかと、突然心配になったのだ。

 膝に顔を埋めたまま泣きそうな声でそう尋ねる彼の頭を、学院長は笑って軽く叩いた。

「心配はいらぬ。一般の民家であんな事をすれば大騒ぎだろうが、ここでは何の問題も無い。気にせずしっかり練習しなさい」

 驚いて顔を上げてこっちを見ている彼に、学院長は笑って大きく頷いて見せた。

「それどころか! あれほどの力のあるカマイタチを放った生徒は、私の代になってからは初めてだ。実に五十年ぶりの快挙だぞ。自信を持って胸を張れ!」

 そう言って笑ってその背中を力一杯叩いてやった。

「痛いです!」

 さすがに倒れはしなかったが、地面に手をついて苦笑いしながら立ち上がった。

「正直言って、何時お前は退学だって言われるか、ビクビクしていたんです。良かった……これで、何とか少しは自分に自信が持てそうです」

 マークはそう言いながら、今日のあれから後の事を思い出していた。






 夕刻まで、レイと一緒に精霊魔法の訓練をして、マークは完全にカマイタチもカッターも自分のものにした。それだけでなく、二人から教えてもらって、調整の難しかった風や水で盾を作る初級の防御の魔法でさえも、コツを掴んだ今となっては簡単に出来てしまったのだ。

 結果として下位の技の単位をこれで全てもらえたので、明日からは中級の技や、魔法陣の描き方の授業が始まる。

 ヴィゴ様との授業も、まだしばらく続くと聞いて嬉しかった。また、その時にはレイルズも一緒に授業を受ける事になったのだ。

「まさか、あれで十四歳とはね」

 小さな呟きに、隣にいた学院長も笑って頷いた。

「体格といい、精霊魔法の制御能力といい、全てにおいて桁違いだな。まあ、仲良くしてやってくれ」

 その言葉に、マークはまた俯いてしまった。

「そうですね。でも……俺なんかで良いんでしょうか? 彼は貴族なんでしょう? もっと他に、彼にふさわしい人がいると思うんですけど……」

 初めての友達が出来たと言って嬉しそうに笑ってくれた事は、マークとしてもとても嬉しかったのだが、考えてみたら苛められっ子の自分なんかと一緒にいたら、彼まで苛められるような事にならないだろうかと、不意に不安になったマークだった。

 ケレス学院長も、マークが一部の貴族の者達から目の敵にされている事は聞き及んでいる。教授達には気をつけるように注意しているが、全てに監視の目を置く事は難しい。しかし、ある程度は行動を把握している。マークは負けずに頑張ってくれているので、密かにシルフ達を護衛につけて、あまりにも目に余る場合には、こっそり守らせたりもしている。

 その問題児達は父親の権力を当てにして、ほとんど真面目に授業を受けようとしないのだとも聞いている。そろそろ、本気でお灸を据えてやろうかと考えているのだが、レイルズが来た事で、恐らく彼らの態度も変わるのでは無いかと考えてもいた。

 ヴィゴを後見人に持つ彼を、問題児達がどうするかしばらく見守るつもりの教授陣だった。






 翌日から、レイは本部で朝練と朝食を取り、その後、精霊魔法訓練所へ護衛の第二部隊の兵士と一緒に向かい、ひたすら勉強をした。

 担当の教授達は、皆丁寧に教えてくれたし、時間があれば図書館の自習室に篭った。城の図書館と比べると蔵書ははるかに少ないが、精霊魔法に特化した蔵書の数々はレイを夢中にさせた。

 その結果、全く意味の分からなかった精霊達の系統についてもある程度分かってきた。

 そして解った事だが、ニコスが預けてくれたあの大きな精霊達は、聞いていた通り既に失われた系統で、資料としても殆ど残っていない賢者の一族と呼ばれる系統であると知った。

「君達の事、教授に言わなくても良いのかな?」

 誰もいない時には、本の上に座っていたりもする彼女達だったが、近くに誰かが来たら、その瞬間に姿を消してしまう。

 時間のある時に少しづつ話をして仲良くなったが、まだ彼女達の能力をレイは完全には把握していなかった。


『必要無い』

『我らの主人は貴方』

『教えるのは貴方』


 肩に座ってレイの頬にキスをすると、くるりと回って消えてしまった。



「あ、やっぱりここにいたな」

 その声に、レイは読んでいた本から顔を上げた。隣に座ったマークに、レイは今読んでいた本を見せる。

「これ、今読んでるんだけど、面白いよ。ノームについて書かれてるんだけど、地方によって畑にいるノームにも違いがあるんだって」

「ええ? どういう事だ? 精霊に違いなんてあるのか?」

 本を覗き込むマークに、レイは頷いて自分も驚いた頁を見せて、小さな声でその部分を読んだ。

「ほらここ。地方によって作る作物に違いがあるように、ノーム達にも違いが見られる。また、荒地では大地の力が弱り、実体化する事そのものも難しくなる場合もある。作られる作物が同じでも、土によって出来に違いが出るように、ノームの特性にも違いが見られた。外見的な違いに始まり、怒りっぽい者が多い土地は、大抵痩せた貧しい土地。雨が多い土地では、酒飲みが多い……」

「何だよそれ」

「森にいたノームは、確かにお酒好きだって聞いたね」

「じゃあ、もしかして本当なのかな?」

 その時、レイは石の家で見た火送りの儀式の時のタキスやニコス、ギードが連れていた火の守役の火蜥蜴を思い出した。

「僕の家族は、それぞれいろんな土地の出身だったけど、言われてみれば、連れていた火の守役が、皆、姿が違ってたね」

「へえ、どんなだったの?」

「ええと……」

 名前をいうのは不味いだろうし、ドワーフや竜人だというのも、もっと不味いだろう。ちょと考えて、火蜥蜴の話だけをした。

「一匹は、物凄く大きかったよ。火の精霊魔法の上位まで使えるって言ってた。もう一匹は、手足はあったけど蛇みたいに細くて長い子だったよ。それから、たてがみを持った子もいた。その子もすごく大きかったよ」

「大きな子は、教授が連れてたりするから珍しく無いけど、蛇みたいなのや鬣を持った子は見た事無いな。是非、見てみたいね」

 目を輝かせるマークに、レイは困ってしまった。

「僕のいた森は、ものすごく遠いからね。ごめんね。ちょっと連れて来るのは無理かも……」

 驚いたマークは、何度か目を瞬いてそれから吹き出した。

 周りから、静かにするように注意されて、慌てて頭を下げる。

「お前なあ、誰も本気で言ってないから心配するな。いつか見てみたいな、ぐらいの意味だよ。何でもかんでも言葉通りに受け取るなよな」

 顔を見合わせて小さく笑った。

「飯行こうぜ。お腹空いてきた」

 確かに夢中になって本を読んでいたので、すっかり昼の時間を過ぎてしまった。

「うん、行こう。僕もお腹空いた」

 本を集めて本棚に戻していると、マークが半分持ってくれて、戻すのも手伝ってくれた。

「ありがとうね。じゃあ行こうか」

 筆記用具をまとめてリュックに入れると、レイは立ち上がった。

 少し離れたところで待っていてくれたキムと三人で、一緒に食堂へ向かった。



 机の上では、図書館を住処にしている本の精霊達が、シルフと一緒にそんな彼らをじっと見守っていた。


『主様は勉強熱心』

『良い子良い子』

『とっても可愛い』

『主様は良い子』

『可愛い可愛い』


 笑いさざめく彼女達の姿は、彼ら三人が部屋を出るのと同時に消えていなくなった。

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