僕の家はここ
「そろそろ出来上がりますよ。来てください」
廊下から声を掛けられて返事をしたレイは、着替える為に一旦部屋に戻った二人と別れて、先にタキス達と一緒に居間に向かった。
「今日はレイの好きな挽肉の団子の入ったトマトのスープと、薫製肉を分厚く切って焼きましたよ。大きい方のお皿と、スープ用のお皿をお願いします。サラダと芋はお肉のお皿に一緒に盛って下さいね」
言われた皿を手早く取り出して机に並べていく。カトラリーも揃えて並べた。
「ああ、それから、お酒を出しますから、横の戸棚に細長いグラスがあるでしょう。それも出して下さいね」
頷いて、足の長い綺麗なグラスを五個取り出した。
「おや? 貴方は飲まないんですか?」
スープの鍋をかき混ぜながら、振り返ったニコスが笑う。
「だって……明日、起きられなかったら困るでしょう」
「そうですか? まあ、一杯ぐらいなら大丈夫だと思いますけどね」
笑うニコスを見て、ちょっと考えて自分の分もグラスを取り出して並べた。
ギードとタキスは、揃って戸棚からお酒を取り出しながら、何やら真剣に話していた。
丁度その時、着替えた二人が居間に入って来た。
二人は、先程までの遠征用の緑の竜騎士用の制服では無く、少しゆったりとした綺麗な服に着替えていた。腰にはミスリルの剣が無い。
「おお、良い匂いだ」
「本当だ。良い匂い!」
ロベリオとユージンが嬉しそうにそう言い、勧められた椅子に座る。
「初めて見る服だけど、それも竜騎士隊の制服なの?」
レイの質問に顔を見合わせた二人は、笑って首を振った。
「いや、これは私服だよ。まあ普段着って言うのかな。本当なら、夕食の席はもっときっちりした服で色々と決まりがあるんだけど……気にしませんよね?」
「全く気にしませんからお気遣い無く。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎください」
ニコスが笑ってそう言い、焼いた薫製肉の入った平たい鍋を持って来た。並べたお皿に大きな肉を置いていく。レイが用意したサラダと、茹でた芋を綺麗に盛り合わせた。胡桃の炒ったものを砕いてサラダに散らす。薫製肉には特製のソースをたっぷりとかけて、それぞれの前に置く。
手早くシチューを同じようにして並べていく。
「手慣れてるな」
「そうか、自分で用意するんだね」
感心してレイのする事を見ている二人だった。
それぞれ席について、精霊王への祈りの後、ギードが赤ワインの栓を抜いた。
「これは頂いた赤ワインです。これならレイも少しくらいなら飲めますからな」
笑ってそれぞれのグラスに注いだ。
「精霊王に感謝と祝福を。そして、レイルズのこれからに乾杯!」
一番年長のタキスがそう言ってグラスをあげる。全員がそれに倣った。それぞれがワインを飲む。レイも、真似て少し飲んでみた。
一口飲んだまた違う赤ワインは、以前飲んだのよりも少し濃くて、甘く無い味だった。
「話には聞いていたけど、本当に美味しいです」
「美味しいよね。この肉にかかってるソース、初めて食べる味です」
そう言いながら、見るからに綺麗に食べる二人をレイは隣で感心したように見ていた。
「ソースには頂いたビネガーを使いました。まあ他にここで作ったハーブや薬草も入っていますから、何だろう? 蒼の森特製ソースとでも呼ぶんでしょうかね」
二人が何度も美味しい美味しいと言うので、照れたように笑ったニコスがそう言った。
「ビネガーのソースって、もっと酸っぱい味がすると思ってた」
「だよな。別に嫌いじゃ無いけど、うっかり食べると喉にくるっていうか……」
「ああ、分かる。俺はビネガー独特の酸味って、実はあまり得意じゃ無い。でもこれはすごく食べやすいよね。どうしてだろう?」
不思議そうに話す二人に、レイも首を傾げた。
「ビネガーって何?」
隣に座ったタキスに小さな声で質問する。
「今飲んでいるワインと同じで、葡萄から作ります。葡萄の果汁を煮詰めて木の樽で熟成させるんです。長年置いたもの程、まろやかになって美味しくなるんですよ」
「えっと、熟成って何?」
タキスはちょっと考えて、赤ワインの瓶を持った。
「年代を経た物、という意味ですね。熟成するには、今言ったように、木の樽や陶器の瓶などに入れて封をして、長時間変化の少ない環境に置くんです。地下の倉庫や、土の中などですね。そうすることによって、樽の中で素材に変化が生まれ、目に見えない小さき者たちによって別の味に作り変えられるんです。今飲んでいるお酒もそうなんですよ」
「へえ、すごいんだね」
タキスの手にしたワインの瓶を、横からレイも見る。
「ラベルには、産地やいつ誰が作ったのかと言う事が書いてあります。例えばこのお酒なら、竜の背山脈に近いミストレイと言う街の醸造所で作られたとありますね。年代はこれです」
タキスの説明に、レイは食事の手を止めて、椅子から身を乗り出して覗き込んだ。
「こらこらお前達、食事中だろ、お行儀が悪いぞ」
ニコスが笑ってそう言い、感心して見ているロベリオとユージンを見た。
「いつもこんな感じですよ。興味があったらすぐに知りたがるのが二人いると、こう言う事になるんですよね」
「好奇心旺盛なのは良い事だよね」
「そうだよな。知らないのに知ったかぶりするより、何倍も良いよ」
二人に笑われて、慌てて椅子に座り直したレイだった。
「ご馳走様でした。本当に美味しかったです」
二人に笑顔でそう言われて、お茶を入れていたニコスは嬉しそうに笑った。
「この辺りで採れるものは、どれも本当に美味しいんですよ。初めてここに来て料理を作った時に、俺も驚きましたからね。なので、美味しいのは素材のおかげですよ」
「もちろん、料理する人の腕があっての話だけどね」
ロベリオのその言葉に、タキスとギードが吹き出した。隣でレイも笑っている。
「そうですよ。料理は上手い人がすれば良いんです」
タキスの言葉に、全員が堪えきれずに吹き出したのだった。
「でも、ニコスも言うならやっぱりそうなんだ」
「砦でもそんな事言ってたよね」
頷いた二人はお茶を受け取りながら、不思議そうな顔をしているニコスを見た。
「ここにくる途中、蒼の森から少し離れたところにある砦で昼食を頂いたんです。そこの食堂の食事が美味しくてね。聞くと、やっぱり素材が良いんだって言ってました」
「国境の砦の食堂、もうちょっと何とかならないかといつも思うよな」
妙に大きく頷く二人を見て、レイは、砦の食事も別に美味しかったのにな、ぐらいに考えていた。
「軍部の食材で、こっちからの買い付けを増やせばいいんじゃないか?」
「あ、それ良いかも!」
「でも、九十六番砦でも足りない分はロディナから仕入れてるって言ってたよな」
「そうだったな。残念、さすがに無理か!」
好きな事を言っている二人を見て、ニコスは小さく笑った。
「この辺りは、ロディナほど大規模な農園は少ないですからね。個人でやっているのが殆どですから、作る量は知れていますよ。軍部からの大量の注文には応えられないのでは?」
「やっぱりそうですよね。まあここはロディナの方達に頑張ってもらおう」
「俺達はどうせ食べるだけだもんな。文句言っちゃ駄目だよね」
納得した二人を見て、レイはタキスを振り返った。
「えっと、明日の予定ってどうするの?」
「午前中はいつものように家畜と騎竜の世話をして、貴方は準備する時間がいるでしょうから好きにして良いですよ。昼食の後、お二人と一緒に皆でまた、蒼竜様の泉に行って、お母上とエイベルの御墓参りに行きます。それで……全部ですよ」
何か言いかけたレイだったが、小さく頷いた。
「分かった。えっと、ねえ質問なんだけど、自分の服とかって持っていっても良いの?」
また振り返って、ロベリオ達にそう尋ねる。
「ああ、もちろん好きなだけ持っていってくれて良いよ」
笑って頷き、タキスを見た。
「俺達がお土産を入れて持ってきた箱、良かったらレイルズの荷物を入れるのに使ってやってください。大きいし、あれなら俺達の鞍の後ろに金具で取り付け出来るんで、運びますよ」
「あの革の胸当てと籠手は絶対持って行くべきだ。六金棒もね」
「持って行って良いって」
それを聞いて、嬉しそうに笑うレイだった。
「なら少しでも荷造りしますか? 今なら手伝いますよ」
最後のお茶を飲んだタキスがそう言い立ち上がった。レイも残りのお茶を飲んで、最後の甘露煮を口に入れてから立ち上がった。
「あとで部屋に行くね」
「飲んだら行くね」
手を振る二人に見送られて、レイは自分の部屋に戻った。
実はちょっとだけ自分で持って行きたいものは集めていたのだが、服などはどうやって持って行けば良いのか分からなかったのだ。
「倉庫から箱を持ってきますね。先に部屋に行っててください」
タキスにそう言われて、振り返った。
「二つあったけど大丈夫?」
「ええ、軽いから大丈夫ですよ」
タキスの声に頷いて、レイは自分の部屋の扉を開いた。
「えっと、何を持って行こうかな……」
引き出しを開けて、お気に入りのセーターや新しく作ってもらったズボンなどを取り出して行く。
その時、引き出しの一番奥にここに来た時に着ていた母さんが作ってくれた服が出て来た。
「こんなに小さかったんだ……」
不意に涙があふれて、慌てて袖で涙を拭った。
「もう泣かないって決めたんだ! これは、タキスに持っていてもらおうっと」
小さな服を引き出しに戻し、隣の引き出しを開ける。今からの季節に着る物を中心に、半分以上の服を取り出した。
「こんなものかな? えっと、後は……」
ロベリオ達に言われた革の胸当てや籠手、金剛棒も一緒に置く。
机の上に置いてあった、万年筆とインク。大事な本は、まとめて包んでもうリュックに入れてある。
とりあえず、持って行きたいものは全部取り出した。
ぼんやりと机の上の瓶に立ててあった、ブレンウッドの街で買った最後の一本の飴細工の花を見る。さすがに少し湿気て来たようで、花びらがちょっと柔らかくなって歪んでいる。
「食べちゃおっと」
そう呟いて、棒を持って口に入れた。柔らかな飴は、すぐに口の中で溶けて無くなってしまった。
甘い飴に、またちょっとだけ涙が出そうになって、レイは大きく深呼吸をして誤魔化した。
ノックの音がして振り返ると、開けたままの扉からタキスが大きな箱を持って入ってきた。
「服はこの布で包んで入れてください。胸当てなどの装備は、この袋を使ってくださいね。おやおや、これを全部持って行くんですか?」
小さな山になっている服を見て、呆れたようにタキスが笑う。
「だって、どれも好きな服だもん。良いでしょ?」
「ええ、もちろんですよ。それじゃあまとめていきましょう」
手分けして服をたたんで布でまとめて包んで行く。作業の間、二人とも無言だった。ようやくたたみ終わった頃、レイが顔を上げてタキスを見た。
「引き出しにね、ここにきた時の母さんが作ってくれた服が入ってるんだ。これ、持っていてくれる?」
驚いたように顔を上げて、自分を見つめるレイの手を取った。
「持って行かなくて良いんですか? お母上のお手製の服なんでしょう?」
「いいんだ。僕の家はここだもん」
照れたように笑って、手を握り返した。それから俯いてに手を離して、また、たたんだ服をまとめて包んで積み上げた。
その時ノックの音がして、ロベリオとユージンが入って来た。後ろにはニコスとギードもいる。
三人が手分けして箱に荷造りしてくれるので、レイは後ろから包みを渡して手伝った。
革の胸当てや籠手は、ギードがもう一つの箱に綺麗に入れてくれた。
「この子の為の鞍と手綱があるのですが、持って行かせてもよろしいですか?」
顔を上げたギードの言葉に、二人は頷いた。
「任務中は共通の装備がありますので使いませんが、私用で乗る事も多いですからね。無いよりはあった方が良いですよ。是非持って行かせてください」
「ありがとうございます。それでは取って来ます」
ギードがそう言って、立ち上がって部屋を出て行った。
それを見送ったレイは、ロベリオとユージンを見た。
「あのね……僕、最後に行きたい所があるんだ。明日、お墓参りの後でいいから……皆で行っても良い?」
驚いたようにレイを見た二人は、大きく頷いた。
「もちろん構わないよ。好きなだけ行くと良い。遅くなっても構わないって言われてるしね」
「それで、どこに行きたいの?」
二人を見て、それからこっちを見ているタキスとニコスを見た。
「僕のいた、ゴドの村に行きたい」
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