二人の到着
「上空から見る限り、なんて言うか……深い森だよね」
「そうだな、オルダムの周りの森とは緑の深さが違うよ」
補修がようやく終わった九十九番砦の上空を通り過ぎてからしばらくすると、明らかに森の木々の大きさが変わり、木々の色が深くなった。蒼の森に到着したのだ。
シルフに案内されて、二頭の竜は蒼の森の上空をゆっくりと飛行していた。
『ようやくの到着だな』
その時、ロベリオの目の前に一人のシルフが現れた。
「ああさすがに、オルダムからここまでは遠いな」
苦笑いするロベリオに、シルフが笑う。すぐ近くまで来たユージンが竜の背の上から覗き込んでいる。
「ラピスは今どこにいるんだ?」
ユージンの問いに、シルフはラピスの声で答えた。
「最後にもう一度森を見回っていた。今、レイのところに向かっているから、丁度お前達と同じ頃に到着するぞ」
「了解だ。じゃあ、レイルズのところで会おう」
頷いたシルフは手を振ってからくるりと回っていなくなった。
「俺たちがどこにいるかも、お見通しってわけだな」
「まあ、ここはラピスの住む森だからね」
顔を見合わせた二人は肩を竦めてからそれぞれ前を向いた。
難関だったコースを踏破したレイは、その後は大岩登りをニコスとタキスの三人で楽しんでいた。
「あ、ブルーだ!」
大岩の上で休憩していたレイが、近づく竜の姿に気付いて、立ち上がって手を振った。
「おや、珍しいところにいるな」
すぐ近くまで来たブルーが、覗き込むように首を伸ばしてくる。
手を伸ばしてその鼻先を撫でてやりながら、レイは目を輝かせて林のコースを攻略出来た事を報告した。
岩の反対側の足場のある側から簡単に飛び降りて、反対方向から近づく二頭の竜の影にも手を振った。
「お越しのようですね」
隣に降りてきたタキスの言葉に、小さく頷いた。
二頭の竜は、ブルーの側に並んで着地した。
「ようこそ! ロベリオ! ユージン!」
嬉しそうにレイが駆け寄る。
竜の背から軽々と降りてきた二人も、レイと手を叩き合い再会を喜んだ。
「ようこそ蒼の森へ」
タキスの言葉に、二人は顔を上げた。
「お邪魔します。一晩お世話になります」
「お邪魔します。お世話かけますがよろしくお願いします」
頭を下げる二人に、慌てて駆け寄ってきたニコスとギードが挨拶をした。
それぞれに握手を交わし、まずは二人を家に案内する。
「ああ、待ってください。お土産があるから降ろしますね」
ロベリオが、アーテルの背中に上がって大きな箱を二つ、シルフ達に順に降ろさせた。
二箱まとめて抱えたギードを先頭に坂を下りながら、横に広がる広い畑を見る。
「畑の事、ルークとヴィゴから聞きました。でも、もう本当に何にも無くなってますね」
感心したようなロベリオの言葉に、レイが頷く。
「そうだよ。もうあっちの畑は来年の春までお休みなの。今は、庭にある小さな菜園とタキスの薬草園のお世話をしてるよ」
「薬草園ってあれ?」
タキスの薬草園は、雪が降るギリギリまで収穫する事が出来る。
雪の間は冬眠状態なので、干し草を被せて越冬させるものと、一年で終わらせて、また来年種から育てるものに分かれるが、今はまだ青々とした葉が茂っている。
薬草園にはいくつか低木樹もあるが、冬の間は殆ど雪に埋もれてしまう為、こちらもほぼ冬眠状態になるのだ。
「そうだよ。あそこは雪が降るギリギリまで収穫するからね」
「料理に使ういくつかの薬草の苗は、家に持って入って冬の間も台所で育てますよ」
レイの説明に、ニコスが笑って追加で説明する。
「ああ、植木鉢で育てれば冬でも室内でも育つんですね」
「もちろん、ある程度は暖かくしないと駄目です。その点では、冬の台所は火を落としても種火は残しているし、竃や窯の温度もそうすぐには下がりませんからね。植物を育てるのにはいい温度ですよ」
そんな話をしながら庭に到着した二人は、目の前にそびえ立つ岩の壁と、そこに掘られた丸い扉や窓を目を輝かせて見ていた。
「話には聞いていたけど、これは見事だな」
「本当だ。陛下が見たがられる気持ちも分かるよね」
「さあどうぞ。お疲れでしょうからお入りください」
タキスが扉を開き、皆でまずは居間に向かった。
「全部丸いんですね」
扉を入ってすぐの玄関の天井は丸くくり抜かれたドーム状になっているし、各部屋につながる廊下の天井も全て丸い。
「おお、ここの天井も丸いんだ」
居間に通された二人は、天井を見上げて喜んでいる。
「そっか、王都のお家は言われてみたら、全部四角かったね」
釣られてレイも天井を見上げながらそう呟いた。
「それは建て方の違いからですな。ここは元々、岩盤の塊をくり抜いております。くり抜く際には丸い形が一番効率が良く、また空間の保持力も均等にかかります。なので掘って部屋を作る際は丸い形が基本です。しかし普通の家は、丸太や削った木材、切り出した石などを謂わば組み立てて作りますからな。直線のものを組み立てれば必然的に四角くなりますじゃろ?」
「素人にも、ものすごく分かりやすくて納得出来る説明を、ありがとうございます」
真面目にロベリオがそう言って頷くのを見て、ギードも嬉しそうに頷いた。
「ここを作ったのは、数百年前の鉱山が栄えておった頃のドワーフ達です。当時はさぞ賑やかっだったのでしょうな」
目を細めてそう話すギードは、少し寂しそうに見えた。
ニコスが用意してあったお茶のセットをワゴンから取り出して、二人とレイにはカナエ草のお茶を、三人にはいつものお茶を入れた。
机の上には、栗の甘露煮や砂糖漬けの瓶がビスケットの瓶と一緒に並んでいる。
「これって、もしかして栗? へえ、こんな風にするんだ」
ロベリオの言葉に、レイが目を輝かせる。
「え? もしかして、甘露煮って食べた事無いの?」
ユージンと顔を見合わせる。
「これって、たまにルークが差し入れてくれるお菓子に乗ってるあれかな?」
「そうかな? でも栗って、だいたい茹でて皮を剥いたのか、炒ったのしか食べた事無いよな」
「そうだよね。あ。パンにクリームにしたのを練りこんであるのなら、食べた事があるぞ」
「ああ、あれは美味しかったね」
小皿を人数分並べたレイが、嬉しそうに匙で甘露煮と渋皮煮を取り出した。砂糖漬けも同じ様に匙で取り出して隣に並べた。
「食べてみてよ。すっごく美味しいから。あ、蜂蜜はこれをどうぞ」
蜂蜜の瓶も取り出して真ん中に置く。
ユージンはたっぷりと、ロベリオは少し入れてレイに返す。レイもたっぷり入れた。
「おお、美味しいぞこれ。甘いけどなんて言うか……甘すぎないから、幾つでも食べられそうだ」
「俺はこの茶色いのが良いな、これが好きだな」
それぞれに食べながら感想を言い、それを聞いたレイも嬉しそうに砂糖漬けを口に入れた。
「全部ニコスが作ったんだよ。僕は皮を剥くのを手伝いました!」
「凄いな。本当になんでも作っちゃうんだ」
「俺達にはどうやって作るのか、想像も出来ないね」
一頻り栗を楽しんでから、お土産の箱を開けた。
「こっちはこれです。お好きだと聞いたので、ヴィゴとマイリーが厳選してくれましたよ」
箱には、ぎっしりと酒瓶が並んでいた。
「こっちの列は、ビネガーだそうです。使い方は……ご存知みたいですね」
目を輝かせるニコスに、二人は笑って二箱目を開けた。
「これが中身の詳しい内容です。俺達には何が何だかさっぱりですけど、貴方ならお分かりですね」
一番上に入っていた紙をニコスに渡して、ロベリオも笑顔になった。
「これは素晴らしい。おお、これはヘラ赤鹿の薫製肉。こっちは……白身の魚の塩漬け。こっちは貝の干物ですね」
この辺りでは滅多に手に入らない食材の数々に、ニコスは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。今夜は腕をふるいますぞ」
「楽しみにしてます」
「ルークとヴィゴから、本当に美味しかったって聞きましたので、実は期待してます」
ユージンとロベリオの言葉に、レイも笑顔になった。
「ニコスの作ってくれるお料理は世界一だもんね」
「さすがにそれは言い過ぎだぞレイ。でも嬉しいよ。そんな風に言ってもらえるなら、料理の作りがいがあるってもんだ」
そう言ってレイの頬にキスすると、ニコスは立ち上がった。
「まずはお部屋にご案内します。どうぞこちらへ」
前回、ヴィゴとルークが泊まった部屋に二人を案内し、そのままレイの部屋に三人は向かった。
ニコスは台所に夕食の支度の為に戻り、タキスとギードは二人掛かりでお土産のお酒や食材を食料庫に運んだ。
「素敵な部屋だね」
「やっぱりここも天井が丸いんだ。へえ、窓も丸い」
二人が興味津々で見て回るのを、レイは嬉しそうに眺めていた。
「え? これって胸当てだな。良いの持ってるんだな」
「あ、籠手もある」
「
ロベリオが、ギードが作ってくれた金剛棒を手にして叫び声を上げた。
「えっと、それの名前は金剛棒だって聞いたけど、違うの?」
「ああ、そうとも言うな。俺達は六金棒って呼んでる。上下に金属の付いたのは、特に棒だけのと分ける為にそう呼ぶな」
「長い方のが、だいたいこうやって握った時の肘から拳までの長さ六個分って意味。だからそう呼ばれてる。対になる短い方は、必ず長い方よりも重いんだよ」
そう言って、握りこぶしを作って腕を立てる。
「肘から拳の先までが、だいたい平均で35セルテ前後だからね。これが六個分。まあ、身長より少し長い程度だね。あくまで目安だけど」
「その短い方は、まだ駄目だって言われて使ってないよ」
「ああ、これはな……」
「そうだね。別に使わなくても良いよね」
苦笑いする二人に、レイは首を傾げた。
「重いけど持てない事は無いよ。長い方みたいに、素早く振り回すのは難しそうだけど」
「まあ本格的に訓練を始めたら教えてもらうと思うけど、こっちは謂わば一撃必殺の武器でね。重さもあるから、打ち込んだ時の殺傷力が桁違いなんだよ。ましてやこれは、金属の重しがついてるからね」
ロベリオの説明に驚いて思わず二人を見る。真剣な顔でレイを見つめていた二人は肩を竦めた。
「剣よりも遥かに力がいるから、誰でも使える武器じゃ無い。俺達でも、こいつで戦えって言われたら……躊躇するよ」
「それこそ、本当に使いこなせるのって、ヴィゴぐらいだよな」
「あとは山岳修行者だね。元はと言えば金剛棒は彼らが使ってた武器だよ」
「山岳修行者?」
初めて聞く言葉にレイが首を傾げる。
「今ではほとんどいないけどね。星を信仰する星系信仰の中の、主に護衛の任務になどに就く戦う者達が行ってた訓練だよ。文字通り、山に篭って一人で星を見て暮らす。詳しくは知らないけど山を走り回って色々な訓練をしたらしい。その間、中指の長さ以上のナイフは持ってはいけない決まりらしい。つまり剣などの武器を持っては行けないから、代わりに使ったのが、この二本の棒だったって訳」
「へえ、そんな意味があったんだ」
「今では、この短い方は、言ったように殆ど使われていないんだけど、まあ言ってみれば対になる武器だからね。自分で準備するなら長い方だけで良いんだけど、誰かに贈る時は、必ず大小揃えて贈るんだよ」
「慣習っていうか、そういう決まりになってる」
二人の説明に、レイは短い方の金剛棒を持った。短いがずっしりと手に重く、力の付いたレイでも、振り回すのは容易では無い。
「まあ、言って見れば。これを振り回せるぐらい強くなりなさいって意味だよ」
「そうそう、本当は武器なんだけど、実際に使う事を想定してるわけじゃ無い武器なんだ。面白いだろ?」
「武器って言っても色々あるんだね。すごいや……」
「しっかり勉強してくれよな。頼りにしてるぞ」
「そうだぞ。久しぶりの新人に、皆、期待してるんだからな」
からかうような二人の言葉に、レイは顔を上げて笑った。
「うん、頑張るから、もっと沢山教えてください」
「こちらこそよろしくな。新人さん」
「そうだよ。皆、待ってるんだからね」
二人掛かりで擽られて、レイは悲鳴を上げて笑いながらベッドに倒れこんだ。
廊下では、食料庫から戻ってきたタキスとギードが、子供のように戯れる三人を呆れたように眺めていた。
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