二日酔いとからくり博物館

 目が覚めた時、レイは酷い頭痛を感じて唸り声をあげて枕に顔を埋めた。

「うう……頭痛い……何だこれ……」

「レイ、おはようございます。朝市を見に行きますからそろそろ起きてくださいよ」

 その時、ノックの音がして、タキスが扉を開けて部屋を覗き込んだ。

 シルフがカーテンと窓を開けてくれた。

 一気に部屋が明るくなり、ベッドに突っ伏していたレイは、差し込む眩しさに悲鳴をあげて更に枕に抱きついて顔を埋めた。

「うう……おはよう、ございます」

 顔を上げずに、枕に突っ伏しまたままでとにかく朝の挨拶をした。

「おやおや、あれしきのお酒で情けない」

 枕と一体化しているその様子を見て、タキスは呆れたようにそう言うと入って来てレイの顔を覗き込んだ。

「今の貴方の症状を当てましょうか。頭が痛くて、喉が乾いてて、ついでに言うとちょっと胸がむかついていますね?」

「タキス……天才……僕、何の病気?」

 余りの情けなさそうな声に、タキスは吹き出した。

「大丈夫です。これで死んだ人はいません。ついでに教えてあげますが、それは病気じゃありませんよ」

「ふぇ? 風邪かと思ったけど……違うの?」

 眩しそうに目を細めて顔を上げたレイの頭を、タキスは遠慮無く叩いた。

「起きてください。それでとにかく水を飲んでください。貴方のその症状は、二日酔いって名前が付いてます」

「なにそれ……?」

「お酒を飲んだ翌日になる事がありますね。貴方はまだお酒に慣れてないから仕方ないでしょうけど、病気じゃありませんから大丈夫ですよ。起きてください!」

 にっこり笑うタキスに、レイはもう一度悲鳴をあげて枕に抱きついたのだった。



「おはようさん。どうじゃ? 初めての二日酔いは」

「おはよう。大丈夫か?朝ごはんは消化の良いものにしろよな」

 とにかく顔を洗い、身支度を整えてソファーに座って放心しているレイの前に、ウィンディーネ達が現れた。


『飲んで飲んで』

『美味しい水』

『飲んで飲んで』

『楽になるよ』


 それを見たニコスが慌てて机にコップを置くと、頷いたウィンディーネ達が、そのコップにたっぷりの水を入れてくれた。

「ほら、レイ。姫達が水を出してくれたぞ。飲みなさい」

 カップを手渡してやると、ぼんやりしていたレイは、お礼を言ってカップを受け取り一気に飲み干した。

「何これ! 甘くて美味しい!」

 驚いたようなその様子に、嬉しそうに笑ったウィンディーネ達が、またカップに水を入れてくれる。

「ありがとうね。いただきます」

 笑ってもう一度お礼を言うと、今度はゆっくりと飲み干した。

 三杯目の水を飲み干した時、顔を上げたレイがまた驚いたように首を振った。

「あれ? 頭の痛いのが無くなったよ? 喉の乾きも治ったし、胸がむかついてたのも治った!」

「さすが、姫達の出してくれる良き水は違うな」

 感心したようなギードの言葉に、ニコスとタキスも笑って頷いた。

「姫、ありがとうございます。どうやらレイの二日酔いは、良き水で治る程度の軽症だったようですね」

「じゃあ、朝ご飯だな。レイ、荷物は持って行くようにな。ここにはもう戻らないよ」

 そう言って立ち上がった三人に続いて、レイもリュックと荷物を持って付いて行った。




「おお、相変わらず大人気じゃな」

 案内された席に座り、皿を持って立ち上がったギードが笑う。

「すごい人ですね。いつもこんなに?」

 驚くタキスに、レイはこの春に来た時には、小さな身体で馬人混みに弾き出されてしまって料理まで辿り着けなかった事を話した。

「もっと人が多かったよね。今日はまだお料理がここから見えるもん」

「確かにそうだな。じゃあ今回はレイも自力で確保出来そうだな」

「どっちかって言うと、タキスを守ってあげたほうが良さそうだよ」

 レイの言葉通り、タキスは大勢の好き勝手に動き回る人にどうして良いか分からないようだった。

「タキス、行こう!」

 レイが隣に付き、反対側にはギードが付いて見て回り、何とかタキスも自分の分を確保する事が出来たようだ。

「美味しいですね。でもまさか、食事をする為にこんなに大変な目に会うとは」

 それぞれに取ってきた豪華な朝ごはんを食べながら、タキスは何度もそう言って笑った。

 いつもよりもやや控え目に取ってきたレイは、たっぷり入れたカナエ草のお茶を飲みながら、いつもよりゆっくりと食事をしたのだった。

 最後にもう一度お湯をもらってきて、カナエ草のお茶を入れたレイは、たっぷりの蜂蜜を入れてから、水筒にそのお茶を入れた。これは今日飲む分だ。

 レイがお薬を飲むのを確認した三人も、残りのお茶を飲んで立ち上がった。

「さてと、それじゃあ朝市に行くとするか。今回はそれほど無いが、まあ良い物があれば買うことにしよう」

 トケラと荷馬車は預けたままで、それぞれにラプトルに乗ると朝市の開催している商店の並ぶ通りを目指した。



 ラプトルから降りてのんびり通りを歩きながら、森では採れない果物や野菜を買い、スパイスや岩塩を買い込んだ。

 タキスは、通りから入った細い路地で見つけた小さな薬屋に入ったまま、そこの店主と薬草談義に花を咲かせてしまい皆に呆れられていた。

「有意義な時間をありがとうございました。またお話を聞かせてください」

 何でも、あまり知らない薬の配合を教えてもらったらしく、タキスはシルフを呼び出して何やらブツブツと呟いていた。



 それからギード行きつけの酒屋にも寄り、いくつかお酒を買ってベラの籠に入れた。

 ちょうど昼頃に屋台が出ている通りに出たので、色々と好きなものを買い、通りの端にある噴水の横で座って交換しながら食べる事にした。

「そういえば、初めてここに来た時、ここの噴水に知らないおじさん達が落ちたんだよ」

 それを聞いたギードとニコスが吹き出し、驚くタキスに二人は事情を説明してやった。

「レイには言わんかったが、実はあの時、禄でも無い人買い共が、竜人の子供であるレイを誘拐する算段をしておったんじゃ」

 ギードの言葉に、タキスだけでなくレイまで驚いて目を見開いた。

「何それ!僕そんな話、初めて聞くよ!」

「何ですかそれ。無事だったから良かったものの。笑い事ではありませんよ!」

 血相を変える二人を見て、ギードとニコスはまた吹き出した。

「蒼竜様の寄越してくれたシルフ達が付いているのに、ただの人間ごときが、レイに手出し出来るもんかい」

「ちゃんと頼んでおいたわい。手出しするなら止めろとな。ただし、あまり大ごとにはせぬようにと言ったら、ああなった訳じゃ」

 まだ笑っている二人を見て、タキスとレイは顔を見合わせた。

「そっか、それであの人たちは兵隊さんが来たら逃げ出したんだね」

 串焼きの肉を食べながらそう言って笑うレイを見て、タキスもため息を吐いて自分の串焼きに噛り付いた。

「まあ、そう言う事なら良しとします」

「ありがとうね、みんな」

 膝や腕に座ったシルフ達に、レイは嬉しそうに笑ってそう言うのだった。




「この後は? どうするの?」

 片付けて立ち上がったレイに、ギードが嬉しそうに別の道路を指差した。

「面白いものを見せて差し上げましょう。ついて来なされ」

 自信ありげにそう言って笑うギードに、三人は首を傾げつつ付いて行った。

 しばらく通りを歩き、辿り着いたのは中々に大きな建物だった。

「何ですか、ここは?……からくり博物館?」

 大きな扉の横には、精緻な彫刻が施された見事な看板が挙げられていて、そこにはこう書かれていた。

 からくり博物館、と。

「昨日、バルテンから聞いてな、是非レイに見せてやりたかったんじゃ」

 扉の横の指定された場所に騎竜を止め、担当の者から木札を受け取る。ここににもシルフがいてラプトルの背の上で手を振ってくれた。

「よろしくね」

 手を振り返して中に入ると、レイは驚きの歓声を上げた。

 ちょうど入った正面には、春に見た、花の鳥のレプリカが真ん中に置かれて、あの時のようにゆっくりと首を振っていた。

「ちょっと小さいけど、春に見たのと同じだね」

 嬉しそうに駆け寄って、正面からじっと眺めた。

「これ、どうなってるんですか? 何処にも首を支える棒も、上から吊るしている糸もありませんよ」

 タキスがそう呟いて、下から覗き込むようにして花の鳥を見ている。

 大きく翼を広げたその鳥は、長い首を差し出すようにして右に左にゆっくりと振っているのだ。

「どう考えても、上から吊るしては無いでしょ? だって、春には野外の会場に置いてあったんだよ。あ、一位を取ったって書いてあるよ。ほら!」

 手前に立てられた看板には、今年の花祭りの人気投票で堂々の第一位だった事が書かれていた。

「すごいですね。でもこれって、一体どうやって首を支えているんでしょうか?これはでも……」

 仕掛けが気になるらしく、何度も首を傾げるタキスにニコスが何か言いかけたその時、見慣れた人物がゆっくりと近付いて来た。

「あれ? ギルドマスターがこんなところで何してるんですか?」

 思わずレイがそう言った通り、現れたのはギルドマスターであるバルテンだった。

「ようこそ。からくり博物館へ! どうじゃ、中々の出来だろうが」

 両手を広げて嬉しそうに笑ったバルテンは、満面の笑みでそう言った。

「長年の夢だった、からくり博物館を遂に開館したんじゃ! 連日大勢の人が来てくれて、ワシはもう嬉しくて堪らんわい。あの子にも見せてやりたかったなぁ」

 花の鳥を見ながらそうつぶやくバルテンに、レイはまた申し訳なさが募った。

「彼に例のアレを見せてやりたいんじゃが、良いか?」

「ああ、構わんぞ。まあまずは一通り見て回ってくだされ。後程、別室でゆっくりとお話し致しましょう」

 意味ありげな会話をした二人は、笑って頷きあうと、バルテンの案内でそのまま館内を見て回った。




 入口の吹き抜けになった高い壁一面には、時間が来ると人形達が踊り出すからくり時計が取り付けられていた。

 午後の一の刻に合わせて鳴り出した鐘の音に合わせて、クルリクルリと回りながら踊る人形達に、見ていたレイはまた歓声を上げた。

 次に入った部屋には、お盆を持った人形が置かれていて、担当者が動かしてくれた。

「そこにいてくださいね」

 指定された場所に立ったレイの元に、人形が進んできたのだ。手にしたお盆には水の入ったカップが置かれている。

 呆然と見ていると、レイの目の前でその人形は止まった。

「どうぞカップをお取りください」

 言われるままにカップを取ると、その人形は少し後ろに下がってそのまま半回転して元の位置まで戻って行った。

「すごい……どうなってるの?」

「下に車輪が有るのは分かりましたが、どうやってレイの前まで動いて止まったのでしょうね?」

「しかも、カップを取ったら元の位置まで勝手に戻ったよ」

「これらは、オートマタと呼ばれる機械仕掛けの人形です。こいつがワシの人生を変えた人形じゃよ」

 バルテンの言葉に、ギードも苦笑いしていた。

「まあ、それぞれに色々有るな。こいつはからくり仕掛けに魅せられた、言ってみればからくり馬鹿じゃな」

 からかうようなギードの言葉に、バルテンは笑ったが否定しなかった。

「今でもまるで昨日の事のように覚えておりますぞ。こいつを始めてみた日の事を。親父殿が手に入れてくれたこいつを、ワシは毎日眺めていた。そのうちにどうやって動くのか仕組みが知りたくなって、作った職人を調べて訪ねた。しかしもう、その方は亡くなっておってな。道楽でこれらを作ったその方のご子息から、設計図や作りかけの道具を譲り受けた」

「ところが、その後色々あって、金に困ったこいつが冒険者として活躍しだした頃に、ワシと出会った訳だ」

 肩を叩いて笑い合う二人を見て、レイはちょっと羨ましかった。



 他にも、文字を書く人形や、うたた寝する人形。勝手に音楽を奏でる楽器など、案内されたそれぞれの部屋で、レイだけでなく他の三人も揃って歓声を上げるのだった。

 楽しそうに見て回る彼らの事を、天井の梁で並んで座ったシルフ達が、つまらなさそうに眺めていた。

 からくり仕掛けの人形達は、どうやら精霊達にはあまり人気がない様だった。

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