麦刈りと力仕事

「ふう、すごいね。本当に全部終わっちゃったよ」

 束ねた麦を拾ってトケラの引く荷車に積み上げながら、麦の綺麗に刈り取られた地面を見てレイは感心したようにそう言った。

「ギードの技術とトケラのおかげだな」

 散らばった落ち穂を拾いながら、ニコスがそう言って笑った。

「あの刈り取り機って、ドワーフのギルドに売ったら売れるんじゃない?」

 しかし、ギードは顔をしかめて首を振った。

「ところがそう簡単じゃ無いんじゃな、これが」

「どうして?」

 また麦の束を拾って積みながら不思議そうに首を傾げた。これがあれば、麦の刈り取りは格段に楽になる。

 もっと広がれば良いと思ったんだが、どうして駄目なのだろう

「実は、トリケラトプスは人と違って死ぬまで大きくなるからな、年齢で大きさが相当変わるんじゃ。トケラは今、大体30才程度らしいが、これはトリケラトプスの中ではようやく大人になった程度、つまりまだ若いから身体は小さいんじゃ」

「ええ! これで?」

 思わず側にいたトケラを見上げた。これで小さいのなら、一体どれくらい大きくなるのだろう。

「そうなんじゃ、だからトリケラトプスの大きさがまちまちで、この刈り取り機には合わんのじゃよ。しかも、大きな三本角が特徴じゃが、この三本角の位置も、個体によってかなり違う。だからもし作るなら、それぞれの個体に合わせて実際に大きさを合わせて作ってやらねばならん。しかし、ある程度成長すれば、また作り直さなければならん。実際、ドワーフのギルドでもこれを検討してもらった事があるんじゃが、手入れや作り直しに掛かる金を考えると、一般に普及させるのはあまり現実的では無いとの結論だったんじゃ」

「そっか。僕らのはギードがやってくれるけど、これを誰かに頼んで作ってもらったら、毎回お金が掛かるもんね」

「今のところ、南ロディナ地方の穀倉地帯の大規模農場で試験的に導入されとる程度じゃ。まあ、ある程度以上の規模の農場限定なら何とかなりそうだとの事だから、その辺りはギルドに任せておるわい」

 ギードの説明に納得して、レイはトケラを撫でた。

「これからもよろしくね。どれくらい大きくなるのか、楽しみにしてるよ」

 目を細めたトケラは、大きな音で喉を鳴らしてくれた。



「ラプトルだって同じですよ。まあ、トリケラトプスほど大きさは変わりませんが、ベラは他の子達より大きいでしょう」

 タキスの言葉に、レイは拾った麦の束を抱えたまま驚いて振り返った。

「ベラは、ただ身体が大きい子だと思ってたけど、そうじゃ無いんだね」

「年齢で言えば、ベラが60才程、ポリーが30才程度、ヤンとオットーはまだ20才になってませんね」

「ラプトルやトリケラトプスってどれくらい生きるの?」

 30才や60才が、人で言えばどれくらいなのか分からなくて、思わず質問した。

「大体、騎竜の寿命は120から150才程度だと言われてますね。特に50才から100才ほどの子達が、一番性格的にも落ち着いて賢く、人の言葉もほぼ理解すると言われてますから、騎竜としては一番評価の高い時ですよ」

「逆に言えば、十代の若い騎竜は気が荒いことが多いので、長旅をする冒険者や行商人がよく使っておるな。また軍隊などで使われる事が多いんじゃ。特に冒険者の中には、若い騎竜を飼いならして、ある程度の年齢になると売ってまた若い騎竜を買う者も多いぞ。そうすればなかなか良い収入になるからな。ちなみに、それ以下の子竜は、別の意味で扱いが難しい」

「10才までの子竜は難しいってどうして? すごく可愛いんじゃ無いの?」

 不思議そうなレイに、タキスが知っている事を教えてくれた。

「とにかく子竜は甘えん坊で、世話してくれる人の事も親だと思うらしいですよ。竜は卵で産まれますが、とにかく両方の親がずっと付きっきりで子竜の世話をしますからね。竜の保養所のある北ロディナでは騎竜の繁殖も行なっていますが、とにかくどこに行くにもくっついて回ってものすごい勢いで懐かれるので、お世話が大変だそうですよ」

 その話を聞いて、レイは竜の保養所でお世話になったシヴァ将軍を思い出していた。

「へえ、シヴァ将軍も子竜に懐かれたりしてたのかな」

 あの大きな体格の彼が、小さな子竜に懐かれて笑顔になっている図を想像して、レイは小さく吹き出した。

「今度会ったら聞いてみようっと。騎竜の子供って、見てみたいな」

 この列の最後の麦の束を荷台に放り上げて、また大きく腰を伸ばした。



「さてと、まずはこれを干すとしよう。麦刈り最後の大仕事じゃな」

 山積みになった荷車を、トケラに引かせて畑の横の倉庫へ向かった。

 作業机は既に片付けられていて、代わりに天井まで届きそうな背の高い大きな木枠が幾つも組まれて並んでいる。これは刈り取りの途中で抜け出したニコスとギードが組み立ててくれたのだ。

 荷台から外したトケラを連れて、タキスとニコスはまた畑に戻って行った。

「順に干していくぞ、先ずは下の段じゃな」

 収穫してきた麦の束を、端から木枠にかけて干すのだ。

 はさがけと呼ばれるこの作業により、麦を乾燥させてカビが出るのを防ぎ、これ以上育たないようにする。しかし、麦の束をひたすら持ち上げて木枠に引っ掛けて行く作業は力仕事なので、麦の収穫の中でもかなりの重労働なのだ。

 数日かけて乾燥が終われば、脱穀して殻を取り、綺麗に磨いて潰して石臼で粉にすれば小麦粉の出来上がりだ。白い小麦粉にするなら、この後ふるいにかけて、シルフ達に殻の部分を取り除いてもらう作業がある。

「パンは美味しいから必要だけど、小麦粉って食べられるまでに手間が掛かってるよね」

 肩を竦めるレイに、ギードも苦笑いして頷いた。

「まあ、美味いものを食べたければ、しっかり働けって事だな」

 レイもその言葉に、笑って頷いた。

「そう言えば、母さんがよく言ってたよ。美味しいものを食べるためには苦労するのが当たり前なの! って……」

「違いないな。苦労した分、美味くなるってな」

 あの時のエドガーと同じ事を言って笑うギードに、レイはちょっと出た涙を飲み込んで、笑って誤魔化した。



 二段目に突入してからも、レイとギードはひたすら麦の束を干し続けた。

 もう一台の荷台にまた麦の束を山程積んで、トケラと一緒にタキス達が戻ってきた。

「ああ、レイがいてくれると、力仕事が分担出来て楽ですね」

 嬉しそうなタキスの声に、レイは頷いて大きな声で返事をした。

「任せて、頑張るからね!」

「頼もしいな。でも無理はするなよ」

 持ってきた大きな踏み台に乗って上の段に麦を干す作業を、束ねた麦が全部無くなるまで交代しながら続けたのだった。




「一番の大仕事が終わったら、気が楽になったな」

 表に出て、揃って大きく伸びをする。

「結局、今日はブルーは来なかったね」

 一番星の光る夕空を見上げながら、レイも大きく伸びをして肩を回した。

 さすがに今日は一日中力仕事だったので、あちこち身体が痛い。

「今日は、ゆっくりお湯に浸かって体を休めてくださいね。明日は残りの芋を掘り上げますから、また力仕事ですよ」

「畑仕事は重労働だよね」

 そう言って笑うレイは、密かに来年の心配をしていた。

「農作業の時だけ、戻るって……出来るのかな?」

「何か言いましたか?」

 小さな声で呟いたレイに、タキスが不思議そうに振り返った。

「何でも無い」

 照れたように笑って、荷台を片付けるのを手伝った。






「今何と言った? もう一度言え」

 静かなブルーの声に、使いのシルフ達は怯えたように小さくなって震えた。

「其方達に怒っておるのでは無い。今の話をもう一度言え」

 優しい声でそう言ったブルーに頷いたシルフ達が、小さな声で、もう一度教えられた言葉を順に話した。


『タガルノにて要石の封印が何者かによって解かれようとしています』

『十二のうちの一つは完全に解かれてしまい』

『その場はタガルノの兵達に占拠されていて近付く事が出来ません』

『それ以外は今の所無事ですが非常に危険な状態です』

『どうぞ蒼の森の結界の強化をお願いします』

『黒衣の古き民よりのお願いです』


 それを聞いて、ブルーは大きなため息を吐いた。

 今日、午前中いっぱいをかけて蒼の森の結界の強化に努め、一旦泉に帰ってきて水を飲んで一休みして、さあレイに会いに行こうと思ったところにシルフ達がやってきたのだ。

 この者達は全て上位の精霊達で、蒼の森の中でも迷う事なくブルーを見つけてこの泉まで来たのだ。普通の者が寄越した精霊では無い。

 無視することも出来ずに話を聞いてみれば、蒼の森にもいる太古の民からの伝言で、内容は到底見過ごせない大問題だったのだ。



「其方らの主人に伝えろ。蒼の森と北東の森の結界は完全だ。心配は無用。しかし、タガルノとの国境付近は先日の戦いで綻びが多く生まれておる筈だ。十分に注意されよ。とな」

 それを聞いた精霊達は、頷いて次々にいなくなった。

「もし万一にも、封印が解かれたことにより要石がこれ以上砕けたら……許さぬぞタガルノめ。レイに万一にも被害が及ぶような事あらば、己の犯した愚かな所業を思い知らせてくれるぞ」

 苛立って大きく打ち振った尻尾が、周りの水を跳ね上げる。

「仕方がない。もう一度全ての結界を確認しておくか。しかしそうなると、明日も会いに行けぬでは無いか。全く度し難い愚か者共め。許さんからな」

 すっかり暗くなった空を見上げて、ブルーは泉の中に体を沈めた。


『今日は一日中麦刈りをしてた』

『蒼竜様が来ないって話してた』

『寝坊してるのかなって言ってた』

『言ってた言ってた』

『お疲れお疲れ』


 いつもの精霊達の語る今日のレイの様子を聞きながら、ブルーは静かに泉の底で目を閉じたのだった。

 不安は尽きないが、今は彼らに任せる事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る