アルカディアの民の正体

「アルファン、何をした」

 王妃を背後に庇い、厳しい表情で自分を睨むマイリーに問われて、アルファンは蒼白な顔を上げた。

「私は何も……ただ、私が父から聞いた通りにしただけです。ですが、まさか本当に起こるとは……」

 そう言ったきり、怯えたようにまた俯いてしまう。

「お前が知っている事を全て話せ」

 普段は優しげな表情を崩さないアルス皇子も、まだカナシアを庇うように抱きしめたままアルファンを睨みつけるようにして立っている。

「皆落ち着きなさい。とにかく座りましょう。アルス、マイリー、守ってくれてありがとう」

 一人冷静な王妃の声に、怯えていたカナシアもようやくアルス皇子から離れて座った。

 それぞれ、とにかく席に着いた。

 しかし、タキスとガンディはこちらを見ているものの、意識の無いレイの側を離れようとしない。



「私が、戦火のアルカーシュから逃れてこの国に来る時、議員であった父からある事を託されました。私が生きているうちにもしも逢えたなら、必ずお届けしろと……」

「誰に、何をだ?」

 マイリーの厳しい声に、アルファンは、まだ右手に持ったままだったレイのペンダントを守るように優しく左手で撫でた。

「巫女姫様の証である銀細工の竜のペンダントを持った方に会う事があれば、それは巫女様の血族の者だから、お預かりしている精霊の記憶のかけらを渡せ……と」

「記憶のかけら? 何の事だ?」

 アルス皇子の声に、アルファンは首を振った。

「それが具体的に何なのかは私には知らされませんでした。私が教えられたのは、あの歌だけです。そして光の精霊達を託されました。かけらは彼らが持っているから、会えばわかると」

「何の事だか、さっぱり分からんな」

 焦れたように呟くマイリーは、天井を見上げてため息を吐いた。しかし、妙に不安げな表情の王妃とアルス皇子は、アルファンの話の途中から顔を見合わせて、二人揃って意識の無いレイを見つめていた。

「母上……やはり、そうなのですか?」

 不安げなアルス皇子の問いに、王妃は首を振った。

「恐らくそうなのでしょう。ですが、今ここにいる私達では、誰もその答えを持っていません。あの子の意識が戻るのを待ちましょう」

「マティルダ様と殿下は、一体何をご存知なのですか?」

 ガンディが、その言葉を聞いて立ち上がった。振り返った王妃が、ゆっくりと立ち上がって意識の無いレイの隣に来る。

「私がお婆様から聞いた話では、ハルディオの銀細工の竜を持つ者は、星のかけらを持つ太古の民の末裔だと……」

 意識の無いレイの額を優しく撫でて、隣に座る。

 レイの頭を膝に乗せたタキスも、無言でレイの背中を撫で続けていた。

「太古の民って、精霊王のお話に出てくる不老不死の園に住む人……ですよね?」

 不安そうなルークの言葉に、王妃は頷いた。

「実は、アルカーシュの滅亡について……ごく一部の者達しか知らぬ、隠された真実があります」

「隠された、真実?」

 マイリーの言葉に、王妃は小さく笑って話し始めた。



「放浪の民であるアルカディアの民、知っていますね?」

「もちろんです。確かに彼らが元アルカーシュの民であったことは事実ですが、アルカーシュの滅亡から既に百年以上の時が経っております。竜人であるアルファンならばいざ知らず、もう当時を知る人間はいないのでは?」

「確かに、当時を知る人間はもう生きていません。しかし彼らが何故、アルカーシュ滅亡の後に、どの国にも定住せず流浪の民とならざるを得なかったか。それは人の間では生きていけぬ理由があったからです」

「お話中ですがしばしお待ちを。部屋に結界を張ります」

 立ち上がったガンディが、部屋の隅に慌てるように早足で向かった。立ち上がったマイリーがその後に続いた。

 しばらくして戻ってきた二人は、黙って机とソファーに座る。それを見た王妃は、小さく頷いて続きを話し始めた。

「元々彼らアルカディアの民は、アルカーシュにて賢者の種族と呼ばれる一団でした。人数は多くはありません。総勢百人にも満たぬ人数であったと聞きます。彼らがどこから来たのか分かりませんが、高位の精霊魔法を易々と使いこなし、あらゆる知識に長けていました。身体の大きい者が多く、小柄な者の多かったアルカーシュの人達の中にいれば、すぐにそうだと分かったそうです。しかし、彼らは表舞台となる政治には一切関わらず、芸術を愛し、音楽と知識を民に広げる事を主な目的としていたそうです。当時のアルカーシュの大学院と神殿に、殆どの者達が在籍していたそうですからね」

「その話は聞いた事があります。アルカーシュの大学院には賢者達がいると」

 タキスの言葉に、ガンディも頷いた。

「それは儂も聞いた事があるな。しかし、アルカーシュの滅亡に伴って、すべて殺されたと聞きましたが?」

「ええ。殺された者も多かったそうです。その殆どは、院に置かれた書物や神殿の宝物を守る為に戦い、殺されたのだと……生き延びた一部の者達こそ、太古の民の末裔、つまり、人間と同じ姿形をしていますが寿命は格段に違う。一番長命だと言われている竜人よりも遥かに長命な、我々人間とは全く違う別の種族の者達なのです」

「人間と同じ姿形をした、全く違う種族?」

 マイリーとルークの声が重なった。

「そうです。今のアルカディアの民のうちの恐らく半分程がその者達です。つまり、アルカーシュの滅亡よりも遥か昔から生きていた一族です」



 誰も口を開けなかった。



 アルカディアの民が元々不老不死者マクロビアンと呼ばれていたのは、常に黒い衣を身にまとい、殆ど個人の見分けがつかない彼らの事を、半ば揶揄する意味で言われるようになった言葉だ。

「確かに、彼は長寿だな」

 ガンディが呟くように言った言葉に、マイリーが不思議そうに尋ねた。

「彼? 誰の事ですか」

「儂の古い知り合いのアルカディアの民でな、先日のルークの怪我の治療の際に、例の特別製の薬を差し入れてくれた御仁じゃ。確かにもう、百年近い付き合いになるな」

「それは……明らかに人間ではありませんね」

「彼は、自分には竜人の血が入っていると言っておった。たまたま姿は人間と同じに生まれたが、中身は半分竜人だから長命なのだとね。まあ、珍しいが全く有り得ぬ話では無いからな。特に気にしておらなんだわ」

「そこは……気にしてください」

 呆れたようにマイリーとルークが言い、タキスも頷いていた。



「話が逸れましたね。その彼らが守っていたものが、当時のアルカーシュの民が信仰していた星系神殿の巫女姫よ」

「星系神殿。確かに今では殆ど見なくなりましたね。精霊王を頂点とする信仰が厚いこの国では、学問としての天文学や暦の研究は残っていますが、星そのものを信仰する星系信仰はこの国には確かに合わなかったのでしょう」

「南の国境付近へ行けば、星系神殿も無い訳では有りません。海沿いの国では、今でも厚く信仰されていますね」

 それまで黙って聞いていたカナシアがそう言って頷いた。

「ハルディオの銀細工の竜を持っていたのは、精霊王の神殿の巫女達だったのでは?」

 ガンディの疑問に、王妃は苦笑いしながら答えた。

「この国では、神殿といえば精霊王のことを指しますからね。いつの間にかそう言われるようになってしまったようです。元は、星系神殿の巫女達の為に作られたものです」

「それで、星のかけらとは?」

 しかし、マイリーの言葉に王妃は首を振った。

「星のかけらが、具体的に何を指す言葉なのかは私も知りません。と言うか、恐らく意図的にそこの部分は伝えられていないのでしょう。アルファンが意味を知らされずに歌だけを教えられたようにね」

「すべての条件が重なった時に、全てを知る精霊がそれを実行する訳か」

 マイリーは、そう言って意識の無いレイを見て首を振った。

「タキス殿、申し訳ないが森へ帰るのはもうしばらく先になりそうですね。せめて彼が何を見たのか、聞き出すまでは帰すわけにはいきません」

 タキスもそれを聞いて、小さく頷くことしか出来なかった。

「もちろんです。それにしても、本当に大丈夫なのでしょうか……苦しんだりしている様子はありませんが……」

 不安げに見つめる意識の無いレイは、よく眠っているように見えた。呼吸も整っているし、特に苦しむ様子も無い。しかし、呼びかけに全くの無反応なのは明らかに様子が変だった。

「それで全部の話をまとめると、銀細工の竜を持っていたレイルズは、アルカーシュの巫女の血族という事になるな。その星のかけらを渡せると精霊達が判断したのならそう言う事だろう」

 ガンディの呟きに、タキスとマイリーが顔を上げた。ガンディとアルス皇子もそれを見て納得するように頷いた。

「あの夢……」

「恐らく間違いないでしょう。やはりアルカーシュの神殿、それも精霊王では無く星系神殿だったのですね」

「何の事?」

 納得する彼らを見て不思議そうな王妃にやカナシア様に、タキスは、レイの故郷のゴドの村の襲撃の事と、彼が見た過去見の夢の話をした。

「巫女姫様の血族ならば、過去見の力をお持ちであっても不思議ではありません」

 アルファンの声に、マイリーが質問した。

「先程もそう言っていたな。巫女姫? 巫女とは違うのか?」

 タキスは、以前ニコスが言っていた言葉を思い出した。

「巫女姫とは、巫女様の中でも最高位の位に着いたお方の事を指します」

「殆どの神殿で、なれる者のいない空位の存在だわ。なりたいからと言って誰でもなれるものでは無い」

 王妃の言葉に、タキスも頷いた。

「私がアルカーシュにいた頃、正に神童と呼ばれた女性がおりました。聖デメティルの名を持つその少女は、多くの精霊達に愛され、また多くの者達に愛されました。私は、その少女の教育係を一時期務めておりました。とてつもなく優秀で教えがいのある子でした。その後若くして巫女姫の地位につき、多くの精霊達に愛され、民達からも愛されました。しかし……」

「どうしたんですか?」

 ルークの言葉に、アルファンは悲しげに首を振った。

「ある時、彼女は恋をしました。お相手は、神殿の衛兵だった男です。我らが気付いた時には、二人の絆は既に断ち難いものとなっておりました。結局、周りの反対を押し切って、お二人は駆け落ち同然に全てを捨てていなくなってしまいました。唯一持ち出されたのがあのペンダントだけ」

「何ともロマンチックな話じゃな」

 苦笑いしたガンディに、王妃とカナシアも笑った。

「では、その方の子孫がレイルズなのですね」

 ルークの声に、その場にいたもの達は皆無言になった。

 まだ謎は多いが、どうやら少なくとも彼が目覚めたら何か分かるだろう。

 彼らは皆それぞれに顔を見合わせて、様々な思いのこもった大きなため息を吐いたのだった。

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