翌日
翌朝、起こしに来たタキスとラスティは、扉を開け部屋の様子を見て二人同時に吹き出し、そのまま無言で扉を閉めたのだった。
垣間見た部屋の中は、台風の通った後のような凄い有様だった。
「これはまた……凄い事になってますね」
扉の前で、タキスが苦笑いしながら肩を竦める。
「いやあ、ここまで豪快なのは久々に見ましたね。ちょっと待っていて下さい。応援を呼んで来ます」
まだ笑っているラスティが、そう言って走って行った。
それを見送ったタキスは、大きく深呼吸して、もう一度ノックしてから扉を開いた。
「シルフ、カーテンと窓を開けてください」
その声に、暗かった部屋が一気に明るくなる。
足元に転がったクラッカーの欠片を拾って、改めて部屋を見渡した。
奥のベッドに寝ているのは、レイとタドラとロベリオの三人。折り重なるようにして、お腹や背中が丸出しの状態で熟睡している。
窓際に置かれたせっかくのソファベッドだが、どちらもソファの状態のままで、枕を抱えたルークとユージンが窮屈そうに転がっている。
ルークの足が背凭れに投げ出されている事を除けば、こちらは、それなりに大人しく熟睡しているようだ。
ベッドの横の倒れた衝立の上には、くしゃくしゃになった毛布が丸まっているし、何故か、浴室に置かれていた大判の身体を拭くための布が何枚も、これも丸まった状態で転がっていた。絨毯の敷かれた床には、クラッカーの欠片や胡桃の殻があちこちに飛び散っている。
机の上に置かれたやかんや使用済みの食器が、綺麗に並んでいるのが逆に不自然に見える程、部屋の中は散らかり放題の状態だった。
「どうすれば、ここまで豪快に散らかせるんでしょうね」
呆れた様に呟いて散らばった布を拾い集め、取り敢えず浴室の籠に放り込む。毛布を横に置いて衝立を起こそうとしたその時、開いた扉から数人の第二部隊の兵士達が入って来た。
「タキス様、我々が片付けますので、どうぞそのまま」
慌てた一人がそう言って、駆け寄って来て衝立を起こすのを手伝ってくれた。その兵士は、床に置いたくしゃくしゃの毛布を拾って浴室へ行き、先程の布の入った籠と一緒に持って出て来て、まとめて廊下に出した。
別の兵士の一人が、部屋を見渡して空中に向かって話しかけた。
「シルフ、部屋のゴミを集めてください」
すると、何人ものシルフが現れて、部屋の床に散らばったゴミを小さなつむじ風を起こして一気に集めてくれた。もう、床にもベッドにも欠片一つ落ちていなかった。
やかんや使った食器をワゴンに乗せ、絨毯と、動いてずれた机や椅子の位置を手早く直す。あっと言う間に部屋を片付けた兵士達は、そのまま一礼して部屋を出ていってしまった。
タキスが手を出す暇もないほどの、手慣れた素早い行動だった。
「暑っい……シルフ、風をくれよ」
ベッドで寝ていたロベリオが呟くと、開いた窓から入ってきた優しい風が部屋の中を吹き抜けていった。
綺麗な布の束を抱えて戻ってきたラスティと顔を見合わせて、タキスは大きく息を吸い込む。
「起きなさい、このやんちゃ坊主ども!」
大声でそう言いながら、ベッドに寝ていた三人の足を叩いてやるとレイとタドラは飛び起きた。しかし、ロベリオは薄眼を開けた後、また目を閉じてしまう。
「ローベーリーオー!起ーきーてー!」
レイがロベリオの背中を叩いて起こそうとするが、枕に抱きついたまま一向に起きる気配が無い。
顔を上げたタドラが、体を起こして猫のような大きな伸びをする。
「おはようございます」
「おはようございます」
呆れたように自分を見るタキスに、レイは恥ずかしそうに笑って朝の挨拶をした。隣で、まだ眠そうなタドラもタキスに挨拶する。
「はい、おはようございます。昨夜は楽しかったですか?」
「うん!すっごく楽しかった!」
満面の笑みのレイの返事に、隣でタドラが吹き出す。
「確かに楽しかった。久しぶりに、本気で遊びましたよ」
笑いながらそう言うと、ベッドから降りてもう一度大きく伸びをした。
ラスティがソファで寝ている二人を起こしている間にレイもベッドから起きて、顔を洗いにタドラと洗面所へ向かった。
「ああ、お待ちを、これをお使いください」
二人が洗面所へ行くのを見て慌てたラスティが、机に置いていた綺麗な布の束を持って後を追って走った。
「あ、ラスティ……えっと、本当に色々散らかしてごめんなさい。お部屋、いつの間に片付けてくれたの?」
布を受け取りながら、レイが申し訳なさそうにラスティに謝る。
「お気になさらず。簡単に片付きましたから」
笑ってそう言うと、まだ起きないロベリオ達を起こしに戻った。
全員起きたところで各自一旦部屋に戻り、着替えてからこの部屋で食事をする事になった。
「じゃあ、後でな」
「すぐ戻るから待っててね」
寝ぼけ眼で笑いながらそう言って四人がいなくなると、一気に部屋が広く感じられた。
『おはよう、昨夜はずいぶんと賑やかだったな』
シルフが机の上に現れて、ブルーの声で挨拶してくれた。
「おはようブルー。うん、すっごくすっごく楽しかったんだよ」
そんなレイを見ながら、タキスは、ここに来た決断は間違っていなかったのだと密かに安心していた。
これから先の事を考えると、恐らくどれ一つをとっても大変な事だらけだろう。
しかし、もうタキスは心配していなかった。彼はもう、ちゃんと自分の足で歩き始めている。
思ったよりも早かったが、巣立つ雛を見送る日が確実に迫って来ているのを彼はひしひしと感じていた。
用意された朝食を皆で食べた後、食後のお茶を飲んでいる時に、マイリーが入って来た。
「おはようございます。昨夜はずいぶんと大暴れだったようだな、お前ら」
一番手前に座っていたルークの頭を手にした書類で叩いて、隣の席に座った。四人は顔を見合わせて、照れたように笑い合った。
「でも楽しかったよな」
「うん、あんなに本気で笑って遊んだのって、いつ以来だろう?」
「確かに、本気で大笑いしたよな」
「枕戦争、久しぶりだったけど楽しかった」
子供のように笑い合う彼らを面白そうに横目で見て、出されたお茶を一口飲んでから顔を上げたマイリーは、大人しく座っているレイを見た。
「レイルズ、今日はこの後、一旦離宮へ戻るから着替えておくように」
「えっと、最初に着た第二部隊の服ですか?」
「そうだ。ラスティが用意してくれるから着替えてくれ。装備の付け方を、少しずつでも教わっておくようにな」
「はい、分かりました」
ルーク以下の若い竜騎士達とはずいぶんと打ち解けたが、マイリーやヴィゴ、ましてやアルス皇子と話す時は、まだ緊張してしまうレイだった。
「お前達は、いつもの服でいいぞ。ロベリオとユージンはレイルズと一緒に戻るから第二部隊の服装だ」
「了解です。それで、今日は戻って何をするんですか?」
ルークの何気ない質問に、マイリーはニヤリと笑った。
「それは行ってみてのお楽しみだ。こっちはその為の色んな準備で、寝る暇も無いんだからな」
「うう、お手間とらせて申し訳ありません」
思わず謝るタキスと、隣で、これも頭を下げるレイに、マイリーは笑って首を振った。
「こんな実りのある苦労なら、喜んで幾らでもしますよ。これは俺の仕事ですからお気遣いなく。それじゃあ俺は一旦戻る。後で迎えに来ますので、ここで待っていてください」
そう言って、マイリーは書類の束を持って一礼して部屋を出て行った。
「俺達も着替えて来ます。すぐに戻るから、すまないけどレイルズも、もう一度着替えて」
ルークがそう言って立ち上がる。頷いた他の者も続いた。タキスも一旦部屋に戻り、レイはラスティに手伝ってもらって昨日の服に着替えた。剣帯の付け方を、着替えながら少しだけ教えてもらった。
「今お持ちの剣は、一般兵士用のショートソード、もしくは短剣と呼ばれる短い剣です。レイルズ様が正式に竜騎士になられた暁には、陛下から直接ミスリルの剣を下賜されます。貴方の剣は、どの様な剣になるのでしょうね」
話しながらラスティは目を細めた。
「あんまり重いのは僕には無理だよ」
「そこは、これからの鍛え方によるでしょうね。しかし、貴方は骨もしっかりしているし年齢を考えると身長もまだ伸びそうですね。どこまで大きくなられるのか、楽しみにしていますよ」
「はい、よろしくお願いします。知らない事だらけだから色々教えて下さい」
頭を下げるレイに、ラスティは大きく頷いた。
「勿論です。どんな些細なことでも疑問に思ったら何でも聞いてください」
頷いて笑うレイを見て、ラスティは育て甲斐のある方に仕える事が出来て心から嬉しかった。
「お待たせ。聞いたけど、隊長も来られるらしいからもしかしてまた何かあるな」
「離宮にわざわざ帰るってことは、向こうでないと出来ない事?」
「何だろうね?」
ロベリオとユージン、それにタドラが入って来て、一気に部屋は賑やかになった。着替えを終えたタキスも戻って来て、皆で離宮で何があるのかのんびり話していると、マイリーとルークが戻って来た。
「お待たせしました。それじゃあ行きましょう。俺達は竜で行きますので、先に離宮に行きます」
「それじゃあ、後でね」
タドラが手を振ってルークと一緒に先に部屋を出て行った。
「それでは参りましょう」
ラスティに言われて、レイも立ち上がった。
「ラスティも来てくれるの?」
思わずそう聞くと、彼はにっこり笑って頷いた。
「はい、貴方の行くところには私が基本的について行きます。竜で長距離を移動される場合などは、さすがに追いつけませんので、その時はまた別の者がお世話致します」
思わずタキスと顔を見合わせた。
「覚えておきなさい。それだけ竜騎士は大事にされてるって事だ。逆に言えば、それに見合うだけの働きも期待されてる訳だからな。まずはしっかり頑張って勉強してくれ」
部屋を出ようとしていたマイリーが、二人の会話を聞いて振り返りながらそう言った。
「はい。どこまで出来るか分かりませんが、頑張ります!」
大きな声で答えるレイに、マイリーは満足そうに頷いた。
「期待してるよ」
そう言って笑って、手を振って部屋を出て行った。
マイリーを見送ったレイ達も、迎えに来た第二部隊の兵士達に囲まれて、騎竜が待っている庭に向かった。
「今日は何があるんだろうね?」
隣を歩くタキスに小さな声で呟くと、タキスも頷いて周りを見ながら答えてくれた。
「さっき皆様が言われていましたが、離宮でないと出来ない事って何でしょうね?」
「後見人の王妃様とは、もうお会いしたから違うよね」
「あっ!」
タキスが思わず声を出して、慌てて俯いた。
「え?どうしたの?」
「何をするのか分かった気がします。でも、ここでは言えませんね。後で教えてあげます」
苦笑いしながらこっちを見るタキスに、レイは渋々頷いた。
「何なんだろうね? 気になる」
悔しそうに呟くレイの肩には、シルフ達が笑いを堪えながら座っていた。
『知らない知らない』
『誰に会うかなんて知らない』
『内緒内緒』
「え? 待って、誰に会うの?」
その声を聞いたレイが思わず自分の肩に座るシルフを見たが、シルフは笑って飛び立つと、くるりと回っていなくなってしまった。
「ええ、狡い。僕だけ分からないって悔しい!」
小さく呟くレイに、周りの兵士達は笑いを堪えるのに必死だった。
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