光の精霊魔法

「それで、何からするんですか?」

 ロベリオの頭上には、既に二人の光の精霊が姿を現している。

「ロベリオ様は、どんな光の魔法を使えるんですか?」

 タキスの問いに、ロベリオは光の精霊を一つ掌の上に乗せた。そっと、上へ投げ上げる。

 一気に明るさを増した光の玉は、真っ暗だった庭を見事に照らし出してみせた。

「すごい! すごい!」

 レイが大喜びで手を叩く。

「これは見事ですね。これだけ光の精霊と仲良くなっているのなら、コツさえ覚えれば変化の術も使えるようになるでしょう」

 ロベリオだけでなく、ユージンやレイ、ガンディまでが興味津々でタキスを見つめている。

「ところでロベリオ様、歌は歌えますよね?」

「え? 歌ですか?」

 ユージンと顔を見合わせて首をかしげる。

「まあ、嗜み程度には」

「俺もまあ、恥ずかしく無い程度には」

「聴くに耐えない音痴でなければ大丈夫ですよ。レイも歌えますよね」

 大きく頷くレイを見て、タキスは笑った。

「他にもやり方があるのかもしれませんが、私が父から習ったやり方をお教えします。まず地面に魔方陣を描きます。それから、光の精霊に、供物の歌を届けるんです。正直言って、それだけです。魔方陣の描き方はご存知でしょうから、鍵になる言葉をお教えしますので、要所にその言葉をはめ込んで描きます。それで全部です」

「供物の、歌……?」

 思ってもみなかった言葉に、呆気にとられて言葉も無い一同を尻目に、レイが無邪気な声で手を打って言った。

「あ、変化の術を使った時にタキスとニコスとギードが歌ってたあの歌だね? えっと、確かこんな感じだったよね」

 歌詞が分からないので、鼻歌で一部の音程のみを歌った。

「ああ、それは最初の時に歌った歌ですね。凄いですね、一度聴いただけで覚えたんですか?」

 感心するタキスに、レイは首を振った。

「全部は無理。でも素敵な歌だったから、最後の所だけ印象に残ってたのをちょっとだけ覚えてたの。そう言えば、二度目に歌った時はまた違う歌だったよね」

「ええ、そうです。変化の術は同じ相手に同じ術を使えば使うほど、術のかけ方は単純化されて簡単になりますからね。二度目は、魔方陣も簡単だったでしょう?」

「それは思った。でも、初めて見たから違いがよく分からなかった」

 二人のやり取りを呆然と聞いていたロベリオとユージンは、ガンディを振り返った。

「ガンディは? 変化の術って……」

「使えておったら、とっくの昔に儂が其方らに教えておるわい」

「あはは、そうですよね。失礼しました」

「写しの術ならば出来るがな」

 悔しそうに、ガンディがロベリオの頭を小突いて言った。



「写しの術って?」

 そのガンディの言葉を聞いて、顔を上げたレイが尋ねる。

「言葉通り、目の前の物をそっくり写し取る術じゃ。つまりこういう事じゃな」

 ポケットから小さな小瓶を取り出して地面に置いた。その隣に小石を一つ置く。

 ゆっくりと右手を小瓶にかざし、左手を小石にかざす

「その姿かたちを写し取るべし。小石なるものはかくあるべし」

 ガンディの右手の上に光の精霊が現れて、小石の上を回り始めた。精霊が手を伸ばして小石を叩いた瞬間、光が溢れてすぐに収まった。

「あ、小瓶が二つになった!」

「うわあ、凄い」

「すっげえ!」

 三人の声が辺りに響いた。

「これって、どうなってるの?」

 小瓶を手に取ったレイが、蓋を開けようとして手を止めた。

「あれ? 開かないや」

「どれ? 見せて」

 ユージンが小瓶を手に取って、同じく蓋を開けようとする。

「本当だ、開かない」

「どうなってるんだ、こっちは開くぞ」

 もう一つの小瓶は、当然、蓋のコルクが外れて開くことが出来た。首をかしげる三人に、タキスが笑って教えてくれた。

「これは文字通り、姿を写し取る術です。だから変化はしません。意味がわかりますか?」

「ああ成る程、そう言う事か。形そのものを写し取るだけで、機能までは写し取れる訳じゃ無いんですね」

 ユージンの言葉に、二人も納得して頷いた。

「ああ、そうか。形だけなんだね。これって、大きさは? どれ位まで出来るんですか?」

 レイの質問に、タキスとガンディは顔を見合わせた。

「まあ、基本的には術者が認識出来る大きさなら、どんな物でも出来ますよ。でも例えば、このお屋敷を丸ごと写そうと思ったら、……その建物が建つ為の場所と、変化の為の、同等の大きさの元になる物が必要ですからね。術そのものは単純なんですが、何でも簡単に写し取れる訳ではありません」

「それに、ある程度の力量のある者にかかれば、簡単に見破られるからな」

 ガンディの言葉に、三人は揃って思いっきり首を振った。

「少なくとも、ここにいる俺たち三人は騙されてます」

 ロベリオの言葉に、ガンディが舌を出した。

「当たり前じゃ、儂を誰だと思っておる。お前らひよっこ共に見破られるような、生半可な術は使わんわい」

「師匠、やめてください。その返し方はレイを見てるみたいです」

 呆れたようなタキスの言葉に、全員堪えきれずに同時に吹き出した。



「今のはどうやってするんですか? 教えてください!」

 レイの言葉に、ロベリオとユージンも頷いて隣に並んだ。

「それは構わんが、その前にレイ……お前は右利きじゃったな」

「はい、ペンも道具も右を使います」

「それなら右手を出してみろ」

 言われるままに、ガンディの差し出した手に、右手を重ねた。

「こうやってちょっとの間、じっとしておれよ」

 右掌を上にさせて、差し出した状態で止める。

「ウィスプ、見てやってくれ」

 レイの掌に、ガンディの肩に座っていた光の精霊が降り立った。

 じっとしたままのレイが不思議そうに見つめていると、光の精霊はレイの掌を叩いて頷いた。

『これは良い手良い手主の手強き流れを持つ素晴らしき手なり』

「おお、これは素晴らしい。良かったなレイ、其方の手は良き手だそうじゃ」

「これは素晴らしいですね。これからが楽しみです」

 ガンディとタキスの嬉しそうな声に、レイは首を傾げた。

「良き手って?」

「つまり、術を使う時に役に立つ手かどうかって事じゃ。甲斐無き手を持つ者もおる。そのような者が術を使えば、正しく魔法は作用せず、下手をすれば暴走するからな。仮に魔法への適性があっても、甲斐無き手を持つ者は、術を使わぬように、術そのものを封印される事もある。まあ、滅多におらぬがな」

「こればかりは生まれつきのものだから、自分の努力でどうにかなるものじゃ無いんだよね」

 ユージンとロベリオが、そう言って苦笑いする。

「どなたか、お知り合いにいらっしゃるんですか?」

「タドラの一番上の兄がそうだったんだよ。子供の頃から精霊が見えて、周りは彼の将来にもの凄く期待してたらしいんだけど、六歳になって精霊魔法の勉強をする為に精霊特殊学院へ入学する予定だったんだ。でも入学する前に皆、今のレイがやったみたいに役に立つ手かどうか調べるんだけど、彼はその……甲斐無き手だった訳だ。それで、入学が取り消されて家へ帰されたんだ」

「それは、ご本人もご家族も、さぞかし落胆されたでしょうね」

 残念そうなタキスの声に、二人も頷いた。

「まあ、その辺りはあまり詳しくは俺達も知らないんだけど、その後産まれたタドラが、精霊への反応がすごく良くて、彼は四歳の時に精霊特殊学院に入学してるんだ。当然、その上の兄は面白く無い訳で……」

「まあそんな訳で、その後も色々あるんです」

 肩を竦めた二人の言葉を聞き、タキスはガンディを振り返った。

「まあタドラは今でも、ご家族と、その……あまり親密では無いな」

 かなり控えめな言い方に、タキスはなんとなく彼の家庭の事情を察知した。

 不思議そうにしているレイに、念のため言っておく。

「レイ、タドラ様は、ご家族と上手くいってないようですね。ご家族の話は聞かないようにね」

「分かった、気を付けます」

 納得はしていないだろうが、なんとなく不味い話だということは理解したようで、小さく頷いた。



「まあどこの家も、それぞれに色々あるわい。話が逸れたな。レイの手も良き手のようじゃから、一度やってみるが良い」

 ポケットからまた小瓶を出して、三人に一つづつ持たせる。

「一番簡単な変化の術である、写しの術じゃ。相手に使うのはその辺りにある小石で良い」

 地面を指差すガンディに頷いて、三人はそれぞれに適当な大きさの小石を手にした。

「地面に並べて置く。少し離すくらいが丁度良いわい。おお、そうじゃ」

 三人が少しずつ離れた場所に立ち、それぞれの足元に小瓶と小石を少し離して並べる。

「術の為の呪文はこうじゃ。その姿かたちを写し取るべし。小石なるものはかくあるべし」

 ガンディがしていたように、右手と左手をそれぞれ小瓶と小石の上にかざす。

「その姿かたちを写し取るべし。小石なるものはかくあるべし」

「その姿かたちを写し取るべし。小石なるものはかくあるべし」

「その姿かたちを写し取るべし。小石なるものはかくあるべし」

 三人が真剣な声で、それぞれに呪文を口にした。



 レイの頭の上には、大きな光の精霊が三人くるくると回っている。ロベリオの上には二人、光の精霊を持たないユージンには、タキスが自分の精霊を二人貸している。

 まず動いたのは、レイの頭上の精霊だった。三人のうちの一人が足元に降りて来て小石を叩いた。光が溢れた直後に、そこにあったのは二つの小瓶だった。

「やった! 出来たよ」

 隣に立つロベリオとユージンを見ると、ロベリオの精霊が次に足元に来て石を叩き、そのすぐ後にユージンの精霊も足元に来て石を叩いた。

 光が溢れた後には、合計六個の小瓶が転がっていた。

「やった! 上手くいった」

「良かった! 上手く出来たね」

 ロベリオとユージンが喜んで手を叩き合い、順にレイとも手を叩き合った。

「おお、これは素晴らしいな。三人とも成功するとは、初めてにしては上出来じゃ」

 タキスとガンディも嬉しそうに拍手してくれた。彼らの後ろでは、見ていた竜達も嬉しそうにしていた。



「これって、いつまでこのままなの?」

 開かない小瓶を手に、レイが手を上げて質問する。

「まあ、この程度の術なら、放っておけば一晩で元に戻るな。継続させようとしたら、この上から再度同じ術をかけて乗算していくんじゃ」

「乗算? つまり術を掛け算するの?」

 ガンディの言葉に、またレイが質問する。

「先ほどタキスが言っておったろう。同じ相手に同じ術を使えば使うほど術そのものは単純化されて簡単になると。つまり、術が乗算されてどんどん強い状態でかかるようになるから、同じ状態を維持するなら楽になる訳だ。ただし、当然かける側の術者にはそれなりの力が求められるからな、幾らでも無制限にかけ続けられる訳では無い」

 納得した三人が小瓶を手に頷いている。

「じゃあ、今すぐにこれを元の小石に戻そうと思ったら?」

 ガンディは、自分が変えた小瓶を手にした。

「小石なるものは元の姿の戻るべし」

 そう言って左手に持っていた小瓶を右手で叩いた。一瞬の光が溢れて元に戻った時にガンディが持っていたのは、ただの小さな小石だった。

「成る程。じゃあ早速、ええと小石なるものは元の姿の戻るべし」

 ロベリオが、開かない小瓶を手にしてそう言うと、右手で小瓶を叩いた。

「あれ? 戻らないよ?」

 ロベリオの左手にあるのは、小瓶のままだ。

「お前はまたやったな。呪文は正確に! 言葉は区切る。いらぬ言葉を付け加えるな!」

 ガンディがロベリオの背中を叩き、起こったような声でそう言った。

「はい、もう一度やります」

 咳払いをして、改めて呪文を唱える。

「小石なるものは元の姿の戻るべし」

 右手で叩くと、光が溢れて元の小石に戻った。

「良し。上手く出来た」

 嬉しそうなロベリオを見て、レイはタキスに質問した。

「えっと、どうしてさっきは出来なかったの?」

「呪文というのは、間違った言葉や余計な言葉をつけ加えると、上手く術が完成しません。さっき、彼は呪文の前に、ええと、と言ったでしょ。一旦言葉を区切れば良かったんですが、慌てたのかそのまま言葉を続けてしまった。なので、呪文としては、ええと小石なるものは元の姿の戻るべし。に、なってしまった訳です」

 納得して頷いたレイに、ロベリオが照れ臭そうに言った。

「なんかつい無意識に言っちゃうんだよ。ええと、とか。何だっけ、とか」

「気を付けます」

 先輩の失敗を見て勉強するのは、後輩の特権だ。

 ユージンとレイも、左手に小瓶を持ってそれぞれに呪文を唱えた。

「小石なるものは元の姿の戻るべし」

「小石なるものは元の姿の戻るべし」

 今回は上手くいったようで、光が溢れた後、どちらも元の小石に戻った。



「上手くいったな。それでは今日はこれくらいにしよう」

 小石を元の場所に戻して、それぞれ竜に挨拶した。ユージンとロベリオの乗って来た竜達は、このままここで一晩過ごす。

「オニキスよ。右の翼を見せてみろ」

 その時、ブルーがロベリオの竜であるオニキスの所へ首を伸ばした。

「どうしたの? ブルー」

 レイがブルーとオニキスの側に駆け寄る。それを見たロベリオとユージンも慌てて後に続いた。

 オニキスの右の翼の付け根あたりは、ごっそりと鱗が剥がれて痛々しい事になっている。出血こそしていないが、ほとんど鱗の下の肉が剥き出しになった状態だ。

「知らぬとは言え、申し訳ない事をした。見せてみろ」

 ブルーが首を伸ばして、アーテルの右の翼の付け根の鱗が剥がれた場所を見る。

 剥き出しになった鱗の剥がれた部分に鼻先をそっと付けると、癒しの術を発動させた。



「ええ、鱗が……」

「凄い……古竜はこんな事が出来るんだ……」



 ユージンとロベリオの二人は、呆然とその様子を見ていた。

 オニキスの剥がれた鱗が小さく再生を始めて、みるみるうちに大きくなっていった。

「ふむ、やはり竜同士だと術の効きが良いな」

 嬉しそうにブルーがそう言って、もう一度、生えかけた鱗に鼻先をくっつけて癒しの術を発動させた。

「元に……」

「戻った……」

 呆気にとられた二人の見ている目の前で、どんどん鱗が大きくなり、殆ど元の鱗と変わらない大きさになった。

「しかし、これはあくまで応急処置だ。鱗の厚みが全て元に戻るには最低でもひと月ほどは掛かるだろうから、あまり無理をさせぬようにな。其方には大きな怪我はなかったか?」

 ロベリオを覗き込むようにして、上からブルーが尋ねる。

「ええ、大丈夫です。シルフ達が止めてくれました。俺は頑丈なのが取り柄ですから……」

 半ば呆然と覗き込むブルーを見上げた。

 その吸い込まれそうな濃い青の瞳を見た時、なんとも言えない震えが彼の全身を駆け巡った。



「ありがとうブルー。すごく痛そうだったから、治してくれて良かった」

 何故、ロベリオの竜が怪我をしたのか、事情を知らないレイの無邪気な言葉に、一同はもうただ笑うしかなかった。

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