森の湖と竜騎士達

 竜騎士達は、午後から他の仲間にも引き合わせると約束してくれて、一旦ガンディと一緒に引き上げて行った。そして部屋には、タキスとレイ、そしてシルフを通じてのニコスとギード、窓の外にはブルーがいると言う、やや変則ではあるがいつもの顔ぶれに戻った。

『それにしてもずいぶんと紳士的な対応だったな』

『この前森に来た時もそうだったが』

『思ったよりも酷い奴らでは無いようだな』

 シルフ達が話す言葉を聞いて、レイは身を乗り出した。

「そう、ちょっと待ってよ! 竜騎士様が森に来たっていつの話? 僕知らないよ!」

 膨れるレイに、タキスは苦笑いしながら教えてくれた。

「以前、畑仕事をしていて、いきなり誰か来たと言って、家へ走って戻った事があったでしょう。覚えてませんか?」

 忘れる訳が無い。あの時初めて、タキスが人間が怖いんだと聞かされたのだ。あの時の彼の怯え様は、只事では無かった。

「もちろん覚えてるよ。そっか、あの時か……でもそれならタキス、此処にいて大丈夫なの? ここって人間だらけだよ」

 確かに竜人の医者もいるが、殆どが人間だ。ドワーフに至っては、今の所一人も見ていない。人間が怖いのなら、ここは駄目な気がした。

「ええ、もう大丈夫です。誤解は解けて、もう怖くなくなりましたよ」

 にっこり笑ったその笑顔は、無理している風では無かった。

「本当に?」

「ええ、本当ですよ。せっかくオルダムまで来てるんですから、外出許可が出たら、一緒に街へ出て見ましょう」

 タキスの声に、シルフがニコスの声で喋った。

『待て待て』

『行っておくが仮に許可が出ても』

『自分らだけで絶対出歩くなよ』

『絶対に案内人を付けろ! 良いな!』

「案内人?」

 レイが不思議そうにそう言い、タキスの顔を見る。

『お前らは知らないみたいだから教えてやるけど』

『オルダムの街って』

『別名迷路の街と呼ばれるくらいに』

『複雑な構造なんだよ』

『ブレンウッドどころじゃ無いぞ』

『幾つもの大きな城壁が街の中を寸断してる』

『だから初めて来た奴は案内人無しじゃ絶対歩けない』

『多分ガンディ殿が用意してくれるだろうけど』

『街で勝手な行動は厳禁だぞ!』

 一気にまくし立てるシルフに、二人は見えもしないのに何度も頷いた。

「分かってますって! 勝手な行動は取りませんよ」

「心配性だなもう。いざとなったらシルフに聞けば良いじゃない」

 レイの言葉に、ニコスの声は大きなため息になった。

『オルダムの街に関して言えば』

『シルフの道案内は無意味だぞ』

「どうして?」

『シルフでさえも迷子になると言われてる』

『まあ実際にはそんな事は無いんだけど』

『それ位複雑で道案内が難しいんだよ』

「あの、お忘れのようですので言いますけど……一応、私はここに住んでましたよ」

 横でギードが吹き出す声がする。

『あははそうだったな』

『でも迷子になりまくってたんじゃ無いか?』

「迷子になった事は否定しませんが、一応それなりの主要な通路は把握してます……多分」

 急に弱気になったタキスに、レイとギードが同時に吹き出した。

『不安しかないぞおい』

『しかも五十年以上前の記憶だもんな』

 ニコスも笑いながらそう言って、また吹き出した。

「もう、分かってます。幾ら何でも勝手に出歩いたりしませんよ」

 タキスが若干拗ねた口調でそう言って、また皆で笑った。

『レイ頼むから迷子にならないように』

『タキスの手をしっかり握ってやってくれよな』

 ニコスの声に、レイも笑って大きな声で返事をした。

 とりあえず、当面の最大の心配事が解決した安心感から、皆、すっかりいつものペースに戻っていた。






「取り敢えずは、無事に交渉の一回目は終わったな」

「まあ、上出来じゃないか。彼をここに預けてもらう事と、こちらの派遣したシルフを森へ連れて行く事。どちらも約束を取り付けた。それに、何とかあの気難しい古竜の信頼を勝ち得た様だしな」

「しかし、あの竜を鎖で縛るって……誰がそんな馬鹿な事を考えたんだ」

「三百年前……正確な年代が分からないと断定は出来ないが、レオアラ皇王か、次のヘケター皇王あたりだな。うん、その頃は統治が乱れて、情勢が不安だった時代だな」

 王国の歴史は全て諳んじているアルス皇子の話に、マイリーも頷いた。

「書庫の記録にあったのは、ヘケター皇王の時代でしたね。まだ、色々な事が未整備の時代です。当然、城下の精霊竜の数も少なかったはずですから、確かに、主を無くした竜に、次の主を探せと詰め寄るのはあり得るでしょうが、それにしても非常識にも程がある」

「そのお陰で、我が国は古竜を三百年もの長きに渡って森へ閉じ込める事となった」

「よくぞ、我らをお見捨てにならなかったものだな。一体どうすれば、この過ちを償えるんだろう」

「それに先程は言いそびれたが、タキス殿にも詫びねばならん」

 三人は同時に大きなため息を吐いた。

「一旦戻ろう。本部で心配してる皆に、まずは交渉の成功を報告だ。心配はまた後でな」

 白の塔の竜騎士専用の部屋にいた三人は、頷いて立ち上がった。






 ガンディが戻って来て、豪華な昼食を食べた後、レイはもう落ち着いて座っていられなかった。

 竜騎士様って何人いらっしゃるんだろう?気難しい方だったらどうしよう。それよりも、何か失礼をしたらどうしたら良いんだろう。

 期待と不安が入り乱れて、自分の気持ちがよく分からない。

 深呼吸して開いた窓の側に行くと、ブルーが覗き込んで来た。

「ブルーちょっとだけこうしてて」

 差し込まれた鼻先に抱きついた。ブルーがゆっくりと喉を鳴らしてくれた。

 その音を聞いていると、何故だか不安が消えていった。

 額にキスして、気がついた。ちょっと鱗がカサカサしてる。

 いつもはしっとりと濡れた様な冷んやりと冷たい感じだったのに、何故だろう?

 それに改めてよく見ると、目の周りには土埃がついて目やにの様になっているし、身体も全体に薄汚れている。

 要するに、有り得ない程にやつれて見えたのだ。

「……どうしたのブルー、なんだか疲れてる? 違うな、弱ってるみたいに見えるよ。大丈夫?」

 その言葉に、タキスが息を飲む音が聞こえた。思わず振り返る。

「何か知ってるのタキス! もしかして、ここに来るために何かブルーは無理をしたの!」

「それは……」

 貴方の命を守る為に、蒼竜様の命を削ったなどとはとても言えなかった。

「心配無い。少し疲れただけだ。森の泉に浸かればすぐに元に戻る」

「ねえ、思ったんだけど、ブルーって水の中が良いの?」

「我は元は水の属性を持った竜だからな。しかし、必ずしも水の中にいなければならない訳では無い。水の中を快適に感じるだけだ」

 それならば、かんかん照りの日差しに遮る物さえ無い上に、砂埃が舞うこの庭は、決して快適とは言え無いだろう。

 レイは知らなかったが、この中庭は元は職員たちの運動場として解放されている場所で、その為に足元が砂地になっているのだ。大きな身体に付いた砂埃は、確かにブルーの体力を少しずつ奪い続けていた。

「大丈夫だ。其方の事が第一だ」

 差し込んだ鼻先でレイの体に頬擦りする。

 もう一度キスをして、ガンディを振り返った。

「あの、ガンディ様……お聞きしても良いですか?」

「何でしょうか。それから、私のことはガンディとお呼びくだされ」

 以前、タキス達にも同じ事を言われた。

「でも……」

「竜の主にはその権利があります。どうぞ、ガンディとお呼びくだされ」

「えっと、じゃあガンディ、どこか泉か大きな池か湖は近くにありませんか? お願いします、教えてください」

 先ほどの話を聞いていたガンディは、窓の外の蒼竜を見つめた。

「ならば、この城の西側の森に小さいが深い湖がある。普段は王族の狩場として管理されておるが、あそこならここからすぐ近い、ふむ、しばし待たれよ。陛下に許可を頂こう」

 そう言って、一旦部屋を出て行ったガンディは、助手を連れてすぐに戻って来た。その手には、見覚えのある服を持っている。

「許可を頂きましたぞ。部屋を変えましょう。さあ、これに着替えられよ」

 綺麗に洗われた服を受け取り、お礼を言ってその場で着替えた。

「靴が無かったのでな。これは兵士用の靴じゃが、サイズはこれで良かろう。履いてみなされ」

 革製の足首まであるブーツと靴下を出してくれた。裸足でスリッパを履いていたレイは、これもお礼を言って履いてみる。

 この形のブーツは履いた事がなかったが、作りもしっかりとしていて、履き心地は中々のものだった。

「大丈夫そうじゃな。それでは参ろう。蒼竜よ、飛ぶことは出来るか?」

「今すぐに森へ帰れと言われれば、帰れるぞ」

 憮然としてそう言ったブルーに、ガンディは笑った。

「それは賴き限りじゃな」



 中庭に出た三人は、ブルーの側に行った。

 差し出された頭に遠慮なく抱きつく。改めて見ると、やっぱり全体に鱗がカサカサしていて痛々しかった。



 その時、頭上に影が落ちた。



 見上げた上空には、竜の姿があった。それも何頭も。

「おお、全員勢揃いじゃな」

 ブルー以外の竜を見たのは生まれて初めてのレイは、口を開けて空を見たまま動けなかった。

 先頭の真っ赤な竜が一番大きく、その斜め後ろに付く二匹の竜は先頭の竜よりも一回り小さい、更にその後ろに四頭の竜が並んでいた。

「うわあ、凄い……」

 その時、真っ白な竜がゆっくりと降りて来た。

「乗ってくださいガンディ」

 焦げ茶の短い髪の竜騎士が、ガンディに声を掛ける。

 駆け寄った第二部隊の兵の手を借りて、ガンディが彼の後ろに乗った。

 竜の背の上から、ガンディが二人を見て笑う。

「タキスは蒼竜に乗せてもらうか? 今なら、どれでも好きな竜に乗せてもらえるぞ」

 タキスは困ったように蒼竜を見上げた。

「二人とも乗るが良い」

 伏せて頭を下げてくれたので、いつものように前にレイ、後ろにタキスが並んで乗る。

 白い竜に続いて、ブルーが大きく翼を広げてゆっくりと上昇した。

「うわあ、凄い。本当にお城だ」

 眼下に広がる光景に、二人ともそれ以上の言葉が無かった。

 上から見ても高さがわかる、何棟もの高い塔。頑強な石造りの巨大な王宮と城壁、寄り添うように立つ幾棟ものこれも大きな建物とそれぞれの広い庭、間には大きな木も何本も見える。

 お城の真ん中にある広場では、大勢の人々がこっちを見上げていた。



 その時、一斉に歓声と拍手が沸き起こった。



 下から聞こえるまるで雷のような歓声に、レイは驚きのあまり咄嗟に顔を上げて、同じく下を見下ろしていた後ろのタキスの頭と、思いっきりぶつかった。

「痛ったーい!」

「この石頭! いきなり動かないでください!」

 後頭部とおでこを抑えて、二人は同時に文句を言って、同時に吹き出した。

「何をしとるかお前らは」

 呆れたようなガンディの声が、すぐ近くで聞こえた。

「え? あんなに離れてるのに、ガンディの声が近くで聞こえたよ」

 驚くレイに、ブルーが教えてくれた。

「声飛ばしの術だ、普段しているのと同じだぞ」

「そうなんだ。精霊魔法は本当に色々あるんだね」

 感心するレイの言葉は、当然全員に届いていた。



 四頭の竜の後ろについたブルーは、その巨大さが際立って見えた。前を並んで飛ぶ二頭が翼を広げた大きさよりも、ブルーの方が遥かに大きかった。



 編隊飛行のまま、彼らは城の上空を抜け、近くの森へ向かった。

 木々の間から、こじんまりした建物が見える。かなり広い庭が広がっていた。これなら全員降りても余裕があるだろう。

 建物から、何人もの人達が出てきて整列している。先程の真っ白い竜がゆっくりと降りたが、着地はせずに、ガンディの声が聞こえた。

「先に湖で用事を済ませて参る故、済まぬが準備を頼む。急に無理を言ってすまんな」

「それが我らの務めですからお気遣い無く。第二部隊の方々も、すぐに来られるそうです」

「さあ、まずは湖へ行きましょう。蒼竜のお気に召さねば、他をあたる故、気にせず言ってくだされ」

 竜達について行くと、すぐ近くにこじんまりした湖があった。濃い水の色であることを考えると、かなり深い湖なのだろう。

「どうじゃ? 入ってみられよ」

 ブルーは、一旦湖の畔に降りると、レイとタキスを下ろした。

 そのままゆっくり上昇すると、湖の上へ行きそのまま湖にゆっくりと沈んでいった。

 固唾を飲んで見守っていると、しばらくの沈黙の後、上昇してきたブルーが首を出した。濡れて埃の取れたブルーはとても綺麗だ。

「ふむ、悪くない。地下の水脈はかなり深くまで繋がっておるな。水も良い。魚が僅かにおるのも気に入った」

 嬉しそうにブルーがそう言うと、上空の竜騎士達が、手を叩いたり腕を上げたりして喜んでいた。

「では、夜はここで過ごさせてもらうとしよう。昼は白の塔に戻れば良かろう」

 ブルーの声に、ガンディが答えた。

「いや、どうぞそこにおられよ。レイとタキスを、この横にある離宮へ移動させますのでな」

 驚くレイに、ガンディの声が告げる。

「ここは元々西の離宮と呼ばれ、狩りの為の建物として作られておるので大勢入っても大丈夫です。城からすぐ近い。まずはここでお身体を癒されよ」

「良い場所を感謝する。ここならば、すぐに元通りになるだろう」

 嬉しそうなブルーの声に、レイも笑った。

 その時、ラプトルを引いた兵士が近寄って来た。

「タキス様、レイルズ様。こちらのラプトルをお使いください」

 鞍をつけられたラプトルの手綱を渡された。

 顔を見合わせた二人は、お礼を言って手綱を受け取ると、軽々とその背に跨った。

「先程の屋敷へ戻りましょう。蒼竜様、どうぞゆっくりお休みください」

 その言葉に頷いて、見送るブルーに手を振って、タキスについて屋敷へ戻った。

 上空で見ていた竜騎士達も、屋敷の庭に順番に降りて来た。

 ラプトルの背から、それを見ていたレイは、次々に舞い降りてくる色とりどりの竜達を、飽きる事もなく夢見心地で見つめていた。

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