王都オルダム

 王都オルダムに到着間近のマーク達一行は、この街道の難所でもある、長い坂道を登っていた。

「俺達はラプトルと荷馬車だから楽だけど、荷物を背負ってこの坂を登るのは一苦労だよな」

「確かにそうだよな。この坂を歩いて登るのは、女性なんかにはかなり大変だろう」

 マークは、辺りを見回して頷いた。そう言えば、歩きの人をこの辺りではあまり見かけない。

「オルダムの周辺の坂の少し手前の町では、乗合馬車の乗り場があちこちにあるんだよ。金に余裕のある奴は、最後は馬車で街まで行くって寸法さ」

 キム上等兵が指差したのは、大きなトリケラトプスが引いている簡易な屋根の付いた馬車だ。

 確かに、様々な人達が肩を寄せ合うようにして、ぎっしりと馬車に乗っている。

 あの巨大なトリケラトプスならば、この程度の人数は然程の負担では無いのだろう。

「なるほどね。全部は無理でも、最後の辛い坂道だけは、金を払えば楽出来る訳か」



 王都では地方とは違い、騎竜を個人で持つ事が出来るのは、貴族か商人など、限られた一部の人達だけだ。

 その為、一般の人達が利用する乗合馬車が発達している。



「でも、乗れない人は……」

「諦めて歩くしか無いさ。でもほら、計ったみたいに疲れた頃に、休憩出来る店が建ってて、さあお休みくださいとばかりに、待ち構えてるのさ」

 街道沿いに建つ丸太小屋風の建物の前には、幾つもの机と椅子が並んでおり、小銭程度で簡単な軽食やお茶が飲めて、休憩出来るようになっている。

 この辺りはギルドがしっかりしている為、無茶な値段を付けるような店はあまり無い。

「商魂逞しいな」

 感心したように茶屋を見て、マークは笑った。

「ま、せいぜい笑ってろよ。俺は、王都へ入った時のお前の反応が楽しみだよ」

「どうして? 何があるんだよ?」

 キムはそれ以外笑って教えてくれなかった。




 王都オルダムは、竜の背山脈の手前にある、竜の鱗山と呼ばれる巨大な山を背にした、天然の城塞都市でもある。

 まるで王都を守るかの様に、竜の鱗山から連なる小山や丘が周囲を取り囲み高くなっている為に、王都への道は東西南北どの方角から来てもまず、長い坂を登る事になるのだ。

 しかし、その坂を登り切ると、巨大な平地に広がる王都オルダムを一望する事が出来る。

 それは正に、大陸の中心と呼ばれるのに相応しい光景だった。

「うわあ……」

 坂を登りきり、一気に広がったマークの視界に飛び込んで来たのは、それは見事な街並みだった。

「王都オルダムへようこそ。マーク上等兵。どうだ? 初めて見る王都の感想は?」

 態とらしく胸をそらして、冗談半分に笑う彼を、田舎者だとからかうなと怒る事さえ忘れて、マークは言葉も無くその景色に見とれていた。




 中心奥に、王都オルダムの象徴でもある石造りの巨大な王宮と、寄り添うように建てられた幾つもの高さの塔や建物が、圧倒的な存在感を放っている。

 これもまた巨大な石造りの建物と広い庭のある貴族達の住む家々が、王宮を取り囲む様に並んでいる、それを守る様に巨大な城壁が張り巡らされていて、道は広いとは言え入り組んでいて、真っ直ぐ城には辿り着けない様になっている。

 その巨大な城壁の外側には、一般の市民達の住む街が広がっている。

 旧市街、新市街と、どんどん広がる街に合わせて増やされて作られた年代ごとに高さの違う様々な城壁が、これもまた幾重にも重なっていて、さながら迷路の様になっている。

 しかし、オルダムに住む者達は皆、当たり前のように道を覚え暮らしている。

 地方から来た者は、まず間違いなく道に迷って迷子になり、付近の者に助けを求める事になるのだ。

 街には、道案内を仕事にしている人達も大勢いる程だ。



 それを聞いたマークは、本気で気が遠くなった。

 何しろ、三階建ての建物でさえ、マークの住んでいた辺境の村には無かったのだから。

「安心しろ。田舎者のマーク上等兵には、生粋のオルダムっ子のこの俺様が、みっちり指導してやるよ」

 大笑いしたキム上等兵は、胸を叩いて親指を立てて見せた。

「うう、よろしくお願いします」

 マークの余りにも情け無い声に、側で聞いていた他の者達も皆笑っている。

「安心しろ、マーク上等兵。皆通った道だ。俺なんか昼前に出掛けて、帰ったら門限ぎりぎりだった事なんてしょっちゅうだったぞ」

「俺なんか、門限までに戻れなくて、泣きながらシルフに伝言頼んだ事が何度もある。最後にはもう諦めて、毎回外泊届を出してから出掛けてたな」

「俺は、初めの一年は最初から覚えるのは諦めて、いつも案内人を頼んでたぞ。一人歩きが出来るようになったのは、ここに来て三年目だったな」

 皆、次々と自分の体験談を話してくれたが、聞いていて余計に不安になったのは、気のせいでは無いと思う。

「そうだよな。案内人を頼むのが一番だよな」

「結局、それが一番楽だよな」

「第四部隊は給料良いから、そこは楽できるよな」

「確かに」

 どうやら、皆の話をまとめると、とにかく複雑な王都の街を覚える迄は、最初のうちは、金がかかると言わずに案内人を頼むのが一番らしい。

「だから、お前には俺がちゃんと教えてやるって」

 泣きそうな不安な顔でキムを見ると、彼は笑って請け負ってくれた。

「だってお前、家にかなりの額を仕送りしてるんだろ? 金は大事にしないとな」

 その声に、周りの何人もがマークを見た。

「その歳で仕送りしてるのか。そりゃあ大変だろ。でも、王都は何かと金がかかる事も多いから、ある程度は手元に残しておけよ」

「そうそう、辺境の砦と違って、ある程度の小遣いは必要だぞ」

「ありがとうございます。まだ、第四部隊になってからの給料もらってないんで、金額的にどうなるか分かりませんが、仕送りの額はよく考えてみます」

 照れたように言う彼に、皆、頷いて笑った。

「そうだぞ。それと、もし困った事があれば、早めに周りの者に言えよ。一人で抱え込まないようにな」

「そうだぞ。俺達第四部隊は、家族みたいなもんだからな」

「ありがとうございます」

 親身になって色々と言ってくれる先輩達を見て、少しだけ不安が減った気がした。

 正直言って不安しか無かった第四部隊への配属と王都への人事異動だったが、少なくとも自分は、同僚や先輩には恵まれているようだった。

 顔を上げた目の前には、見上げる様な高さの城門が開かれていた。






 先に出発した第四部隊よりも、ヴィゴ達は先に王都に到着した。

 王宮の横にある、竜騎士隊の専用の広場に降り立つ。

「よく無事にお帰りくださいました」

 駆け寄って来た第二部隊の者達が、満面の笑みで迎えてくれた。

「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから」

 タドラが笑いながらベリルの背から降りる。

「俺も大丈夫だよ」

 ルークも、苦笑いしながらパティの背から降りて来た。

「全く、人騒がせな奴らだ」

 最後に降りて来たヴィゴが、シリルの背から降りてルークとタドラの背を叩いた。

「おかえり。皆ご苦労だったな」

 広場に姿を見せたマイリーに、三人は敬礼して直立した。

「詳しい話は中で聞く。マッカム、竜達の世話を頼む」

 マイリーは、横で控えていた背の低い竜人に声をかけた。

 マッカムは、竜騎士隊の竜達がいる竜舎の古株で、竜の世話にかけては右に出る者がいないほどの腕前だ。

 また対竜限定だが、医学や薬の知識も豊富で、竜の健康面での管理と世話も行うことが出来るのだ。

「かしこまりました。皆疲れておるでしょうから、よく労っておきます」

 シリルの側に行き、首筋を撫でながら何度も頷いてそう言った。

「じいちゃん、我は腹が空いた」

 シリルの声に、マッカムは嬉しそうに頷いて首筋を叩いた。

「勿論、たんと用意してございますぞ。でもその前に、身体の状態を見なければな」

 マッカムや他の者達に促されて、竜達は竜舎へ戻って行った。

 それを見送った四人は、顔を見合わせて建物の中へ入って行った。



「休ませてやりたいのは山々なんだがな、悪いがまずは報告を」

 扉を閉めたマイリーは、振り返ってそう言った。執務室には、アルス皇子を始め、ユージンとロベリオの姿もあった。

「只今戻りました」

 三人が直立して敬礼するのを、アルス皇子も立ち上がって敬礼する。

「三人揃っての無事の帰還を心から歓迎するよ。本当に、無事で良かった」

「ご心配お掛けしました」

「申し訳ありませんでした」

 タドラとルークが、いたたまれない様な顔でそう言うと、アルス皇子は笑って首を振った。

「野生の老竜相手に、無事に戻って来たんだ、充分だよ」

 その言葉に、三人は揃って視線を逸らす。まるで、誰が言うのか譲り合っているかの様な妙な仕草だ。

「何だ? 揃って何が言いたい?」

 不思議そうなマイリーの問いに、諦めたヴィゴが話し始めた。

「その事ですが、実際に現地で見て分かった事ですが……」

 ルークとタドラは、横で無言で顔を覆った。

 何事かと驚いて声をかけようとした彼らは、ヴィゴの言葉を聞いて耳を疑った。

「蒼の森にいたのは、老竜ではありませんでした」

「何だと? じゃあ成竜だったのか?」

 拍子抜けした様にマイリーが言うと、ヴィゴは首を振り断言した。



「蒼の森にいるのは古竜です。間違いありません」

 余りの驚きに、全員声も無くヴィゴを見つめた。

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